第67話 桃太郎対ブリキの木こり 後編
登場人物
桃太郎
これからどうするべきか情報を集める為、太平洋のどこかにある別世界の入口を探している。
ブリキの木こり
カルコサの戦士、黄風怪の部下。目や口、間接の隙間から黒いタールを垂れ流している。
黄風怪
ハスターから全権を受けて、地球のカルコサ軍を指揮している。顔面が白毛のテンの妖仙。
闇の神官
シュブ=ニグラスの神官。烏の被り物で素顔を隠している。道士服を着ているので仙人と思われる。
茨木童子
カルコサの戦士、黄風怪の部下。鬼族の生き残り。桃太郎との戦闘で右腕を失い、黄風怪から拷問を受け戦闘不能。
通天河
古代海亀の子供。ルルイエのダゴンより、カルコサを利用して桃太郎を抹殺する命令を受けている。
桃太郎はブリキの木こりの関節から噴き出たタールに視界を奪われ斧を取り落とす。ブリキの木こりはすぐさまそれを奪い返す。
上空から二人のやりとりを見ていた烏頭の闇の道士は黄風怪に説明する。
「さて、わしがブリキの木こりを桃太郎殺しに推薦したのには単純明快な理由がございます。
まず、桃太郎は大唐帝国の時代、あの孫悟空と互角の勝負をいたしました」
「なに? あいつ孫悟空の知り合いなのか? 気にいらねぇ」
黄風怪は、かつて孫悟空と戦ったことがあり、部下を大勢殺されていた。
「はい。そして、オズの国ではブリキと互角の勝負をいたしました」
「ふん、あの悪猿の知り合いはろくな奴がいねぇ」
「つまり、並みの者では桃太郎は倒せないのです」
「まあ、こいつらが孫悟空と互角なら、どっちかが死ぬってわけだ」
「それがですな。桃太郎はどうあがいてもブリキの木こりには勝てんのですよ」
「なに、それはどういう?」
「簡単なこと。桃は木になります。そして木こりは木を切ることを生業としております。
木こりの前に立ちはだかる木は、必ず切られる運命にあるのですよ」
「なに!?」
桃太郎は視力を失いながらも、ブリキの木こりから放たれる殺意を肌に感じていた。
それは以前知っていた彼女とはまったくの別人。名状しがたい不浄。ニャルラトテップに近いものだった。
目が見えないことで、感じ取れるものに変化が起きた。それは桃太郎を動揺させるに十分だった。
安綱で守りの構えに入ったが、一歩出遅れた。
ブリキの木こりの斧が、桃太郎の左肩口に食い込む。
「やった! ……ギャハハハハ!!!」
ブリキの木こりとは思えない下品な笑い声を耳に受けながら、桃太郎は肩に刺さった斧を引き抜こうと左手を上げた。
しかし、すでに刃は心臓に届いていた。もっとも、左肩を潰されては左腕に斧を退けるほどの力は入らない。
「ヒャハッ! テメエノ、シンゾウ、マップタツゥー!!」
ブリキの木こりは、斧を持った腕にさらに力をこめる。心臓から横隔膜、肝臓、胃、腸と順次押し切り骨盤をもって桃太郎を唐竹割りにしてしまった。
桃太郎は血を撒き散らしながら海面に落下。
振り下ろされた斧は勢い余って、桃太郎を乗せていた通天河の甲羅を直撃する。
「ぎゃっ!」
失速してはいたが、子亀には強烈な一撃であり。甲羅に大きく亀裂が入った。それで失神、海の底へ沈んでいった。
闇の神官はさっと仙雲を飛ばして海に落ちた桃太郎の亡骸を回収する。
「ほほう、面白い。こんなになっても力を感じる。まだ生きておるわ」
魚の切り身のようになった桃太郎を前に黄風怪は驚愕する。
「こんな状態になっても生きているというのか。
こいつは化け物か!?」
「ほっほっほっ、植物の生命力は強い、特に桃は別格なのじゃ。
ちょっと二つに切られたくらいでは死にはせん。
どれ、調度良い材料が手に入ったものよ。
この桃太郎を使って新しい仙薬の研究でも始めようかの」
「ふん、物好きなこって。
……おい、ブリキの木こり! 何をぐずぐずしてやがる。ここにはもう用はない。
引き上げるぞ」
黄風怪の声は、黄色い海面を見つめるブリキの木こりには届いていないようだった。
「ふへっ……、なんで私……、笑ってんだろ……。ふへっ、ふひゅひゅ……」
斧と鉄の身体を返り血で染め、たたずむ。
彼女の瞳からタールの涙が流れて落ちた。
一方、甲羅に重傷を負った通天河は海底深く沈んでいく。
「通天河! 通天河!」
光もほとんど届かない暗がりの中で、通天河は混濁しながらも目を開けた。
町長をはじめとして、いんすますの男たちが泳いでやって来る。
「通天河! おぉ、なんと痛ましい。すぐに手当てしてやるからな」
町長は心配そうに甲羅の亀裂に傷薬を塗る。
通天河は弱々しくながらも微笑んだ。
「町長やったよ。桃太郎はカルコサの鉄女に真っ二つされて死んだよ。
僕が連れてったんだ。ちゃんと役目を果たしたよ。えへへへ」
「おぉ、よくやった。よくやったぞ!
さぁ、もうわしらがついておる。安心しろ。竜宮城に帰ろう。
……おいっ、起きろしっかりしろ!」
通天河は目を閉じて動かなくなった。町長は必死にゆさぶった。
随伴した男が言う。
「町長、大丈夫です。眠っているだけです。
私たちが来たから安心したのでしょう」
「おぉ、そうか、すまん。つい取り乱してしまった。さ、竜宮城に急ぐぞ」
いんすますの者たちは通天河をかついで東へと戻っていった。
『苦通我経 水の巻』に記されている桃太郎伝(58話以降)はここで終わっている。
深夜、ホテルの一室で机に向かっていた申は巻物から目を離した。
「……主人が死んだ。いや、まだ生きているか。
だが、シュブ=ニグラスの神官に連れて行かれるなんて」
申は目を閉じ桃太郎を救う方法を考えたが、何一つ思い浮かばなかった。
情報が少なすぎた。シュブ=ニグラスの拠点、神官の正体など不明な点が多い。
「せめて戌と連絡が取れれば。この情報は伝えておきたい。
なんであんなに早々と月を出て行ってしまったんだ」
「……それにしても、この書に度々出てくる鬼子そしてインスマス鬼というのはいったいなんだ?
インスマス人の発言から察するに、鬼とインスマス人の混血のことだと思うが……。
鬼族はインスマスと結託したのか? それにダゴンがついている嘘とはいったい?」
申は、もう一度『苦通我経 水の巻』を広げ、目を走らせる。
いくつもの章に細かく分けられており、申の過去を記した申伝も目に入った。
「……私のことまで。これを書いたというクトゥガとは何者なんだ? 炎の神でフォーマルファウトの首領ということぐらいしか知られていない。
それにどうして経文形式で書かれているかも理解できない。クトゥガは仏や菩薩の類なのか? そんなことがありえるのか?
……戌伝に酉伝まであるのか。しかし、鬼とは関係無さそうだ。
む、これか」
申の手をが止まった。そこにはこう記されていた。
鬼ヶ島伝