第22話 クラネス王にオズ怒かる
オズのキャラバンがセレファイスに入って一日が過ぎた。
黄土ローブの使者に案内された広場にオズのサーカステントが建つ。
「クラネス王のおなーりー!」
二百名の衛兵に守られ 蘭の花冠を被った八十人の神官を引連れてクラネス王が来る。
純白の貴族服をまとったクラネス王。
陶器のような白い肌に、風になびくブロンドのストレートヘアは木漏れ日のようにゆらめく。
出迎えに出たオズとキャラバンのメンバーはクラネス王にひざまずく。
「陛下、本日は御足労 まことにありがとうございます」
「うむ、オズの魔法使いよ。お前の噂は聞いているぞ。
どんな魔法にも必ず法則性がある。が、その法則にとらわれず自由自在に魔法を繰り出すそうだな。
今日は、その素晴らしい魔術を見られると聞いて楽しみにしていたぞ」
魔法には法則がある。もちろん手品にも法則はあるが魔法のそれとは無関係である。
相手を騙すことにはオズも慣れたもので顔色一つ変えない。
「これは光栄のいたり。さ、どうぞ皆様テントの中へ。」
オズの合図でジェリア・ジャムが王と八十人の神官をテントに案内する。
衛兵は各所で守りについたが、一隊がテントの裏口から入ろうとしたのでオンビー・アンビーが注意する。
「ここは関係者以外立ち入り禁止です」
「我らには陛下をお守りする義務がある。危険が無いか確認するだけだ。邪魔はしない」
「危険はありません、秘密の魔法道具を見られては困ります」
「我らは魔法のことはよくわからぬ。見ても理解できないから大丈夫だ」
「そういう問題ではなくてですね……」
押し問答をしていると、昨日 使いで来た黄土のローブの男がやって来た。
「よい、野暮な事はよせ。ここに危険は無い」
すると衛兵たちは引き下がり、裏口周囲の警備をするにとどまった。
「すまない、兵も陛下の身を案じてやったこと。許してやってほしい」
ローブの男はそう言い残すと正面の入り口からテントの中へ入っていった。
舞台袖ではオズと河童を筆頭とするアシスタントたちが準備万端で待機している。
「……さて、今日はいつもと違って王族が見物しているが……。
気を張る必要はない普段通りにやればよろしい。
では……、ゆくぞ!」
オズはステージに飛び出す。
「レディースエーンドジェントルメェーン!
本日は私オスカー・ゾロアスター・ファドリグ・アイザック・ノーマン・ヘンクル・エアニュエル・アンブロイズ・ディグスこと
OZの魔法ショーに来ていただき恐悦至極に存じます」
座席の一番前に座っていたクラネス王は楽しそうに拍手した。
神官八十人もそれにならったのでテント内は盛大な拍手につつまれる。
「オスカー・ゾロ……、長いっ!」
後ろの方で観覧していた沙悟浄は初めてオズの本名を知り、
自分の名前とはいえ噛まずにすらすら言い切ったことに感心した。
ステージ上でオズは、
「さて、偉大な魔法使いや高位の神々は変身の術を会得しているもの。
もちろん、このオズとて例外ではございませんぞ。それ!」
掛け声とともにテントの照明が落ち暗闇に閉ざされる。
神官たちは何事かとざわつく。が、すぐに灯りが戻る。
ステージの異変に気付いた神官たちが叫ぶ。
「うわああああ、あれはなんだァッ!?」
ステージにオズの姿は無かった。
だが、かわりに人よりも巨大な生首が浮かんでいた。
生首は低くいうなり声をあげる。
「ふぅはっはっはっ、我が変身の術を見たか」
これはドロシーがエメラルドシティを初訪問したときに見せた偽りの姿である。
紙でできたハリボテだが、裏で目や口をワイヤーで操演し腹話術で声をあてる。
オズの技量もあって、作り物の頭はまるで生きてるかのような表情を見せるのである。
これでドロシーをおおいに驚かせた。現に神官たちは恐れおののいている。
「オズよ、その頭は少し小さくはないかね?」
唯一 クラネス王だけは心静かに微笑んでいた。
「ングラネク山の岩肌には大地の神々の顔が彫りこまれている。
その彫像は私の城よりも大きいよ」
言われてみればと神官たちは落ち着きを取り戻す。
オズはいけないと思い クラネス王に問う。
「その彫像は動いて喋るのか」
クラネス王は首を横にふる。
「いや、彫像は彫像だ。動きもしないし喋りもしない。
