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第19話 無明レン高原

『クトゥルフ神話』の大ボス アザトース(初登場)が十二冒険者の前に姿を現します

 エメラルド宮殿の寝室で眠りについてどのくらい時間が経っただろうか。


 ドロシーは目覚めた。

 しかし、そこはエメラルドの城ではなかった。

 灰色の草原がどこまでも続いていた。ドロシーはカンザスの帰れたのかと思ったが空を見て考えを改めた。


 漆黒。

 星一つ雲一つ無く真っ暗な闇が空を埋め尽くしていた。にも関わらず草原や自分自身の体はくっきりと見ることができる。


「ここはどこ? オズの国なの? トトがいない。どこへ行ったの?」


 飼い犬の名前を呼びながら草原を彷徨(さまよ)う。

 草の上に立っているはずなのに空だけを眺めていたら、その闇に吸い込まれてどこまでも落ちてしまうような錯覚を覚える。


 どこまでも続く草原を歩いていると(きじ)が飛んできた。


「ドロシー嬢、こんな所で何をしている?」

「わからないわ。気付いたらここにいたの」

「そうか、俺たちもだ。善財童子(ぜんざいどうじ)の特訓が終わって部屋に戻って一寝入りしたらこんな所にいた。

 ここは変な所だぜ、飛んでるとどっちが地面か空かわからなくなる」

「俺たち? 他に誰か一緒なの?」

「あぁ、主人と(いぬ)(さる)もいっしょだ。あと、あなたの仲間の獅子(ライオン)もいるよ」


 怪獣化した酉はドロシーを背に乗せて飛び立った。しばらく飛んでいると崖に出た。

 その崖は空に向かってどこまでも高くそびえ先が見えず崖下も果てしなく闇が広がり同様である。その絶壁はびっしりと灰色の草が生えていた。


「もしかして、これって?」

「あぁ、気付いたか。これは崖じゃなくて地面なんだ。またやっちまった。ここにいると平衡感覚が無くなってくるんだ」


 すると崖は地面に戻った。

 酉が意識して地面に対して平行に飛翔したためである。


 しばらく進むと雲に乗った三蔵法師一行に出くわした。

 孫悟空が言う。


「おぉ、ドロシー嬢たちもいたのか。ここは変な所だな。天地がひっくり返るという言葉があるが、地面が上で空が下というのは。それにしても何で君らは上下逆さまなんだ?」

 地面を下にして飛んでいるドロシーにとっては孫悟空たちが逆さまである。

 酉が説明した。

「ここでは飛んでいると平衡感覚が狂うようだ。見てな」

 酉が草原に下りる。孫悟空は驚愕の声を上げた。

「うわっ、蝙蝠みたいに天井にぶら下がっている。いったいどうなってるんだ」

 猪八戒は呆れ顔で言った。

阿呆(あほう)だね、孫兄(そんにい)。信じられないけど、ここには天も地も上下も無いんだ」

 そして空中で、ひらりと一回転して草原に降り立った。三蔵法師と沙悟浄もそれに倣って草原に降りた。

 孫悟空は頭を掻いた。

「やれやれ、本当に奇妙な場所だな。どうしてこんな場所に来てしまったのか。部屋で寝て起きたらここにいた」

 猪八戒も首をかしげる。

「寝てる間に連れてこられたのかしら。でも、さすがに目を覚ますでしょうし、こんな変な場所にどうやって来れるのかしら。おや、お師匠様、顔色が悪いですよ」

 三蔵法師は青ざめた顔で答えた。

「うぅむ、三十六部目の『土の巻』に、これによく似た土地について書かれていてな。もしかしたら、そこに迷い込んでしまったのかもしれん」

「本には何て書かれていたの?」

 ドロシーが尋ねた直後、遠くから呼び声が聞こえた。振り向くと桃太郎、戌、申そしてライオンが駆け寄ってきた。

「ドロシーも来ていたんだね」

 ライオンがドロシーに抱きつく。

 桃太郎は酉に近づく。

「偵察からの戻りが遅かったが、それほど遠くには行かなかったのだな」

「いえ、かなりの距離を飛びましたが」

 酉の発言にドロシーも続く。

