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第20話 天冥崩壊戦争 前編

 這い寄る混沌(ニャルラトテップ)無の国(文明国)より大気の船(飛行船)を造りだす。



 (シュブ=ニグラス)大気の船(飛行船)の乗り手となりて無の風を吹き鳴らせば、



 たちまち天雲(天界)散り、地の底(冥界)は溶岩に沈む。





 逃げ遅れし者ら(神や精霊)、全て隠れ消え去り



 難逃れし者らにも行き場なく夢世(ゆめよ)彷徨(さまよ)う。



 これすなわち幻夢境(げんむきょう) 無名の霧(ヨグ=ソトース)の愛受けれぬ者たち最後の楽園にして牢獄なり。




 旧き神々の中に かつて栄華極めし平らかな大地を懐かしむ者あり。


 止める言葉に耳貸さず地上に降り 球体なる大地を前に狂気す。


 これすなわち地球  天と冥を引き剥がされ星輝く闇に囲われた新たなる大地なり。






「うわぁぁぁぁぁ!!」

 沙悟浄は悲鳴をあげてベッドから飛び起きた。

「お師匠様!? どこだアザトース!?」


 辺りを見渡す。床は土で壁は細い骨組に布が張ってある。

幕舎(ばくしゃ)(テント)か」

 木製の戸棚に愛用の降魔宝杖(ごうまほうじょう)が立てかけてあったので取る。


「武器が無事で良かった。それにしても、ここはどこ? 危険はないようだけど」

「お目覚めですか?」

「!?」


 テントに入って来た人物を見て宝杖をかまえる。

かつて大唐帝国(だいとうていこく)で沙悟浄の名を語り狼藉(ろうぜき)を働いた河童(かっぱ)が現れたのだ。(第四話参照)


 河童は両手を上げる。


「ひぃぃ、お助け! 武器をお下げください」


 沙悟浄は武器を下ろさず無言のまま河童を睨み続ける。



「悟浄様、大丈夫です。彼はもう改心してます乱暴はやめてください」


 緑色の髪に緑色の給仕服を着た少女が入って来た。

沙悟浄はその少女に見覚えがあった。


「確かあなたはエメラルド宮殿の侍従長……」

「覚えていてくださったんですね。ジェリア・ジャムです」

「そうか、エメラルドシティに戻ってきていたのか。そうだ、お師匠様は? お師匠様は無事なのか!?」

「えっと、玄奘様のことですよね。すみません、悟浄様のお仲間がどこに行ってしまったかわからないのです」

「こうしてはいられない。すぐに探しに行かなければ、うぐっ」


 沙悟浄は数歩も行かないうちに膝をついてしまった。ジェリアは彼女をベッドに座らせた。


「いけません、あなたはずっと長い間眠っていたんです。ご無理をなさってはいけません」

「し、しかし私には師匠を守護するという役目が……」

「とにかく今は休まなければ駄目です。あなたが無茶をしたら河童の善意も無駄になります」

「善意……?」


 沙悟浄は河童を見やった。ジェリアは説明した。


「あなたは川を流れているところを見つかったんです。

 でも流れが早くて誰も近付けませんでした。

 そこを河童さんが助けてくれたんですよ」

「そ、そうなのか」


 河童は照れ隠しに笑う。


「河童というのは泳ぎだけは得意なのです」

「ありがとう。

 あなたがいなければ、私はどこまでも川下りをしていたというわけね」

「そんなお礼を言われるなんて。私はあなたの名で悪事を働きました。

 とても許されることではありません」

「そうだな。次に見つけたらとっちめてやろうと思っていたが、今の話を聞いていたらそんな気も無くなってしまったよ」


 互いに微笑みあい、焦りや不安の中でも穏やかな空気が悟浄に落ち着きを取り戻させる。



「ジェリア・ジャム、そろそろ食事にしないか。

 朝から何も食べていないだろう」


 緑の髭を生やした男が入ってきた。沙悟浄はこの人物にもやはり見覚えがあった。エメラルドシティ唯一の兵士である。

 