だが、あれくらい大きな頭を動いたら壮観だろうなぁ……」
オズはやっかいな客だと思い、アシスタントの河童に指示を出す。
河童は照明を落とし他のアシスタントたちもハリボテ生首を片付けて次の手品の仕込を行う。
次に照明が戻ったとき、ステージに生首の姿はなく、七色の翼の生えた背の高い美女が立っていた。
オズの変装なのだが、以前カカシはこの姿に見とれたものである。だが……
「オズよ、ここは幻夢境でもっとも美しいセレファイス。その程度では驚きも感動もしない」
「……」
ならばと次は醜い怪物の姿に変装。五つ目玉が爛々と輝き、五本の手足が蠢く。
動物の毛皮を縫い合わせたシロモノでブリキの木こりすら恐怖した逸品である。
「恐るべきヨグ=ソトースの眷属は名状しがたい冒涜的な姿の代名詞。
その可愛らしい動物はなんという名ですか?」
「……」
これでどうだとオズは油にひたした綿に火をつけて巨大な火の玉を作る。
ライオンすらひるんだ火炎玉のできあがりである。
「クラネス王よ、我が魔術あまりに侮辱すれば災いがふりかかるぞ」
「炎の神クトゥガに比べればマッチの火のようなものだね」
「……」
クラネス王に散々手品をコケにされてオズは意気消沈してしまった。
神官八十人は目を丸くしたり驚いたりして上々の反応なのだが、クラネス王が何か言うたびに冷静さを取り戻す。
よろよろと舞台袖に引っ込んで河童達に指示を出す。
「わしはもう……、今日は疲れた。あとはお前たちの技を見せて差し上げなさい」
手品を知らない幻夢境の神々を相手に連戦連勝連日大賑わいだったオズのサーカス団。
ここにきて快進撃が止まる。
アシスタント達の精一杯の技もクラネス王に笑われ貶され侮辱され、
舞台袖は通夜のごとく意気消沈の空気につつまれた。
「……本日の魔術はこれにて終了です。またのご来場をお待ちしております」
最後の挨拶なのだがオズの声に張りが無い。神官八十人の視線が突き刺さる。
静寂の中、クラネス王の拍手だけが乾いた音をたてて響いていた。
「オズの魔法使いよ。とても良いものを見せてくれた。余は至極満足じゃ」
そう言い残し、神官たちを引き連れて宮殿へと戻っていった。
黄土ローブの男の指示で衛兵が大きな木箱を運んでくる。
「これは陛下からのお礼です。お納めください。
私もあなたの魔法に心をうたれました」
オズは力なくうなずいた。
黄土ローブの男と衛兵たちも引き上げていった。
ジェリア・ジャムがテントに入ってきた。
「皆さん、お疲れ様です。昼食できてますよ……って、うわっ」
テント内の沈んだ空気にジェリアは思わずうめく。
「あのぉ、クラネス王には喜んでもらえなかったんですか?」
河童が答える。
「あぁ、世の中にはひどい奴がいるもんだよ。
こっちのやることなすことケチをつけて楽しんでるサディスティック野郎さ」
ジェリア・ジャムは、まぁ!と叫び、そして見慣れない木箱の存在に気付く。
「これは何です?」
「あぁ、クラネス王からの礼だってよ」
「代金はもらえたんですね。開けますよ?」
河童がうなずいたので、ジェリアが木箱を開けた。
中から黄金色の光がこぼれだす。
「すごい、金貨がぎっしりじゃないですか!!
一回の公演でここまでの稼ぎは出ませんよ!!
大成功ですよ!! ほら皆もちゃんと見て!!!
元気出して!」
オズがよろよろと近づき木箱の中を覗く。
「のう、ジェリアよ。尊厳は金では買えんのだよ」
「何言ってんですか。クラネス王に満足してもらえたから
これだけの報酬が入ったのでしょう?」
「それは彼が王族だから金銭の価値をよくわかってないか見栄をはったせいじゃ。
わしらの魔術が優れていたという証明にはならんよ」
「あきれた。団長、いくらなんでも落ち込みすぎです。
あなたがしっかりしてくれなければ団員たちに示しがつきません。
しゃんとなさってください。
これは利益に計上しますから、早く食事に行ってください」
するとオズはかんかんに怒りだした。
「こんなもの返してしまえ! 笑われてまで金をもらおうとは思わん!」
ジェリアも負けじと怒鳴り返した。
「私にとって大事なのはオズの国の再興です。これありきです。
団長のプライドのためだけなら このお金は返せません!
