第30話 黄金塔を駆けるスターラダー号
『The Road to Oz』より、狐族のドックス王子(レナード四世)初登場
沙悟浄は一人、オオス=ナルガイを抜け、朝霧がたちこめる草原地帯を歩いていた。
師玄奘の下に参ずる前に、猪八戒と合流するために月を目指す。
「……道が正しければ、そろそろ見える頃だけど」
しかし、辺りは霧で数メートル先しか見通すことができない。
もし晴れていれば、月まで届く黄金の塔を拝めるという。
昨日、通りがかった村で聞いたことを思い出す。
「そりゃもう立派なもんですよ。
金持ちしか乗せてもらえないが、あの光り輝く搭を一目見ようと観光客がやってくる。
とくに朝日や夕焼けで赤く輝くさまは、それはもう美しいものですよ」
草原を進みながら、沙悟浄は苦笑いした。
「この霧じゃあ何も見えないわね」
「お譲さん、残念じゃったのう。
晴れていれば、ゴンドラ搭が日の出の光を反射して
それはもう見事な黄金境を見ることができたのに」
突然、霧の中から声をかけられたので目をこらすと、
老人が白紙のキャンバスを前に草の上に腰かけていた。
沙悟浄は声をかける。
「スミス&ティンカーのゴンドラ乗り場に行きたいのですけど、
道はこちらであっていますか?」
「お譲さん、あんたは正しい道を進みなさった。
この道を、まっすぐ進めば昼には辿り着けるよ」
老人はそう言って霧の中を指差した。
「ところで、お爺さんはこの霧の中で何をされているんですか。
見たところ絵描きさんですか?」
「ふぉふぉ、絵描きなんて洒落た身分ではないよ。
趣味で描いてるだけじゃ。ここでずっと黄金搭の絵を描き続けておる」
「ずっと同じ絵を?」
「うむ。黄金搭は時間帯によってその表情を変える。
それだけじゃない。天気、気温、湿度一つの違いでまったく別の景色なる。
同じ表情は二度と見せないのじゃ、だから描き続けても飽きないんじゃよ。
もっとも、こう霧が深いと描きようがないがね」
沙悟浄は、三蔵法師と初めて出会った流砂河を思い出した。
流砂河も常にうねり続けて同じ姿を見せることはない。(流砂河は大河とも砂漠とも言われ、どのような場所か不明である)
「二度と見せない……。わかるような気がします」
「ほっほっほっ、そう言ってもらえてうれしい。
わしも元気なうちに動く絵を描けるようなりたいものじゃ」
「絵が動く?」
「うむ、昔一度だけ見たことがある。小川の流れるそれは綺麗な風景画じゃった。
もっとも、それを描いた天才画家はその小川で溺れて死んだらしい」
「絵の中の川で溺れたのですか?」
「言葉だけにするとなんとも間抜けな話だが、
天才のすることじゃ、わしらのような凡人の理解を超えておるのだろう。
君も名前を知っとるだろう。スミス&ティンカー社創設者の一人、スミスじゃ」
「あぁ……」
返事はしたものの、沙悟浄はスミスもティンカーのこともよく知らなかった。
彼女は老人にお礼を言って、教えてもらった道を進んだ。
昼前、立ち込めていた霧は晴れたが、曇天の空に小雨がぱらつきだした。
しかし、月までまっすぐ延びるゴンドラ搭は金色に輝いて存在感を放っていた。
「目標が見えれば後は簡単」
沙悟浄は術で仙雲を呼び出すとそれに乗ってゴンドラ搭まで飛んだ。
空を飛べるなら最初から飛べばいいじゃないかと言う人もいるが、
目的地の詳細な場所を知らずに飛ぶと、目的地を通り過ぎてしまったり、
方角の微妙なずれで見当違いの場所に出て迷子になることは、仙雲術者の間ではよくあった。
ゴンドラ搭の周りは木造の小屋が並び加工食品や土産の店が並んでいる。
まだ、建設途中の建物も多いようで職人たちが石造りの家を建てていた。
搭を見上げると遠くからではわからなかった発見がいくつかあった。
金を多く含んだ剥き出し鉄骨が組み合わさって雲の中まで続いており、風の影響で搭全体は少し揺れている。
倒れるんじゃないだろうかと、沙悟浄は不安になったが眼下の人々はそれを気にする様子は無い。
沙悟浄は仙雲から降りて、ゴンドラ乗り場を探した。
案内板を頼りに搭の足下の黄色いレンガの建物に入る。
建物の内装は白い壁で覆われ、床には厚い絨毯が敷かれていた。
ゴンドラを待つ客たちは貴族服やドレスをまとい優雅そうにふるまっている。
彼らは沙悟浄に気付くとくすくす笑ったり、あるいは軽蔑するかのような視線を送った。
