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第23話 三蔵法師とライオン

オズシリーズより腹ペコタイガーと音楽人間アレグロ・ダ・カーポが初登場です。

 沙悟浄が幻夢境に漂着する少し前のこと。


 アザトースに敗北したライオンは見知らぬ山の斜面で目覚めた。


「ドロシー! カカシ―! ブリキの木こりー!」


 仲間の名前を叫んだが、ライオンの吠え声は動物たちにとって恐怖の対象でしかない。

小鳥や小動物が一斉に逃げだした。


「待ってよ! ここはどこ? 食べないから出ておいで」


 本心から言ったのだが動物たちは信じない。かえって怖がらせてしまった。

森の中は静まり返る。


「まいったなもう」


 仕方が無いので一人で林の中を探索する。

太陽はちょうど頭上に照っていて木々の間を風が抜けていく。


「ん……、人間の臭いだ。行ってみよう」


 山道を下って行くと剣や槍を手にした盗賊数人に囲まれて腰を抜かして震えている僧侶がいた。


 ライオンは思わず叫ぶ。


「三蔵法師! 無事だったんだね」


 三蔵法師はライオンの存在に気付き助けを求めた。


「おぉ、オズの国のライオンではありませんか。無事ではない助けておくれ」

「よし、わかったよ」


 ライオンは二つ返事で引き受けて盗賊たちの前に躍り出る。


 盗賊たちは目を見張ったが、相手が気弱そうな少年なので(あなど)る。


「ん、何だこのガキは」

「大人の問題に口挟むんじゃねえ」

「痛い目みたくなかったらうせな!」


 動物的感覚が鈍っている人間ではその本性がライオンであるとはわからない。

 

 ライオンはライオンで びびりなので人相の悪い男たちに凄まれて怖気づいてしまった。


「うっ、いい大人がよってたかって一人をいじめることないじゃないか」

「よく聞け小僧、こいつは三蔵法師といって十世の修業(しゅうぎょう)をつんだ徳のある和尚なんだ」

「十世の修業? どういう意味?」

「え……?」


 盗賊たちは十世の修業の意味を知らなかった。

十世の修業とは十回転生し仏道修業に励んだという意味である。


「うるせえ! 道教神族が言うにはこいつの肉を食らえば不老不死になれるんだそうだ」

「え、おじさんたち共食いする気? よくないよ」

「誰が食うか馬鹿。人間が食って効果があるものか。

 こいつを捕まえて不老不死になりたがってる妖怪に高値で売りつけるのさ」

「ひどい! 三蔵法師を見てみなよ!!」


 玄奘三蔵は魂が消し飛び腰を抜かしてがたがた震えている。


 そして、さっきまで怖がっていたライオンも人売り盗賊への怒りで勇気が湧いてくる。

その勇気が気弱な少年を逞しい百獣の王へと変貌させる。


「ヴゥロアァァァアッ!!」


 突然、巨大な雄ライオンが現れては盗賊どもは恐れおののき蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

一人の盗賊があわれにも逃げ遅れてしまった。

 ライオンは賊に飛び乗り食い殺そうと口を開けて牙を剥きだす。


「およしなさい!」


 三蔵法師はライオンを止めた。


「むやみに殺生をしてはいけません」

「……」


 ライオンは盗賊から下りると持っていた剣を取りあげてバリバリ噛み砕いて吐き捨てた。


「運のいい奴」


 逃げ遅れた盗賊は金切り声をあげて走り去ってしまった。

 ライオンは少年の姿に戻って三蔵法師に駆け寄った。


「大丈夫かい。怪我はないかい?」

「うん、大丈夫だ。助かりました ありがとう」

「ところでドロシーたちを見てないかい?」

「いや見ていない。もしかしたら死んでしまったのかもしれない」

「どうしてそんな酷い事を言うんだい?」

「実は――」


 三蔵法師は、ここが幻夢境の普陀山(ふださん)であること、天界が崩壊してしまったこと、

ノーデンスとニャルラトテップが覇権争いをしていることを説明した。(第二十一話参照)