……あら?」
ジェリアは金貨のつまった木箱の中に封筒が入っていることに気がついた。
「クラネス王からの手紙です。団長宛てです」
オズはジェリア・ジャムから封筒を受け取った。
その夜、オズと沙悟浄の二人はセレファイスから少し離れたコーンウォールという小さな港町を訪れた。
家々からは明かりが漏れ 酒場からは酔っ払いの笑い声が響く。
通りを行く人々は普通の人間のようで幻夢境特有の亜人種や魔法生物の類は見かけない。
幻夢境にしては少々地味な場所だった。
沙悟浄はオズにたずねる。
「なぜ、私が?」
「わしにもわからん。クラネス王の手紙には君とわしとで来るように書いてあったのだ」
オズは報酬の中にまぎれていた手紙を渡す。
当たり障りの無い文面の礼状。
最後の部分にオズと沙悟浄にコーンウォールの漁村に来て欲しいと書かれている。
「コーンウォールといえばイギリスにそんな地名があった気もするが……。
しかしなぜ幻夢境に……?」
「イギリス?」
「イギリスという国が地上にあるのだよ」
「そんな国、聞いたことありません」
「それはそうであろう。道教神族の管轄外の土地だからな」
「?」
沙悟浄は釈然としなかったが、それ以上聞くことはしなかった。
天冥崩壊戦争の話にしろ、世界は自分が思っていた以上に広大で謎に満ちているのだ。
「ここだな」
手紙に指定されていた酒場に着く。店に入ると店主が出迎えた。
「ようこそおいでくださいました。オズ様、悟浄様。
陛下がお待ちです。どうぞこちらへ」
店主に案内される。
店内に客はまばらで落ち着いた雰囲気である。
「こちらでございます」
個室に通され入ると、クラネス王と黄土ローブの男が席についていた。
店主は浅く礼をすると部屋から立ち去った。
黄土ローブの男はオズと沙悟浄に席をすすめ、二人はそれに従った。
クラネス王が口を開く。
「オズ団長。改めて礼を言わせてほしい。
あなたの手品は素晴らしい。心が洗われるようだった。
ありがとう」
「!?」
クラネス王はオズの魔法を手品と見抜いていた。王は語る。
「私は覚醒の世界イギリスのコーンウォールの生まれでね。
死後、幻夢境にセレファイスを建国したのだよ」
「覚醒の世界?」
沙悟浄の質問にクラネス王は答える。
「天冥崩壊戦争以前は地上と呼ばれていた場所だ。
天界も地獄も滅び、神々は幻夢境に逃れた。
夢世界と相対して 地上は覚醒の世界と呼ばれるようになったのだ」
沙悟浄はクラネス王を間近にしてある事に気がついた。
彼の目は黄土のローブの男と同じで子供のようでも老人でもあるかのような輝きをもっていた。
クラネス王は続ける。
「私は覚醒世界で死んだ後、幻夢境で永遠の命を手に入れ
このオオス=ナルガイ地にセレファイスを建国した」
現世で死ぬことで別世界で永遠の命を得る。
沙悟浄の中でクラネス王と師玄奘三蔵が重なってみえた。
玄奘も現世で死ぬことで極楽世界の扉を叩き、経を得ることができのだ。(『西遊記』原典参照)
「この幻夢境にもっとも美しい国を造った。覚醒の世界では到底不可能なことだ。
全ては私の思いのままに永遠の輝きを放ち続けるだろう。
私がセレファイスを治めてかれこれ一万年になる」
「一万年!!」
オズは驚愕の声をあげる。
「あんたはいつの時代の人なのかね? 自分ことをイギリス人だったと言うが
一万年前はコーンウォールどころか……、イギリスも存在しとらんぞ」
「西暦でいうならば1900年代の人間かな。しかしここは夢の世界。
覚醒の世界とは異なる時間が流れている。一定ではなく遅くも早くもある。
ここでの出来事は過去であり未来であり、そして現在のことでもある」
黄土のローブの男が付け加えるように口を開く。
「そもそも副王ヨグ=ソトースの力で時系列による因果関係や時間経過は意味を失くしている。
それは覚醒の世界ですら例外ではない。
この環境下では過去の出来事すら未来の出来事であり。未来の出来事すら過去の出来事でもあるのだ」
「ヨグ=ソトース! アザトース三柱の一柱じゃな」
「そう、あなたは悟浄や道教仏教神族に出会ったとき気付かなかったのかな。
おとぎの国の住民と思って見過ごしたかもしれないが彼らは貞観27年 西暦でいうなら653年の神々。(ただし史実では貞観という年号は23年まで)
本来なら出会うはずのない者が出会ってしまう。これが恐るべき副王の力だ」
「なんと!! しかし何故 あんたが、わしらのことを細かく知っている?
