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第34話 探検! ロジャーズ博物館

 夜、桃柿温泉の宴会場では木落猿(きおちざる)の歓迎会が催された。


 息子夫婦である(さる)柿猿(かきざる)。その三つ子の見猿、言わ猿、聞か猿。

温泉街商工組合でも名の通った企業主(ほとんどが兎や蛙)たち。

そして、木落猿(きおちざる)を家族に引き合わせた猪剛鬣(ちょごうりょう)が出席した。



 宴会は飲めや歌えやの大騒ぎ。

 和菓子屋の兎の店主が猪剛鬣(ちょごうりょう)に酒をすすめる。


「さ、どうぞどうぞ。親子再開の立役者が飲まなくちゃ始まらない」

「あははは、いただいてます。いただいてますとも。

 でも、もういっぱいいただきました」

「そうは言っても料理はまだまだたくさん残っているじゃありませんか」


 テーブルには手付かずの肉料理が山のように皿に乗っていた。


「いや、肉は食べないんです」

「えっ、そうなんですか!? ならなおのこと飲まなくちゃいけない」

「どういう理屈よ」

「いいから、いいから」


 結局、猪剛鬣(ちょごうりょう)はすすめられるまま月の仙酒を飲みほした。


「いや、もう本当に無理」


 酔い覚ましのため、立ち上がってふらふらと外に出て庭園に下りる。


 ほんのり輝く地面と夜空に浮かぶ地球に照らされて、深い海にたたずむ竜王の御殿のようであった。


「すごーい、昼間は気付かなかったけど、夜になるとまた全然違うのね。

 あ、看板がある。なになに……、この庭は善阿弥(ぜんあみ)の作。……誰だそいつ、知らね」


 いい気分で庭を歩いていると、一人で池を眺める(さる)を見つけた。

嫌な予感がしたので、その場から立ち去ろうと背を向けた。


猪剛鬣(ちょごうりょう)さん、こっちへ」


 猪剛鬣(ちょごうりょう)は聞こえないふりをして逃げようとしたが、(さる)はしつこく呼んでくる。

とうとう根負けして猪剛鬣(ちょごうりょう)は返事をしてしまった。


「はい、なんでしょう?」

「少し話しませんか。その……レン高原での、その後のことを」

「はぁ、はい」


 嫌な予感は的中した。話題にもしたくも無い。生きてるか死んでるかもわからない仲間のことだ。 


猪剛鬣(ちょごうりょう)さん、あれから……、誰かに会いましたか?」

「いいえ、誰にも」

「そうですか」


 そうですか。


 この言葉は悲しみ寂しさよりも安堵に近い響きを帯びていた。

猪剛鬣(ちょごうりょう)は容易にそれに気付き同じように安堵した。


(さる)さん、昔の話なんてやめましょうよ」

「……」

「もう昔の仲間なんて亡霊のようなものだよ。

 恨み事を言われるだけならまだいい。

 ニャルラトテップをやっつけようとか、仲間を探しに行こうとか言われてごらんよ。

 今の生活を捨てるなんて考えられない」

「ニャルラトテップをやっつけよう。

 斉天大聖なら、そう言うかもしれませんね」

「言う。絶対言うよ」

「……私たちは薄情なんでしょうか」

「薄情!? まさか。いったい誰が私たちを責められる?

 私たちは生き残った。そして新しい生活を始めた。

 それでいいじゃない」

「そう。そうですね」


 ウィーンガシャン、ウィーンガシャン


 機械の駆動音を響かせて銅製ロボットのチクタクがやって来た。


「Excuse me、お話中失礼致します。

 オラボゥナ様とイムホテプ様にappointmentがとれましたので、ご報告にあがりました」

「ご苦労様。で、いつ?」

「はい、明日の午前中にロジャーズ博物館にてオラボゥナ様、午後にイムホテプ建築事務所にてイムホテプ様です」

「そうか、ありがとう。

 猪剛鬣(ちょごうりょう)さん、あなたも来ますか?」


 猪剛鬣(ちょごうりょう)は大きくうなずいた。


「それはもちろん。社命ですから」





 翌朝、(さる)猪剛鬣(ちょごうりょう)はロジャーズ博物館に向かった。


その後ろを見猿、言わ猿、聞か猿の三つ子たちがはしゃぎながらついて来る。


 (さる)はいらいらして振り返った。


「うるさい! 静かにしないか。遊びに行くんじゃないんだぞ」


 三つ子は、一旦は黙ったが、すぐまた騒ぎ出す

 