「そんな。オズの国もなくなっちゃったの? うわぁぁぁ」


 ライオンは悲しみのあまり泣き崩れてしまった。


「私が幻夢境に来たのは数日前だよ。どうやらここは時間や空間が不安定らしい。

 私たちがアザトースにやられてから相当な年月が経っているようなのだ。

 この普陀山に仏教神族が集まっていると聞いたので、それを頼って行くところだ」

「そうか。僕もいっしょに行ってみるよ。ドロシーたちの行方(ゆくえ)が何かわかるかもしれない」


 二人は山道を登りだした。

 玄奘三蔵がふと口を開く。


「君は孫悟空と違って素直ですね」

「ん、どういうこと?」

「悟空は盗賊が私に危害を加えると問答無用で殴り殺してしまう。

 殺生はいかんと言っても襲われるたびに殺しを繰り返して私の忠告に耳を貸さない。

 君は私が止めたら(ほこ)を収めてくれた」

「うーん、それは僕が素直というわけじゃないし悟空が正しいように思います」

「悟空が正しい? そんな馬鹿な」

「いえ、聞いて下さい。もしあの場にいたのがドロシーだったら僕は賊を殺していました」

「……」

「孫悟空もそれと同じだと思うんです。

 ドロシーが僕にとって大切なように彼にとってあなたは大切な人です。

 言葉ではうまく説明できないけど……」

「悟空が私のことを思ってくれるのは嬉しい。しかしやはり過剰苛烈に乱暴をふるうのはよくない。

 孫悟空に再会したらライオンを見習うように説教をしなくては」

「逆恨みされそうだから やめて」

「心配はいらない。もし悟空ぐずぐず言うようなら緊箍呪(きんこじゅ)(孫悟空の頭の金輪(緊箍児)を絞める呪文)でお仕置きしますよ」

「ますます恨まれそうだよ」


 二人は山道を更に進んだが仏教神族の集落を見つけることはできない。

ライオンは三蔵法師に尋ねる。


「集落まで、あとどれくらいかかりそうだい?」

「……知らない」

「え? あぁ、そう」

「……」

「ん?」

「……疲れた」

「う、うん」

「背中に乗せてほしい。

 獅子であれば人一人かつぐことは苦ではないでしょう」

「ごめん、僕は人を背中に乗せるの好きじゃないんだ」


 三蔵法師が恨みがましく睨む。

 だがライオンも必死に拒む。


「そもそも あなたを背に乗せる義理なんてないし。

 まぁ深い谷を飛び越えなきゃいけないなら別だけど」

「では、少し休もう。お腹もすいたし食べ物を探してきておくれ」

「え、僕が?」

「他に誰がいる?」

「でも、あなたは肉は食べないでしょう」

「仏門の身、当たり前ではないか。産まれてこのかた肉を食したことはない」

「でも、僕はライオンだから肉しかとってこれないよ」


 ライオンが正直に言うと三蔵法師はかんしゃくを起こしてしまった。


「まったく、全然素直じゃない!

 背中に乗ろうとすると嫌がるし、食べ物を頼むと肉しか持ってこれないと言う」

「あなたは何でそんなにわがままなんです? 大人でしょ!?