あんたはいったい何者だ?」
「申し遅れました。私の名はランドルフ・カーター。
クラネス王と同じ元は覚醒世界の人間です」
黄土のローブは名を名乗り、一巻の巻物をテーブルに置く。
オズは目を見張った。
「これは三蔵三十六部目の経 土の巻!!」
カーターはうなずく。
「そうです。炎の神クトゥガが残したという『苦通我経 土の巻』
偶然にもこれを入手し私は十二冒険者の存在を知った」
沙悟浄の目蓋がぴくりと動いた。
オズは震える手で『苦通我経 土の巻』を受け取る。
「天冥崩壊戦争時の混乱で紛失していたが、ここにあったとは……」
「『ネクロノミコン』のようにアザトースとその眷族について書かれた魔導書は数多い。
しかし、その対抗手段として特定の誰かを指名していたというケースはまだ無い。
クトゥガがどのような思惑でそういった書物を残したのかわからないが……。
私は十二冒険者に賭けてみたくなったのです。
そして残り三巻の火水風の『苦通我経』も詳しく調べなくてはならない」
一同の視線が沙悟浄に集まる。だが彼女は納得も気持ちの整理もできなかった。
「それに書いてあることは出鱈目です。
私たちはアザトースに遭遇しましたが何もできなかった。
菩薩様の助けがなければ殺されていました。
その菩薩様ですらどうなったのか……」(第十九話参照)
カーターは静かに言った。
「経緯はどうあれアザトースを前にして無事に戻ったことは幸運なことなのです。
奴のせいで数え切れないほどの神と人が犠牲になった」
「でも、先の戦争でアザトースは敗北したのでしょう?
危険は去ったのですから、こんな書物を持ちだすことはないでしょう!」
「危険は去っただと!? とんでもない!!」
クラネス王は立ち上がり両手のひらでテーブルを叩きグラスを倒してしまった。
「這い寄る混沌は未だ健在。
名状しがたき冒涜的危機の前に各勢力の足並みは揃っていない。
ノーデンスもヒュプノスも何もわかっちゃいない!
この危機意識の低さは深刻な問題だ!!
いずれアザトースは力を取り戻す。そうなれば全てが終わりだ!!
奴が力を失っている今こそ完全に滅ぼさなければならないのだ」
クラネス王はぜいぜいと肩で息をする。
「私もアザトースに会ったことがある。ならわかるだろう?
あの醜い化け物はこの世界の全てを破壊しつくすつもりだ。
このセレファイスもいつかは……」
カーターが頭を下げる。
「悟浄さん、これは私たちからのお願いです。
アザトースの倒してくれとは言いません。
ですが各地に散らばった十二冒険者を集結させ
散逸した『苦通我経』の残り三巻を集めると約束してください。
そうすれば玄奘様の居場所を教えましょう」
「なんですって!?」
沙悟浄の目の色が変わった。
クラネス王はにやりと笑う。
「やはり食いついたな。私の情報収集能力を持ってすれば
幻夢境のどこに誰がいるかなど容易く調べあげることができる。
さぁ、師の居場所が知りたければ
十二冒険者を集め、『苦通我経』を全て揃えるのだ」
「お断りします」
「ふふふ、やはり師のことは大事とみえる……、は? 何だって?」
「お断りしますと申し上げました。確かに桃太郎殿やドロシー嬢の安否は気がかりです。
ですが、私にとって最優先事項は師の安全を確認し その意思に従うことです。
もし、師が十二冒険者の集結を望まないのであれば私はそれに従わなければなりません。
そうなれば、あなたがたとの約束を反故することになります。
私は守れない約束はしません」
「師匠のもとに一刻も早く馳せ参じるのが弟子の義務とは思わないのか!?」
「思います。ですがこれとそれとは別のことです」
オズはククッと笑う。
「神は人間と違って融通がきかんからのう。何をするにも等価交換。
契約の不履行は神々の間ではもっとも重い罪だから、沙悟浄も慎重になるのも無理ないこと」
沙悟浄の目に希望の火が燃える。
三蔵法師が無事であることがわかった以上 迷いは無い。
「今の話ですと師は幻夢境のどこかにいるわけですよね。自力で探しだします」
クラネス王は怒りうめく。
「うぐっ……、お前は幻夢境の広さをわかっていない。唐から天竺へ行く旅とは違うのだぞ!」
「私はやると言ったらやり遂げます」
ランドルフ・カーターはクラネス王の肩に手を置く。
「友よ、私たちの負けのようだ。彼女の目のなんとまっすぐなことか。
我々の思惑など意に介さず自身の使命を全うしようとしている。
ここで我々の口車に乗ってしまうようではかえって頼りないというもの」
彼らは沙悟浄と正面から向き合うことに決めた。
「悟浄様、玄奘様そして現在判明している十二冒険者の居場所をお教えします。
ですが、これだけは約束していただけますか?
