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第62話 いんすますの掟と血の誓い

 足利義政と別れて数日が経った。

桃太郎と難民たちは、いんすますを目指し海沿いの道を進む。


 


「桃太郎さん、どうしましたか?」

「?」


 三郎が気遣うように尋ねる。

「ずいぶんと浮かない顔をされてますが?」

「いんすますも近い」

「えぇ、もう一時間も歩けば、いんすますに着きます」

「となれば鬼ヶ島も近い。それなのに鬼の気配を感じない」

「私たち人間からすれば、鬼がいないのはありがたいことです」

「それになんだか生臭い。以前、来たときはこんな臭いはしなかった。

 以前といっても数百年も前のことだから、環境が変わったのだろうか」


 三郎の妻は意識して臭いをさぐる。

「すぅ、確かに生臭い気もします。でもそれはいんすますが漁港として栄えている証拠では?」


 他の難民たちも、生臭ささにいんすますが近いと感じ、足に力が入った。






 桃太郎たちがいんすますに到着したのは昼過ぎだった。

道は掃き清められ、道行く人々は小奇麗で肌つやに張りがあり、豊かであることを物語っていた。

常に野菜に米、日用品を売る行商人が出入りしており町全体が活気付いている。


 産まれて初めて目にする繁栄する町の光景に、三郎の息子は驚きと興奮で口をあけた。

「お父ちゃん、お母ちゃん、ここならお腹いっぱいごはん食べれる?」

 三郎は喜んで、息子を抱き上げた。

「あぁ、食べられる、食べられるとも! やっと……、やっと辿り着いたんだ!」


「おい、お前らは移住希望者か?」

 棒を持った町の門番がやって来る。


 三郎が答える。

「そうだ、俺たちを町に入れてくれ」

「いいだろう。ただしここに住むには審査と面接がある。

 町長の屋敷に案内する。ついて来い。

 それと……、お前が噂の桃太郎だな。お前も来い」


 町長の屋敷が見えてくる。木造の立派な建物だった。

 一行が案内されたのは広いお堂だった。上座の後ろには二体の木像が縦に並べてあった。

その木像、神道でも仏教でもない異形の神を祭っているようだった。

奥の像は三メートルほどの高さ、人の形をしてはいるが、頭は(たこ)で背中から蝙蝠のような翼を生やしている。


 桃太郎は身構えた。


 門番は訝しそうに桃太郎を睨む。

「何か?」


 桃太郎は(たこ)頭の木像から視線を逸らすことができない。

「この像は……、(ひつじ)に似ている? まさか」


「おい、聞いているのか? その目はなんだ? 不遜であるぞ!」

 門番が怒鳴り、桃太郎は我に返る。

「あ、いや、見慣れない像だったので面食らってしまって」

「ふん、まあいい。もうすぐ町長がおいでになる。

 お前ら、座って静かに待っていろ」

 そして、お堂から出て行った。


 床に座った桃太郎は、蛸頭の像の手前の、もう一つの像を見る。

こちらは一メートルほどの高さで、魚の頭をした魚人の像である。


 難民たちも、この奇怪な像を目にして、不安な気持ちになってしまった。



「おぉ、お待たせいたした。わしが町長じゃ」

 良い身なりをした中年の男が入ってきて、上座につく。

その男、禿げ頭に、ぎょろりと目が飛び出し、鼻は低く、唇が厚い。首のあたりには幾重にもシワが重なっていた。まるで魚がそのまま人間になったかのような風貌である。

「遠路長旅、ご苦労であった。腹もすいとることだろう。まずは食事でもどうかね」


 それを合図に女中たちが人数分のお膳を持って難民たちの前に並べる。

 山盛りの白飯、貝の吸い物、焼き魚に漬物。彼らにとっては見たことも無いご馳走だった。生唾が止まらない。

「さ、遠慮なくやってくれ」


 皆、ご馳走に飛びつく。

「坊や、おいしい?」

「うん、お母ちゃん、おいしいよ。こんなの始めて」


 その様子に町長はご機嫌である。

「ほっほっほっ、喜んでもらえているようでなにより。それで、皆さんはやはり移住希望者ということかな?」

「そうだ、おらたちここに住みてぇ」