「まぁ、何か臭うと思ったら。見てごらんなさいよ」
「勘違いしてるのだろう。ゴンドラは庶民が乗れるものではないのに」
「よしたまえ。紳士淑女たる者、常に平静さを保つべきだ。
例え、薄汚れた貧乏人が目の前にいたとしてもね。うぷぷぷぷぷ」
旅を重ねた沙悟浄の服は汚れ埃まみれだったのだ。
しかし、彼女は彼らを無視して受付カウンターに向かって声をかけた。
「次のゴンドラの出発はいつですか?」
黄色い制服のヒキガエルは、カウンターごしにじろりと品定めするように沙悟浄を睨んだ。
そして気だるそうに溜息をつき、低い声で言った。
「チケットを拝見してもよろしいですかな」
「あぁ、……これを」
沙悟浄は河童から貰った金のチケットを差し出した。(二十二話参照)
ヒキガエルはチケットを受け取ると、ルーペを取り出してそれを入念に調べ始めた。
まるで偽物と決めてかかるかのようである。
「げこぉ。本物ですな。よろしい」
「あの……」
「はい、何か?」
「次の出発はいつですか?」
「あぁ。一時間後です」
沙悟浄はヒキガエルの態度に釈然としないまま、その場を後にした。
建物から出て、どのように時間をつぶそうかと考えていると、貴族服を着た毛並みの良い狐が声をかけてきた。
「初めまして。余はドックス、狐族の王子だ」
「はぁ」
「ほぉ、狐族の王を目の前にしても、顔色一つ変えないか。
やはりな。中々の傑物とみて声をかけさせていただいた」
彼女は状況が理解できず固まっているだけなのだが、ドックスは勘違いしたまま言葉を続ける。
「このゴンドラは王族や貴族あるいは資産家でなければ乗れない。君はあえてみすぼらしい姿をして周りの反応を見ていたわけだ。
他の者たちは見事に騙されたようだが、余の目は誤魔化せないよ。何せチケットを持っていたからね。
えぇと、で、君、名前は?」
「沙悟浄です」
「沙悟浄……、その名から察するに道教神族か。
で、君はいかなる身分のものなのか?」
沙悟浄は僧侶と言いかけたが、事実をつげて好意的なドックス王子の面子を潰すこともないと考え直した。
「捲簾大将をしておりました」
「けんれ……、なに?」
「えぇと、近衛兵の大将みたいなものです」
「なるほど、その油断の無い身のこなし。どうりで!
それで、もちろん着替えは持っているのかね?」
「いえ、これだけです」
「ははは、いくらなんでも、その汚れた姿では他の客や従業員に迷惑だろう。
人を騙して楽しむ娯楽も限度というものがある。よろしい、良き友に出会えた祝いに一着贈ろう」
「ちょっと待って下さい。何もそこまでしてもらうことは……!」
沙悟浄は慌てたが、ドックスは気にもとめず。
「よいよい、気にするな。些細なことである。
だが、そうだな。近衛兵なら月に着くまで余の護衛してもらおうか。
もっとも、スミス&ティンカー社の乗り物は世界で一番安全であるからして、
月に着くまで私の話し相手でもしてもらおう」
ドックスに連れられて、沙悟浄は服飾店に入る。
天井のシャンデリアに照らされた店内は色とりどりの貴族服婦人服が並んでいた。
ドックスと同じ狐族の店員がやってきた。
「これは王子、ようこそおいで下さいました。何なりとお申し付け下さい」
「うむ、こちらのレディの魅力を存分に引き立たせる服を仕立ててほしい。
ついでに、そのもじゃもじゃした赤毛も整えてくれたまえ。
ちなみに一時間以内でだ。狐族の名誉と誇りにかけて、すぐに頼む」
服どころか髪までいじられると聞いて悟浄は慌てる。
「髪まで!? ほんとにそこまでしていただかなくて結構です」
だが、ドックスはお構いなし。
「何を言う。服と髪はセットなのだ、一度に変えなくては意味が無い」
沙悟浄は言われるまま、店員に服のサイズをとられ、別室でまた別の狐に髪をいじられた。
「とても魅力的な巻き毛ですので、これはちゃんと活かしましょう」
「は……、はぁ」
狐の美容師は、手際良く鋏を入れ、整髪料を馴染ませていく。
「こちらでいかがですか」
美容師は得意満面で笑みで鏡を見せる。
沙悟浄の赤毛は狐を彷彿とさせる形に整えられていた。
「私たち特有の大きな耳。そしてフサフサの尻尾はポニーテールで表現させていただきました」
「ぉぉ……」
悟浄はファッションで髪型を変えたことがなかったので、大いに驚嘆し鏡に映った狐耳のヘアスタイルに釘づけになった。
「沙悟浄よ、服も仕上がったぞ……。おぉ、これは美しい。