 ジェリアが返事をする。


「オンビー・アンビー、悟浄様がお目覚めになったわ」

「おぉ、それは良かった。悟浄様、あなたも夕食をいかがですか」




 オンビー、ジェリア、河童とともに沙悟浄はテントから出る。


 星空の下、切り立った崖が幾重にも広がり赤茶けた岩肌をさらしている。

地面には硬く短い草がまばらに生えていた。


「ここいらはナルガイの谷と呼ばれています。私たちはセレファイスを目指しています」

「どちらも聞いたことのない土地です。ここはオズの国なのですか?」

「いいえ、ここは幻夢境(げんむきょう)と呼ばれています。

 私には難しいことはわかりかねますが……、人間の深層心理、意識の底だそうです」


 オンビーの答えに沙悟浄は首をかしげるばかりであった。

 

 沙悟浄の休んでいたテントの他にも大小様々色とりどりのテントや組立小屋が並んでいた。

 それらは共通して刺繍(ししゅう)(ふだ)で「OZ」の刻印がされていた。


 食堂テントに通される。


 木製の長机と折りたたみ椅子が並べられていた。何人かが食事をとっている。

 悟浄が驚いたのは、その人物たちである。妖怪や精霊のようだが見たことも聞いたこともない者たちだった。

彼らはとくに彼女を気にする様子もなく自分たちの会話に夢中である。


「こっちじゃ」


 呼び声の先を見る。かつてオズの国を統治した偉大な魔法使いがそこにいた。


「ようやく目覚めたか、いや良かった良かった。数日前に川流れしているところを河童が助けてな。

 もう助からないと思っておったわ」

「助けていただいて感謝しています。しかし、あれからいったい何があったのですか?」

「まぁ、食べながら話そう。君らがいなくなってから色んなことがあった。本当に色んなことがな――」






 エメラルドシティ防衛戦の翌朝、エメラルド宮殿は騒然となった。

 オズの自由と平和の象徴ともいえるドロシーをはじめカカシ、ブリキの木こり、ライオンの姿がない。

 三蔵法師一行も姿を消し、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)がいなくなったとその弟子たちが騒いでいる。

 そして、桃太郎一行も……、(いぬ)をのぞいて。


 ぼろぼろになって汚れた戌は錯乱状態だった。


「あぁ、駄目だ、もう駄目だ。皆やられてしまった! アザトースだ! 魔王アザトースに!!」


 オズは戌をなだめた。

「落ち着きたまえ、ここで騒いでもどうにもなるまい。

 君は駄目駄目言うが、君は確かにここにいて わしらと話している。

 ということは他の者も無事である可能性があるのではないかな?」

「! そうか、あなたの言う通りだ。

 私は主人を……、桃太郎を探しに行きます」

「わんわん!(私も連れて行って下さい)」


 エメラルドシティを去ろうとする戌をドロシーの飼い犬であるケアンテリアのトトが吠えながら後を追う。


「いや、私が探すのは桃太郎で 君の主人のドロシー嬢ではないよ」

「わんわん、う~!!(しかし、手がかりはないでしょう?

 途中までいっしょに行きましょう)」

「確かに犬族があてもなく一人旅をするのは心細いというもの。

 わかった、互いの主人の行方がわかるまでは行動を共にしよう」


 こうして戌とトトはエメラルドシティを去り、それぞれの主人を探す旅に出発した。







 彼らが去って間もなく、ニャルラトテップが全世界の神々に宣戦を布告した。

 どことも知れない闇の中から天界の各所に自身の幻影を投写する。


「全世界の神々の皆様、はじめまして。

 私は創造主アザトースに造られた第三の子ニャルラトテップと申します。

 突然の御挨拶をお許し下さい」


 

 



 天界 エジプト神域

 

 エジプト最高神ラーは息子ホルスを呼び出した。


「ホルスよ、創造主を名乗る者は多い。

 今までは何とか折り合いをつけてはいたが――

 しかしアザトースという者については聞いたことがない。知っているか?」

「いえ、父上。もし創造主を勝手に名乗る者がいれば、ただちにご報告差し上げます」

「うむ。有象無象の(やから)に創造主を名乗らせては我らの権威は失墜する。

 世界はアトゥムによって創造されたのだからな。これが唯一絶対の真実。

 ただちに軍を率いて、この()れ者を征伐せよ」

「私は反対でございます。理由は二つ」

「なに?」

「一つ、どこの何者とも知れぬ者の戯言(たわごと)などいちいち相手にする必要はございません。

 二つ、創造主を名乗る神は他にもいること。その者らの動きを見てから行動を起こしても遅くはありません。

 軽挙妄動は他の自称創造主につけ入るすきを与えることにもなります」

「うぅむ、さすが余の息子。よかろう、ここはお前の意見をくむとしよう」

 ラ―は静観を決め込んだ。






 ニャルラトテップは語る


「創造主が無あるいは混沌より世界を創造した。

 誰もが知る天地開闢創造(てんちかいびゃくそうぞう)であります。

 しかし創造主が誰かとなると神話の中にもだいぶ食い違いがございます。

 