もし玄奘様に会えたら十二冒険者と『苦通我経』捜索の件をお願いして下さい。
玄奘様が、これに関心が無ければ私たちは別の十二冒険者にお願いするでしょう」
「わかりました。あなたがたのことは必ず師にお伝えします」
「では――
あなたの師玄奘様そしてライオン様は普陀山にいます。そこで仏教神族の生き残りを中心とした小さなコミュニティを築いています。
次にあなたの姉弟子の猪八戒。彼女は月のスミス&ティンカー社に勤務しています。あそこは月一番の大企業ですよ。
申様も月にいます。知恵者として月の産業発展や生活環境改善に尽力しています。
戌様は各地を転々としているようで詳しい所在はわかりかねますが、トト様(ドロシーの飼い犬)を総大将に犬の軍団を結成したとか。
主人を探し、刃向かうアザトースの眷族を片っ端から噛み殺しているそうですよ。
実際、トト様は犬族の中でカリスマ的存在です。なにせニャルラトテップの目と足に大怪我をさせてますからね。
あと普陀山も月も幻夢境です。覚醒世界の同名の場所とお間違えのないようお気を付け下さい」
「ありがとうございます……」
沙悟浄は手を合わせて礼をした。
ランドルフ・カーターは微笑み酒の入ったグラスを手にした。
「では交渉成立ですね。乾杯しましょう」
クラネス王が不服そうに睨む。
「成立って……、三蔵法師が拒否すれば意味が無い」
「友よ、我らではアザトースを滅ぼすことはかなわない。
少しでも可能性があるならば彼らに託そう」
酒と食事が次々と運ばれる。しかし彼らは親しい友人同士ではない。
会食といった具合で、話の内容はもっぱら幻夢境の情勢やアザトースの眷属についてである。
オズはふと尋ねる。
「観世音菩薩という仏教神族の女神について聞いたことはありますかな?」
クラネス王とランドルフ・カーターは首を横にふる。
「聞いたことがありません。その女神が何か?」
「不思議な女神でしてな。文明国ついて熟知しているようでして、
戌の話ではレン高原にも現れて彼らを救ったとか。
わしは文明国と神々の関係性を明らかにすることが
アザトースとその眷属の謎を解く手がかりになると考えているのです」
これに対してクラネス王の関心は薄い。
「ある程度の力のある神ならレン高原に問題なく到達できる。
現にノーデンスが侵攻しているしな。(第二十一話参照)
まぁ、文明国に詳しい神は珍しいかもしれないが」
ランドルフ・カーターは手であごをさする。
「文明国は神々から無の世界と恐れられる未知の領域。
ニャルラトテップは文明国の力を武器に転用し天界冥界を滅ぼした。
他の神々にはできなかったことだし考えもしなかったことだ。
なるほど文明国に精通した者の力を借りられればアザトースとの戦いの助けになるかもしれない」
クラネス王は懐疑的になる。
「オズはその観世音菩薩なる神を過信しすぎてはいないかな。
その女神の知識はさして役に立たないと思う。
しかし、どうしても気になるのであれば普陀山に行ってみてはどうだろう?
