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第61話 童子切安綱

 世の中には不心得者がいる。

他者から善意の施しを受けると、最初のうちはありがたがり感謝する。

だが、時がたてば、施しを当然の権利と考えるようになり、もっと寄こせとわめきたてる。


 いんすますを目指す難民の中にも、そういう(よこしま)な心を持った者がいた。

二人の男が、肉を保管している小屋に忍び寄る。

 

 弟分は、やめようと小声で言う。

「兄貴、まずいっすよ」

「馬鹿野郎、何言ってやがる。いんすますまでは、まだまだあるんだ。

 次はいつちゃんとした飯にありつけるかわからねえぞ。

 ちょっと、干し肉を拝借するだけよ」

「でも、それはいくら何でも恩知らず……」

「なぁに、ほんの少しだよ。ほんの少し。バレやしねえさ」

 

 二人組みは、床下に入り込み、床板を外し小屋の中に侵入する。

「うへっ、血生臭い」

「そりゃあ肉があるから臭くてあたりまえよ。

 しかし、暗いな。おい、灯り」

「へ、へい」


 兄貴分の指図で弟分は貴重な蝋燭に火を灯す。


「うへっ、こいつぁ」

「なんてこった……」


 照らし出された光景に二人は愕然となる。


 確かにそこに肉はあった。肉のついた人間のあばら骨がいくつも天井からぶらさがっていた。

床には骨が散らばっており、赤く染まった頭蓋骨が転がっている。


「なんまんだぶ、なんまんだぶ、神様仏様お助け下さい。

 きっと、あの婆は鬼婆か山姥(やまんば)だ。なんまんだぶ、なんまんだぶ」


 念仏を唱えだす弟分を、兄貴分は小突く。

「ばっか、震えてねぇで肉を集めねえか」

 そして、蝋燭の弱々しい灯りを頼りに、干し肉に加工されている人肉を懐にしまう。


「え、兄貴正気か? そりゃあ狸じゃないぜ。人間の肉だぜ」

「おおかた、疫病かなにかで死んじまったんだろうよ。

 よく焼けば大丈夫よ」

「そうじゃなくて、これは……」

「今さら人食いがなんだ! 生きて、いんすますに辿り着けなきゃ意味ねえだろ」

「わ、わかったよ兄貴」


 弟分は震えながら肉を(ふところ)にしまっていく。

「でも、変じゃありませんかい。仮に疫病が流行ったんなら、ああいう年寄り婆さんが真っ先にお陀仏ですぜ?」

「え、じゃあ疫病じゃないのか……、なんだろ。

 あぁもう、そんなことはどうでもいいから、さっさと済ませるぞ」


 そのとき、外から何かが割れた音、子供の泣き声が響き渡った。


「うひゃあぁ!」


 突然の物音に弟分は驚き、手にした蝋燭を床に落してしまった。

そして、血に濡れた布巾に燃え移った。


「馬鹿、この間抜け野郎!」


 二人は火を消そうとしたが、慌ててしまってうまく火を消すことができない。

木造の小屋に人肉とくれば、良い燃料で、火の手は広がっていく。


「あ、兄貴どうしよう」

「どうしようじゃねえ! 逃げるぞ」


 二人は慌てて小屋から飛び出した。

まず彼らの目に入ったのは、地面に落ちて割れて中身を散らしている土鍋。泣きじゃくる男の子に、父親の三郎。家の中からその妻が心配そうに様子をうかがっている。


「ったく、何だって言うんだ。三郎一家は」

「兄貴、どうやらあいつら俺たちには気付いていないみたいですよ。ずらかりやしょう」

「お、おう」

 二人は闇に乗じて逃げようとする。三郎一家の会話が耳に入る。


「こんなもの食えるか!」

 三郎は怒鳴り声を揚げて割れた土鍋を指差している。


「お父ちゃん、お肉食べたいよぉ」

「馬鹿野郎。こんなもん食ったら鬼も同然だ!」

「うわぁぁん!!!」



「ふぇっふぇっふぇっ」



 薄気味の悪い笑い声とともに町に唯一人住む老婆が現れた。

「どうなすった。そんな恐い顔をして、鍋を叩き割りおって。

 食べ物を粗末にしたら、仏様のバチが当たりますぞえ、ふぇーっふぇっふぇっ」


 三郎は老婆を責める。

「何が狸だ! 私が狸の臭いを知らないとでも思っていたのか!

 あなたがくれた肉は狸の肉じゃない。人間の肉だ!

