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第49話 鳥獣戯画④ピックマン作戦

 アレグロ・ダ・カーポによる緊急公開理事会の前日。

ロジャーズ博物館の館長オラボゥナはダ・カーポ邸に呼び出されていた。


 応接室でダ・カーポの到着を待つ。部屋の壁には喰屍鬼グールをモチーフにしたおぞましい絵が幾つも飾られていた。


「素晴らしい、どれもこれもリチャード・アプトン・ピックマンの代表作じゃないか。

 死体を貪り食らう『Ghoul Feeding(食事をする食屍鬼)』

 さらった人間に人食いを教える『The Lesson(教え)』

 おぉ、愚民どもを血祭りにあげる『Subway Accident(地下鉄の事件)』まである。

 凄いコレクションだ。……贋作じゃいよな? 

 ……本物だ。よくもここまで集めたものだ。

 欲しいなぁ。流血による食欲をそそる美しさ。まさに芸術の本質をついている!」

 オラボゥナは心を奪われ、我を忘れて独り言をぶつぶつ繰り返す。


「お待たせしました。……どうです、素晴らしいでしょう」

 いつの間にアレグロ・ダ・カーポが横に立っていた。


「え、あぁ、素晴らしいコレクションです。集めるのはさぞ骨が折れたでしょう」

「ふふふ、そうですな。ここまでこぎつけるのは大変でした。

 しかし、それだけの価値がこれらの作品にはあります」

「で、お話というのは何です?

 あなたが突然に公開理事会開催を発表するものですから、こっちはてんてこまいですよ。

 まだ準備も終わってないのです」

「ほっほっほっ、なぁにすぐ終わりますよ。

 オラボゥナ氏、あなたはラーン=テゴスの神官とはいえ同じニャルラトテップ派の同志。

 一応、私のたてた作戦をお話ししておこうと思いまして」

「そうですか、それは是非知っておきたい。……イムホテプ氏は呼んでいないのですか?」

「呼ぶわけないでしょ。我々の理事の中で一番リスクを負ってないのが彼なのです。

 些細なことで簡単に裏切るし味方になる。そんな男に私の計画は話せませんよ」

「わかりましたダ・カーポ氏。あなたの計画を聞かせてください」


 ダ・カーポは嬉しそうに咳払いすると、壁にかけられたピックマンの絵をうっとりと眺める。

「素晴らしい絵でしょう。ここまで育てるのは時間もお金もかかりました」

「ん? 絵の話はさっきしましたが、ん、育てる?」

「実はですね、ここに飾ってあるピックマン氏の絵、全部贋作なのですよ。偽物」

「贋作!? そんな馬鹿な。私は彫刻家だ。失礼だが、音楽家のあなたより絵を観る眼は養っているつもりです。これらの絵は本物です。

 ……でも確かに『Ghoul Feeding(食事をする食屍鬼)』『|The Lesson(教え)』『|Subway Accident(地下鉄の事件(』が一同に介しているのは現実的じゃない。

