第7話 桃太郎の大罪
桃太郎たちは阿難に案内されて冥界へ辿り着いた。そして、桃太郎は自分の目を疑った。
「父上、母上ではありませんか! 何故こんな所に?」
故郷に残した両親が冥界にいたのだ。桃太郎は動揺を隠せない。しかも縄をかけられ青鬼に連行されている。
父親は悲痛な声をあげる。
「お前こそどうして。いや、今それはいい。私らは気付いたら鬼に連行されて、あの世に来てしまったのだ。きっとお前の留守をいいことに鬼どもが復讐を企てたにちがいない! 助けておくれ」
酉は翼を羽ばたかせて甲高く鳴いた。
「何て卑劣な奴らだ。やはり鬼など根絶やしにしておくべきだった」
桃太郎も刀を抜いて青鬼に斬りかかろうとする。
青鬼は両手を上げて敵意が無い事をしめした。
「おやめ下さい、とんでもない誤解です。私は確かに鬼ですが、地上で悪行を働く鬼とは違います。地獄の獄卒です。ですから、あなたがたに恨みなどありませんし殺される覚えもありません」
戌は激しく吠えたてた。
「ならば父と母を解放してもらおう。誠意とは言葉ではなく振舞いで証明するものだ」
「残念ながらそうは参りません。この二人は天命に背いて生命の理を歪めた罪に問われているのです」
「待ってくれ、父と母はただの人間だ。生命の理をどうこうすることなどできようものか」
桃太郎は青鬼に食ってかかったが、阿難に止められてしまった。
「その理を曲げた結果。産まれてしまったのが桃太郎、お前なのだ」
桃太郎は理解が及ばず絶句した。
蟠桃会とは女仙西王母の生誕祭であり、高貴な神仙らが招待される。そこで出される最高級食材の一つが蟠桃園で採れる不老長生の桃なのである。
およそ五百年前、蟠桃園の管理人を孫悟空が務めていた。孫悟空は蟠桃会に招待されなかったことを根に持って猿族や妖怪を率いて、蟠桃会の乱を引き起こした。この時はオズの国の王女ゲイレットも招待されていた。
天宮の庭園にて、ゲイレットは仙女や魔女たちに自身の婚約者を紹介していた。
「こちらが、私の婚約者ケラーラです」
「ケラーラです。皆様はじめまして」
このケラーラという青年の気品と美しさに女性たちは羨望の眼差しを送った。
「まぁ、なんて素敵な殿方」
「世に男性は多くともゲイレット様に釣り合う人は中々いないもの。うらやましい限りですわ」
女たちの感嘆の声にゲイレットも誇らしげであった。
すると空が急に騒々しくなった。何事かと皆が顔を上げると、翼の猿の群れが慌ただしく飛んできた。斉天大聖孫悟空の攻撃が始まったのである。女仙たちは慌てて建物や木の陰に避難した。
しかしケラーラは逃げ遅れて、翼の猿に捕まり池に放りこまれてしまった。ケラーラはなんとか自力で岸に上がったものの全身ずぶ濡れになってしまった。猿どもが、その姿を見てゲラゲラ笑うものだからゲイレットの逆鱗に触れてしまった。
「この糞猿どもが、ただでは済まさん。そこへ直れ!」
凄まじい剣幕に、翼の猿たちは恐れおののき逃げようとしたがゲイレットが硬直の魔法を使う方が先だった。全員、地面に転がってしまった。
ゲイレットはずぶ濡れのケラーラを柔らかい布で拭きながら、
「あぁ、なんて酷い事を。絶対に許さない。全員、ケラーラと同じ目にあわせてやる。一匹ずつ池に放り込む!」
泣いたり怒ったりと情緒不安定の有り様で、翼の猿の一匹につかみかかった。このまま池に放り込まれたら溺れ死ぬと泣いて命乞いしたが、ゲイレットは聞き入れず池へと引きずっていった。
するとケラーラが止めに入った。
「やめなよ、ゲイレット。らしくないよ。そんな乱暴をしたら後悔するよ」
ゲイレットはケラーラの言葉に胸を痛めて殺すことは止めたが怒りを鎮めることができず翼の猿たちに金帽子の呪いをかけてしまった。結果としてこれは良くなかった。ケラーラは心優しい人間だったので、ゲイレットの苛烈な一面を受け止める事が出来なかったのだ。
ほどなくしてケラーラはゲイレットの元を去り、二人は破局した。
一方、反乱軍総大将斉天大聖は蟠桃園に陣を敷いて天界軍を迎え撃った。哪吒太子や恵岸行者らが出陣し刃を交えたが孫悟空を捕らえることはできなかった。