君が狐でないことが残念でならない。さ、時間もない。こっちに」
ドックスの合図で仕立屋が服を持ってくる。
更衣室に通されたが、悟浄は洋服を着たことが無かったので途方に暮れてしまった。
それを察して、仕立屋が更衣室に入ってきた。
まず、悟浄の法衣を脱がし――、そのとき彼女の腹にある無数の古傷が目に入ったはずなのだが、
仕立屋はプロなので顔色一つ変えずに新しい服を沙悟浄に着せて行く。
仕立屋はこんなことを言った。もちろん、沙悟浄には意味のわからないことであった。
「コルセットは……、使えませんね。鍛え上げられた体ですし、かえって形が悪くなります」
外から王子の声が聞こえる。
「近衛兵ということで、軍服を意識している。
しかし、それだけでは威圧的なので社交界でも通用するようにドレスの要素も取り入れさせた。
つまり、そう――」
着替えが終わり、更衣室から沙悟浄は黄色い軍服ドレスが出てきた。
「高潔なる戦士、勇壮にして優雅。
うむ、素晴らしい。やはり高貴な身分の者は身だしなみを整えれば映えるものなのだ。
しかし、同時に申し訳なくも思う。
余が父レナード三世から王位を継承していれば、君を狐の姿にする魔法を使うことができたのだが。
そうすれば、何者よりも気高く美しい狐族として我らの王宮に迎えることもできたのに非常に残念である」
狐の姿と聞いて、沙悟浄は青くなった。
「え、狐にはなりたくないのですけど」
「しかし、狐こそが、この世でもっとも美しく高貴な生き物。
君が狐になってこそ、その服も輝きを増すであろう。
他種族が狐の姿になれるなど、これ以上の名誉と幸運があろうか」
ドックスは目を輝かせて訴えた。
それは、狐族としての自信と誇りの表れなのだが、悟浄からすればありがた迷惑な話であった。
「さ、調度良い時間にもなってきたことだし、ゴンドラ乗り場に行こうか」
こうしてドックスと沙悟浄はゴンドラ乗り場へと向かった。
月行きの金のゴンドラは三階建ての立方体である。
一階は操縦室と機関室、そして列車内のような客席が並んでいる。
二階は一般席よりも高級な個室でが並び、一時間弱とはいえ短い空の旅を満喫できる仕様となっている。
三階は展望室であり、三百六十度ガラス張りの室内から地上を見下ろすことができる。
ゴンドラの外観は、上部下部から金のワイヤーが幾本も垂れており、このワイヤーを巻き取ることで昇降を可能としている。
角四隅は滑車がついていて、搭のレールに固定されている。これで強風でも大きく揺れる心配はない。
ドックスと沙悟浄はヒキガエルの係員にチケットを見せて一階の入口から入場した。
ヒキガエルは沙悟浄の持ち物を見て咎めた。
「失礼ですが、客席内への武器の持ち込みはご遠慮ください。
こちらでお預かり致します」
沙悟浄は降魔宝杖をヒキガエルに預けた。
「お降りの際にお返しします」
王子は沙悟浄のチケットを見て言う。
「それは一階の自由席のチケットだな。
よろしい、私の個室に来るがいい」
「え、それは良くないのでは?」
真面目な沙悟浄は決められた席につくべきと考えたのだ。
「余は個室の券を買っている。買った本人が君を部屋に招きたいと言っている。
問題あるかね?」
沙悟浄はドックスにエスコートされるまま、彼の個室に入った。
室内は洋服ダンス、ドリンクの入った食器棚、机、そして椅子が二脚設置されていた。
小さい窓もあり、外の景色を眺めることができる。
沙悟浄は促されるままに椅子に腰かけた。
ドックス王子もそれに続持ち物いた。
壁のスピーカーからアナウンスが流れる。
『本日はスターラダー号をご利用いただき、まことにありがとうございます。
これより発進いたします。月到着は一時間後、空の旅をお楽しみください』
そして、ゴンドラは地上を離れて月へと上昇していく。
ドックスは食器棚から洋酒の瓶を取り出してグラスに注いだ。
「いけるかね?」
沙悟浄は頷いて、ドックスが机に置いたグラスを受け取った。
「そもそも、月に行く目的は留学でね。
月の優れた政治、工業技術、文化芸術を学ぶことにある。
王族である余が率先すれば民衆にも良い影響があると考えている。
結果的に国の発展と繁栄につながるわけだ。
そうすれば多種族に、狐族が本来は善良で誇り高い種族であると、
理解してもらえるきっかけにもなる」
「狐族の印象は良くないのですか」
「良くありませんとも!
