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第44話 虹の娘ポリクローム 前編

 月とオオス=ナルガイ東部を結ぶ黄金鉄塔。その塔を駆ける豪華貨客ゴンドラ、ムーンラダー号はオオス=ナルガイの草原地帯に到着した。

降りる乗客たちは、皆上流階級の紳士淑女。その中では青い僧衣の豚と黄色いドレスの赤巻き毛の褐色肌の女二人組は否応なく目立つ。


 青い僧衣の猪八戒は黄色ドレスの沙悟浄を見る。

「あー、悟浄、髪型崩れてきたね」


 言われて沙悟浄は髪に手をやる。

「うん、ドックス王子が強引に狐の髪型にしたからね。(第30話参照)

 でも王子で良かったわ。王様だと狐に変身させる術が使えるんですって」

「へぇ、本当に!?」

「危ないところだった。あの狐の王子が王に即位したら、きっと多くの種族が無理矢理に狐にされて酷い目に遭うでしょうね」

「えー、何それ嫌味?」

「へっ、な何で?」

「狐に変えられるなんて、豚にされるよりずっとマシだと思うんだけど」


 八戒はもともとは豚ではなかった。堕天したとき誤って豚の(はら)に入ってしまい豚の妖怪になってしまったのだ。


「ご、ごめん」

 しゅんと申し訳なさそうな顔をする悟浄。

しかし、悪気は無いのだ。それはもちろん八戒は心得ている。

「いいよ、いいって。いいってことよ。

 そんなことより、ここどこなの?  普陀山(ふださん)はどっち?

 ねぇ悟浄、聞いて来てよ。きっとゴンドラ塔の従業員なら調べてくれるよ」 


 悟浄は溜息をついて苦笑い。

「あなたって、そういう知恵は働くの早いよね」

「いーから、いーから。

 ムーンラダーの守護神、悟浄様の頼みなら皆聞いてくれるって」


 八戒に急かされて、悟浄はゴンドラ塔の受付で道を訪ねる。

受付の兎はもちろん普陀山(ふださん)の場所を知らなかった。

しかし、悟浄様の頼みならばと面倒がることなく逆にはりきって地図や地理学の分厚い本を調べあげた。

そして、とうとう普陀山(ふださん)の場所をつきとめた。


「大変申し上げにくいのですが……」

 兎はためらいながらも受付カウンターに地図を広げる。

普陀山(ふださん)はここから西の地です。オオス=ナルガイを突っ切りセレファイスから海路で対岸へ出ます。

 陸路で南下しウルタール、スカイ川に沿って進めば魔法の森。そこを抜ければ普陀山(ふださん)に辿り着けます。

 しかし、こいつは……」

 

 兎の煮え切られない態度に猪八戒は苛立った。

「何よ、言いたい事があるならちゃんと言いなさいよ」

「いえ、その、悟浄様たちは月にいらっしゃったのですから。

 それならムーンラダーを使わなければ……。

 月の港からダイラス=リーン行きのガレー船に乗って。ほら、そうすればスカイ川を渡ればすぐに魔法の森でしょう」


 仏僧二人は地図を見て愕然とする。その距離およそ十倍以上。


「どうでしょう。月に戻られては?

