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第24話 アレグロ・ダ・カーポ、 金蝉子を語る

先日、東京国立博物館の「日本国宝展」に行ってきました。

お目当てはもちろん「善財童子立像」 目が真っ黒で恐かったわ。

大盛況のようで混雑していました。もっと日数が経ってから行けばよかった。



今回は三蔵法師の回想回です。

『西遊記』より鎮元大仙(ちんげんたいせん)初登場


第二話のサソリの琵琶精と第七話のゲイレットが再登場します。

 一行は竹林に踏み込んだ。目的地、潮音洞(ちょうおんどう)も近い。




 アレグロ・ダ・カーポはかく語る。

 

 かつて天竺で仏教が興った。当時斬新だったその教えは瞬く間に大陸中に広がった。


 釈迦如来の教えとはいかなるものなのか。

天界中から知識自慢の神仙、妖精、精霊、魔法使いたちが

その教えを聴いてやろうと天竺大雷音寺(てんじくだいらいおんじ)に集まっていた。

(正確な年代は不明だが釈迦入滅後~蟠桃会(ばんとうえ)の乱前と推測される)



 玄奘三蔵の前身(ぜんしん)である金蝉子(こんぜんし)は如来の二番弟子ということもあり次から次へとやって来る神々の対応に追われていた。


 彼が事務室で聴講希望者の書類整理をしていると、ふいに声をかけられた。


「ほう、これ全て聴講希望者ですか。精が出ますなぁ」


 振り向くと一人の老仙人が顔をのぞかせていた。


「これは大仙。

 ははは、ですがそれは天界中から注目されているということ。

 ありがたいことです」


 金蝉子(こんぜんし)は書類の束をめくりながら続ける。


「世界とは私たちが思っている以上に広い。

 オズの国をご存知ですか? こんな聞いたこともない国からも来てるんですよ」

「ほう、オズの国ですか。妖精の女王ラーラインが建国した国と聞いていますが……。

 そんな辺境からも?」

「はい、如来様のご威光は広く行きわたっているのでしょう」

「ほうどれどれ」


 鎮元大仙(ちんげんたいせん)はオズの国からの聴講希望者の書類を拾い上げた。

書類には名前、出身、階級そして略歴が書き込まれている。

 目を通し顔をしかめる。


「ふむ……、ふむふむ。あー、これは単なる好事家(こうずか)です。

 あまり期待できませんな。しょせんは田舎者です」

「ほう、なぜです?」

「ギリキンの王女。ギリキンがどういった国かは知りませんが王女というからには不自由ない生活をしていたのでしょう。

 ここに来るのも暇つぶしの道楽みたいなものです。

 略歴がそれを物語っている、エジプトやギリシャにも足を運んで色々勉強したみたいなことが書いてある。

 こういった小娘は自分の知識をひけらかして講義に水を差す」

「そうでしょうか。私は熱心なのだと思います」

「そうですな。彼女は熱心でしょう。

 如来の教えを細かく分析体系化して学問のように取り扱うつもりでしょう。

 野暮な事です」

「会ったこともないのに、よくそこまで言えますね。

 だいたい如来様だって王子だったのですよ」

「お釈迦様は尊い方だからよいのです。なぁに、今にわかる。

 もっとも、如来の講義は難解ゆえ途中でねをあげるかもしれませんな」


 話をしていると小間使いの童子がやって来た。


「間もなく如来様の講義が始まりますので講堂までお願いします」




 講堂の中は聴講者であふれていた。席が足らず後ろの方で立ち見している者も多い。

その中に異国の装束をまとった品の良い女性がいた。

金蝉子(こんぜんし)は「あぁ、ギリキンの王女ゲイレットか」とみとめた。


 堂内はこれからどんな話が始まるのかと ざわつき落ち着きが無い。


 程なくして釈迦如来がやってきた。


 神や精霊たちの中には地上人からの成りあがり者がどんな話をするのかと、ひやかし半分で来ていた者も混じっていた。


「どれだけ神々しい神が来るかと思えば……。なんだ、ただの男か」


 誰かが言った。


 如来はその者の瞳をじっと見つめた。


 目があった神は やるかと言わんばかりに睨み返したものの、

表情を崩さず穏やかな釈迦に底が見えずおずおずと引き下がってしまった。


