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第52話 鳥獣戯画⑦ジンジャーとピックマンの絵比べ

 公開理事会の休憩時間も残りわずか、議事堂内に続々と聴衆が戻ってくる。

彼らは堂内中央で一心不乱に筆を握る二人の画家を注視した。


 オズの国東部マンチキンのジンジャー。まったく無名の新人。

 対するは喰屍鬼(グール)のリチャード・アプトン・ピックマン。

血生臭くおぞましい喰屍鬼(グール)絵を描かせれば右に出る物はいない天才画家である。ただしこのピックマンはニャルラトテップ派が用意した偽者である。


 理事や来賓たちも席に戻って来たが、彼ら関心事もやはり絵なので、来賓が一名足りないことに――、ドックス王子がいないことに誰一人として気付かなかった。




「それでは理事会を再開します。ピックマン、ジンジャー、両名とも描いた絵を発表なさい」

 議長かぐや姫の言葉を受けて、まずピックマンが書き上げた絵を発表する。


 議事堂内は聴衆を収容するため広い造りになっている。そのため傍聴席から観ても切手や葉書ほどの大きさしかなく何が描かれているかはよくわからない。

ルーヴル美術館にて板ガラスと柵で厳重に守られ展示されている『モナ・リザ』を観る感覚に近い。いくら名画でも遠く離れていてはよく観えない。

 そこで活躍するのが天井にはめ込まれた巨大水晶球である。

これは単なる飾りではない。対象を映し出すスクリーンの役割をはたしている。

 水晶球に映し出されたピックマンの作品を聴衆たちが見上げる。


 混沌とした暗がりで千切り取った人の足を喰らう喰屍鬼(グール)。足に食らいつくその様は躍動感と確かな迫力があり手と足からは血が滴り落ちている。


 彫刻家オラボゥナ理事はため息をついて椅子に深く座りなおす。

「はぁ。美しいぃ。生きるとは食うことなり、食うとは生きることなり。生命の息遣いがここにある!

 とても――」

“偽者が描いたとは思えない!”


 発明家ティンカー理事は拳で机を叩く。

「なにが生命の息遣いだ馬鹿馬鹿しい! あの絵の喰屍鬼(グール)が踏みつけている死体を見てみろ」


 絵の中の喰屍鬼(グール)は死体の山の上に立っていた。その死体の中にティンカーと詩家オシーン理事と思しき人物が描かれていた。

両目から血を流し苦悶の表情を浮かべている。

 オシーンは気分を悪くしたようで手で口を押さえて目をそむけた。


「なんて絵だ、皮肉のつもりか。議長、これは我々を侮辱し名誉を汚すものです。

 ダ・カーポ氏とピックマン氏に対し撤回と謝罪を求めます」

 ティンカーの訴えに、オラボゥナは首を横に振る。

「いやいやいやいや、これはむしろ名誉に思うべきこと。

 我が博物館の最高傑作『The Sacrifice to Rhan-Tegoth』にも生贄の像がそえられておりますが、この人物はロジャーズ博物館初代館長ロジャーズその人。

 作品で生贄にされているからと言って侮辱されると考えるのは曲解でしょう。

 これは両氏に対するピックマン氏からの善意の挨拶です」

 かぐや姫はオラボゥナに対してうなずき、ティンカーの訴えを却下した。


 天井の水晶球に広がる喰屍鬼(グール)絵のおぞましさに体調を損ねた者たちは逃げるように退席してしまった。

彼らの後ろ姿をみてダ・カーポは満面の笑みを浮かべ拍手する。

「ほっほっほっ、感情に訴える作品を送り出してこその芸術家。いささか刺激が強すぎたようですな。

 しかし、だからこそピックマン氏が理事に相応しい実力を持っていること、ご理解ご納得いただけたと思います。

 オシーン理事、いつまで横を向いているのです。現実を直視しなさいよ。

 あなたが連れてきたジンジャー嬢の実力、どれほどのものか見せてはいただけませんか」

「私が横を向いているのは、ピックマン氏の絵が不愉快極まりないからだ。

 いいだろう、ジンジャーの絵がいかに平和的かつ大衆向きであるかその濁った目に焼きつけろ!」


 オシーンの合図で、ジンジャーの絵が水晶球に映し出される。


 一面に広がるトウモロコシ畑。それをカラスの群れが狙うが近寄ることができない。なぜなら畑中央に堂々と青い案山子(かかし)が鎮座し睨みをきかせているからである。

カラスの群れは案山子が怖くて空を旋回するだけである。

 なにより、この絵の特筆すべき点は緻密にして繊細な描写。一切のデフォルメを排除した現実と見紛うばかりの風景。

耳をすませば、そよ風に揺らぎこすれるトウモロコシの葉の音、悔しそうなカラスの鳴き声が聞こえてくる。

 絵の才能を持つ者でも一部の天才のみが描けるという動く絵である。この絵には入り込むこともできるし、物を取り出すこともできる。


 ジンジャーはおろおろしながら作品を解説する。

「こ、これは私の故郷マンチキンをイメージして描きました。

 中央の青い案山子はエメラルドシティの新王でして、私の尊敬する方です。

 それはもちろん私の故郷から新しい王様が出ることは大変な誇りでして――」


「ジンジャー、あなたに発言は求めていません。作品の解説は結構」

 かぐや姫にぴしゃりと言われジンジャーは赤面してうつむく。ニャルラトテップ派の理事来賓たちの失笑を買ってしまった


 アレグロ・ダ・カーポはジンジャーの絵を評価する。

「なるほど、なかなか細かく繊細な絵である。農村の素朴さ純朴さを表現した味わいのある絵である」


 敵方から評価されジンジャーの表情は少し明るくなった。


 が、ダ・カーポはそんな生易しい男ではない。

「で、これを絵にしようと思ったのはなぜですかな?」

「え、それはどういう……?」

「あぁ、たとえばピックマン氏の絵は一目で絵であるとわかります。

 非常にリアリティのある真に迫る作品ですが、やはり絵です。

 筆のタッチと構図は氏の過去の作品と比べれてみれば、同一人物の作品と一目瞭然です。

 しかしジンジャー嬢、あなたの絵は現実と見紛うほどの精巧さ。

 これでは誰が描いたかわかりません。はっきり言いましょう、あなたの絵には個性が無いんですよ。

 これは理事以前の問題です。芸術家としては致命的ですな」

 