「おねげえします。仕事ならなんでもやります。住まわしてくだせえ」


 町長はうなずく。

「うむ。しかしな、この町で暮らすからには、いんすますの掟を守ってもらわなくてはならん」


 難民の一人が飯を頬張りながら尋ねる。 

「掟、ですかい?」

「うむ。この町での決まりごと、法じゃ。掟があるからこそ、町はここまで発展した。

 掟の無い町は町とは呼べん。無法地帯じゃ。

 掟のほとんどは余所(よそ)の町と同じじゃが、特殊なものもあってな。

 それを守ってもらわねば、いんすますの住民として認めるわけにはいかん」

「で、その特殊な掟とは?」


 町長は人差し指を立てる。

「第一に改宗じゃ。ほとんどの者が仏教や神道だと思うが、これをやめてもらう。

 そして、いんすますの神を崇めてもらう」


 難民たちは、これをあっさりと受け入れた。

「おらたちが、神様仏様に祈っても何もしてくれなかっただ」

「仏教なんか今すぐやめます。生臭坊主なんてくそくらえ」

「今、食事ができるのは、全部、町長様のおかげだ」

「それなら町長様が崇める神様を崇めるだ」


 町長は嬉しそうにうなずく。

「よくぞ申してくれた。

 もう、皆も目にしていると思うが、この蛸の頭をした神様。こちらがクトゥルフ様じゃ。

 この神様がわしらが崇める神。全知全能にしてルルイエを従える偉大な神なのだ」

「ルルイエ?」 

「ルルイエとは……、そうよのう、仏教で言う極楽浄土、神道の高天原(たかまがはら)みたいなものかの」


 難民たちは歓声をあげて次々にクトゥルフ像を拝んだ

「おぉ、ルルイエ!」

「クトゥルフ様、ありがたや、ありがたや」


 町長は説明を続ける。

「そして手前の像がダゴン様じゃ。豊穣と大漁を約束し航海の無事を見守ってくださる。

 ルルイエの神々の中では、わしらにもっとも関わり合いのある神様じゃ。

 他にもルルイエはたくさんの神様がおられるが、それは追々話していこう。

 ――さて、次の掟じゃ」


 町長は人差し指に次いで中指を立てる。

「第二に……、この中にも何組か夫婦がおるようだが、離縁してもらう。

 そして、わしが指名する町の男あるいは女と縁組し直してもらう」


 これに一部の難民たちに動揺が広がった。

「お父ちゃんとお母ちゃん、別れてしまうん?」

 三郎の子が心配そうに父と母を見上げる。

「そんなことないよ。そんなことはないはずだけど……」

 口では言うが父母は不安をぬぐえない。


 町長は難民たちを、なだめる。

「まぁまぁ、皆落ち着いて。これには理由(わけ)があってな。

 わしら、いんすますの町では血のつながりというものを何より大切にしておってな。

 血は家族である証じゃ。町人は皆、家族だと思っておる。

 難がきたとときは互いに助け合い、痛みを分け合う。それが絆というもの。それが血のつながりじゃ。

 初めうちは納得するのは難しいかもしれんが、そうやって、いんすますは発展してきた。それは知っておいてほしい。

 それに離縁したからといって、もう会うなと言っているわけではない。今まで通り自由に会っていいし、我が子の面倒もみてほしい。

 その子供も、大人になったら町の者と縁組してもらう。皆で仲良くやっていこうじゃないか」


 三郎は、口に飯粒をつけた息子を見て心を決めた。

「別れよう」


 妻は悲しそうにうつむいた。

「うん……、それで皆が幸せになれるなら別れます。

 それに子供と離れ離れになるわけではないようだし」


 難民たちが納得したようなので、町長は指を三本立てる。

「第三、これは掟というよりかは審査なのだが、こちらとしても心苦しいのだが。

 この町の良い噂ばかりが先行してしまい、知らぬ者も多くて申し訳ないが……。

 子種の枯れた男、子を孕めぬ女は、いんすますに住まわせるわけにはいかない。

 ご縁が無かったということでお引き取り願いたい。

 これは先にも話したが、わしらは血のつながりを第一に考えておる。

 血を混ぜることができないようでは家族とは呼べん。