その報告を聞いて玉帝は頭を抱えた。
「たかが下界の石猿にどうしてこんなに手間取る。このままでは蟠桃会どころか天界の存続すら危うい。誰ぞ良い策はないか?」
すると観世音菩薩が進言した。
「顕聖二郎真君はいかがでしょうか。彼は多くの魔王を降した武神ゆえ、きっとあの邪悪で傲慢な化け猿を徹底的に叩きのめして毛一本残さず消し去ってくれるでしょう」
玉帝は観世音菩薩を呆然と眺めていた。
「あの……、何か?」
「いや、確かに天界の危機ではあるのだが、そなたの孫悟空に対する怒りは尋常ではなさそうだな」
「天界をここまで混乱におとしいれたのです。当然です」
菩薩は眉一つ動かさず言い切った。
こうして顕聖二郎真君は玉帝の命を受け、配下の犬と鷹の軍勢を引き連れて蟠桃園に進軍した。
二郎真君と孫悟空は互いに変化の術を競い合った。孫悟空は七十二通りの変身の術を会得していたが、二郎真君は一つ多い七十三通りの術を会得していたため孫悟空を追い詰めた。悟空が水鳥の雁に化けたところを弓矢で射抜いたのだ。
悟空を征伐するために派遣されただけあって、その矢の威力は凄まじく、孫悟空のかかとを貫通して背後にあった桃の木をもへし折ってしまった。孫悟空と桃の木は下界へと落下してしまった。
孫悟空が花果山に逃げ込んだので、真君は自身の三尖両刃刀を引っさげて追撃した。
「ちくしょう、しつこい奴め。化かし合いでは遅れをとったが殴り合いなら負ける気がしねえ!」
孫悟空は喚くと耳から如意棒を取り出すと神君へ打ってかかった。
「化け猿め、観念するんだ!」
二郎真君と孫悟空の刃と棒の攻防に火花が散った。天界から下界の様子を見ていた観世音菩薩は言った。
「二郎真君、あんな糞猿にいつまで手間取っているの。あぁ、じれったい」
陶器の花瓶を手に取って孫悟空に向かって投げつけようとしたので、横にいた太上老君が慌てて止めた。
「何てことを。それは大切な物でしょう、割れてしまいますぞ。そんなに顔を真っ赤して、あの猿に嫌がらせでもされのですかな?」
「いえ、別に」
「どうせ投げるなら、これを投げましょう」
そう言って取り出してみせたのは鉄の輪であった。
「これは金剛琢といって、とても便利な――」
菩薩は無言で老君から金剛琢を奪い取ると下界にいる孫悟空に向かって力一杯投げつけた。輪は見事孫悟空の頭に命中した。
「隙あり!」
不意打ちに孫悟空が転倒したところを、真君はすかさず捕縛した。こうして乱は鎮圧されたのである。
さて二郎真君と孫悟空の戦闘で落下した桃の木だが地上ではなく仙雲の上に落ちてしまった。そして風に揺られて東へ東へとゆっくりと流れていった。
そしてかれこれ五百年。仙雲はとうとう散り散りになって消えてしまった。当然、桃の木は落下した。落ちた先は極東の島の山の中。
一頭の羊が川で水を飲んでいると、ドシンっと大きな音がして桃の木が落ちてきた。羊は驚いたが、木には桃の実をたくさん生っていたので早速一つ食べてみた。
「こいつぁ美味い! ……うわーっ!?」
羊は飛び上がった、桃の美味さと人の言葉が喋れるようになったことに驚いた。天界の桃には不思議な力が宿っているのだ。
羊は木に生っている桃を次から次へと食べていった。鼠や猪といった山の動物達も近寄って来たが、羊は桃を独り占めしたかったので自慢の角で追い払って桃を腹いっぱい食べた。
しかし、桃の木が落ちた場所は川べりだったので、数個の桃がどんぶらこどんぶらこと川を下っていってしまった。
ふもとの村に住むお婆さんは川へ洗濯に行った。すると川の前で飢えた子犬と雉のひな鳥と子猿が唸り声をあげて睨みあっていた。よくよく見ると目の前にある四個の桃を奪い合っているようである。
「これこれ、喧嘩はいかんよ」
婆さんは四個の桃を全て拾い取った。
「一個はあたしが貰うよ。こうすれば三個の桃を三匹で分けあうことができるだろう」
そう言って一個を自分が取ると残り三個の桃は一個ずつ動物達に渡した。
「あたしは家に帰れば、お爺さんがいるから、これを半分にわけて二人で一個を食べるよ。あんたたちも桃を独り占めしようなんてことしちゃあいけないよ」