 そもそも僕はあなたの子分じゃない。ただ働きはしないよ。お金か何か持ってる?」

「私は僧侶だ。お金など持ってるはずがなかろう!」

「僕は僧侶にも仏族にも恩も義理もないよ!」

「ふん……」


 三蔵法師はぶすっとしてライオンから顔をそむけてその場に座りこんでしまった。


「そういうことなんじゃないの?」

「……」

「あなたの弟子たちは色々と気遣ってくれたんだろうけど。僕はあなたの弟子じゃないし」

「……」

「孫悟空が盗賊を殺して 僕が盗賊を見逃した違いってそういうとこだと思うよ。

 素直とかの問題じゃない。僕にはあなたを守る義務も責任も無い」

「……」

「僕は先に進むよ。お仲間の集落を見つけたら話しくらいはしておくから」

「……って」

「?」

「待っておくれ。まだ盗賊がうろついているかもしれない。

 食事もいらないし背中にも乗らないからいっしょにいてくれ」

「……それぐらいならいいよ」


 ライオンは三蔵法師の正面に腰かけた。


 三蔵法師は意地になったのかライオンから顔をそむけたままである。

ライオンはその疲れた横顔を見て、彼の三弟子は筆舌しがたい苦労をしたのだろうと思いを巡らせていた。



 二人は終始無言でいたが、ライオンは何かを察知したように顔を上げた。


「……何か来る」


 突然の来訪者に良い思い出のない玄奘三蔵は震える手で九環(きゅうかん)錫杖(しゃくじょう)を握りしめた。


「ううむ、妖怪か盗賊か」

「わからない……」


 ガサッ


 しげみの中から虎が頭をのぞかせた。

それを見るや三蔵は声にならない悲鳴をあげて魂が消し飛んだ。


「あっ!」


 ライオンが叫ぶと虎も同じように「あっ!」と嬉しそうに叫んだ。


「王様、お久しぶりです! 無事だったんだね!!」

「ハングリー、君こそ無事だったんだね」


 ライオンは虎の首に抱きついた。


 三蔵はおそるおそる尋ねた。


「えっと、二人は知り合いなのか?」


 ライオンは嬉しそうに答える。


「うん、オズの国の友達だよ」


 虎は三蔵に挨拶した。


「俺はハングリータイガーって仲間うちでは呼ばれてます。

 他にも腹ペコ・タイガー、空腹虎、ハングリー。まぁ、呼びやすい名前で呼んで下さい」

「腹ペコ!? 空腹!? なんと物騒な名前だ!! 私を食べないでくれ!!」

「いや違いますよ。何も食べないから腹ペコなんです。

 産まれてこのかた生き物を殺して食べたことはありません。

 食べたいと思ったことはあるけど俺の良心がそれを許さない」

「そ、そうか……。それならば良いが……」


 ハングリーがしげみから全身を現す。その背中に小太りの小男を乗せていた。

 それを見とめて三蔵法師は恨めしそうにライオンを睨む。


「君の友人は良心があるというのは本当だな。彼は背中に人を乗せているではないか」

「自分は自分 他人は他人でしょう」


 ハングリーの背に乗った男はにこにこしながら挨拶をした。


「どうも私はアレグロ・ダ・カーポと申します。

 お見受けしたところ、あなたは僧侶のようですな。

 私たちは潮音洞(ちょうおんどう)に行くところです。

 よろしければ、ごいっしょしましょう」


 このアレグロ・ダ・カーポなる人物は赤い丸帽をかぶり

青いチョッキの上から腰までのびた赤い上着、

そして金のラインのはいった白いズボンを身につけている。

 街頭パレードを(いろど)る楽団員を彷彿とさせる出で立ちである。


 三蔵法師は両手を合わせて礼拝(らいはい)する。


「おぉ、菩薩様のお住まいですね。となると仏門の集落も近いのですね」

「えぇ、潮音洞(ちょうおんどう)を中心に集落が作られていますので。

 もう近いですよ。それにほら」


 ダ・カーポは紙片を見せる。


「地図もありますから迷う心配もありません」


 こうして四人は潮音洞を目指して山道を進んだ。




 ハングリーの背に乗ったアレグロ・ダ・カーポは

汗をかきながら山道を歩く三蔵法師を不思議そうに眺めていた。


「せっかくライオンがいるのですから背に乗せてもらえばよいではありませんか」

「このライオンは、がめついので乗せてくれないのです」

「がめつい? そんなことはないでしょう。

 乗せてくれないとは、よっぽど恨まれることをしたのですな」

「これはしたり、私は彼に恨まれるようなことをした覚えはありません!」


 話を聞いていたハングリーも不思議がってライオンに尋ねる。


「王様、まさかこの坊主が失礼を? だったら言ってくださいね、俺がやっつけますから」


 虎にやっつけると言われては三蔵は生きた心地がしない。

警戒心むき出しで虎を睨みつける。


 ライオンはハングリーに言う。


「わがままなだけだよ。

 背中に乗せろとか食べ物とってこいとか、

 まるで召使いか何かのように命令してくるんだ。

 しかもただで」

「え!? 王様に何も差し出さず命令したんですか。

 それって奴隷扱いじゃないですか!!」


 ハングリーとライオンは三蔵法師を見る。

 アレグロ・ダ・カーポまで(いぶか)しそうに覗き込んで言った。


「それはあなたが悪い。

 あなたは人間ですか? 神々(ここで)のルールをあまりご存知ないようだ」

「ついこの前、人間の身体をすてて神仙の仲間入りをしました。(原典『西遊記』参照)