 これは 早急(さっきゅう)にはっきりさせねばならぬ問題です。

 誰が創造主なのか……。

 もうおわかりですね。

 全宇宙の創造者とは盲目白痴(もうもくはくち)のアザトース。

 これで統一します。他の創造主様は認めません、今すぐその看板を下ろすことを要求致します。


 すでに我々は釈迦如来(しゃかにょらい)を始末しています。

 ……え、彼は創造主じゃない? 

 いーんだよ、細かいことは。強い奴でも俺らに勝てないって意味なんだから」






 天界 ギリシャ神域


 ギリシャ最高神ゼウスはただちにオリュンポス十二神を招集した。


「どこぞの田舎者が創造主を名乗りおったわ。

 初めに言っておく。これは我ら誇り高きオリュンポスの神々への侮辱である」

「その通りだ。親父」

 戦神アレスが賛同する。


「ただでさえ創造主を自称する連中の多いこと。正直うんざりしていた。

 いい機会だ。そのアザトースとやらをぶちのめして誰が創造主か他の馬鹿どもに知らしめる必要がある。

 親父、命令をくれ。アザトースを殺せと!」


 いきりたつアレスをアポロンが嘲笑(ちょうしょう)する。


「脳筋が落ち着きたまえよ。相手は創造主を自称している。

 それにあの挑発的な態度は何か策があっての自信の表れだろう。

 人間ごときに遅れをとるあなたでは返り討ちにあうかもしれないよ」

「なんだとぉ!?」


 アレスはアポロンの胸ぐらをつかみ食ってかかる。

が、相手は慌てない。


「その血に汚れた不潔な手をはなしたまえ。私の美しさに傷がつく」

「アポロン、貴様どうやら死にたいらしいな」


 他の十二神はにやにやしてるだけで止めに入らない。

 ギリシャ神族は傲慢で苛烈な者が多く身内同士の争いは日常茶飯事。

 この程度の争いはとるにたらないことなのである。


 が、ゼウスはこれを制す。最高神ということもあり仲裁役を担うことも多い。


「よさぬか。大事の前だ、身内同士の争いは許さぬ。

 アレスよ、命令する。ただちに軍勢を調えアザトースの攻撃に備えよ。

 姿を現したらただちに進軍し殲滅するのだ」

「任せておけ!」


 アレスは軍勢を整え(いくさ)に備えた。






 ニャルラトテップはあくびをしながら演説をしめくくる。


「だからまぁ、あれだよ。

 皆さ、アザトース様が創造主であるって認めて降伏して。

 そんだけでいいからさ。 


 ……と言ったとこで納得してくんないか。ハァ。

 だから納得してもらえるように近日中に奇跡を起こすよ。

 人間たちが住んでる地上。あれを丸くボールみたいにしてみせるよ。

 すごいでしょ? 意味わかんないでしょ?

 

 で、最後に。

 邪魔したり文句言う奴らは例外無くぶっ殺すんでよろしくね。

 ばいばーい」

 

 




 天界 道教神域


 ニャルラトテップの宣戦布告にもっとも危機感をいだき事の深刻さを理解したのは道教神族であった。

彼らは既に仏教最高峰の釈迦如来(しゃかにょらい)の死を目の当たりにし顕聖二郎真君(けんせいじろうしんくん)を失っていた。


 道教最高神玉帝(ぎょくてい)狼狽(ろうばい)する。


「なっ、なんということだ。

 ニャルラトテップは如来と真君を滅ぼした張本人ではないか。

 それに先刻受けた報によると観世音らもアザトースの手に落ちたとか」


 太上老君(たいじょうろうくん)の顔にも焦りが浮かぶ。


「うぅむ、先の戦いで我らは多くの兵を失いました。

 これでは残った兵力で守りを固めるほかございません」

「恐るべきは連中が文明国の気を武器にしている点じゃ。

 あれを使われては防げぬぞ」

「はい。もしあれを武器にされては対抗する術はございません」


 彼らは最悪の事態を想定し、防備に並行して避難の準備も進めるのであった。




 天界 オズの国 エメラルドシティ


 夜空に浮かぶニャルラトテップの道化のような演説を

オズの魔法使いと南の良い魔女グリンダは忌々(いまいま)しく見つめた


「解せんな。奴らはすでにエメラルドシティを攻撃している。

 今更、宣戦布告とは変な話じゃ。

 いやまて、世界の神々? 世界の神々とはなんだ? 

