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第18話 紅孩児とよばれた少年

打倒孫悟空に燃える善財童子(紅孩児)を桃太郎が特訓します。

 エメラルド城中庭で桃太郎の刀と善財童子(ぜんざいどうじ)火尖槍(かえんそう)が火花を散らす。


「どうせ勝てやしないんだ。肩の力を抜いていけよ。相手の技を見切ることに集中しろ」

 悟空なりの応援なのだが、善財童子には逆効果で手元が狂い桃太郎の剣撃に押される。

「なんでい、だらしのない奴」

「いや、あんたが野次を飛ばすから。それに彼はまだ子供じゃない、かわいそうに」

 ブリキの木こりが責めると悟空はいやいやと否定する。

「あの小僧はあれで中々に悪知恵が働く。それに子供と思って甘やかしたら奴のためにもならない。厳しめのほうが調度良いんだ」

 善財童子は火尖槍で応戦する。桃太郎の刀に比べればリーチも長く有利な得物である。

 だが、その切先は桃太郎には届かない。ことごとく防がれ弾かれる。

 悟空がこりずにまた野次る。

「やい善財。火焔山(かえんざん)で三百年何してたんだ? 相手は十数年しか生きてないぞ」

 桃太郎の太刀を受けながらも善財童子がわめく。

「うっさいな弼馬温(ひつばおん)! ぐっ」

 桃太郎の足蹴りが童子の腹部を圧迫した。

「前を見ろ、余所見をするな。集中!!」

 桃太郎の足を跳ね除け火炎槍で突く。が、槍の軌道は刀で横へと逸らされる。

「動きが鈍いぞ。そのザマでは悟空殿を超える事など夢物語だ」

 挑発されて善財童子の顔が溶けた溶岩のように燃えて輝く。

 それを見て酉が呆れる。

「挑発されたぐらいで顔を真っ赤にしちゃって。顔から火が出るとは言ったものだ」

 それを悟空が否定する。

「いや、あれこそが善財童子の奥義三昧真火(さんまいしんか)

 善財童子の顔面から放たれる炎。あまりの高温のため白熱し、さながら晴天に輝く太陽の如くである。

 桃太郎はすかさず横へ飛びのきこれを回避する。彼が立っていた石畳は溶けて真っ赤に燃え上がった。

 ブリキの木こりが頭をかく。

「あらら、また城に被害が。カカシがかわいそう。それにしても、あの火炎。直撃を受けたら私でも溶けてしまうかもしれない」

 それを聞いて悟空はけらけらと笑う。

「そいつは残念、俺はあの炎を中でもへっちゃらさ」

 ブリキはムッとして閉口してしまった。

 確かに孫悟空は以前、善財童子と戦ったとき三昧真炎をものともしなかった。しかし調子に乗ったところへ目に煙幕を受けて錯乱してしまう。

 そして炎で身体が熱しきったところへ前後見境無く冷えた川に飛び込んで心臓麻痺を起こして気絶してしまったのだ。(原典より)