 (ほとけ)になれるはずでしたが如来様が亡くなられてしまったのでそれは叶わないでいます」

「なるほどそうでしたか。主従関係も無しに神々同士でただ働きは御法度です。

 これからは気をつけることですな」

「そうします」


 ライオンはハングリーに尋ねた。


「君はこのおじさんから何を貰ったんだい?」

人参果(にんじんか)といってとても珍しい果物だよ」


 三蔵法師は口を挟む。


「私も以前食べたことがあります。

 一万年に三十個しかならない貴重な品ですよ」 


 ハングリーはうなずいた。


「何より素晴らしいのがその人参果は赤ん坊そっくりなんだ。

 前々から赤ん坊を食べたいと思っていらから

 俺の望みの半分は叶ったことになるんだ」


 これを聞いて三蔵法師は取り乱す。


「赤ん坊を食べたい!? おそろしや!」

「いや、食べたいと思ってるだけで食べたことはないよ」

「どうだか……。それにしても人参果は一万年に三十個の宝物。

 たかだか移動のため使ってしまうとはもったいない」


 これにアレグロ・ダ・カーポは上機嫌で答える。


「ほっほっほっ、品種改良が進んでいるのです。収穫期間が短縮され一度の収穫量も増えたのですよ。

 おまけに保存期間も延びた。これも全て豊穣の神シュブ=二グラス様のお力です。

 ありがたいことです」

「シュブ=二グラス!?」


 三蔵法師は顔面を引きつらせてアレグロ・ダ・カーポを睨んでいる。


 ただならぬ空気。

 幻夢境に来たばかりのライオンは事情がわからず玄奘に尋ねる。


「どうしたの、そんな怖い顔して。そのシュブなんとかがどうかしたの?」

「シュブ=二グラスはニャルラトテップの姉だ」

「なんだって!?」


 それを聞いてライオンはアレグロ・ダ・カーポよりもまず先にハングリータイガーを非難した。


「君はこいつがオズの国を滅ぼした奴の仲間と知って背中に乗せているのかい?

 人参果がどれだけありがたい物かは知らないけど、君にはオズの国の者としての誇りは無いのかい!?」

「それはそうだけど……。けどノーデンスよりはニャルラトテップのほうがマシだと思う」

「そんな妥協は僕は認めないぞ!」


 アレグロ・ダ・カーポは獅子と虎の仲間割れを見るに見かねて仲裁に入った。


「ライオンさんも そうお仲間を責めてはいけませんぞ。

 彼はじっくり考えて結論を出したのです」


 ライオンはダ・カーポに食って掛かる。


「どんな結論だっていうんだ!?」

「よろしい、ご説明いたしましょう。

 天界冥界が滅びたことで神々の全てが不幸になったわけではありません。

 ヒュプノスやバステトといった神々が新たに権力に座についたり、

 今まで悪魔や妖精として地位の低かった者たちが神として崇められるチャンスが平等に与えられたのです。

 努力すれば報われる。ニャルラトテップ様がそれを示してくれたのです」

「……」

「それに比べてノーデンスはひどい。

 要職はケルトの血族で固め、他の神族でも第一に優遇されるのはトリトーンのような海神ばかり。

 これは夢の無い話です。弱く拠り所の無い神々は将来への希望が持てない。

 待っているのは破滅ですよ」

「……」

「故郷を奪われた憎しみをぶつけたい気持ちはわかります。

 しかし、気に入らないからといって争そってばかりはいられないでしょう。

 現実を受け入れ将来を見据え、前に進まなくては」


 ハングリー・タイガーがライオンを慰めるように言った。


「王様の気持ちはわかるよ。

 でも、幻夢境はいずれノーデンスかニャルラトテップに支配されてしまう。

 俺は彼らの手下になったつもりはないけど喧嘩をふっかけても仕方が無いでしょう」

「……納得できないけどわかったよ。

 でもアザトースの子供がつくった果物なんて食べて大丈夫かい? 毒でもあったら……」


 毒と聞いてダ・カーポは笑う。


「ほっほっほっ、覚醒世界の脆弱な動物なら発狂くらいはするでしょうが、

 天界(オズの国を含む)のご出身でしたら何ら影響はございませんよ」





 一行はさらに山道を進む。


 アレグロ・ダ・カーポはふと思い出したように首をかしげた。


「お坊様は最近になって神仙になられたとのこと。

 しかし如来様が亡くなられたのはだいぶ昔のことだったと記憶しておりますが」

 

 三蔵法師が答える。


「アザトースに襲われたのです。

 どうやら私は時空の狭間を彷徨っていたようで、最近になって幻夢境(こっち)に来たのです」

「アザトース様に襲われた!? よくご無事で……。 

 ハッ……、し、失礼ですがお名前をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

「私は玄奘三蔵と申します」

「うわぁぁぁ、知らなかったとはいえ とんだ失礼を!!」


 ダ・カーポは明らかにうろたえていた。

虎から飛び降りて三蔵法師にひれ伏す。


「偉大なる副王ヨグ=ソトース様は今でもあなた様の帰順を心待ちにしております」

「まってください。なんのことです? 私には何の心あたりもありません」

「アザトース様謁見のおり、玄奘様は宇宙の真理に近づきました。

 他の十一人は慌てふためくだけだったようですが、あなた様は……。

 あなた様だけは宇宙の始まりと終りを体感した……。うらやましい。

 私もアザトース様に謁見させていただいたことはありますが、

 ただ凄く芸術的であると思っただけで、真理を得るにはほど遠く……。

 宇宙の真理に近づくなんて、とても名誉なことなのですぞ!」(第19話参照)

「真理を得たのなら名誉でしょうが、それは誤解です。

 あの場では私も恐ろしさのあまり震えていただけです

 何かあったとしたら、それは気が動転していたからです」

「恐ろしいと思ったのは真理を知ったからでしょう?