 グリンダよ、何か知っているか?」


 グリンダは首をかしげながらも答えた。

「オズの国は周囲を死の大砂漠に囲われていますが、その外には様々な国があると聞いています。

 先の防衛戦でも余所の国の者(道教神族)が加勢してくれましたよね」

「なるほど、オズの国は雲の上の国。

 神が治める国がいくつあっても不思議ではない」

「私はオズの国の外に出たことはありませんが、

 昔、北の良い魔女はオズの国の外を旅して色んな場所を見てまわって見聞を広めたそうですよ」

「また観世音か」

「?」


 北の良い魔女、すなわち観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)

 他の神々が知りえぬ知識に精通した女神。

 この状況を整理し理解するためには観世音から話を聞かねばならないとオズは考えていた。


「私は今回の件の解決には北の良い魔女の知識が必要不可欠と考えておるのです。とくに文明国について」

「文明国。私たちにとって未知の世界ですね」

「嘘か本当かは知りませんが、ニャルラトテップは未来の文明国から来たと自称しているそうです」

「ありえません。いかなる魔法も文明国では無力です。

 とくにあの者は力が強い。

 文明国に行けばたちどころに死んでしまうでしょう」

「なるほど。では私が文明国から来たと言えばどう思いますかな?」

「それもありえません」

「なぜ?」

「あなたは魔法使いでしょう?」

 