動物達はお婆さんに促されて桃を食べた。一個の桃で十分お腹が膨らんだので、動物達は桃の奪い合いをしたことが恥ずかしくなって顔を赤くしたり照れ笑いをした。
「そうそう、困っているときこそ喧嘩しないで助け合わなくちゃね。じゃあ、あたしは行くよ」
お婆さんが洗濯しよう先へ進むと、後ろから「お婆さん、ありがとう」と幼子の声がしたが、動物が喋るわけがないので気のせいだと思い振り返らず洗濯を始めた。
洗濯を終えて家に帰ると、程なくしてお爺さんが芝刈りから帰ってきた。お婆さんは川辺で会った動物たちのことを話した。
「それは良いことをしたのう。しかし、理由もなく桃が落ちていたわけがない。どこかの商人が落としたのかもしれん。勝手に食べしまって良いものか?」
「それはそうだけど、今から桃の落とし主を探したら桃が腐ってしまいますよ」
「それもそうじゃのう」
こうして二人は桃を半分に切って分けて美味しく頂いた。桃の味は二人が今まで食べた全ての料理に勝っていた。天界の食物は地上ものとは比較にならない美味を誇っているのだ。その晩、二人は床につき朝になった。
目が覚めたお婆さんが、お爺さんの方を見るとそこには凛々しい青年が眠っていた。お婆さんはしばらくうっとりと見とれていたが、はっとして青年を起こした。
「あんた誰よ? 出てってよ!」
「んだよ、うるせえな」
青年は悪態をついて起き上がった。青年はお婆さんの顔をじっと見てぼうっとしていたが、すぐに立ち上がって。
「すいません。家を間違えました。どうして、こんなべっぴんさんの家に……」
青年はそそくさと家を出て行った。それを見送ったお婆さんは文句を言った。
「何よ、こんな年寄りにべっぴんさんとか。じろじろこっちを見てたし気持ちが悪い。……そういえば、お爺さんはどこ?」
家中を見渡しても、お爺さんの姿はなかった。お婆さんはお爺さんを探しに家から飛び出すと、表では先ほどの青年が家を見て呻いていた。
「おかしい、ここは俺の家だよなぁ。そもそも夕べ家に帰ってきて婆さんといっしょだったんだから、家を間違えてるはずないんだ。あ! 婆さんはどこだ?」
そして二人は目が合った。次にそれぞれ自分の身体を見て若返ったことに気付いた。
「うぇええ! 若返ってる? どうしてだ」
「わわわ分からないわよ。とにかく家に戻りましょうよ」
二人で色々と話しあい、どうやら昨夜に食べた桃に原因があるのではと結論づけた。
「昔話にも神様があの世から逃げるとき桃に助けてもらったとあるし。あの桃も、この世のものとは思えない美味だった」
「でもなんで、そんな桃が落ちてるのよ」
「俺達には子供がいなかった。これは子供を作れとの神様のおぼしめしかも知れない」
「ちょっと。嫌だ」
「すまん、どうやら、こっちも若返ってるみたいなんだ」
「ば馬鹿言わないでよ。あたしは洗濯行ってきますから芝刈りお願いしますね」
外に出ようとする妻の手を夫が掴んだ。
「そんなの後でもいいだろ」
妻は無言で顔をそらした。
「嫌か?」
妻は夫の顔を見た。
「……嫌じゃないですよ」
そして頬を赤らめた。二人は身体を重ね合わせた。やがて妻は身ごもり元気な男の子を出産した。夫婦は桃にちなんで男の子に桃太郎と名づけた。
十人の閻王と崔判官が居並ぶ部屋で阿難は説明を終えた。
「……ということがあったのだ。地上の生き物が無断で天界の桃を食べて寿命を延ばし、あまつさえ子供を作るなど言語道断」
しかし、桃太郎の家来たちは阿難そっちのけで盛り上がっている。
「幼き日に桃の奪い合いをしたことは、かすかに覚えていたが。まさか君たちだったとは」
酉は懐かしさに目を細めた。
「飢え死にしかけていた我らを助け出した老婆が、主人の母であったとは思いもよらなかった。運命を感じずにはいられない」
戌は母に向かって深々と頭を下げた。
孫悟空は話の終りの方になって両手でドロシーの耳を塞いだが「だいたい解ったから」と手をどかされた。
桃太郎は気分が悪くなった。
「他人から親の情事についてあれこれ言われる身にもなれよ」
「そうは言っても、これがそなたらの犯した罪なのだ。この話をしなければ、どうにもならん」
「結局、彼らはどういった罪に問われて処罰を受けるんだ?」