「酉さんの言うとおりよ。背中に乗せてもらって長い間飛んでいたのよ。

 待って、私たちはここにどのくらいいたのかしら?」

 噛み合わない会話に申が割ってはいる。

「ここは平衡感覚も狂う不思議な空間。距離感や時間感覚までも狂わせてしまうのかもしれません。

 それにどうして私たちがここに来てしまったのかもわからんのです。共通しているのは寝て覚めたらここに迷い込んでいたということだけで」

 それを聞いてライオンがはっとする。

「そうか、だからカカシやブリキの木こりはいないのか。だって彼らは眠らないもの」

「あいつらは関係ないだろ」

 孫悟空が手をふるが、ライオンは首をよこにふる。


「だって僕らは似たもの同士じゃないか。四人組で旅して一人は人間だよ」


 その場にいた何人かが言われてみればと思ったが、悟空は取り合わなかった。


「はっ、俺たちが似たもの同士? 冗談じゃあない。カカシとブリキに似てるなんて笑えないね」

 桃太郎は申に意見を求めた。

「言われてみればという程度ですね。理論性に欠いていますし単なる偶然でしょう。

 しかし『土の巻』には私たちのことが十二冒険者と記されている。その線から考えた方が良いのでは?」

 各々が話していると、またも呼び声がした。はたしてその呼び声の主はカカシとブリキの木こりであった。

「エメラルド城に、こんな隠し部屋があったとは知らなかった」

 感心しているカカシとはうってかわってブリキは不安そうにしている。

「隠し部屋? こんな部屋があるもんですか。それに部屋なら出口があるものでしょう」

 ドロシーが二人に尋ねる。

「あなたたちはどうやってここに来たの?」

「ブリキの木こりと城の中を歩いてたのさ。夜になると皆寝てしまうから暇なんだよね。で、謁見室に戻ろうと扉を開けたらこんなところに来ちゃった」


 十二冒険者が揃った。


 すると黒い空に次々とシャボン玉が流れてきた。


 その流れの先に白いシャツとズボンを身につけた色白の少年が立っていた。


 少年は口にくわえたストローからシャボン玉を吹いている。

 ドロシーが話しかけようとすると孫悟空がとめた。

「よせ、あいつが六耳獼猴(ろくじびこう)に憑依してオズを襲った奴だ!」

 孫悟空の火眼金睛(かがんきんせい)は少年の姿に虹色の光の怪物を見ていた。

「レディースエーンドジェントルマァーン!! あなた方は我らの偉大なる父に招かれた名誉ある方々なのですよ」

 芝居がかった口調で黒い男の姿をしたニャルラトテップが現れた。

 三蔵法師はおそるおそる問いかけた。

「ここが『土の巻』に記されたレン高原なのだな!? 魔王が降臨するという……」

「ご名答です。世界のどこへでも通じている神秘の空間。原始の宇宙の名残をもっとも留めている聖域。

 本当もっと神妙に受け止めて下さいよ。あなたがたのような下級神族が気軽に来れる場所じゃないんですからね。とくにカカシとブリキ!」

 突然に名を呼ばれカカシは身がすくんだ。一方、ブリキは斧を構えて臨戦態勢をとっている。

 シャボン玉の少年はくすくす笑って説明した。

「君らはー、眠らないからね。ちょっとここに招待するのが面倒臭かったんだよ」

「それはどうも、お礼を言うわ。あんたたちを探す手間が省けたわけだから。今ここで決着をつけてやる」

 ブリキの木こりは手始めにシャボン少年に斬りかかったが、少年が吹く玉虫色のシャボン玉の群れに阻まれて草原に倒れてしまった。

 それを見てニャルラトテップはあざ笑う。

「ははは、よりにもよって兄ヨグ=ソトースに手を上げるなんて。

 招待客でなければ死刑だよ。し・け・い!」

 ブリキの木こりに助け起こそうとするドロシーは思わず言った。

「招待客?」

「そう。実はオズ襲撃の時『土の巻』の中身を少し読むことができたんだ」

 桃太郎がバルザイ刀を構える。

「蝙蝠に化けて城に入り込んだときか!?」

「ご名答。で、目に入った文字が十二冒険者。つまり君たちのことさ。