「……まったく、やっぱり連れてくるんじゃなかった。

 ロジャーズ博物館なんて子供が行くところじゃない」


 ロジャーズ博物館は子を持つ大人たちの悩みの種の一つであった。

名状し難い冒涜的でグロテスクな展示物は精神未発達の子供に悪影響を与えると一部では信じられていた。

 しかし、子供はそういった妖怪や怪獣を好む傾向が少なからずある。

とくにロジャーズ博物館においてドラゴン、キマイラ、サイクロプスの像は子供人気絶大であった。


「あらあら、すっかり父親らしくなちゃって」


 猪剛鬣(ちょごうりょう)がにやにやしながら冷やかす。


「冷やかさんでください。あなたも母親になればわかりますよ」

「そうかしら? 嫌がってるならともかく、見たがってるなら見せてあげれば。

 嫌ならもう二度と見たがらないだろうし」

「まったく、あなたまで妻みたいなことを言う。

 トラウマになってからでは遅いというのに」




 朝、家を出るとき、(さる)がロジャーズ博物館に行くと言うと、三つ子たちはいっしょに行きたいと騒ぎ出したのだ。

(さる)はロジャーズ博物館のグロテスク性を説明し拒否したが、おねだりをやめない。

 見るに見かねて、柿猿(かきざる)が夫に言う。


「あなたね、過保護すぎよ。嫌なら五秒で帰るわよ。子供には色んな経験をさせたほうがいいの。

 あなただって普段子供にかまってあげられないんだから、父親らしさをアピールするチャンスじゃない。

 この一石二鳥千載一遇のチャンスを逃すなんてどうかしている。名状し難いマヌケよ」


 こうして渋々ながら三つ子を連れてくることになったのだ。






 五人は大理石の石畳で舗装され、大小様々な大理石の円柱が建てられたアルテミス神殿公園の中を通る。


 申は言った。


「ロジャーズ博物館には五年ほど前に行ったことがあります」(第26話参照)

