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第73話 申、鬼ヶ島伝読了

「なんなんだこれは!?」


『苦通我経 水の巻 鬼ヶ島伝』を読み終えて(さる)は叫び声をあげた。


 鬼ヶ島滅亡の真相は明らかになったものの、彼にとってこの章は不可解なあまりに点が多かった。


「大聖(孫悟空)の如意金箍棒(にょいきんこぼう)が鬼ヶ島に流れついただと。大聖はどうなったんだ!?」

 申は水の巻に目を走らせ、斉天大聖(せいてんたいせい)孫行者(そんぎょうじゃ)美猴王(びこうおう)弼馬温(ひつばおん)。と孫悟空を表す言葉を探した。

しかし、孫悟空に関する情報を水の巻から拾うことはできなかった。


「それになんで鬼ヶ島を落とすことがクトゥルフの悲願なんだ!? 奴にとって鬼ヶ島なんて縁もゆかりも無い土地じゃないのか」



 この像は(ひつじ)に似ている。 



 申は戦慄した。自身の毛穴が絞まり体毛が逆立つことが実感できる。

桃太郎伝にて、桃太郎がクトゥルフの木像を見て発した言葉。

「未なのか? クトゥルフは未なのか?」


 改めて水の巻から、未という言葉を探す。

「……あっ、あった!」

 未の文字を見つけ出し、その章を読もうとした。


 が、予期せぬの邪魔が入った。

先に申が大声を出したせいで、寝かしつけた子供たちが起きてしまったのである。

「ねぇー、パパァ、まだ夜だよ?」

 見猿が欠伸をしながらふらふら歩いてくる。

 言わ猿も目をこすりながら、その後ろに続く。

 聞か猿はいない。父の叫び声は届かなかったようである。


 そして申一家が宿泊している客室の扉が開く。

 柿猿が戻ってきたのだ。少し酒に酔っている様子。

「ただいまぁー。玉兎(ぎょくと)とは有意義な話ができたわ。

 これでまたうちの温泉旅館のブランド力がより高まることになるわ。

 ん……、あなた、今何時だと思ってるの? 子供を夜更かしさせてどうするつもり?」

「違う! さっきまで寝てたんだ。たまたま起きてきただけだ」


 見猿が首を横にふる。

「違うよママ。パパが大声出してはしゃいでたんだよ。それで僕たち目が覚めちゃったんだよ」

「まっ、いい大人が夜更かししてはしゃいでたの? ましてあなたは理事になったんだから、もっと自覚を持ってよ」

「そんな言い方ないだろう。私は『苦通我経』を読んでいただけだ。確かに少し興奮したことは認めるが」


「わかってる。その書はあなたにとって大事なものということはね。

 ほら、あなたたちはもう寝なさい」

 柿猿は見猿と言わ猿をベッドに連れて行き寝かしつける。


 そして、申の所へ戻る。

「……で、桃太郎様のことはわかったの?」

「あぁ、瀕死にされてシュブ=ニグラスに連れ去られた」

「!!」

「如意金箍棒はルルイエに奪われた。大聖の安否は不明だ」

「!!!!」

「これは確かじゃないが、クトゥルフは私の古い知人かもしれない」

「そう」

「この書には謎が多すぎる。もっと詳しく読み解かなくては」


 申は『苦通我経』を更に読み深めようと広げるが、柿猿はその上に手を置いて妨げる。


「おい、なんのつもりだ?」

「あなた、それいつから読んでるの?

 その書は経文形式で書かれているから、読み解くのはそれなりに苦労したはずよ」

「……解読書があるんだ。ノーヒントじゃない」

「っ、あなた自分の顔を鏡で見てみなさいよ!」

 柿猿は申の腕を引っ張って洗面所へ連れて行く。


 鏡の中の申は、目の下にクマをつくりやつれた顔をしていた。


「ずっと、そんな書に夢中になってとらわれて。

 お願いだから自覚を持って!

 もうあなたは桃太郎の家来じゃない。

 私たちの会社の社長で、今や月の理事なのよ!

 あなたは人の上に立つ者なのよ!」

「!!」


 妻の訴えに申は愕然とする。その通りなのである。


 柿猿は苛立ちをあらわにし『苦通我経』を指差す。

「それを読むなとは言わないわ。

 だけど優先順位はぐっと低いはずよ。

 とりあえず、今夜はもう寝て」

「……わかった」


 申は妻の言葉に従い、部屋の明かりを消してベッドに横になった。

そして目を固く閉じたが、結局その夜は眠りにつくことはできなかった。

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