 正直、信じられないね。君たちが父の邪魔をできるとは思えない」

 シャボン玉の少年ヨグ=ソトースも笑う。

「そう、弟の言う通り。君ら矮小(わいしょう)な下級神が僕らの障害になることなど万に一つもあり得ない。

 でもね、父さんは君たちにとても興味を持ってしまったんだ。でね、許可してくれだんだよ。何をだと思う? 謁見」

 ヨグ=ソトースは黒い空を指差した。その先には太陽が浮かんでいた。太陽に見えてしまったが正しい。

 三蔵法師は目を見開きつぶやいた。


「アザトース……」

 

 暗黒にくっきりと浮かぶアザトース。とてつもなく巨大な肉の塊。膨張と収縮を繰り返す姿は夢も現実(うつつ)も破壊する暴力。

 ドロシーは両耳を押さえて地面にうずくまった。

「耳が痛い。気持ちが悪い」

 アザトースの周囲では無数の小神が踊り音楽を奏でている。

 その小神たちが居並ぶ姿は土星や木星の輪そのもの。ドロシーはその小神たちの出す狂ったフルートのリズムで耳を痛めたのである。

「なんて大きな脳なんだ!! うわぁ誰よりも頭が良いのか? もうどうしようもない」

 カカシは絶望しブリキの木こりも錯乱。

「あぁ、まるで世界の全てを動かしているような心臓。え? じゃああれは世界の心臓?」

「二人とも落ち着いて! あれは脳でもなければ心臓でもない。ただの肉の塊だよ!」

 ライオンはカカシとブリキを正気に戻そうと必死になる。


 三蔵法師は動悸が治まらず魂消し飛ぶ様相で地面にへたり込んでしまった。

 猪八戒が側による。

「お師匠様、心配は無用です。あんな妖怪、孫兄(そんにい)が叩きのめしてくれますよ」

 その声は少し震えていたが。

「違う、違うのだ。私たちはとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。

 如来の教えとは何だったのか? あいつは我々が求めていた真理そのものかもしれんのだ」

「お師匠様、しっかりしてください。あんな怪物が真理なわけないじゃないですか。ははーん、あの妖怪どもに操られているわけですね」

 ヨグ=ソトースが拍手する。

「素晴らしい。さすが取経に任命された高僧。僕らの父を見て宇宙の真理に一歩近づいたようだね。さぁ、廃仏して盲目白痴のアザトースを崇めよ」

 三蔵法師も両耳を押さえて地面にうずくまりうめいた。

「断わる! 嘘だ、お前たちは真理などではない。そんなはずはない!!」

「ふふふー、口で否定はしても自分の心に嘘はつけないよ。我らの父アザトースを認めたまえ、目覚めるのだ!」

 師を惑わす言葉に孫悟空は怒り如意金箍棒(にょいきんこぼう)を振り下ろした。

 が、ヨグ=ソトースは輝く泡となってすり抜ける。


 レン高原においては副王の力は制限されない。


 副王は宇宙創造に匹敵するエネルギーを輝く泡に込め孫悟空に贈った。

 その直撃を受けて孫悟空は悲鳴も出せず意識を失った。

「これがぁ、僕の本気だよ。弼馬温(ひつばおん)。ふふふふぅー」

 桃太郎は(きじ)の背に飛び乗ってアザトースに挑む。従者である小神たちがそれを阻まんと輪を崩し壁を作る。

 それを突破せんと桃弓を構えて矢を放つ。

「ならば動きを止めるまで!」

 一従者に刺さった矢が根を張りめぐらし網を形作る。従者たちは網に絡まれ動き封じられ激しくもがいて脱出を試みる。桃太郎はこの隙を見逃さない。

 掴み所のない肉の太陽アザトース。弱点は分からないが、その巨体故に攻撃を外すことは無い。

 まずは桃弓から矢を数本射ち込む。矢の刺さった肉壁から鮮血が噴き出す。

「効いているのか!?」

 アザトースは物言わず脈動を続け中空に鎮座している。流れ出た白痴の王の血が桃太郎にまとわりつく。

 よくよく見ればそれは血ではなくアザトースから産まれた従者であった。産まれたての小神の産声もやはり心狂わせる旋律であり、それを耳元で流された酉は目眩を起こして墜落。