 もちろん、あなたがたからゴンドラのお代はいただきません」


 すぐに乗りたい提案。しかし、猪八戒は頭を抱えて首を横にふる。

「駄目、駄目よ。今、月に戻ったらフィアナ騎士団にとっつかまる。

 大丈夫よ、大丈夫。私たちこう見えても空を飛べますから」


 兎は沙悟浄を見てうなずく。

「それは存じ上げております。あなたたちが武勇に優れていることも。

 ですが、油断なくお気を付け下さい。ここはもう月のように安全とは言えません。

 野党山賊どころか恐ろしい名状し難い怪物も跋扈(ばっこ)しております。

 無闇に高いところを飛べばそういった魔物の注意を引いてしまうかもしれません」

「ありがとう、気をつけておくわ。できるだけ徒歩、飛ぶにしてもできるだけ低くね」


 受付の兎は、餞別に地図をくれた。幻夢境でもっともポピュラーなセレネル海を中心とした世界地図である。

猪八戒と沙悟浄は拱手(きょうしゅ)して礼を述べ、そしてゴンドラ乗り場を後にしてセレファイスを目指してオオス=ナルガイを西に進んだ。






 猪八戒は自分の仙雲に沙悟浄を乗せて――、これは八戒の雲が悟浄の雲より飛行速度があるためであるが、オオス=ナルガイの草原を低空飛行で突き抜ける。


 八戒は地図を睨む。

「セレファイスまではこのまま低空飛行でいいけど数日はかかるわね。

 海路は安全なのかしら? まぁ、これはセレファイスで情報を集めましょう。

 で、陸路は山岳地帯が多いのね。徒歩か乗り物を探すか、雲を使うにしても開けてないから速度は落とさないとね」


 沙悟浄はうなずいて聞いていた。ふと、草むらの中から何者かの気配を感じて雲から飛び降りた。


「え、ちょっと何!?」

 八戒は雲を消して悟浄の後に続く。


 背の高い草むらが、がさがさと揺れている。


「あっ……」


 草むらの中にボリュームのあるブロンドロングヘアの少女が隠れていた。


「あ、あ……」

 少女は青い瞳で悟浄の降魔宝杖(ごうまほうじょう)と八戒の九歯馬鍬(きゅうしまぐわ)を見比べ震える。

震えるたびに彼女のまとったドレスはクモの巣のようにゆらゆら揺れてタマムシのように色を変えた。

まるで、雨上がりの空にあわく輝く虹のようだった。


 八戒は思わず声をかける。

「……奇麗。あなた、ポリクロームでしょ?

 さっき雲から落ちたでしょ」 


 ポリクロームは怯えきっていた。

「だ、誰なんです、あなたたちは?

 どうして私の名前を知ってるんです?

 その恐ろしいとがった武器で私をどうするつもり!?

 こわいわ、近寄らないで!」


 そして二人に背を向けて走り去ってしまった。


 猪八戒は肩を落とす。

「怖がらせちゃった」


 沙悟浄は少女が逃げ去った方角を見つめる。

「放っておいていいのかしら。

 この辺りには危険な生物はいないと思うけど」

「多分大丈夫よ。ポリクロームが落っこちることはよくあることなんでしょ?」

 

 すると、どこからか犬の遠吠えが響いた。


「前言撤回。あんな可愛らしい子を野犬の餌食にするわけにはいかない」

「……犬?」

 沙悟浄は何か引っかかる気がしたが、八戒とともにポリクロームの後を追った。






 ポリクロームの後を追うと、背の高い草のない開けた場所に出た。

そして案の定あたりには犬の群れがいた。どの犬も大きく逞しく戦い慣れしている様子だった。


 一頭の黒犬がポリクロームと話している。

「お嬢さん、そんなに慌ててどうしたのです?」

「助けて、追われてるんです。恐ろしい武器をもった二人組みの盗賊に!

 あっ! あの人たちです!」


 ポリクロームに指差されて猪八戒は納得できない。

「なによ、私たちのことは怖がって犬の群れは怖くないってどういうことよ!」

「だって、犬さんたちは武器は持ってないけど、あなたたちは恐ろしい武器を持っているじゃない!」

「まぁ、この娘はなんにもわかっちゃいない。犬には鋭い牙と爪、獲物をどこまでも追跡する鼻があるのよ!

 悟浄も何か言っておやりよ!」

「えっと……、犬の群れ……、犬の群れのことで何か大事なことを忘れてる気がする」

「忘れてる? ……そうかわかった!

 やい、犬ども。よく聞きなさい、私たちは道教神族でかの二郎真君とは親交があるのよ」


 しかし、黒犬は応えない。

「じろうしんくん? 誰だそいつは」

顕聖二郎真君(けんせいじろうしんくん)よ。他の犬は知らない?」


 八戒の呼びかけに犬たちは互いの顔を見合わせたが、首をかしげている。


「わしは知っておるぞ」

 老いた灰色の犬が進み出た。

「と言っても会ったことはないがの。名前を聞いたことがあるだけじゃ。

 その者はニャルラトテップに殺されたと聞いておる。(第16話参照)

 しかし、我らの(あるじ)はニャルラトテップに噛み付いて手傷を負わせた。

 わしらの主人に劣る者、まして殺された者の友人の話など聞く必要があろうか」


 この老灰犬の言葉を受けて、犬たちは今にも襲い掛かろうと八戒たちににじり寄る。


「思い出した!」

 悟浄は叫び声をあげた。

「あなたたちの主人はトトですね? それなら日本神族の犬、(いぬ)もいるのでは?