 いったいこれは……」

「ほっほっほっ、オラボゥナ氏、あなたの反応を見て私は計画が成功することを確信しましたよ。ありがとう」

「どういうことなんです?」

「ご紹介しましょう。おーい、入ってくれ」


 ダ・カーポの呼びかけに応じて一人の喰屍鬼グールが入室した。


「彼はリチャード・アプトン・ピックマンになる男。新しい画家理事だ」

「え? でもピックマン氏は行方不明で……、あ、だから贋作なのか。え、この喰屍鬼グールを替玉に!?」

「その通り。私はニャルラトテップ様の賛同者を増やす旅をするかたわら、人間や喰屍鬼グールで絵の才能のある男たちをかき集めた。

 そして徹底的にピックマン氏の画風作風を叩き込んだのです。拷問に近い方法もとった、手段は選らばない。

 そうしてピックマン氏と同等の画力を習得したのが彼だ。えぇと……、彼も元人間だったかな。喰屍鬼グールと共同生活させれば勝手に喰屍鬼グールになるからね」


 オラボゥナは偽ピックマンと贋作を交互に見比べて呆然としながらも事態を飲み込んだ。

「た、確かにこの絵を観れば、彼がピックマン氏を名乗っても遜色(そんしょく)ない実力を身につけたことはわかります。

 しかし、明日の公開理事会、ピックマン氏の顔を知る者もいるかもしれない。それが偽者と騒ぎだしたら……」

「そうかもしれませんな。それが何です?」

「へ?」

「彼を偽者と騒ぐのはノーデンス派だけですよ。彼はもうピックマンと同じ実力があるのです。画家の才能があるのですから問題ないではありませんか」

「いや、いやいやいやいや。もし本物のピックマン氏が現れたら?」

「今まで行方不明で死亡説も出ている男が、明日の公開理事会という最高のタイミングで現れると。ありえませんな。

 まぁ、生きていれば、ひょっこり顔を出すかもしれませんね。でも、そのときは月はニャルラトテップ様の物になっています。手遅れですな、我らの勝利です」

「あー、あー、そうだ! イナバの腰巾着にカチカチってのがいるでしょ。

 あいつは犯罪者だけを火傷させる炎を操るっていうじゃありませんか、もし偽ピックマンに試させろとか言ってきたら……」

「オラボゥナ氏、あなたは意外とネガティブですな。もちろんそんなことはさせないつもりですが、

 カチカチ警察長官の裁断の炎(コノハナノサクヤビメ)の対策もしてあります」

「あの炎を退ける策が?」

「ありますとも。どんな強力な術にもスキはあるものです」

 そう言ってダ・カーポはルビーで装飾された銅の箱から二本の喰屍鬼グールの腕を取り出して見せた。


喰屍鬼グールの腕?

 ……いや、中が空洞になっている。手袋?」

「その通り。あなたは火鼠(ひねずみ)とういう動物を知っていますか」

「火山や砂漠ではありふれた動物だ。たしか炎の中でも焼け死なないとか。

 まさか、この喰屍鬼グールの手袋は火鼠の皮から?」

「その通り、カチカチの裁断の炎(コノハナノサクヤビメ)は炎に耐性のある物質生物には効果がないのです」

「しかし、火鼠の皮は色鮮やかな輝きを放つというが……」

 オラボゥナは手袋を手にとって注意深く観察したが、ゴムなようなべとべとした質感で黒一色である。


漢部内麻呂あやべのうちまろに依頼しました。この装飾職人、金さえ払えばどんな細工物も秘密厳守でやってくれる。

 金はかかりましたが、これでカチカチの炎を防げるなら安い買い物でしょう」

「うぅむ、なるほど。カチカチは相手の手を握って裁断の炎(コノハナノサクヤビメ)を使うというから、この火鼠の手袋を使えば対策は万全というわけだ」

「さらに念には念入れのダメ押しで、彼の声帯はつぶしてしまいました」

「声帯をつぶした!? そういえばこの喰屍鬼グール、先ほどから何も喋っていないが」


 愕然とするオラボゥナを前にダ・カーポは淡々と続ける。

「下手に喋るとぼろが出ますからな。敵の口車に乗ってうっかり余計なことを喋るぐらいなら黙っていてもらったほうがいい。

 富と地位が手に入るのです。声ぐらいどうってことないでしょう」

「あなた、音楽家だろ。声を奪って何とも思わないんですか!?」

「彼は画家ですよ、絵を描くのに声はいらない。えぇ、彼が歌手でなくて良かったと思っていますよ。

 彼が画家で本当に良かった。歌手の声帯をつぶしてしまったら、私は罪悪感で一生苦しむことになったでしょう」


 ダ・カーポは大胆不敵に笑い一呼吸おいた。

「明日、私はこのピックマンを理事に推薦します。ティンカーにしろオシーンにしろ、これ以上の画家は用意できないでしょう。

 月からノーデンスの影響を永久に排除し、ニャルラトテップ様に捧げるのです」






 話は理事会に戻る。

 オシーン詩家理事は、ピックマンを偽者と証明するためにランドルフ・カーターを召喚したが効果は薄かった。

偽ピックマンはキャンバスに向かって黙々と作業を進めている。


 その様子にオラボゥナは安堵した。

“偽ピックマンの贋作は完璧だ。彼の作品がピックマンであることの証明だ”