 桃太郎は酉から飛び降りてアザトース本体にバルザイ刀を突き立てた。刀で傷つけた部位から間欠泉さながらに旋律の従者たちが飛び出す。

 その勢いに押し負けてアザトースから振り落とされる。

 地面に落下する桃太郎は、その目に草原で起きる惨劇を焼き付けた。

 ニャルラトテップに蹂躙される(いぬ)(さる)、猪八戒、ライオン。

 ヨグ=ソトースに狙われる三蔵法師とドロシーを必死で守る沙悟浄とカカシ。

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。鬼退治では飽き足らず旅に出た結果なんだろうか?

 余計な野心を持たず、与えられた物に満足していれば良かった。そうすれば家来にこんなつらい思いをさせずにすんだ。


 あぁ、これが恐怖というものなのか。


 頭から草原に落ちる桃太郎。

 空間が揺れた。アザトースが言葉を発する。ヨグ=ソトースとニャルラトテップは動きを止め(かしこ)まる。

「弱い、(もろ)い、非力」

 その声は従者たちが歌うことで共鳴し暗黒の空間は大劇場の舞台装置として機能した。

「余の敵として(つづ)られた十二冒険者。余の障害になるというから如何程の力があるかと思い呼び寄せてみたが。この程度とは」

 アザトースの一蹴で十二冒険者は草原から虚無の深淵に投げ出される。

「解せぬ。が、余に抗うのであれば消し去るのみ。十二愚者よ、破滅のしらべに身をゆだねよ」

 アザトースの歌と、彼の楽団によるオーケストラが十二冒険者の体内を駆け巡った。



アザトース! アザトース! アザトース!


宇宙の中心 宇宙の真理 宇宙の支配者 アザトース!


宇宙の深淵アザトース!


盲目白痴のアザトース!


究極混沌アザトース!


この世の全ては王の夢 目覚めとともに無に帰す


ゆえに(おそ)れよ (あが)めよ たてまつれ!


アザトース! アザトース! アザトース!


宇宙の深淵アザトース!


盲目白痴のアザトース!


究極混沌アザトース!


アザトース! アザトース! アザトース! アザトース!



苦痛、悲鳴、恐怖、絶望そして虚無が冒険者らを蝕む。

 魔導書『ネクロノミコン』によれば魔王アザトースはその姿を見た者を破滅させ存在を消し去るという。

 ドロシーの心が壊れなかったのは神々とは無縁の文明国の少女なのだからだろう。それでも少女の体温は急激に低下し心身ともに破滅へと近付いていた。

 消えゆく意識の中でドロシーの闇の中に一筋の白い光を見た。




「お母さん……?」

 死の刹那に見る幻かと思われた。

「ドロシー!」

 ドロシーを呼ぶ者、それは観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)であった。

 菩薩はドロシーを抱きしめた。すると、あれほどドロシーたちを苦しめていたアザトースの歌も聞こえなくなった。仙女の光が冷えた身体を少しずつ温めていく。

 這い寄る混沌の吠え声が聞こえる。

「やはりそうだ。我々にとって一番の脅威は十二愚者ではない。観世音菩薩お前だ!