イソップが我々を侮辱する書物を世界中にばらまいたおかげで、
とんでもない誤解が広がっている。
日本とかいう国では、狐は幻術で人を騙して小便を飲ませると、
本気で信じている人がいるらしい。噂話は恐ろしい。
我々は、そんな悪趣味で下品なことはしない。
こんなことになったのは全部イソップのせいだ。
ブドウが酸っぱいのも、犬に噛まれるのも全部イソップのせいだ」
「は、はぁ」
ドックスは熱く語ったが、悟浄はイソップのことをよく知らなかったので、
イソップのことを童話作家でなく政治評論家と誤解した。
「ところで、君は月に何をしに行くのかね?」
悟浄は姉弟子の猪八戒を迎えに行くことを話した。
「……そうか、再会できるといいな。
ところで……」
「?」
「展望室に行ってみたいのだが、よろしいかな」
二人は螺旋階段を上って三階の展望室に入った。
床は赤い絨毯が敷かれ、小休止用のソファが並べられている。
しかし、何より目を見張るのが三百六十度全方位開放の窓である。
周辺の小雨に濡れた草原地帯が眼下に広がる。一部ではまだ霧が晴れていないようで幻想的な光景を演出していた。
ドックスは窓に近寄って下界を見入っている。
「凄い。こんな高いところから地上を見るのは初めてだ」
沙悟浄は仙雲に乗ることができるので王子に比べたら感慨は薄かったが、見慣れぬ光景に心奪われていた。
景色を眺めていると、数十キロ離れている山岳地帯の上空に奇妙なものを見つけた。
「あれは何でしょうか?」
「ん、あぁ、あれか」
ドックスもそれを見る。
青白い光を放つそれは針金を結んで作られた人形のようである。
人形のようではあるが、距離から大きさを推測するに非常に巨大であるということがうかがい知れる。怪獣化した猪八戒より巨大かもしれない。
「イタカかも知れんな」
「イタカ?」
「うん。カルコサの王ハスターの僕であちこちに出没しては人をさらっているらしい。
なんの目的があってそんなことをしてるかは知らんが、
これだけ距離が離れていれば、こっちに来る心配は無いだろう」
「人をさらう……」
それが事実であれば、囚われている人々を助ける必要があると悟浄は思ったが、
距離が離れすぎていて囚われの人がいるのか視認することができなかった。
仮に飛び出したところで、
イタカの動きから推測される飛行速度に仙雲では追いつけないことは明らかだった。
「ところで、ポリクロームは見えないかね?」
「ぽり……?」
「運がいいと落っこちるポリクロームを見られるらしいが」
「あの、そもそもポリクロームとは――」
ガコォオン!!