 オズは一呼吸おく。


「グリンダ、あなたには真実をお話ししましょう。

 実は私は魔法使いではありません。ドロシーと同じ文明国から来たのです。

 わしの魔法は全てが手品、インチキなのです」

「あなたの魔法が我々の魔法と根本的に違うということには気付いていました。

 でもそれはオズの国民の皆が気付いています。

 そして、あなたが偉大な魔法使いであると信じています」

「だからそれは……」

「あなたは西と東の悪い魔女によって荒廃したオズに秩序を取り戻し

 ドロシーの仲間に自信をつけさせた。

 あなたは私や北の魔女にできなかったことを成し遂げたのです」

「……」

「魔法とは人々の役立つために使われなくてはなりません。

 権力を誇示し誰かを支配するための道具ではないのです。

 それが私の信念です。

 だから あなたは私にとって理想の魔法使いなのですよ」


 グリンダの微笑みにオズは厚く礼をのべた。


「ありがとう。どうやら励まされてしまったようですな」

「いいえ、あなたは魔法使いとしてあるべき姿を示してくれたのです。

 私からもありがとう」

「あなたのおかげで、わしも決心がつきましたわい」

「?」

「世界中の神々に宣戦布告したニャルラトテップ。

 二郎真君を倒したといえ一度に全世界の神々を敵に回すとはあまりに無謀。

 どんな策を使うかおよそ見当はついております。

 わしはそれを見届けましょう」

「賛成しかねますね。危険すぎます。せめて私が同行しましょう」

「いえ、私一人で行きます。おそらくこれは私でなくてはできない仕事。

 あなたは統治者のいないオズの国を守ってください」


 オズはグリンダに後事を託し、神々の戦いに備えて気球の準備を始めた。






 ニャルラトテップの軍勢現る。


 宣戦布告より間もなく天界の空に見たこともない船が出現したという。


 その報せを受けて、オズは単身気球を飛ばす。




 風に乗って目的地に向かっていると進軍する天界軍に遭遇した。

翼を持たない兵士たちが空中を行進している。


「すごい数じゃな。数千といったところか」


 天馬が引く戦車がオズの気球の前に止まる。

それに乗った筋骨隆々の美男がオズに話しかける。


「我が名はオリュンポス十二柱の一柱 戦神アレス。

 ここは間もなく戦場になる。

 じじい、死にたくなければ立ち去るがよい」

「わしはオズの魔法使い。

 ニャルラトテップがいかなる方法で戦争するか見届けるために来ておる。

 よって心配は無用じゃ」

「立会人というわけか。よかろう。

 とくとその目に焼きつけ余すことなく記録せよ。

 我らオリュンポスの神々こそもっとも気高く(とおと)き神であるということをな」


 アレスは軍を指揮し陣を張った。

オズは気球を操って軍団から距離をおいた。


「さて、オリュンポスの神ということはギリシャの神か。

 まさか実在していたとはな。

 魔法の世界とはまこと不思議なことが起こるものじゃ」


 ギリシャ神軍の準備も万全となった頃。アザトースの軍勢が到着した。

巨大な飛行船が一隻、ワイヤーで直径20メートルほどの風船を引っ張っている。

 

「奴らめ、飛行船なぞ持ち出しおったか。けしからん」


 気球の乗りのオズは飛行船を嫌悪していた。

これはオズ王室年代記編者(ロイヤルヒストリアン)の著書『The Emerald City of Oz』でも言及されている。


「ふぅむ、エメラルドシティを襲った馬頭の鳥(シャンタク鳥)はいないようじゃな。

 その他の化け物もいない。となるとあの風船が怪しい」


 望遠鏡を巨大風船へと向ける。

この風船はいくつも穴が空いており小惑星のクレーターのようでもあった。

穴からは絶えず空気が流れ出て渦を作っていた。


「不思議じゃ。風船は空気が抜けたらしぼんでしまうもの。

 それがしぼまず空気を出し続けている。

 あれの中は文明国に通じているのかもしれん」




 アレスの軍勢が雄叫びをあげて飛行船へ攻撃を開始する。


「ふん、珍妙な乗り物で戦争を挑むとは笑わせる。

 我らオリュンポスの神に刃向かえばどうなるか教えてやる!」


 槍を手にしたギリシャ神兵が飛行船に接近する。そして……


 消滅した。あとかたもなく空中にかき消えた。


「な、なんだとぉ!?」


 アレスは自慢の軍団を消されて驚愕の声をあげる。

この状況を理解したのはオズだけであった。


「やはり思った通りじゃ、あれは文明国の! 釈迦如来を倒したのと同じ力か」


 望遠鏡で飛行船のゴンドラ部分を覗く。

内部では複数の人間が(あわただ)しく飛行船を操縦している。


「なるほど。人間ならば文明国の気にあてられても何ともない。

 敵も考えたものだ。となるとここにニャルラトテップは来ていないのか」


 さらに望遠鏡でゴンドラ内部をうかがうと細長いパイプを口にくわえた婦人が指揮をとっていた。


「あれが指揮官か……」


 後にオズはその婦人がアザトース第二子シュブ=二グラスと知る。

 

 人間に化けることのできる神は多い。だがそれだけでは文明国の気の中で無事ではすまない。

 シュブ=二グラスは神である記憶と魔力を失うことで身も心も人間となる。

 この能力のおかげで文明国に行っても存在を維持することができた。

 欠点は記憶を失ってしまうので人間になるたびに第三者のによる状況説明が必要となること。

 また身も心も生身の人間なので病気や怪我で簡単に死んでしまう。



 ガンッ



 オズの気球の(かご)に何かがぶつかった。

オズは下を覗き込む。戦神アレスがしがみついていた。


「に、人間よ……!」

「おぉ、戦神アレスよ、いかがした!?」

「敵が……これほどの力を備えているとは予想外であった」


 ギリシャ神軍は文明国の気を撒き散らす風船に成す術なく次々と消滅している。

 指揮系統も乱れ逃亡する部隊もいた。


 アレスは息も絶え絶えながらオズに訴える。


「先に、この戦いを余すことなく記録せよと言ったが……それは取り消しだ。

このような無様な戦いを……後世に残すわけにはいか……」


 そしてアレスは力尽き消滅した。


 オズはつぶやく。


「そうはいかんよ。これは生き延びる上で大切な記録だ。

 手放すわけにはいかん。

 それにわしが残さなくとも敵は宣伝するだろうな。

 オリュンポスの神を倒したと」


 オズはもう一度望遠鏡で飛行船と巨大風船を観察する。


「それにしても、こんな強力な兵器があるなら、なぜエメラルドシティで使わなかったのか……」

 


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ


      ズゴゴゴゴゴゴゴ


           ズガガガガガガ……



 周囲に轟音が響き渡り。地割れのような音がする。

オズが望遠鏡を地上に向ける。


 大地が動いていた。飛行船の真下を中心に地面がパズルのようにスライドしているのである。


 しかし、地上に混乱は無いようで自然も街も破壊されず形を保っている。

 驚くべきことに、人々は慌てることなく日常生活を営んでいた。

 

 天と地が動いていることに まったく気がついていない。

 

 オズの脳裏にニャルラトテップの言葉がよぎる。


「……人間たちが住んでる地上を丸くボールしてみせる。

 はっ、大地が丸いと唱える神はいない。

 まさか奴は地球を作ろうとしているのか!?