 高位の女神でありながら妖怪どもを導き我が本性を暴き、今また時空を越えて聖地レン高原を踏みにじった。

 お前は……、お前はいったい何者だ!?」

 観世音菩薩は答えず、暗黒の中で光を放って十二冒険者を(いや)した。

 かつてない強敵を前に意識が戻ったばかりの孫悟空は取り乱していた。

「菩薩様、どうしてここに? いや、それよりも、ここは危険です。逃げましょう」

 観世音菩薩は首を横に振る。

「逃げるのはあなたたちだけです。今、私まで逃げれば、あの怪物の歌声で再び(とりこ)となってしまうでしょう」

 無名の霧ヨグ=ソトースが微笑みながら距離をつめてきた。

「おぅやぁ、逃がすわけないじゃないですかぁ」

 副王が玉虫色の光弾を放つ。宇宙創造に比肩するエネルギーが観世音菩薩に次々と浴びせられる。

 菩薩の放つ光も消えかかり、弱々しい声が十二冒険者に語りかける。

「あなたたちは神々にも人間にも必要とされているのです。あなたたちが最後の希望」

「ほざけよ、婆!」

 ヨグ=ソトース渾身の爆発が観世音菩薩を襲う。その衝撃に十二冒険者は四方に飛ばされ闇の中に消えていった。

 あらゆる時空間に通じるレン高原で仲間とはぐれては再開する見込みは無に等しい。


 唯一、孫悟空だけは觔斗雲(きんとうん)でその場に(ねば)り観世音菩薩に手を伸ばした。

「菩薩様、つかまって下さい! あなたを置いてはいけません!」

 だが、間に合わなかった。玉虫色の光が観世音菩薩を呑みこみ衝撃が孫悟空を吹き飛ばした。

 暗黒の中を成す術なく舞う孫悟空。


 彼は叫んだ。

「菩薩様!!」


 しっかりしなさい孫悟空、本当に強い者はどんなときでも毅然(きぜん)としているものですよ。


 悟空は確かに観世音菩薩の声を聞いた。

 ヨグ=ソトースの光に呑まれた観世音、そして闇を彷徨う孫悟空。

 そんな状態で声が聞こえるはずは無いのだ。


 しかし、確かに孫悟空は観世音菩薩の声を聞いたのだ。


 彼は耐えきれずもう一度叫んだ。


「観世音菩薩様ァーーー!」


 そしても彼も例外なく深い闇にのまれ消えた。





 小鳥のさえずりが耳に響き、ドロシーは目覚めた。

 灰色の草原の中に泥まみれになって倒れていたので、まだレン高原にいるのではないかと思ったが――


 空は青かった。


 立ち上がって服についた汚れをはらい辺りを見わたした。

「ここは……、カンザス?」

 しかし、飼い犬のトトはもちろん自分の他には誰もいない。草をかきわけてて進むと見慣れたあぜ道に出た。

「帰ってこれたんだ」

 そのままふらふらと道を進む。すると見慣れた景色の中に見慣れぬ家があった。

 ドロシーは、竜巻で家ごとオズの国へ飛ばされた。

 ドロシーの家族であるヘンリーおじさんは、すぐに新しい家を建てていたのである。

 ヘンリーおじさんは納屋の前で牛の乳搾りをしていた。

 ドロシーは懐かしさのあまり声をあげた。

「ヘンリーおじさん……」

 大きな声で呼んだつもりだが、疲労で声がでなかった。

 仕方なくよろよろ進むと、家からエムおばさんが出てきた。エムおばさんは、すぐにドロシーに気付くと目を丸くしてヘンリーおじさんを呼んだ。

「あんた、ドロシーだよ。ドロシーが帰って来たんだよ!」

「なんだって!?」

 ヘンリーおじさんは乳搾りを投げ出してエムおばさんとドロシーのほうへ駆けて行った。泣いて喜んだ。

「おぉ、ドロシー。無事で良かった。お前はもう死んでしまったのかと。いや、本当に良かった」

 ドロシーは力無く、それでも笑顔で答えた。

「うん、ただいま。でもね、私戻らないと」

 エムおばさんはドロシーを抱きしめた。

「戻らないとって、お前はちゃんと私たちの所に戻ってきたんだよ」

 もちろん、ドロシーの言う戻るとは、仲間たちを助けに戻るという意味である。

「……」

 ドロシーは答えなかった。

 アザトースとの邂逅(かいこう)により精神を限界まですり減らし、ようやくヘンリーおじさんとエムおばさんに再会できたのだ。

 気が緩み眠ってしまったのだ。


 一人の少女が背負うにはあまりに過酷な運命。しかし、十二冒険者はようやく旅の入口に立ったに過ぎない。


 彼らの旅はまだ始まったばかりなのだ。

これにて第一部完です

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