孫悟空の問いに崔判官は答えた。
「まず、桃太郎様は本来存在しない人間となりますので地上の記憶記録から抹消したうえで消滅していただきます。
次に桃太郎様の父君、戌様、酉様、申様は天界の桃を無断で食べて寿命を延ばし、生死簿の記載年数を大幅に越えて生存されましたので、ただちに死んでいただきます。
あー、桃太郎の母君はとくに重いです。先程の罪に他者に天界の桃を勧めてしまった罪と桃太郎様を出産した罪が追加されます。
これにあなたがたが生存したことによって寿命に変動が生じた方々の年数が加算されまして――」
崔判官は息を飲みガタガタ震えだした。
「あなたがたへの刑罰は地獄始まって以来の最大級のものとなります。あまりの恐ろしさの私の口からはとてもお話しできません。私からは以上であります」
場は騒然となったが、ドロシーは部外者であるがゆえに物申した。
「そもそも彼らが桃を食べてしまったのは落ちてきたからでしょう。不可抗力よ。
桃の木を落としてしまったのは真君さんと悟空さんなんだから、その二人が罰せられるべきなんじゃないの?」
阿難は、この娘余計な事をといった表情を見せたが、閻王の一人は真面目に答えた。
「神族が地上に物を落としてはいけないという法は無い。実際、よく物が落ちたり落としたりする」
「まぁ、なんて身勝手で理不尽なルールなのかしら! 私の友達のブリキの木こりが聞いたら怒ると思うわ」
ドロシーは叫んで孫悟空を睨みつけたので、孫悟空は決まりが悪い。
次に申が発言した。
「神話の時代、イザナギとオオカムヅミによって日本に難が迫った時、桃はその神力を以って国難に当たると盟約されている。
今回は鬼の脅威によって日本は衰退の危機にあった。こうして桃の神力によって鬼を退けたのならこれはイザナギとオオカムヅミの意志である。中国神族が自分たちの生死簿を持ちだして我らに罪を問うことは手前勝手な言いがかりとしか受け取ることしかできない。
それに先刻の話では天界の桃を食べたのは我々だけではない。羊は罰しないのか?」
これを聞いて閻王は答えた。
「羊に関しては行方がわからんので捜索中だ。我らは、そのイザナギとオオカムヅミの盟約については知らない。それは玉帝や如来の管轄に日本が入る前の話であろうな。我らが関知することではない」
他の閻王も口を挟む。
「それにイザナギがオオカムヅミと盟約を交わしたとして、その桃は蟠桃園の桃ではないだろう」
「では試してみましょうや」
酉が言った。
「その桃の木に聞いてみましょう。我々が実を食べたのは桃の意志なのか、それとも偶然による事故なのか」
この提案で回収された桃の木が荷車に乗せられて部屋に運び込まれた。
閻王は桃の木に訊ねた。
「そなたは自らの意思で実を彼らに食わせたのか。それとも事故で彼らに食われたのか」
桃の木は枝葉をそよそよと動かすだけであった。蟠桃園の桃は喋ったことはないのだ。
「これでは判断しかねるな。うっ?」
桃の木はみるみる枯れて崩れ落ちてしまった。地獄の気に当てられて枯れてしまったのかと思われたが、その残骸の中から弓と何本もの矢が入った矢筒が姿を現した。全て桃の木材で作られていた。
閻王が拾おうとすると弓と矢筒は枝葉や生やしてこれを拒んだ。そこで桃太郎が拾い上げると枝葉を引っ込めた。まるで主を歓迎するかのようで、よく彼の手に馴染んだ。
「これは良い弓だ。しかし、矢には羽根がないからあまり飛ばないな」
そこで酉がかしこまって言った。
「それならば私の羽を抜いて羽根としましょう。私の羽を使えばきっとよく飛びますよ」
申が閻王達に言う。
「これで決まりですな。盟約は単に一本の桃の木ではなく桃族全体に適応されるという証拠。あなたがたの理不尽な要求に屈するなという意味です」
しかし、閻王も黙って引き下がりはしない。
「いやいや、これは桃太郎殿に責任をとらせるといった見方もできまする。桃太郎殿がこの弓矢をもって両親と家来を射殺し自決をもって罪を償う。
桃の慈悲の心とも読み取れますが」
どちらにせよ桃は言葉を発しないので真意はわからない。果たして両者はどう決着をつけるのか。