 さて、わしからは以上だ、どうぞ飲み食いを続けてくれたまえ、後で他の者に新居の案内、それと能力に応じた仕事の斡旋させよう」

 そして、桃太郎の方を見る。

「そこの方、あなたに話しがある。来てくれますかな」


 桃太郎は無言でうなずいた。






 桃太郎と町長は港を目指して町の中を歩く。

活気と活力に溢れる町。桃太郎が旅の中で見た荒涼とし飢え苦しむ村々とはまったくの別世界。

 ただ異様なまでに生臭い。先刻のクトゥルフ、ダゴン像といい、ここが単なる港町でないことに桃太郎は薄々気付いていた。


 町長はにこにこ微笑む。

「一目でわかりましたよ、あなたが桃太郎様であることは。

 難民とは思えぬ筋骨に鋭い眼光」

「だからといって桃太郎とは限らないでしょう」

「いいえ、わしらにはクトゥルフ様の導きがあります。

 クトゥルフ様がおっしゃっておりました。

 アザトースに敗北した桃太郎は、生きていれば、いつか必ず鬼ヶ島にやって来る。と」


 アザトースと聞いて、桃太郎は童子切安綱に手をかけた。


 町長は極力落ち着き払い、それでも声はかすかに震えていた。

「こんな所で刀を振り回されては町民が怯えてしまいます。

 わしらが崇め奉っているのはクトゥルフ様とその眷属でございます。アザトースの家来ではありません。

 それにクトゥルフ様はニャルラトテップを憎んでいるようですし」


 相手からは戦意も殺意も無い。桃太郎は刀から手を放した。


「ようございます。

 ほら、船着場に着きました。どうぞあの舟に乗ってください。鬼ヶ島までお連れしましょう」


 桃太郎が小舟に乗ると、町長は海に飛び込んだ。

 そして船尾から顔を出す。

「あぁ、どうぞお気になさらず。この程度の舟なら手で漕ぐより押して泳いだ方が速いのです」


 町長が押す舟は、風を切って波を進み、数分足らずで鬼ヶ島の岩場につけた。


 桃太郎は鬼ヶ島に上陸した。

 見覚えのある風景。だが、鬼の居城は荒れ果てた廃墟と化していた。


「……やはり、鬼はいないのか。どこか別の場所に行ったのか」


「まことに申し上げにくいことなのですが……」

「?」


 町長はためらってなかなか話そうとしない。


 桃太郎はしびれを切らした。

「いったい何を話そうとしたのです。言うべきことなら言ってください」

「はい、桃太郎様、あなた様は判断を誤りました」

「!?

 それはいったいどういうことです?」

「鬼どもはあなたを裏切りました。あなたがいなくなったのを良いことに再び人間を襲おうとしたのです」


 桃太郎の足はがくがく震え、目まいを覚える。

「そんな、そんな馬鹿な……。鬼たちは心を入れ替えて……」

「偶然にもダゴン様がそこに居合わせましたので、鬼どもを粛清しました。つまり皆殺しに。

 ……桃太郎様、心中お察しいたします。あなたの信じた者たちの裏切り、そして死。

 詳しいことは主人より説明させていただきますじゃ。

 実は、この海の中にはダゴン様の居城がありましてな」


 町長は岩場に立つと海面に向かって呼びかけた。

通天河(アーケロン)通天河(アーケロン)


 程なくして、一匹の海亀が海面から頭を出した。

「町長さん、呼んだ?」

「おぉ、通天河(アーケロン)よ。こちらにいらっしゃるのは桃太郎様じゃ。

 桃太郎様を竜宮城まで案内して差し上げなさい」

「うん、わかった。

 桃太郎様、僕の甲羅に乗って」


 通天河(アーケロン)は桃太郎が甲羅に乗ると、潜水して海底へと進む。町長もその後に続く。


「桃太郎様って、鬼退治をした凄い人なんだよね」

「あぁ、そうだ。でも、君の主人も鬼を退治したんだろ」

「そうだけど、正しくはダゴン様の軍隊だよね。

 ダゴン様より、桃太郎様のほうが強いと思うよ。

 やっぱり自力で鬼を倒せる強い人って憧れるなぁ。

 僕ね、これからどんどん大きくなって、クトゥルフ様やダゴン様の力になりたいんだ。

 鬼くらいやっつけられるくらいにね」


 通天河(アーケロン)の甲羅の上で桃太郎は困惑する。この海亀は一般的な海亀より一回り大きいのだ。

「どんどん大きく? 君まだ子供なのか?