 私たちは彼らの知り合いなのです」


 これを聞いて犬たちの間に動揺が広がる。

「こやつ、トト様と戌様を知っている?」

「いやまて、それくらいのことアザトースの眷属でも知っている」

「そうだ、俺たちは奴の仲間を何匹も殺してきた」

「この前もニャルラトテップの神官が乗ってたシャンタク鳥を殺したし」

「油断させる罠かも」

「でも、本当に知り合いだったら?」

「トト様、怒るだろうなぁ」

 

 老灰犬は八戒たちに言う。

「もう間もなく、トト様と戌様がいらっしゃいます。

 もし、あなたたちが本当にお二人のお知り合いであるなら非礼をおわびしましょう。

 しかし、それまでの間、武器を預けてくださらぬか?」


 八戒は出し渋ったが、悟浄に睨まれて武器を差し出した。


 二人の武器を受け取った犬はその重さに感心したようだった。

「ほう、なかなかの重さだな。四トンくらいか。なかなかやるじゃあないか」


 犬たちは口に武器をくわえて運んでいった。


「あー、あんまりヨダレでベタベタにしないでね」

 八戒は気が気でないといった様子で犬たちに注意した。 

 




 

 猪八戒と沙悟浄は犬たちに監視される中、トトと戌の到着を待った。


「それにしても悟浄、なんでトトと戌がいっしょにいるって知ってたの?」

「あぁ、セレファイスでランドルフ・カーターという魔術師から聞いたのよ」

「え、あいつ、悟浄のところにも来たの?」

「知ってるの?」

「三年くらい前に私のところに来て、君は十二冒険者の一人だからアザトースを倒す手伝いをしてほしいとかほざいてたわ」


 悟浄は肩をすくめた。

「その様子じゃ追い返したみたいね」

「そらそうよ。だってアザトースは封印されてるし、封印されてなかったとしてもあんな怪物倒せないし。

 あの魔術師はアザトース恐怖症なのよ、きっと」

「……ちゃんとカーターの話を聞いてたら、お師匠様の行方がわかったんじゃないの?」

「……」

「黙ってないで何か言いなよ」

「私、悪くないもん。あいつ、お師匠様の話なんて一言もしなかった。

 そういや、(さる)さんのところには来なかったのかな?」


「おい貴様ら、何をぶつぶつ言ってるんだ。もう間もなくトト様と戌様がいらっしゃる。

 粗相のないようにな!」

 黒犬が言い終わらないうちに草原の中を何かが駆け抜ける音が響いてきた。それは犬よりも大きな物体のようで遠くからでも草を撒き散らして進んでいる様子がよくわかった。


 最初に草むらから二頭の大型犬が並んで顔をだした。次いで十頭の大型犬が飛び出す。さらに背後から小さいながらも一軒の家が続く。


 猪八戒は我が目を疑い悲鳴をあげた。

「ヒェッ! 家が動いてる!?」

「家を……、家を十二頭の犬で引っ張ってるんだわ!」


 沙悟浄の指摘どおり、それは十二頭の犬が牽引する巨大な犬ぞりであった。

犬ぞりは本来は雪原氷原に用いる乗り物だが、十二頭の犬たちの魔力によって砂漠に湿地帯とあらゆる地形を走破できた。

そりに乗せられた木造の家から白毛の戌が降りる。戌は体に色あせた白い布を巻いていた。布には黒い墨で文字が書かれているようだが、体に巻かれてしまっているので読むことはできない。


「八戒殿と悟浄殿! 無事だったのですね。

 良かった、本当に良かった。

 皆、この方たちは私の古い友人だ。敵ではない」


 これを聞いた犬たちは、ようやく警戒を解いて武器を返してくれた。

「まさか、本当に戌様のお知り合いだったとはな。

 悪かったな。ほら武器を返すぜ」 

「うへぇ、私の馬鍬がヨダレでベトベトォ」

 九歯馬鍬の柄を指先でつまんで顔をしかめる猪八戒。


「ごめんなさい、私のせいで。本当は良い人たちだったのね」

 ポリクリームが瞳を潤ませた。その可愛らしさに八戒は許した。

「いいってことよ!」

 