 そして誰もが無言で如来の言葉を待った。


 堂内を静寂が支配した。


 如来は語った。


 主題は人の寿命や栄枯盛衰に関するものだった。

だが、その内容は難解で凡庸な人間の理解を越えており記すことはできない。


 知識知恵自慢の神々も話の内容を半分も理解することができなかった。


 如来は長い時間 語っていた。


 それでも神々はかたずを飲んで見守り少しでもその言葉を理解しようとしていた。


 説法が終わると感極まって涙を流す者まであらわれた。


 神々は新たに得た概念の余韻に浸っていた。


 だが――


「異議あり!」


 一人の精霊がその空気を打ち砕いたのだ。


 金蝉子(こんぜんし)鎮元大仙(ちんげんたいせん)の予言どおりギリキンのゲイレットかと思い、声のほうを見た。


 声の主はゲイレットではなくサソリの精霊だった。

注目を一斉に受けて精霊は語った。


(わたくし)琵琶精(びわせい)と申します。

今のお話は非常に難解で理解しがたい。

理解できないということは我々は永遠に真理に到達できないではありませんか」


 如来は静かに答えた。


「それは私も心得ている」

「私たちは理解できないもののためにここに来たわけではありません」

「悟りとは考えて理解するようなものではない。

 必要であれば悟りは(おの)ずと開ける。

 悟りは知識とは違うのだ」

「いやはや恐れ入りました。

 説明もできないもので大勢の人間を騙し崇めさせ

 私たちに無駄な時間を過ごさせた。

 確かにお話はお上手ですから

 詐欺師の才能があるには違いありませんわね」


 この暴言に金蝉子(こんぜんし)が憤慨する。


「琵琶精、言葉が過ぎるぞ下がれ!」


 それを如来が制した。


金蝉子(こんぜんし)よ、よい。

 こういうことはよくあること。騒いだり動揺するようなことではない。

 ここでお互いが何を言おうと結論づけようとも真理とは不変なのだ」


 琵琶精もにやにや笑い


「そうよ、私たちは世の(ことわり)について論じているの。

 如来様、私は近々 あなたが偽物であるという証拠をご用意できそうですの。

 それを楽しみにしていてくださいね」


 そう言い残して講堂から出て行ってしまった。 


 しばらく堂内は動揺した者らで騒がしかったが、

如来の落ち着いた様に、琵琶精の単なる嫌がらせだろうと理解した。


 如来も金蝉子(こんぜんし)を呼んで講堂から退室した。


 二人で廊下を歩いていると初めて如来は表情を曇らせた。


金蝉子(こんぜんし)よ。近々、悲しいことが起こるだろう。

 しかし、何が起きても慌てることなく受け入れよ。

 それは全て定められたことであり運命なのだ」

「はぁ……」


 如来は自室に戻り、金蝉子(こんぜんし)は一人廊下を歩いていた。


「今、おっしゃられたことは どういう意味だろうか。

 まさか琵琶精の言ったことが事実なのだろうか。いや、まさか」


 廊下を進むと鎮元大仙(ちんげんたいせん)とゲイレットが談笑していた。


 鎮元大仙(ちんげんたいせん)金蝉子(こんぜんし)に気付いて手をふった。


「おぉ、金蝉子(こんぜんし)殿。このお嬢さんは本物じゃよ。

 わしの目も衰えてしまったようじゃわい」

「大仙様はおひどいんですよ。私は人様の話を茶化すような無粋な女じゃありません。

 でも、意外でしたわ。てっきり如来様は高等な魔法や法術の類を講義するのかと思っていましたが

 お話だけなんですもの。しかもお話だけで、ここまで惹きつけられたのは初めてです」


 金蝉子(こんぜんし)は、ふっと笑って言った。


「そこが如来様の偉大なところなのですよ。

 大仙、だから言ったじゃないですか。彼女は純粋に勉強熱心なんですよ。

 こういう方は大事にしないと学問は廃れてしまいます」

「いやはや失礼つかまつった。一つわしに(おご)らせてくだされ。

 今日ここでまた一人知恵者と交友を結べたことを感謝したい」


 鎮元大仙(ちんげんたいせん)金蝉子(こんぜんし)、ゲイレットと他数名の神仙らは大雷音寺の客間にてささやかな宴を催した。


 寺なので生臭料理は無く 穀物と菜食中心の精進料理が卓上に並べられる。

 