 気付かないとでも思っていたのか!」


「ふぇーっふぇっふぇっ、最近の人間は利口だぁねぇ。

 人肉の臭いがわかるのかえ? あぁ、あちこちで人間が死んでるけぇねぇ。

 あちこち人間の死臭で満ちておるわ。

 けど、人肉を盗んでまで食う人間もおるようじゃねぇ」

 老婆は、暗闇で息をひそめていた盗人二人組みを指差した。


 

 老婆に後光がさす。本来ならば神仏から発せられるありがたい光だが、これは虹色に輝いていた。

その怪異に、三郎は怒りも消し飛び寒気だつ。子どもも泣き止み、母親はその腕をつかんで家に引き込んだ。


「この前、この町について、町の人間ぶち殺して、とっておいたけど。

 やっぱり、肉は新鮮が一番……」

 老婆の鼻は尖りだし、顔中に毛が生える。


 弟分は腰を抜かす。

「ひゃぁ、やっぱり山姥だ! 肉はけえすから殺さないで!」

 そして泣き叫んで懐の肉を投げつけた。


 老婆の身体は着物を引き裂いて膨張していく。

腕は太く肥大化し牛馬のごとく。その膨れ上がった体重を支えるために四つん這いとなる。

 巨大な化け狸。その背中は溶岩のように沸騰し、湯気と虹色の光を放っている。

狸の後光は、夜空を照らす。名状しがたい空模様。例えるならオーロラ、だがその輝きは辺りを昼間のように照らし出す。

 まさに未知の天変地異である。廃墟の中にいた難民たちは異常事態に悲鳴をあげて混乱する。


 人肉小屋が火を噴いて燃え上がる。


 老婆だった者は、口から、虹色の泡を吐いて吠える。

「ぎええええ!! 俺の食糧庫が燃えるぅ!!

 さては貴様、かちかち兎の生まれ変わりだな。

 炎の災いだ、ここで滅ぼし恨みを晴らしてくれる!」

 

 化け狸は弟分に飛び掛る。


 が、側面からの衝撃。桃太郎の一太刀が脇腹に突き刺さる。

化け狸はよろめき、弟分は命を拾った。兄貴分の肩を借りて、よろよろと退散する。


「死臭がして来てみれば、何てことだ。

 しかも、その虹色の輝きは――!」 


 レン高原で見た光。アザトース三兄弟の一柱。


「ヨグ=ソトース!」


 化け狸は、燃える背中から虹色の泡を噴き出しながら桃太郎を睨む。

「まさか副王の名を知っているとはな。

 そして、この俺に一太刀をあびせた。

 俺は、かつてこの地の山奥の根城にしていた古狸よ。

 あるとき、邪悪な兎の詐術に陥り火と水によって命を落した。

 だが、全にして一、一にして全なる者ヨグ=ソトースに見出され再び命を得た。

 さぁ、貴様は何者ぞ?」


 桃太郎は答える。

「かつて日本国に災いをもたらす鬼を退治するため、オオカムヅミにより遣わされた桃太郎だ!」


 これに相手は少し驚いた素振りを見せる。

「ほっ、ほーう、あの(いにしえ)の?

 ならば、俺に一撃を与えたのも納得だ。

 だが、俺は副王様の力により強化されている。

 兎に殺されたときの俺ではないわ! お前のナマクラ刀を見ろ!」 

「なに!?」


 桃太郎の刀は、狸に突き刺した部分が溶けて消失していた。山賊から奪った駄刀では、外なる神より力を受けた狸を傷つけるには力不足であった。



 吠え声ともに背中から間欠泉のように虹色の液体を飛ばす。

空に放たれたそれを桃太郎は目で追ったが、眩いオーロラの中に消えた。消えたのではない、虹色の液体がオーロラの中で色が重なり視認が困難となったのだ。


 桃太郎は直感で、前に飛ぶ。その瞬間、彼の背後に液体が落下、地面を熱で赤く溶かす。


「ぎきききき、いい動きだ。流石、鬼殺しというところか。

 ……ならばっ!」


 虹色高熱液を空へ向かって連射。


「!?」


「ぎゃはははは、あえて狙いをつけず、滅茶苦茶に撃ったァ!