「あぁ、じゃあオラボゥナ氏に会ったことも?」

「えぇ、何度か。温泉旅館を建てたばかりの頃、よく来ましたよ」

「あら」

「土産物コーナーにラーン=テゴスのグッズを置いてくれとせがまれました。

 けっこうしつこく。

 もちろん断りました。あんなグロテスクな物を店頭には置けません」

「あはは、わかる」

「だから、ちょっと心配です。

 私が彼の営業を断ったことを恨んでいるかもしれません」

「うーん、それは無いと思う」

「どうしてです?」

「オラボゥナ氏は、新しい店が出ると業種問わずラーン=テゴスグッズの売り込みに来る事で有名ですから」


 二人は石畳を進んでいると、ロジャーズ博物館寄贈品のアルテミス像の前に出た。

この女神の石像は胴体に大量の乳房が彫られていることから、地元の子供たちからはオッパイ像と呼ばれ親しまれている。


 案の定、三つ子たちははしゃぎだした。


 石像を見ながら猪剛鬣(ちょごうりょう)は苦笑いをした。


「この像のエピソード、面白いよね」

「子供の情操教育に悪影響を与える産物ですよ。

 ……え、この像にエピソードなんてあるんですか?」

「えぇ、私の上司の嫦娥(じょうが)は月の女神ということもあってアルテミス様とも交友があってね。

 以前、嫦娥(じょうが)の付き人としてアルテミス様にお会いした時、本人の口から聞いたのよ。

 公園の完成式の折に、この像は初公開されたんだけど、

 それを見た瞬間、アルテミス様はひきつけを起こして倒れちゃったんだって」

「それはひどい。まさに災いを呼ぶ呪いの像だ」

「えぇ、アルテミス様の双子の兄にあたるアポロン様はそれを聞いてカンカンに。

 ロジャーズ博物館を焼き払おうと」

「焼いてしまえば良かったのに」

「まぁまぁ。

 ロジャーズ博物館があわや灰になろうというとき、アルテミス像の無数の乳房から血の母乳が滴り落ちたのです」

「……おぞましい」

「で、試しにその血の母乳を病気の子供たちに与えたところ、たちどころに健康に」

「それは凄い……。って、誰がそんなこと試した。危険すぎる賭けだ! 毒だったらどうするつもりだったんだ」

「さぁ、それは。私が月に来るずっと何年も前の話だし。

 で、アポロン様は焼き討ちを中止して謝罪したんだって。

 これに気を良くしたオラボゥナ氏は月の芸術家理事選挙に立候補。当選し今日に至ると」

「あ、そこにつながるのか」

「さ、ロジャーズ博物館が見えてきたよ」



 五人はロジャーズ博物館の中に入る。

 (さる)は三つ子にお小遣いを渡す。


「いいかい、今からパパ達は仕事の話をするから。

 お前たちは博物館を見学して、お土産売り場に欲しいものがあったらこのお金で買いなさい」


 見猿はお金を受け取りながら言った。


「うん、わかったよ。オッパイ像の前で待ち合わせね」

「こら、そんな下品な呼び方をするんじゃない。

 でもまぁ、通ってきたし、一番わかりやすいだろう。

 よし、そこで待ち合わせだ」


 (さる)は子供たちの入館料を受付で払った。

受付の兎は子供三人分の仮面を(さる)に渡した。


「さ、お前たち、ここにいるときは仮面をつけるのマナーだ。いいね」


 三つ子は仮面をつけると、展示場に向かって行った。

(さる)は子供たちを見送ると受付の兎に向かって言った。


「私は桃柿温泉の(さる)。こちらはS&T社の猪剛鬣(ちょごうりょう)さん。

 オラボゥナ館長と面会の約束で参りました」




 床に柔らかい絨毯の敷かれた洋室に二人は案内された。

程なくして館長オラボゥナがやって来た。


「これはこれは、(さる)さん。ご無沙汰しております。

 そちらの豚のご婦人はお初ですね。どうぞおかけになって」


 オラボゥナは黒髪褐色肌の男だが、人種は判別し難い。

白人でないことは確かだが黒人とも東洋人ともつかない。ある種、独特な雰囲気持った人物である。 


「スミス&ティンカー社の猪剛鬣(ちょごうりょう)です。今日はよろしくお願い致しますわ」

「こちらこそ、レディ。

 それにしても、S&T社の方と改まって話をするのは何年ぶりでしょうか。

 御社の役員の方々は私のことを快く思っていない方も多いでしょうから。

 今日、互いにこういう機会にめぐまれたことを嬉しく思っていますよ」

「あら、こちらこそ。どうぞお手柔らかに」


 オラボゥナは微笑んだ。


「えぇ、ですから仲が悪い者同士、探り合いはやめて単刀直入にお話ししましょう。

 私オラボゥナ、ロジャーズ博物館はノーデンス派であるティンカー氏にいつでも協力できる準備があります」


 二人からすれば意外な回答であった。

博物館の名状し難い展示物からも、彼はノーデンス派ではなくニャルラトテップ派に属する者である。


 オラボゥナは胸の内を語る。


「寛容さに関して言えば、大帝ノーデンスよりも混沌ニャルラトテップが勝っていると言わざるを得ません。

 這い寄る混沌は、弱き者、醜い者にも優しく平等に接する。それは彼に奉仕する種族からして明らかでしょう。

 それに比べて大帝はどうです?

 ケルト神族や海神、そして清涼感溢れる美男美女を重用しますがね。それ以外の者たちには冷淡ですよ。路傍の石以下と言っても差し支えないでしょう。

 さて、私自身は?