 鎮元大仙(ちんげんたいせん)は人間の赤ん坊のような果物を刃物で切り分ける。


「わしの畑で採れた人参果(にんじんか)じゃ。

 一つの木から一万年に三十個しか収穫できん自慢の品じゃ。

 ご賞味くだされ」


 皆それを口に入れ、ゲイレットが第一に感想を述べた。


「別の土地でマンドラゴラというものを食べたことがありますが……。

 あれよりは瑞々(みずみず)しいですね」

「うむ。マンドラゴラは根じゃからの。

 ……というかマンドラゴラを食べたのですか?」

「どんな味かと気になって」

「はっはっはっ、これは面白い。

 あれは食材ではなく薬の材料じゃ。

 そのまま食べてしまうとは、なんと豪気な」


 金蝉子(こんぜんし)も微笑む。


「その好奇心探究心が行動力につながっているのですね。

 とても私には世界中を旅する度胸はありませんよ」

「あら、外の世界を見てまわるのは楽しいですよ。

 とくに世界の始まりについての見解は――」


 ゲイレットは喋りかけて口をつぐんだ。


 天冥崩壊以前、複数の他神族が同席している中で天地創造について語ることはタブー視されていた。

どれだけ話しても平行線であるし、それが原因で戦争になったことも幾度かあったからである。


「かまわんよ」


 鎮元大仙(ちんげんたいせん)は静かに言った。


「わしらは知識を愛しておる。そして真理に到達したいと思っておる。

 共通の理想を持つ友じゃ。

 今夜だけは自分たちの立場を忘れて世の始まりについて存分に語らおうではないか」


 神仙の一人が怖気づいたように声を震わせる。


「た、大仙それはさすがにまずいのでは……」

「なに わしらが話したところで世界の運命が決まるわけでもあるまい。

 さ、ゲイレット嬢。あなたが世界を見聞したうえでの意見を聞かせてくれ」


 鎮元大仙(ちんげんたいせん)に背中を押されてゲイレットは喋り出した。


「よく言われるのは、世界の始まりは無あるいは混沌であるということ。

 ここから各神族の創造神が世界を開き――」

「やめてくれ! 創造神が何人もいてたまるものか!