「二人とも、どうぞそりに乗ってください。お話したいことが山ほどあります。

 そちらのお嬢さんも、一人で草原を歩くのは大変でしょう」

 戌は八戒と悟浄そしてポリクロームに、そりに乗るように促した。


 話したいことが山ほどある。


 猪八戒は嫌な予感がしたが、悟浄とポリクロームがさっさと、そり上の家の中に入ってしまったので仕方なく後に続いた。






 犬ぞりの家はキッチン、寝室、リビングが一部屋に納められていた。

木板張りの床の中央には人一人が通れる扉があった。しかし、犬ぞりに地下室などあるわけがないので非常口だろうと猪八戒は認識した。

 部屋の隅にはダブルベッド一台と子供用と思われるシングルベッド一台が置かれていた。

そのシングルベッドの上にドロシーの飼い犬であり、魔犬の群れを束ねるケアンテリアのトトが座っていた。


 トトはベッドから跳び降りるとワンワンと吠えだした。しかし、猪八戒たちに犬の言葉はわからない。

 戌が通訳する。

「『皆さん、ドロシーの居場所はご存じありませんか?』」


 八戒も悟浄も知らなかった。ポリクリームに至っては誰のことかもわからなかった。


「ちょっとさ、開口一番挨拶も無しに、いきなり仲間の消息を聞いてるくなんてぶしつけじゃない?」


「わん、くぅーん」

 猪八戒の言葉に、トトは寂しそうに鳴くとベッドに跳び乗って体を丸くして眠ってしまった。


 戌は通訳した。

「『いつまで夢の中をさ迷うんだろう。早く目覚めたい』

 八戒殿、悪く思わないでいただきたい。トトは一日ほとんど寝て過ごすのです。

 トトの目にはこの幻夢境も私たちも夢や幻のように映るのだそうです」

「あのさぁ、確かにここは人間の夢から構成された世界だけど、私たちは夢でも幻でもないでしょうに。

 ここにこうしてちゃんといるんだからさ」

「私もそう思いますが本人が受け入れないのです」

「失礼だけど、なんであんな現実逃避の小型犬がこの群れの頭やってるの?」

 八戒が見た限り、この群れで小型犬はトトだけで他は全て戦場慣れした大型中型の魔犬たちだった。


 戌は困ったように言った。

「犬族で上下関係は絶対です。他に誰もいないんですよ、ニャルラトテップに傷をつけた犬が。

 だから、他の誰かがニャルラトテップに手傷を与えたり倒せば状況は変わるでしょう」

「犬って大変なのね。あのトトが群れのボスの間はドロシーちゃんを探してあちこち当ても無くさ迷ってるってことでしょ?」

「そうですが利害は一致しています。この群れの仲間たちはアザトースの眷族に故郷を壊されかつての主人を殺された者たちばかり。

 私たちがアザトースの眷族を狩っているのは復讐もかねているのです。

 私だって主人桃太郎それに(きじ)(さる)の消息を追っています。今のところ何の情報もありませんが」


 それを聞いた沙悟浄は申のことを話そうと口を開いた。

「それなら――」

「ねぇ、ポリクロームちゃん、あなたお空に帰らなくていいの?

 私は雲を操れるから送っていってあげるよ!」

 猪八は悟浄をさえぎってポリクロームに笑顔を向けた。

 ポリクロームも微笑み返した。

「ありがとう。でも無理よ、私の雨の精(おとうさん)と姉さんたちは警戒心がとても強いの。

 見知らぬ人が近付いてきたら雲を散らして逃げてしまうわ」

「あらら。それじゃあいつもどうやって戻ってるの?」

「お空を飛ぶガレー船に乗せてもらって、雲よりずぅっと高い場所、成層圏で飛び下りるの。

 そうすれば雨の精(おとうさん)が受け止めてくれるわ」

「成層圏ね、宇宙と空の間の空間。あの辺って仙雲が散ってうまく飛べないんだよね。どういう理屈か知らないけど。そもそも天界があったころは成層圏なんてなかったけど。ほんと幻夢境って変わったところよね」


「ここから一番近いガレー船の港はセレファイスですね。けっこう遠いですよ。

 もっとも私たちの目的地もセレファイスですが。情報収集が目的です」

 戌の言葉にポリクロームは喜び願い出る。

「私も連れて行って。踊りが得意だから皆さんの目を楽しませることくらいならできるわ」

「わかりました。セレファイスまでごいっしょしましょう」


 こうしてトトが率いる犬の群れに猪八戒、沙悟浄、ポリクロームが加わってセレファイスを目指して西へと進む。

しかし、沙悟浄は自分の言葉を遮った猪八戒の態度に納得がいかない。心中にわだかまりを引きずったまま同行する。


 それが旅の障害となるのは時間の問題か。

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