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第70話 苦通我経 水の巻 鬼ヶ島伝③

 鬼をも貫ぬく巨大な銛。

それでも鬼は屈することなく持ちこたえている。しかし銛には太い縄が結わえてあった。


「おぉ!?」

 ロープは人力とは思えない勢いで巻き取られ犠牲者を海に引きずり込む。


 その様にダゴンは不敵に笑う。

「ふふふ、未来から持ってきた人間の技術、巻き取り式の捕鯨砲(ほげいほう)

 これを魔力でより強化したのものだ。鬼とて抗うことはできない」


 海面から次から次へと巨大銛が打ち上がり鬼たちを海中にさらう。


「やめろぉ!」

 茨木の父の金棒の一振りが無防備なダゴンの頭上へ。

だが、それも捕鯨砲より打ち出された銛によって防がれた。銛は金棒を吹き飛ばす。


 矢継ぎ早に次弾が放たれ、茨木の父の右肩を貫く。

踏ん張る間も無く海岸を引きずられ海に呑まれた。彼が地上で最後に見た者は無様に尻餅をつきながらも勝利を確信しているダゴンの横顔だった。






 鬼たちは城内に立て篭もった。

戦える鬼はいたが、子供年寄りが多い。


「海岸に残った連中は無事だろうか」

 赤鬼は不安そうに塔から下を眺めた。

「うっ……、これは!!」


 城は完全に包囲されていた。

 かがり火がずらりと並び黒煙を上げている。

灰色の魚人たちは、ふたぐんふたぐんと呪文を唱えて銛を振り回している。


「すっかり取り囲まれている。海岸に残った仲間は絶望的だ」


 それを聞いた茨木童子は泣きじゃくって塔から飛び降りようとした。

人間なら転落死するが、鬼なら問題なく着地できる高さである。


 すんでの所で赤鬼が茨木の腕をつかんで止める。

「馬鹿っ、なにをするつもりだ!?」

「父様! 父様を探しに行く!」

「無理だ! この状況では……、おま」


“お前の親父は助からない”


 とても言えなかった。幼子はそんな赤鬼の心中もわかるはずもなく、父親を探しに行くと泣き続ける。


「わがままはよさねえか!」

 赤鬼は茨木童子の頬をひっぱたいた。

それでも童子は言うことを聞かない。赤鬼はもう一度たたく。


「よさねえか、よさねえか」


 茨木童子は赤鬼から逃れようともがいていたが、ふと動くのをやめた。

彼女は気付いたのだ。赤鬼の目から涙が零れ落ちていることに。







「島を脱出しよう」

 一人の鬼が口火を切った。


 城内の広間で大人たちは難しい顔をする。

「それは故郷を捨てるということか?」

「しかたがない。このままここにいたら全滅だ」

「魚人がいる海を突破できるのか?」

「夜の闇に紛れて突破するんだ」

「それでは犠牲が出るぞ」

「全滅よりかは……」


 鬼たちは城内に残った舟を数艘用意し脱出に備えた。


 




 そして夜、鬼たちは城門から打って出た。

先陣を屈強な鬼の戦士が務め、その後ろを比較的戦いが苦手者たちが舟をかついで続く。

舟には既に子供年寄りを乗せていて、木の盾や帆布で上部を覆っている。茨木童子や長老はこの中にいた。

殿(しんがり)は弓や投げ槍で武装。追撃する魚人を追い払う役目である。


「鬼が逃げたぞ!」

 見張りのインスマス人は叫び声をあげて筒のような物体を空に向ける。爆発音が響きオレンジ色の閃光が煙を上げ上空へ上り、辺りを照らす。

後世の人間が見れば、それが何か一目で解かる。信号弾である。


 舟の上の子供たちはその明るさに恐怖と畏怖を覚え震え上がった。


 大人たちは口々に叫び困惑する。

「くそっ、あの小さな太陽は何なんだ!? これじゃ夜に出た意味が無い」

「言ってる場合か! 邪魔する敵は退けるだけだ!」

「おう!」

 先陣の鬼たちは金棒を振り回す。インスマス人の銛を打ち落とし、不用意に近づいた者を殴り倒していく。


 殿(しんがり)も奮戦し、追撃者を確実にしとめていく。が、矢も槍も敵を殲滅するには圧倒的に不足。時間稼ぎにしかならない。


 なにより海岸に到着した鬼たちは自ら死地に突き進んでいた。海中はインスマス人の独壇場である。



 昼間のときと同様に海面がしぶきをあげる。捕鯨砲から打ち出された大型の銛が、鬼のかついでいた舟の船底を突き破る。

銛は船底に食い込み、そのロープが巻き取られる。船上の老人子供は泣き叫んだが舟は海岸を引きずられを、恐怖と絶望の待つ海中へと呑まれる。


「急げ! 急げ! これ以上舟を取られるな!」


 再び海上から捕鯨砲が発射され次の舟を狙う。舟を失えば誰一人として鬼ヶ島から脱出できない。インスマス人はそれを理解していた。


「うおおおおおお!!!!!」

 赤鬼は咆哮して、舟をかついでいる鬼に体当たり。


「おい、何を!? ……あっ!」

 舟運びの鬼が見たものは、腹に銛が突き刺さった赤鬼であった。

赤鬼は舟を狙った銛を庇ったのだ。


 その目は闘志に燃えて赤く輝いていた。

両手で銛をがっちり掴んでいる。

「ちょっくら銛打ち倒してくるわ」

 次の瞬間には、目にも留まらぬ速さで赤鬼は海中に吸い込まれた。


 海中では捕鯨砲が待ち構えている。しかし、もはや後退は許されず前進あるのみ。

鬼たちは恐る恐る残った舟二艘を海面に浮かべる。


 その間、捕鯨砲は発射されなかった。


 舟の上で茨木童子が震え声を出す。

「……赤鬼がやったんだ。お願い。上がってきて、上がってきて」


 だが、少女の願いは通じず、赤鬼は上がって来なかった。

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