 創造神とは唯一無二のはずだ!!」


 気弱な神仙は悲鳴をあげて耳をふさいだ。


「その話、(わたくし)も聴きたいですわ」


 狡猾そうな女の声に一同は振り向く。

扉のそばでサソリの琵琶精(びわせい)が意地悪く笑っていた。


 金蝉子(こんぜんし)は不快そうに睨む。


「この席にあなたを呼んだ覚えはありません。

 出て行ってください」

「ごめんあそばせ。

 でもね、そこの腰抜けが創造神は唯一無二とか叫んだらものだから

 ついふらふらと誘われてしまいましたの。

 さ、ゲイレット姫 お続けになって」


 ゲイレットは一瞬ためらったが、話さずにはいられなかった。


「……創造神は世界を創った後は死ぬか隠れてしまわれることが多い。

 存在を維持している場合もありますが、それこそ唯一無二の存在で疑うことを許さない。

 つまる所、天地創造その瞬間の証人は誰もいないということです」


 鎮元大仙(ちんげんたいせん)は腕を組んでたずねる。


「ふぅむ、ではやはり真相は一つで他は嘘つきというわけですかな?」

「そう思えます。それが一番しっくりくる。

 ですが、私が今まで見て聴いたものが嘘偽りとも思えない。

 全てが真にせまっていて説得力がある」

「何だそれ。論理の破綻だ。もうやめましょうこの話は。

 こじれるだけで時間の無駄です」


 気弱な腰抜けが鬼の首をとったようにわめくので琵琶精(びわせい)が冷たく言い放つ。


「黙れよ間抜け。今、良いところなんだよ。

 そんなに怖いなら、あんだが出て行けば?」


 ゲイレットは続ける。

「全てが真実という可能性もあると思うのです。

 一見 矛盾していますが、そもそもこの複雑な世界を正確に把握認識することは不可能なのではないでしょうか。

 この世界はもっとこう……多面的で言葉や図解では表現しきれないと感じるのです」


 これを聞いて琵琶精は高笑い。


「何ですのそれ。長い講釈を垂れて出した結論が思うだの感じるだの。

 思考停止もいいとこ。図や言葉を用いなければ論じることができないではありませんか。

ここは童子の合宿所じゃありませんのよ。

 まぁ、もっとも こんな所で天地開闢(てんちかいびゃく)の真相が明らかになるわけでもありませんわね」


 ゲイレットは悔しそうにうつむいた。

 琵琶精は続ける。


「ごめんなさいね。何もあなたを落ち込ませるつもりじゃなかったの。

 お詫びといってはなんだけど、今 面白い研究をしていてね。

 近々、その成果を発表できると思うから楽しみにしていてね」


 そして、客間を出てどこかに行ってしまった。


 鎮元大仙(ちんげんたいせん)はゲイレット慰めた。


「落ち込むことはない。今まで誰も手をつけなかった分野に挑んだだけでも十分じゃよ」

「あの……」

「ん?」

「琵琶精様の研究ってなんなんでしょう? 

 先刻の如来は偽物であるという証明と関係あるのでしょうか?」


 言い負かされた悔しさなど どこふく風で、

好奇心に目を輝かすゲイレットに鎮元大仙(ちんげんたいせん)は半分あきれ半分感心。


「いやはや、このお嬢さんは気持ちの切り替えも早い。

 この老いぼれにはついていけんて」






 それから数日後、事件が起こった。


 サソリの琵琶精が自身の尻尾の毒針で釈迦如来の親指を刺したのだ。

 

 大雷音寺は一時騒然となった。


「如来様に手をあげる……、あ、尻尾か。

 尻尾をあげるとは無礼な奴じゃ」

「奴は先日に如来が偽物である証拠を用意するとか言っていた。

 おおかた証拠が用意できずヤケクソの自暴自棄にでもなったのだろう」

「愚かな女だ。自分の理屈が通らねば暴力に訴えるとは」


 愚鈍な僧侶や神仙らがあれやこれやと話している中を金蝉子(こんぜんし)を先頭に鎮元大仙(ちんげんたいせん)、そしてゲイレットが通りすぎっていった。


 彼らの顔は何か思いつめたような表情であったので、

それを見た神仙たちは彼らも琵琶精の振る舞いに憤っているのだろうと考えた。


 とんだ見当違い。


 

 三人は琵琶精が幽閉されている部屋の前に来た。


 番をしていた僧が声をかける。


「これは皆様おそろいで。どうかされましたか」


 金蝉子(こんぜんし)が答える。


「急ぎ琵琶精と話したいことがある。入るぞ」

「えっ!? 尋問ですか?

 しかし、本人も罪を認めています。もう調べることなど……」

「調べることがあるから話すのだ。よいな?」

「は……はぁ」


 三人が部屋に入ると 琵琶精は座禅を組んで瞑想していた。


「琵琶精、お前に聞きたいことがある」


 金蝉子(こんぜんし)の声を受けて、琵琶精はゆっくりと目を開けた。


「何か?」


 金蝉子(こんぜんし)より先にゲイレットが先に発言した。


「琵琶精様、あなたどんな魔法を使って如来様に傷を与えたのです?