 では、わしが住んでいた地球は何なのだ!? これはどういった現象なのだ!!?

 おおぉう!?」


 風船からの気が世界をを再構成する。

 そのときに発生したエネルギーが気流や海流に影響を与えていた。


「むむっ、これ以上ここに留まるのは危険か」


 オズは気球を操りその場から退散した。 





「――というわけじゃ。

 文明国の気を吐き出す風船によって天界も冥界も破壊された。

 わしは文明の気にやられて消滅したり動物や物になってしまった神や精霊を何人も見てきた。それは悲惨な光景じゃった。

 君が知っている地上はもう無いと思ったほうがいい。

 今や地球はヨグ=ソトースの眷族しか存在を許されない。

 ルルイエ、カルコサ、フォーマルハウトの三大支配勢力が取り仕切っておる」


 オズは一通り話し終えた。


 沙悟浄は話を受け入れることができず視線を泳がせていた。


 全てを失った!


 天界が滅んだということは帰る場所を失ったということである。

仏門への道も道教に戻る道も無い。ただの放浪者である。


「はは、これじゃ流沙河(りゅうさがわ)で人喰いをしてたときと同じじゃないですか。

 私、何やってたんだろ。

 馬鹿みたい。……あれ?」


 沙悟浄の目から涙が零れ落ちた。


「嫌だ……私泣いてる」

「泣くがいい、故郷を失ったのだ。これほど辛いことがあろうか」


 沙悟浄は泣いた。泣き続けた。それでも涙は枯れてくれなかった。


「それに全てを諦めてしまうのはまだ早い」


 オズの言葉に沙悟浄は顔を上げた。


「え?」

「わしらは今 セレファイスという幻夢境でも一二を争そう大都市を目指しておる。

 都市は情報の集積地、もしかしたら仲間の消息がつかめるかもしれん。

 何を隠そうわしらは天界崩壊の混乱で散り散りになってしまったオズの民を探すキャラバン隊なのだ。

 わしと弟子たちの魔法で人々を楽しませながら路銀を稼ぎ旅をしている」

「はぁ……、え、魔法を見世物にしているのですか?」

「そういうことになる。何か問題でも?」


 三蔵法師とその弟子たちは 法術をむやみに見せびらかしてはいけないという考えが根本にある。


「術は本来は見世物にするものでは……」

「確かに一理ある。しかし、魔法とは第一に人々の役に立つために使われるべきものだ。

 おかげで散り散りになった仲間を見つけることができたしジェリアやオンビーのように旅に加わってくれる者もいる」

「う、うぅぅん?」

「オズの国を再興する計画もある。そうすればまた皆でいっしょに暮らせるのだ」


 ここで河童がオズに感謝の意をしめした。


「以前の私は知ってのとおり詐欺師でしたが、オズ団長に才能を認められ弟子入りしました。

 今では色々な魔法|(手品)を覚えてお客さんを楽しませることができるようになりました。

 いつバレるかわからない嘘をつき続けるより、人々に喜んでもらえる今の生活がずっといい」


 沙悟浄は河童の目を見た。長安(ちょうあん)で会ったころの血走った目は穏やかで充足したものに変化していた。


「そうか……、オズが偉大な魔法使いと呼ばれる理由がわかったような気がします」


 オズは手を叩く。


「さて、今夜はこの辺でお開きとしよう。

 世界情勢など話すべきことはまだまだたくさんあるが もう遅いし明日も早い。皆よろしく頼む」


 沙悟浄は部屋に戻りベッドに潜り込んだ。

 明日の旅を考えればすぐにでも眠らなければならないが。


「お師匠様、無事でいてください。私が必ずお迎えに参上致します」


 とうとう一睡もできず朝を迎えてしまった。

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