悟浄が喋り終わらないうちに、ゴンドラは急停止して乗客たちの悲鳴が響く。
「いったい何が……」
悟浄は身をかがめて、聞き耳をたてる。
狐族に髪をいじってもらったおかげで、物音をよく聞き取れるようになっていた。
一階の客席で話し声がする。
「金目の物を全部この袋に入れろ!」
「騒いだら、ぶっ殺すぞ!」
沙悟浄は、ドックスに耳打ちする。
「強盗のようです」
「なんと! スミスティンカーのゴンドラを襲うとは大胆不敵。
頼む、奴ら退治してくれ……。人命優先で頼む!」
「やってみましょう」
展望室から出ようとしたが、外から丸見えであり、鉄骨には弓を持った覆面強盗たちが内部を監視していた。
景観のよさが売りの三百六十度開放窓が仇となり、沙悟浄らの動きは敵に筒抜けである。
強盗の一人が叫ぶ。
「一人でも変な動きをしてみろ! 連帯責任で皆殺しだ!!」
沙悟浄はドックスに言った。
「私の武器を覚えていますか? あれを取ってきてください」
「無茶を言うな。この状況がわからないのか。
下手に動いたら皆殺しだ。
見ろ、小さな子供もいるぞ。巻き込むわけにはいかん」
展望室の乗客たちは震え上がって、その場にうずくまっている。
子供をかばうように母親が抱きしめていた。
「ここにいる人たちは私が守ります。
しかし、この状況を突破にするには降魔宝杖が必要なのです。
丸腰では人質を守りつつ、外にいる弓兵は倒せない」
「しかし、動いたら余が射たれる」
「ご心配なく。飛んでくる矢ぐらい防ぎます」
ドックスは沙悟浄を見た。
それは恐怖におののく凡人ではなく、信念のある戦士の表情であった。
「わかった、君を信じよう。
余とて狐族の王子。強盗ごときに屈するつもりはない。
ここの乗組員なら預かり品の保管場所を知っているだろう」
王子はすぐさま立ち上がると螺旋階段に向かって駆けた。
背後でガラスの割れる音、悲鳴が聞こえたが、構わず螺旋階段を滑り下りた。
一階まで下りると操縦席の扉に向かって音を殺して進んだ。
ゴンドラ強盗たち同士で話している。
「上のほうが騒がしいな」
「抵抗している乗客がいるようだ。人質を殺るか?」
「いや、殺したら身代金がとれなくなる。
それに持ち場を離れるのはまずい。迎えのガレー船が来るのを待つんだ」
「ちっ、迎えはまだ来ねえのか」
ドックスは、人質に犠牲者はいないと安心しつつ操縦室の扉を開けた。
キィィィッ
「ん、誰だ?」
ゴンドラ強盗は操縦室にも入り込んでいた。
相手は一人だけだったが、カットラスをドックスの頭めがけて振り下ろそうと身構える。
「しまっ――!!」
ごいんっ
鈍い音がして、強盗はばったりと倒れた。
その背後には降魔宝杖を持つ蛙の運転手がいた。
咄嗟の判断で背後から殴りつけたのだ。
「はぁはぁ、お、お客様、ご無事ですか?」
「お、おう。余は大丈夫だ。
それより、その武器を持ち主が必要としている渡してくれ」
「わ、わかりました。でも、これ凄い重いですよ。
おそらく四トンくらい」
「なんと」
「おかげで、明日は筋肉痛になりそうです。
生きて帰れればの話ですが」
「ならば生きて帰ろう。手伝ってくれ、この武器を持ち主に返す」
「わかりました、やりましょう」
ドックスと運転手はそれぞれ降魔宝杖の両端を持つと、
操縦席を出て螺旋階段を駆け上った。
「てめえ、何してる!」
螺旋階段上に、やはりカットラスを握った強盗が待ち構えていた。
しかし、ドックスたちも引き返すわけにはいかない。
「やかましいっ!」
ドックスは一声吼えて階段を駆け上った。運転手もそれに続く。
「ぐヴぇへぇぇっ!!」
宝杖の三日月の刃が強盗の腹に直撃し深手を負わせる。
敵は力尽きてずるずると階段を転げ落ちていった。
蛙は涙声になった。
「うわぁひゃぁ、殺しちゃったァ」
「くじけるな。四トンの刃物の前に飛び出す悪党が悪い!」
三階展望室に到着した。
人質は誰一人傷つくこと無く、その場にうずくまっていた。
これを見て、ドックスは安心したが、すぐに青ざめて悲鳴をあげる。
「うわぁぁぁ、間に合わなかった!!! 立ったまま死んでいる!」
沙悟浄は全身に矢を打ちこまれ針ねずみのようになって仁王立ちしていた。
人質に放たれた矢を全て防いだ結果だった。
ドックス王子に四トンの降魔宝杖を振り回す腕力はない。
また実戦経験皆無では弓兵の包囲を突破する術も知らず、スターラダー号の運命は絶望的であった。
ゴンドラの描写が下手くそすぎてよくわからない方は、軌道エレベーターをイメージしていただければいいと思います。
そんなもん作れっこないかと思うかもしれませんが、かのティンカー氏は地球と月を梯子で移動したそうでうよ。