 あんなこと不可能です!」


 鎮元大仙(ちんげんたいせん)も続く。


「多くの者が君の無礼に憤っていたが、そんなこと問題になりゃあせん。

 誰もできないことを、あんたがやっちまった。

 その意味は大きいんだ。

 わしらは知りたい。いったいどんな術を使ったんだ?」


 琵琶精はククッと笑う。


「賢い子たちに会えて私は嬉しいよ。

 馬鹿には私の成し遂げたことに意味が理解できないからねぇ。

 そう。私はその不可能をやってみせた。

 釈迦如来は仏教の始祖にして神通広大。傷をつけることなど不可能」


 金蝉子(こんぜんし)は前に一歩踏み込む。


「御託はいい。早く話せ」

「せっかちな男だね。いいよ、あんたたちは見所があるから是非教えてやりたい。

 まず私は仏教の盛んな地上に降りた。

 で、とくに信心深い農家を選んだ。これが大事、この技は人間がいなくては話にならない。

 私はそいつの家畜と農作物を倒馬毒(とうばどく)で全て駄目にしてしまった。

 ついでにそこの家の子供も死なない程度に毒につけて病気にしてやった」


 ゲイレットは口を押さえた。


「ひどい……」

「次に、農家の主人の前に出現してこう言ってやった。

 「釈迦如来は悪魔である。あれを崇めても不幸になるだけ。これからは私 サソリの琵琶精を崇めなさい」と」


 金蝉子(こんぜんし)は琵琶精の胸ぐらをつかんだ。


「師にむかって悪魔とはなんだ!! だいたいそれが先の事件と何の関係がある」

「手を放せよ、童貞。関係があるから話してんだよ。

 ……ふん、わかればいいんだ。

 主人が私の信仰を確認したうえで家畜と農作物そして子供の病気も治してやった。

 とくに農作物は私が害虫を駆除し天災から守ることで品質も収穫量も向上した。

 そうなるとどうなると思う?」


 鎮元大仙(ちんげんたいせん)は気付く。


「その家の主人はより強く琵琶精を信仰するじゃろうな。

 そして、周囲の者らも琵琶精を信仰することで暮らしが豊かになると思うようになる。

 人々は仏教を捨て琵琶精を崇めるようになる」

「ご名答。するとあら不思議、私の攻撃が釈迦如来に通じるようになる。

 つまり如来が偉大だから崇められているのではなく、崇められているから偉大というわけさ。

 私の信仰は一集落にとどまっていたが、

 これをさらに都市や国家規模で行えば如来の親指どころか命すら奪える。

 しかも、これができるのは私だけじゃない。この世界の全ての神々に可能性がある」


 琵琶精のやったことは単に優れた魔法法術の披露ではなく神々の存在意義を問うものだった。


「結局、私たちの階級や力量など人間気持ち一つでどうにでもなってしまうということよ。

 恐ろしいことに神々がいるから人間の世界があるのでは無い。

 人間がいるから神々の世界があるのだ。

 そうなると如来の言うところの悟りも怪しいものね。仏門の権威も地に落ちる」

「違う! それは論点のすげかえだ。如来様が間違っているということにはならない!」


 金蝉子(こんぜんし)は琵琶精の論を否定したが相手に怯む様子はない。


「どうかしら? 少なくとも私の信者は如来が嘘つきだと思っている」

「うぐっ……」


「あのぉ」


 ゲイレットがおずおずと琵琶精に進み出た。


「その論調でいくと如来様どころか私たち全員の存在意義が無くなってしまいますよ?」

「そうはならない。人間は神にすがらなければ自分の生き方すら見いだせず堕落する。

 結果として神の誰かが必ず信仰の対象となるのよ」

「そうでしょうか。文明国と呼ばれる無の世界の人間たちは神を崇めず頼らず信じず自分たちの力だけで生きているといいます」

「あれはあの世界の人間が特別なだけだ」

「神々が治める国の人々もいつかは文明国の人間のように神々を迫害する日が来るかもしれません」

「そんなことは可能性のかけらもない。議論の余地も無い絵空事よ! ゲイレット嬢はいつも根拠の無い推論で他人を不快にさせる。

 それがオズ的な相手を丸めこむ手法なのかと思いたくもなる」


 琵琶精は自分の言いたいことを言いきり、そしてゲイレットのことが不愉快だったので瞑想に戻った。

 誰が話しかけても もはや返答は無かった。仕方なく三人は部屋から出た。


 金蝉子(こんぜんし)は、呆然としてぶつぶつ言っていた。


 鎮元大仙(ちんげんたいせん)は慌てて金蝉子(こんぜんし)の肩をゆすった。


金蝉子(こんぜんし)殿! 金蝉子(こんぜんし)殿!」

「はっ……。すいません。結局のところ真理とは何なのでしょう?