 私は彫刻家としての誇りを持っておりますし、生命の爆発的エネルギーの象徴とも呼べる名状し難き神々こそ真に美しい者たちであると確信しております。

 ……残念ながら、世間の人々はそうは思ってくれていないようですが」

「わかりませんわ。

 やはり、あなたはニャルラトテップ派のようです。どうしてティンカーに協力できるんです?」


 猪剛鬣(ちょごうりょう)の問いに館長は深くうなずく。


「私はニャルラトッテプ派の理事として名を連ねておりますが、ニャルラトテップに対して崇拝も畏敬の念もございません。

 彼に味方しているのは、ノーデンスにつくより利があり地位の保証もされているからです。

 最近、私がダ・カーポ氏と不仲であると吹聴している者もいるようですが、元より親密なわけではない。

 私が崇め奉るは、無窮にして無敵のラーン=テゴス! 唯一無二の絶対者であります。

 承知しておりますよ、軍事力も資金も大帝率いるグレイトアビスが一番であることを。

 できることなら勝ち馬に乗りたい。

 しかしね、ティンカー氏が月の実権を掌握すれば、このラーン=テゴス神殿は取り壊され更地にされてしまうでしょう。

 彼にもニャルラトテップのような寛大さがあれば、私も安心してあなたがたに良い返事でお応えできるのですが……」


 これを聞いて猪剛鬣(ちょごうりょう)(さる)は互いの顔を見合わせて閉口してしまった。

この政権争いにノーデンス派が勝利すれば、ニャルラトテップやグレートオールドワンの痕跡を徹底的に破壊することは明白である。

 オラボゥナは態度こそ友好的で交渉の余地ありと見せているが、言葉のはしばしに猜疑心をちらつかせるのであった。





 (さる)たちが応接室で話している一方、三つ子たちはギリシャ神族のモンスターコーナーでドラゴンの蝋像を眺めていた。

オタマジャクシや子兎も同じように息を飲んで怪物たちの像を見上げている。


「すげぇ」


 像を見上げて聞か猿はつぶやいた。それに言わ猿は無言でうなずく。

見猿だけは、物が見えないせいか退屈そうにしている。


「パパは俺たちがここに来るのを嫌がってたけど。

 物を見ない見猿には関係ないよな」


 見猿は首をふった。


「物は見ないけど、雰囲気は伝わってるよ。

 でも、どれも同じなんだもん。ドラゴンもキマイラも同じだよ」


「それにしてもかっこいいなぁ」


 聞か猿は見猿の言葉など聞かず、またドラゴン像に見入っている。

 言わ猿は、見猿に「そりゃそうだ。だって全部蝋人形だもの」とボディタッチで伝えた。

 見猿は首をふる。


「そんなことないよ。だって、さっき公園で見たオッパイ像はちゃんとオッパイがいっぱいってわかったもの。

 でも、ここにある蝋人形は全部同じなんだよ。

 目玉が三つあって、六本の触手があって先端に蟹の鋏がついてるんだよ。

 全部そんな感じ。退屈だよ」


 言わ猿はボディタッチで返す「そんなドラゴンいるもんか。じゃあ、あれも目が三つあるって言うのかい?」

そして見猿を一つ目巨人サイクロプス像の前に連れていく。


「そうだよ、これも三つ目だよ。他のと同じ」


 自信満々に言う見猿に言わ猿は肩をすくめる「サイクロプスが三つ目って。それもう別物だよ。アイデンテティの崩壊だよ」


「おい、あれ見てみろよ」


 聞か猿は見猿と言わ猿の肩を叩く。

彼が指差す先には“STAFF ONLY(関係者専用)”の札のかかった扉が半開きになっていた。


「探検してみようぜ」


 見猿が首をふる。


「えー、駄目だよ。怒られちゃうよ」


 言わ猿は乗り気で「オラボゥナ先生の最新作が見れるかもしれないよ」と目を輝かせる。

見猿は、どうせ最新作も触手の生えた三つ目のゲテモノだろうと思ったが、蝋人形がどのように生み出されるか興味があった。


 猿族は好奇心が強い。一度興味を持てば理性で抑えるのは不可能であった。幼い子供であれば尚更である。


 三つ子は“STAFF ONLY(関係者専用)”の扉をくぐってみると長い石造り廊下が続いていた。

蝋燭の明りに照らされた薄暗い通路は名状し難いよどんだ空気をはらんでいたが、恐いも知らずの子供たちはオバケ屋敷感覚で進んでいった。


 いくつかの部屋を過ぎると、扉に“ATELIER”と書かれた木扉があった。


 聞か猿は興奮して飛び跳ねる。


「ここだよ! きっとここにオラボゥナ先生の最新作が!」


 言わ猿が口元で人差し指を立ててシッーと、静かにしろと注意する。


 三つ子たちは辺りを見回したが、幸い誰も来なかった。


 聞か猿は、静かに扉を開けた。部屋には誰もいない。

しかし、室内は明るかった。部屋は二階建てほどの高さがあり、明り取りの窓が自然光を存分に取り入れているためである。