 何発人間に当たるか? 救国の英雄なら、見殺しにはできねーよぉなぁ?」

「くそっ!」


 ほとんどの熱液は地面や無人の民家を焼いて、逃げ惑う人々には当たらない。


「いけない、そっちじゃない!」

 桃太郎は、高熱液の最後の一塊が、逃げる三郎の妻と息子に向かって落下するのを見止めた。

熱液が落下するよりも速く駆け、二人を抱きかかえて飛び退く。


 母子は無事。だが、跳ねた飛沫が桃太郎の右スネを焼く。


「ぐぁ!」

 前のめりに倒れる。


「桃太郎様!」

 三郎の妻は、桃太郎の右腕を引っ張り逃れようとするが、拒まれる。


「駄目だ、私にかまうな! 逃げろ!」

 

 が、三郎も駆け寄り桃太郎の左腕をつかむ。

「あなたを見殺しになんてできません!」


 化け狸は彼らを嘲る。

「泣かせるねぇ。英雄を救おうとする凡人。

 だがなぁ、てめえら全員ここで死ぬから!」


「逃げろぉ!」

 桃太郎は三郎夫婦に叫んだ。しかし彼らは必死に桃太郎を引きずる。


「げひっげひっ、まさか俺が桃太郎を殺すたぁなぁ。

 いい景気づけよ。次はかちかち山の悪兎の番だ。恨み晴らしたる」



「やめんか、愚か者」



 静かな怒りに満ちた声。



 狸は、その声の主を睨む。

「てめぇ、誰だ。この俺を馬鹿呼ばわりとは命知らずよ」

「余は、幕府八代将軍、足利義政。

 命知らずとはお前のことよ。貴様のような情緒不安定な(けだもの)に桃太郎を殺せるものか。

 それに愚か者とは狸のことではない。そこの夫婦よ」

「あ、あ?」


 狸と桃太郎の困惑を余所に、義政は説教を始めた。

「今、目の前にいるのは桃太郎。まさに強者(つわもの)

 そなたら夫婦はなぜ強者(つわもの)の両手を持って邪魔をする。

 そんなふうに両手を押さえては桃太郎が刀を握れんではないか」


「え、ええ、ああ」

 至って冷静な将軍に、三郎夫婦は言われるままに桃太郎の両腕から手を離す。


「愚か者はてめえのほうだ! 刀でこの俺を傷つけられるもの――」


「桃太郎よ、この刀を使え!」


 義政は鞘を持ったまま桃太郎に一振りの刀を渡す。


 桃太郎は(つか)を握って刀を抜く、無事な左足で立ち上がり、切っ先を狸の額へ向けて突き刺す。


「ぎゃはははは、無駄だよ! 無駄、無駄ぁ!

 刀ごときで!

 刀ごとき……。

 ……

 …………」


 狸の額から虹色の泡が漏れ出す。

「ぎゃ嗚呼アアアアアア、痛いぃぃぃぃ!!!????」

 怪物は断末魔と虹色の光に包まれて消滅。不気味な輝きの空も無事に夜空を取り戻す。



「素晴らしい。やはり宝とは持つべきものが持ってこそ価値を持つ」

 義政は手を叩き喜ぶ。


 桃太郎は右足を引きずり、義政から受け取った刀を見る。

山賊の刀は溶解したが、この刀は傷一つ無く、鋼の刀身を美しく輝かせている。

「……凄い。これはどういう刀なんだ?」

「うむ、これは我が将軍家に伝わる刀でな。

 藤原の世にて、源頼光(みなもとのよりみつ)という武士が、この刀で酒呑童子という鬼の首を斬り落としたという。

 まさに化け物を倒すための刀よ。その名を童子切安綱(どうじぎりやすつな)

童子切安綱(どうじぎりやすつな)!」


 桃太郎は改めて童子切安綱(どうじぎりやすつな)を見る。あらゆる邪悪を払い除ける気迫がある。


「おぉ、安綱を握って様になる男を初めてみた。

 安綱もそなたとなら、良い仕事ができるだろう。

 どうぞ、君の旅の供とするがいい」

「いいのか?」

「あぁ、余が持っていても宝物庫で埃をかぶるだけだ。

 そもそも誰も使いこなせんしな。

 良い道具は、良い主人を持って使われることが幸せであろう」

「ありがたく頂戴します」

「なに、礼を言うのはこちらのほうだ。君が安綱を振るわなければ我々が殺されていた。

 よくやってくれた。

 さて、雉鍋もできた頃合じゃ、狸汁が食えなくて残念ではあるが。

 皆の者、こんな余の前でも、今晩だけは人間らしく振舞ってはくれないか」


 こうして義政によって雉鍋が振舞われ、難民たちは一晩を乗り切った。


 楽園いんすますまで、あと少し。

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