 わけがわからない。だって琵琶精が如来様を傷つけたことは事実」

「しっかりされよ。君は如来の弟子であって琵琶精の弟子ではあるまい。

 ならば君が従うべき相手は誰だかわかるであろう」

「はぁ……、その通りです」


 金蝉子(こんぜんし)は大仙とゲイレットに目もくれず、ふらふらとその場から離れて行く。


 その背に向かって鎮元大仙(ちんげんたいせん)は叫んだ。


「忠告しておく。君は如来を疑ってはならんぞ!

 琵琶精の論に惑わされ仏道をおろそかにしてはならん!」


 金蝉子(こんぜんし)は背を向けたまま手を振った。


 それから間もなくして金蝉子(こんぜんし)は如来から神仙の位を剥奪され、その魂は下界に落とされた。


 十世の修業の始まりである。




 アレグロ・ダ・カーポは話を終えた。


金蝉子(こんぜんし)様は公然と琵琶精の成果を語り 如来に真偽を問いました。

 下手をすれば仏法の根幹をくつがえす恐るべき理論。

 これがまかり通れば第二第三の琵琶精が現れて如来を追いつめたでしょう。

 もちろん、あなたに悪意はありますまい。

 全ては世の(ことわり) そして真理を明らかにするため。

 しかし、如来は己の権威を守るためあなたを抹殺するしかなかった」

「権威……!! そういう言い方はやめてくれ!」


 三蔵法師が大きな声で叫んだのでライオンはびっくりして飛びあがった。

 

 アレグロ・ダ・カーポは笑っている。


「そうですな。もう少し丁寧に言いましょうか。

 如来は仏法の下、秩序を守るため真実を隠さねばならなかったのです。

 仏教が廃れれば、また地上の人間たちは堕落と退廃の一途をたどりますからな。

 そして、あなたは二度と(よこしま)な気持ちを起こさぬために徹底的に仏道に邁進させる必要があった」

「……」

「でも、もういいじゃないですか。もう仏教は廃れています。誰に気をつかうこともない。

 ヨグ=ソトース様の神官になって新しい世界の創造に尽力してください。

 実は、潮音洞(ちょうおんどう)の仏教神族たちにアザトース様の素晴らしさを()いて

 ニャルラトテップ様の陣営につくように説得に行くところなのです」


 三蔵法師は目を見開いてアレグロ・ダ・カーポを睨みつけた。


「アザトースを崇める仏も僧もあるものか! 骨折り損じゃ、引き返すがよい」

「そうはいきません。皆様にアザトース様の素晴らしさを理解してもらうことが私の使命ですから」


 三蔵法師とアレグロ・ダ・カーポの会話を聞いていた空腹虎はぽかんとしてライオンに尋ねた。


「王様、今の話わかりました? 俺にはなんのことだかさっぱり」

「ハングリー、僕もだよ。魔法使いにしかわからない理屈なんだろう。

 動物の僕らには関係のないことだから考える必要は無いと思うよ」


 一行が進むと竹林の間から炊煙が立ち上っている。


 アレグロ・ダ・カーポが叫ぶ。


「おぉ、ようやく着きましたぞ。仏教神族最後の砦 潮音洞(ちょうおんどう)です!」


 お堂や小屋が並んだ小さな集落である。砦と呼ぶにはあまりに頼りなかった。

『西遊記』を初めて読んだとき、釈迦如来の親指を刺すなんて琵琶精強すぎクソワロタwwwと思ったものです。


孫悟空ですら落書きして小便をかけただけですから、それに比べればかなりの快挙なのです。


しかし疑問だったのが、いくら強キャラとはいえサソリの精霊が如来に手傷を負わせることができるのかということ。

いや……、いくらなんでも無理があるだろうと。相手はお釈迦様ですよ



そこで、人間の信仰が神の強さに影響あたえるという俗説(?)を用いて、如来親指刺され+金蝉子(こんぜんし)追放を掘り下げたエピソードを書いてみました。


楽しんでいただけたのなら幸いです。



ちなみに『西遊記』においてサソリの琵琶精は三蔵法師の童貞を執拗に狙っていました。

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