 そういえば、声が幼いような」

「うん、僕はもっと大きく成長できるよ。 

 でもね、最近、自信が無くなっちゃったんだ。

 その……、人間の子供に苛められちゃって。こんなんじゃ皆の役に立てないよね」


 悲しそうな声を出す通天河(アーケロン)を桃太郎は励ました。

「そんなことないさ。

 私の家来の中で一番強いのは(きじ)だが、彼だって最初から強かったわけじゃない。

 多くの戦いを重ねて強くなったんだ」

「へぇ、そうなんだ……。

 よし、僕も酉様を見習って強くなるよ。そしてカルコサの畜生どもを楽々殺せるようになってみせるよ」

「カルコサ?」


「こらっ! お喋りはそのくらいにしないか」

 町長は、通天河(アーケロン)を叱咤し、桃太郎に詫びる。

「申し訳ございません、この童はまだ世間のことを何も知りません。

 つい思ったことを口に出してしまうのです。

 通天河(アーケロン)よ、お前も謝らんか」


 通天河(アーケロン)はすっかり意気消沈してしまった。

「桃太郎様、ごめんなさい」


 しかし、桃太郎はカルコサという言葉に興味を持った。

「そのカルコサというのは何なのです?」


 町長は戸惑いながら答える。

「……はぁ、わしらと敵対している勢力ですじゃ。

 まぁ、その、お客人には関係ないことです。

 おぉ、ほら竜宮城が見えてきましたぞ」


 海底にそびえる城。


 桃太郎は門の前で顔を上げて竜宮城を見入る。

「この建物は天界で見た城を見た。玉帝の住まいと造りがよく似ている。

 ダゴン殿は道教の神仙なのですか?」


「いえ、違うと思いますが。

 この竜宮城は、あのその……、わしが産まれる前からダゴン様の所有物なので、詳しいことは知らないのです」

 町長は落ち着き無くそわそわしている。

 桃太郎は変に思ったが追求はしなかった。三人は門をくぐる。



「竜宮城へ、ようこそおいでくださいました」

 羽衣を身につけた仙女たちが出迎える。

「宴会の用意ができております。どうぞこちらに」


 桃太郎はまた困惑する。

「宴会? 何の宴会です?

 私はあなた方に歓迎される覚えはない。私は、あなたたちの主人と話をしにきただけだ」

「いいえ、私たちにはございます。

 あなた様が鬼をこらしめたから、竜宮城といんすますの繁栄があるのです」

「はぁ……」

「さ、どうぞこちらに」 

  

 案内されるまま廊下を進み、一室に通される。畳の敷かれた宴会場。

既に一人の客がいて、壇上にて舞う乙姫に見とれている。その風貌から若い漁師のようである。


 漁師は立ち上がって桃太郎に握手を求めた。

「おぉ、アンタが桃太郎か!」

 

 桃太郎は思わずその手を取ってしまった。

「まさか、あなたがダゴン殿?」


「まさか! 俺は浦島太郎。漁師をやってるんだ」

 浦島太郎は桃太郎の手を握り締める。

「俺たち漁師が、鬼に怯えず海に出れるのはアンタのおかげだ。ありがとよ!」


「え、えぇと……」

 桃太郎は助けを求めるように町長と仙女たちを見る。


 仙女は深々と頭を下げる。

「申し訳ございません、主人は急用で外しております。

 間も無く戻りますので、それまでおくつろぎください」

「え、ちょっと……」


 仙女は、桃太郎の表情を見取って、はっとした。

「そうですよね、その汚い身なりで主人に会うわけにはいきませんものね。

 余っている服がありますので、お持ちしますね」

「いや、そういうことじゃなくて」



 そして、町長を連れて出て行ってしまった。

桃太郎は浦島太郎と部屋に残された。

入れ替わりに海の幸満載のお膳と陣羽織の衣服を持った仙女が入り、桃太郎の前に置く。

「どうぞ、ごゆっくり」


 壇上では仙女が舞い続けている。


 浦島太郎は目を輝かせて桃太郎を見ている。

「ぜひ、アンタの話を聞かせてくれ。話ってのはあれな鬼ヶ島の!」


 とても、くつろげそうになかった。

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