 そして来賓席に座るカチカチを見上げる。

カチカチは絵を描く偽ピックマンに見入っている。半信半疑といった目つきだが、出しゃばってくる素振りは無い。

“幸いにもカチカチが裁断の炎(コノハナノサクヤビメ)を使ってくる様子は無い。仮に使われても対策済みだ”


 しかし、オシーンは次の策を繰り出す。

「議長、ダ・カーポ氏はあの喰屍鬼グールを画家理事に推薦しました。

 当然こちらにも同じ権利があります。

 私も画家理事に推薦したい人物がおります」


 この発言に聴衆は驚きの声をあげる。

「あのピックマンが本物か偽者かもわからないのに新しい画家を推薦するのか」

「ということはノーデンス派はスミスを見限ったというわけか」

「スミスは死んでるんだ。今まで理事でいたことのほうがおかしい」


 騒然となる会場を、かぐや姫は沈める。

「静粛に!

 オシーン理事、その推薦を認めます。その人物を召喚なさい」


「オシーン貴様、気でも狂ったか!?」

 発明家理事ティンカーは目を血走らせて怒声を浴びせる。

「奴が本物であろうと偽者であろうとスミスの画力にはおよばん!

 スミスを信じず別の画家を推薦するとはけしからん。なんて妥協をする奴だ見損なった!」

「もう限界ですよ。民衆は死んだ理事ではなく生きた理事を求めている。

 これ以上、故スミス氏を理事に据えておくことは不可能です!」

「不可能を可能にするのが発明家の仕事だ!

 だいたい私になんの説明も断りも無く画家を理事に推薦しようとはなにごとだ!」

「説明したら反対することは目に見えている!」


「ティンカー理事、あなたの発言は進行の妨げになっています。お黙りなさい!

 オシーン理事、早くその画家を召喚しなさい」

 かぐや姫の注意にティンカーは沈黙を余儀なくされた。


 オシーンは、支援者席に座る女性に視線を送った。

するとその女性は立ち上がった。

「私は、この女性を画家理事に推薦します」


 ティンカーは息をつまらせた。

「あの娘はオズの国の――」

 

 場内の視線はオシーンが紹介した女性に集中した。そして唖然として静まり返った。

今日一番の静寂。今日初めて会場にいる者たちの心が一つになった。



“あの女、誰?”



 かぐや姫は、オシーンの推薦する女性に問いかける。

「あなたの出身と名前を答えなさい」

「ハッ、ハイ!