彼らが入ってきた反対側には、展示品を搬入出するための大きな扉が見える。

棚には蜜蝋をはじめとし、油絵の具や石膏粘土、ナイフやヘラなど――。その他、用途のわからない道具や材料が並んでいた。


 部屋の中央には低い台座に木材と針金を組み合わせた骨組みが置いてあった。

大人数人分の大きさである。製作途中の怪物の像であると想像できた。


 聞か猿は溜息をついた。


「これに蝋をくっつけていくんだね。でも、これじゃ何だかわからないや」


 言わ猿は机に置いてあったスケッチブックを開いた。

これから作られる蝋人形のヒントがあると考えたのだ。

しかし、どのページにも、長い口に三つの目玉、六本の触手をもつ丸っこい怪物の絵しか描かれていなかった。

 それを横から見て聞か猿は肩をすくめた。


「ちぇー、だっさいの。あーあ、がっかり」


 聞か猿と言わ猿が半ば失望しかけているとき、見猿は部屋のすみで、じっと何かに気を奪われていた。 


「……違う。やっと違うやつだ。

 ねぇ、二人ともこっちにおいでよ!」


 見猿に呼ばれて、言わ猿は聞か猿の腕を引っ張って来る。

見猿は、部屋の隅にかかった緑のカーテン前にして兄弟たちに言う。


「これは三つ目オバケじゃないよ」


 言わ猿が緑のカーテンを取り払うと、円筒のガラスケースの中に蝋人形が一体納められていた。 

  

「わぁ……、女の子だ」


 蝋人形は小柄な少女できらきら光る生地の薄いドレスをまとっていた。

両目蓋は閉じているので、目の色まではわからない。


 怪物像だらけの蝋人形館には似つかわしくない美しさ。

動きの無い立像でありながらまるで生きているかのような生命力に溢れていた。 


「僕はドラゴンやキマイラ期待してたんだけど、

 気持ち悪い触手オバケの像ばかりでウンザリしてたんだ。

 でも、探せばこんな綺麗な女の子の像もあるんだね」

 

 見猿の感想に、言わ猿は「だからドラゴンもキマイラも見たじゃない」と首をひねる。


「そろそろ、戻らないと見つかっちゃうかな」


 聞か猿が心配そうに言うので、言わ猿も見猿もうなずいて緑のカーテンを元に戻し部屋から出て行った。 


 運良く長い廊下で誰かに出くわすこともなく展示エリアまで辿り着くことができた。


「あんな綺麗な女の子の像を見つけたのは収穫だったね。

 友達に自慢しようぜ」


 聞か猿の言葉に、言わ猿は「駄目だよ、誰かに話したら忍び込んだことがばれちゃうよ」と首を横にふった。






 (さる)猪剛鬣(ちょごうりょう)がオラボゥナと話を終えてアルテミス神殿公園アルテミス像前に行くと、

三つ子たちは先に着いていて遊んでいた。

お土産を買っているようで、言わ猿はキマイラの知育パズルフィギュア、聞か猿はサイクロプスのお面をかぶり、見猿はドラゴンのぬいぐるみを抱えている。


 聞か猿は父親を見つけると「サイクロプスだぞォ、グオオオオ!」と叫んで体当たり。 


「ぐわあああ、やられたぁ!」


 (さる)の父親らしい姿に、猪剛鬣(ちょごうりょう)は生温かい視線を送る。

申はすぐにそれを感じ取り、気恥ずかしさを隠すため真顔になる。


「さ、次はイムホテプ建築事務所に行くんだから。早くお昼ご飯にするぞ」


 五人は公園を出て飲食店が集まるエリアに向かう。

歩きながら聞か猿が言う。


「ねぇパパ、見猿は変なんだよ」

「こら聞か猿、兄弟を変なんて言うんじゃない」

「見猿はね、博物館の蝋人形は全部が目玉が三つで六本の触手があるオバケなんだって。

 ドラゴンも、キマイラも、サイクロプスも全部だよ」


 見猿は口を尖らせて、

「僕、本当のこと言ってるだけだもん」と、買ったばかりのドラゴンぬいぐるみを抱きしめた。


 言わ猿は、ぬいぐるみを指差して「全部オバケなのにドラゴンのぬいぐるみは買うんだ」と笑った。


「違うよ、これはちゃんとドラゴンの形をしたぬいぐるみだもん」


 子供たちの話を聞いて(さる)には思い当たるフシがあった。


「三つの目玉に六本の触手……。まるでラーン=テゴスだな」


 猪剛鬣(ちょごうりょう)はうなずく。


「オラボゥナが崇拝してるグレートオールドワンね。

 あの彫刻家(オラボゥナ)は、きっと何を作ってもラーン=テゴスが頭からはなれないのよ。

 その執念が作品からにじみ出てしまうのね」

「フン、やはりあの博物館は子供が行くべき場所じゃない。

 もう二度と行くんじゃないぞ」


 見猿はむすっとして「可愛い女の子の像もあったもん」と言おうとしたが、

言わ猿が「余計な事を言うなよ」と睨むので、喉まで出かかった言葉を飲み込むしかなかった。

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