 ヨグ=ソトース様は全てをご存知です」


 ダ・カーポが真理真理とわめくので、三蔵はうるさく思い怒鳴った。


「あなたもしつこいな! 私は仏に仕える身ですぞ。

 あんな化け物が真理なわけがないでしょう。いいかげんにして下さい!」


 しかしダ・カーポはひるまない。


「いいえ、あなたは宇宙の真理 その(かい)を心より求めている。

 だからこそ、アザトース様の中に真理を見たのです。

 そもそも、あなたの存在が。十世の修行(しゅうぎょう)こそがその証拠!」

「!?」


 ハングリーがライオンの耳元でささやいた。

「十世の修行(しゅうぎょう)って何? 知ってる?」

「十回生まれ変わって仏道修行した人のことだよ」

「へぇ、知らなかった。さすが王様は何でも知ってるね」

「……いや、山道歩いてるときに三蔵法師から聞いたの」

「あ……」


 アレグロ・ダ・カーポは熱弁をふるう。


「そもそも、玄奘様はなぜ十回も生まれ変わる必要があったのか。

 十世の修行前は釈迦如来の二番弟子金蝉子(こんぜんし)

 如来の側近中の側近 天界のエリートが下界に落とされるなんて

 よっぽどの重罪を犯したからにちがいありません。そうですよね!?」

「……如来様の説法に耳をかさなかったからと聞いています」

「くっ……くくく、はっはっはっはっはっ!!!

 ……あいや失礼。

 話を聞かなかっただけで下界に落とされ、沙悟浄に九回も殺されたんですか!?

 仏として不十分だから弟子なんでしょうに。愚かだから教えが必要なんでしょうに。

 話を聞かなかっただけで厳罰だなんてありますか?」


 品の無い嘲笑に三蔵は怒りを覚え押し黙った。


 アレグロ・ダ・カーポはそれに気付いて真顔になった。


「違います。説法を聞かなかったら罰せられたというのは結果にすぎません。

 あなたは仏法の根幹をゆるがす真実を知ってしまったから追放されたのです。

 お話しましょう。なぜ、あなたが下界に落とされたのか」

「興味ありません」


 三蔵は突っぱねたがダ・カーポは引き下がらない。


「自分自身のことですよ。興味が無いわけないでしょう。

 これは昔々のお話です。かの斉天大聖(そんごくう)五行山(ごぎょうざん)に封じられるよりもはるか昔――」


 アレグロ・ダ・カーポは三蔵法師の過去、前世のことを語りだした。

オズシリーズには西の悪い魔女をはじめ、ノーム王ラゲドーや魔女のモンビといった悪者も数多く登場します。

この音楽人間アレグロ・ダ・カーポはシリーズ第五巻『The Road to Oz』の一節に登場するのみですが、少し特異な存在だったので強く記憶に残っています。

上記の悪者たちとはうってかわってオズの統治者オズマ姫の誕生日を心から祝いたい善人なのですがドロシーに一方的に嫌われてしまいます。



理由は身体から流れる出る音楽が騒々しいから。



原典においてアレグロ・ダ・カーポは音楽人間という名の通り常に身体から大音量で音楽を流しており

会話も歌って受け答えするのです。


そのせいで彼には祝賀会の招待状が送られずオズマ姫の誕生日を祝うことができなくなってしまうのです。

ちなみに五巻の旅の道中では様々な登場人物が祝賀会の出席をドロシーに希望し、無事に出席しています。




「もっとひどい音楽を聞いたことがあるような気がする。思い出せないけど」

  ~アレグロ・ダ・カーポの音楽について、ドロシー・ゲイル


「祝賀会出席者は発狂してしまうだろう」

  ~アレグロ・ダ・カーポの音楽について、ボサ()(早川文庫版ではモジャボロ)


「騒々しいし迷惑だし、よくない音楽を奏で続けるなら一人でいたほうがいい」

  ~アレグロ・ダ・カーポについて、オズマ姫




ひどい音楽と言われて連想するのが『クトゥルフ神話』の魔王アザトースなんですよね。

そういうわけでアレグロ・ダ・カーポはアザトースの信者という設定にしてしまいました。

『クトゥルフ神話』以外で外なる神の仲間として使える登場人物は貴重なので、

これからもアレグロ・ダ・カーポはちょくちょく登場させる予定です。




参考文献

ライマン・フランク・ボーム(2012)『完訳オズへの道』(オズの魔法使いシリーズ5)宮坂宏美訳,復刊ドットコム

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