 おおおおおオズの国東部のマンキチッ、マンッ! マンチキ、マンチキンのっ、ジンジャーと申します。

 今日はよろしくお願いします!」


 がちがちに緊張し言葉もかみかみのジンジャーに会場は大爆笑の渦につつまれた。

ダ・カーポが連れてきたリチャード・アプトン・ピックマンに比べて、あまりにも平凡な田舎娘。


 ジンジャーは恥ずかしさで顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。



 聴衆は笑っていればいい。しかし、理事たちはそうはいかない。


 ティンカーはジンジャーの滑稽さに頭を抱えうめき声をあげた。 


 オシーンは堂々とはしているが、大量の汗が顔面を流れている。


 イムホテプは微笑んで、生ぬるい視線を送っている。


 オラボゥナは目をぱちぱちさせて溜息を繰り返している。


 アレグロ・ダ・カーポは――



「ひっ」

 ジンジャーは短く小さい悲鳴をあげた。睨まれている。

今の今まで笑顔を振りまいて余裕を見せていたダ・カーポは口をへの字に曲げてジンジャーを睨んでいるのである。

まさに憤怒の形相で、顔に刻まれたしわが深い影を作り這いよる黒き混沌のごとく。まさに彼がニャルラトテップの神官である何よりの証左であった。


「ダ・カーポ理事、被推薦者(ジンジャー)を必要以上に威嚇するのをやめなさい」

「これは失礼。しかし、威嚇をしたわけではありませんぞ。オシーン氏が理事会を侮辱するもので、つい怒りをあらわにしてしまいました」


 オシーンは異議を唱える。

「私は会を侮辱などしていない。なぜそんな中傷をするのです?」

「私は月の理事として、この職務に命を()しております。

 ピックマン氏をお連れすることも昨日今日で決めたことではありません。

 氏とは何度も長い時間をかけて会談し、ニャルラトテップ様のご意思に賛同をいただいたのです。

 それがなんですかオシーン氏、あなたが連れてきたジンジャーとかいう娘は。

 人前でまともに話せない。言葉を噛む。緊張しっぱなし。

 そんな人物がどうやって民を導き治めるというのです。

 可愛いく素朴な娘で釣れば票が入るという安易な考えではないのでしょうか。

 あなた、月の住民を甘く見てるんじゃないんですか。これが理事会ひいては月の民への侮辱でなくて何だと言うのでしょうか?」


 これにニャルラトテップ派の支援者、来賓、一般聴衆は盛大な拍手を送った。


 その拍手をさえぎってオシーンは怯むことなく――、彼は騎士団長であるから堂々と反撃に出た。

「ならば――、ならばこそ。彼女の振る舞いに惑わされることなくジンジャー嬢の才能を持って評価していただきたい。

 彼女が優れた画家であることに相違は無い。

 私に言わせれば、ピックマン氏の絵はおどろおどろしく血生臭く品性を著しく欠いている。

 氏の画風は、美しい輝きを放つ月には相応しくありません。月の姫君たちを汚泥で辱めるようなものです」


 辱めと聞いてアルテミスや嫦娥(じょうが)といった月の女神たちは身震いした。

来賓席にいたはずのアポロンはいつの間にか支援者席にやってきて嫦娥(じょうが)を慰めている。


 月の女神の中でも、心無きかぐや姫だけが表情を変えずに毅然として言い放つ。

「アポロン! あなたの席はそこではない。すぐに自分の席に戻りなさい!

 ジンジャー、ここにいる者たちは貴女の実力がわからぬゆえに大いに困惑し動揺している。」

 アポロンはティンカーに睨まれながらも、余裕綽々と来賓席に戻る。


 そしてかぐや姫はジンジャーに命令する。

「この場を治めるため、また貴女が理事に相応しい者と示すため、筆を取り絵でもって答えよ」

「わっ、わかりました!」


 すぐさま画材が用意され、ジンジャーも仕事にとりかかった。


 二人の画家は一心不乱に筆を繰って、全身全霊をもって白紙のキャンバスに己の才能と情熱を解き放った。


 その様子を見て、かぐや姫は議事を進める。

「さて、二人の作品が仕上がるにはまだ時間がかかる。

 その間にダ・カーポ理事の提案したスミス氏の解任要求の決を取る」


「異議あり!」

 ティンカーが挙手する。

「まだ、この二人の画家の実力はわかりません。現時点でスミス理事を解任するのは早計であります」


 するとダ・カーポが異議を唱える。

「ピックマン氏にしろジンジャー嬢にしろ、我々理事がその実力を認め推薦したのです。

 私とオシーン理事の眼力を疑うのですかな。

 まぁ、ジンジャー嬢の腕前の程は知りませんが、ピックマン氏の画力は誰もが認めるもの。スミス理事の解任は妥当」


 かぐや姫はうなずく。

「ティンカー理事の発言を却下します。スミス理事の解任の決を取ります」



『スミス理事の解任』


 ティンカー、反対


 オシーン、賛成


 ダ・カーポ、賛成


 オラボゥナ、賛成


 イムホテプ、賛成


「賛成四票、反対一票。よって理事会は故・スミス氏を画家理事から解任致します」

 かぐや姫の宣言に場内は歓声に包まれた。 

それはニャルラトテップ派だけのものではなかった。

ノーデンス派の月市民も長年にわたり、死人が理事職についている状況に辟易していたのだ。


 ついに名実ともに画家理事の椅子は空席となった。

この座につくのはジンジャーか、偽ピックマンか。

ジンジャーは主にオズシリーズ2作目『THE Marvelous Land Oz』で活躍します。女性の権利(?)のために将軍を名乗り、エメラルドシティでクーデターを起こします。気になる方は是非チェックしてみてください。

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