仏教神族なら何か知っているかもしれない」
「確かに陛下のおっしゃることはもっともです。
ライオンの件もありますし、わしは普陀山を訪ねてみましょう」
オズはうなずきグラスの酒に口をつけた。
沙悟浄も酒と食事をとったが、やはり肉料理には手をつけなかった。
夜もふけて会も終りとなり四人は店を後にした。
クラネス王はかしこまってオズに言う。
「あなたの手品は本当に素晴らしかった」
「そう思うならもっと手品を見るマナーを身につけていただきたいですな。
あれでは仕事がやりにくい」
「申し訳ありなかった。何せ手品を見るのは一万年ぶりだったもので。
つい、はしゃいでしまった」
「ほう……?」
「セレファイス――、自分が理想とするもっとも美しい国を築いても故郷への思いは消せなかった。
この町コーンウォールは私の故郷をモデルに造った。余の望郷の念の表れだ」
オズは故郷カンザスに帰りたがっていたドロシーのことを思い出した。彼女は今どうしているのだろうか。
「だから――、だから嬉しかった。あなたの手品を見ていると覚醒の世界にいた頃を思い出して……うぐっ」
クラネス王は瞳一杯に涙を溜めてオズの手を握りしめ何度も何度も礼を言った。
クラネス王らと別れテントに向かうオズと沙悟浄。
オズはしかめっ面で不機嫌である。
「やはりわしは納得がいかん。
素直に驚いてくれるからこそ手品はやりがいがあるのだ。
それを昔を懐かしんで ちゃかされはやってられん」
「でも、クラネス王は本心から喜んでいましたよ。オズ団長の魔法が彼の心を慰めたのです。
やはりあなたは偉大なる魔法使いではありませんか」
「悟浄よ、うまいことを言ったつもりかもしれんが、わしは騙されんぞ。
わしはクラネス王が好かん。明日にでも普陀山に出発じゃ」
頑固じじいに沙悟浄は肩をすくめた。
翌朝
オズのキャラバンはテントを崩し出発の準備に追われていた。
沙悟浄はオズたちに別れの挨拶をのべた。
「お世話になりました。私は月に行きます」
「おや、意外じゃの。てっきり普陀山に行くものとばかり思っておったわ」
「まずは姉八戒と再開して二人で師のもとに参じようと思います。
兄悟空の居場所もわかれば良かったのですが」
「そうか……
幻夢境は危険な怪物がうろついている場所も多い
君のような腕利きが護衛についてわしらと旅をしてくれれば安心だったのだが……。
わかった。『苦通我経 土の巻』はわしが玄奘法師に届けておこう。
わしらではこれが読めないからな」
河童も見送りに来てくれていた。
「悟浄様、お気をつけて。
そうだ……、以前貰った物なのですが私は使う機会が無いので差し上げます」
沙悟浄は河童から金色のチケットを受け取った。
「月行きのゴンドラのチケットです。
オオス=ナルガイを東に抜けた草原地帯にゴンドラ乗り場があります」
「ありがとう。あなたのことは忘れない」
沙悟浄が立ち去ろうとするとセレファイスの住民たちがぞろぞろやって来た。
それを見てオズが「はてさて今日は祭りでもあるのか?」と言うと住民が聞き返してきた。
「いや、俺たちはオズの魔法使いの魔術を見に来たんだ。ここじゃないのか?」
「あぁ、だがわしらはもう旅立つつもりだ」
すると住民達は次々に文句を言った。
「そんな、クラネス王様が「オズは偉大なる魔法使い。一度は見るべき」とおっしゃったから来たんだぞ」
「オズの凄い魔法が見たい!」
「なんで見せてくれないの!?」
ジェリア・ジャムが息を切らしてオズの所へ駆け寄ってきた。
「団長、大変です。セレファイスの人たちが魔法を見に続々と集まっています。
出発を中止して公演しないと暴動起ますよ!」
オズは溜息をついてた。
「まったく。クラネス王とは最初から最後まで自分勝手な男じゃ!
余計なことをしよる。
しかし客がいれば演じるのが手品師の使命!」
そして声を張り上げた。
「ようこそおいでくださいました。偉大なるオズの魔法ショーへ!
……ジェリアよ。今すぐサーカステントを組みな直すように指示してくれ」
オズはその場で即興の手品を見せる。
それは舞台を必要としない簡単なテーブルマジックだったがセレファイスの人々は目を輝かせ歓声をあげた。
その光景を沙悟浄は微笑ましく名残惜しく見つめていたが背を向けて歩を進めた。
彼女にもまた使命があった。
姉弟子猪八戒を迎え普陀山で待つ三蔵法師のもとに参じるため月を目指す。
最近、私の中でクトゥルフ病が深刻化しているようで宮沢賢治の『やまなし』や『浦島太郎』『人魚姫』が全部クトゥルフ神話作品に見えてしまいます。