 更に畳み掛ける。


「それを踏まえてもう一度尋ねましょう。なぜトウモロコシ畑の絵を描いたのです?

 こんなに精巧に描いてしまっては、実際にトウモロコシ畑に行った方が良いではありませんか。きっとこの素敵なトウモロコシ畑はこの堂内よりも空気がおいしく、そよ風も心地よいのでしょうなぁ」

「えぇと、それは……、それは、それは、はわっ! はわわわ」

 個性が無いと言われたショックでジンジャーは目を白黒呆然となりひきつけを起こし、ふらふらになって何も言い出せない。


「ダ・カーポ氏、これ以上、彼女への中傷はご遠慮いただきたい」

 オシーンは強い口調で言い放った。

「個性、個性とおっしゃるが、彼女の筆の繊細さがピックマン氏を上回っていることは紛れも無い事実。

 音楽家のあなたに画家のなんたるかを語る資格は無い!」

「そうですか。なるほど一理ある。

 では付け加えましょうか。

 ジンジャー嬢は周囲の発言でいちいち表情がころころ変わる。

 それはなぜか? 彼女自身が自分の腕を、自分の作品を信じていないからですよ!

 我々芸術家にとって作品とは自分の子供のようなものです。

 自分の子供を親が信じないで、他のいったい誰が信じてやるというのです!?

 そんな小娘が理事となって月の民の頂点に立ち、我々と肩を並べると!? たいがいにせいっ!」


「ひっ!」

 ジンジャーはびくりと肩を震わせてへなへなと床に崩れ落ちた。そして、悔しさと不甲斐なさで両目を赤く腫らした。


 

 ぱん  ぱん  ぱん



 一人の神が拍手を送った。来賓席のアマツミカボシである。

「ダ・カーポよ、よくぞ言った。親は子を誇り、子は親を誇るもの。親子関係とはかくあるべきだ。

 信頼も敬意も無い親子関係など無為なものよ」


 他のニャルラトテップ派の来賓、一般傍聴者もミカボシの拍手に続いた。

かぐや姫はアマツミカボシに対して私語を慎むように厳重注意したが、拍手はしばらくやまなかった。


 ティンカーは舌打ちしてオシーンを睨む。

画家本人(ジンジャー)がこのザマじゃフォローするどころじゃない。

 やはりスミスを復職させる策を講じるべきだった」

「しかし、他にピックマンに対抗できる画家はいません!」

「対抗? 馬鹿言え。ジンジャーの描いた絵をもう一度よく観てみろ」


 指差されたジンジャーの絵を観て、オシーンは悲鳴をあげる。

「あぁ!? なんてことだ!」


 絵は書き手の心を映す鏡でもある。動く絵ともなれば尚更で、より強くその影響を受ける。

 無残にもトウモロコシ畑はカラスの群れに食い荒らされていた。畑の番人の案山子も無念そうに傾いている。

意地の悪いカラスはトウモロコシを食べることよりも、案山子をつつきまわして遊ぶことにご執心の様子。どうやら突っ立てるだけの案山子は無害であることに気付いてしまったようである。



 聴衆の反応、そして理事たちの様子を見て、かぐや姫は宣言する。

「さて皆の者、ジンジャーとピックマンの実力がよく理解できたと思う。

 両名ともに理事選に出馬する実力は十分にあると判断しました。

 ……オシーン理事、そしてジンジャーよ、今なら棄権も認めるがどうする?」

 これは、ジンジャーは画家理事になる最低限の画力はあるけれど、ピックマンには勝てないということを意味していた。

 オシーンは唇を噛み締め、ジンジャーは返事せずうつむいたままで、涙で床を濡らしている。


 この様子にオラボゥナは安堵の息を漏らす。

“これで偽ピックマンが理事となる。浮遊票は全て偽ピックマンに入るだろう。私の博物館も安泰だ。

 まぁ、ピックマンの画風が気に入らない奴やガチガチのノーデンス派はジンジャーに票を入れるだろうが。それは脅威にはならない。やった!”



「……さて、意見はもう出尽くしたようですね。これにて閉会とします。選挙日は追って公表――」 



「異議ありィ! その閉会待った!!」



 議長を遮るその声の主、理事のものではない。

会場内の視線は、その声の主へと集まる。


 狐族の王子ドックス。そして、(いぬ)とフロッグマンが後に続く。


「ドックス王子、あなたに異議を申し立てる権利はありません。あとそこの犬と蛙はここに立ち入ってなりません、立ち去りなさい!」


 しかし王子は怯まない。

「いや、理事会を閉会してはならん。余は今から月の命運に関わる事実を公表する。

 そしてそれは今でなくてはならん。理事会が終わってからでは遅い。手遅れになる!」



 右手を突き出した。その手には戌が明恵上人(みょうえしょうにん)から貰った巻物が握られていた。

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