 全て話せば情けない話なので孫悟空はこのことは内緒にした。


 審判を務めていた守山大神(しゅざんだいじん)は善財を注意した。

「いくらなんでも三昧真火はやりすぎだ。誰も彼もが悟空のように丈夫なわけじゃない。相手を焼き殺すつもりか!?」

 それを桃太郎が制す。

「気遣い無用。お互い本気を出してこそ地力が高まるというもの」

 これを聞くと善財童子は躊躇せず三昧真火で桃太郎を狙い撃ちする。が、桃太郎はこれを次々と回避するので二人が戦う石畳が溶岩のように煮え立ってしまった。

 ブリキの木こりが孫悟空に文句を言う。

「ちょっと、このまま試合が続いたら建物にも燃え移るんじゃなくて? あんた身を呈して城を守りなさいよ」

「何で俺が?」

「普通、あんな炎を受けたら死んでしまうわ。あの炎が平気なのはあんただけ。城が燃えたら、あんたの師匠も焼け死ぬわよ」

 師匠を出されたら孫悟空は反論できず渋々空中に待機する。

 これに気付いた善財童子は桃太郎を射程に収めつつ城に向けて三昧真火を放った。

「あのクソガキなんて奴だ。あちちっ!」

 善財は悟空に嫌がらせができて内心ほくそ笑む。

 しかし、孫悟空を意識してしまえば当然目の前の桃太郎への注意がおろそかになる。

 桃太郎は弓に持ち替え、飛んでくる三昧真火の間を縫って矢を放つ。それは善財の右腕に刺さった。

「痛いっ!」

 矢はそのまま根を張って養分を吸い取る。のた打ち回るので、桃太郎は近づいて矢を引っこ抜く。根の隙間に入った肉がえぐり出されて善財童子は痛みで泣きじゃくった。

 桃太郎が怒鳴る。

「なんだこれは!? 君は力は弱いが、それを補う技があった。だが、集中力の無さは致命的だ。そんなことでは悟空殿には勝てんし師も(なげ)くぞ!」

 善財は腕の痛みと自身の不甲斐なさに目からぼろぼろと涙を流して桃太郎を見上げ言った。

「私が愚かでした。どうかもう一度、もう一度お願いします」

「断わる。何度やっても結果は同じで時間の無駄だ」

 桃太郎は怒気を放ってまくしたてる。

「そんなことをする暇があったら筋肉でも鍛えろ重量挙げだ。ちなみに悟空殿の如意棒は一万三千五百斤(約八トン)の重さがあるというから最低でもその重さから始めることだ。それぐらい軽々持てないと話にならん。

 次に三昧真火は威力はあるが、いささか精細さに欠ける。数里先でも正確に的に当てれるように訓練しろ。慣れてきたら少しずつ距離を伸ばしていけ。そうすれば集中力もいくらかは養えるだろう」

 桃太郎から課題を与えられて善財童子は涙だ濡れた目を拭って叫んだ。

「ありがとうございます!」

 そして両手を地面について深く感謝した。

 ブリキの木こりが善財の肩を叩き励ました。

「少年、よく頑張ったわ。今のアドバイスを忘れずに特訓を積めば、あの悪猿を叩きのめす日もそう遠くはないかもしれない。お姉さん、応援してるからね」

 一方、グリンダは桃太郎の刀に興味を示していた。

「私は魔法の道具を専門的に研究しています。掴みどころのない敵ニャルラトテップにダメージを与えたというその刀。少し見せていただけますか?」

 グリンダは桃太郎から刀を受け取り、黒い鞘を抜いて白銀の刀身を見る。

「初めて見る形です。刀身は細く、カットラスほどではないが沿っている。ふむ、魔力を溜めこむ性質があるようですね」

 専門家を自称だけあって、すぐに刀の性質を見抜く。

 グリンダは続ける。

「なるほど、溜めこんだ魔力を放出して相手を攻撃する魔具というわけですね。これでは使えば使うほど魔力が流れ出て魔法道具としての効力を失うでしょう」

「そうなればニャルラトテップに手傷を与えることもできなくなるわけですか」

「それは何とも言えません。魔法の力を持たない小犬がこの刀以上にニャルラトテップに深手を与えています。何が有効なのかすら解っていないのです。

 どのみち、このままでは刀は使い物にならなくなります。試しに私が魔力を込めてみましょう」

 グリンダは呪文を唱えて刀に魔力を注ぎ込んだ。

 しかし首をかしげる。

「ふぅむ、うまく魔力が溜まらない。適切な手順を踏まないと効果が薄いのかもしれません。おや、刀に文字が書いてありますね」

「えぇ、見たことのない文字で書かれていて私たちには読めないのです」

 グリンダは刀に書かれた文字を読み上げた。

「B・A・R・Z・A・I。バルザイ。この刀、あるいは持ち主の名前でしょうか」

 日本では誰も読めなかった文字をするする読み解いてしまったので、桃太郎は興奮を抑えられない。

「なるほど、これからはこの刀をバルザイと呼ぶことにします」

「ところで、そのバルザイ刀はどういった出自の物なのですか?」

「それがよくわからないのです。私の国にある鬼ヶ島という場所に流れ着いた物ということしか」

 今ある情報では、それ以上バルザイ刀のことを知ることはできなかった。




 寝室の窓からドロシーとカカシは桃太郎と善財童子の試合を眺めていた。

「天界は恐ろしい場所なんだね。孫悟空のような乱暴者に顔から炎を出す子供。マッチの火ですら危ういのにあんな火炎を受けたら即死してしまうよ」

 カカシは両肩を抱いて震えた。ワラでできた身体は火に弱いのだ。

「でも、悟空がいないと善財童子の炎で城が焼けてしまったかもね」

 ドロシーの指摘にカカシは頭をかかえた。

「冗談でもやめて。城のこと以上に、あの猿のおかげで城が火事にならずに済んだということが問題だよ。あいつにオズの市民権は与えたくない」

「カカシは悟空のこと嫌いなの?」

「あぁ、嫌いだね。あれがいるといつも良くないことが起きる」

「でも、悪い人じゃないと思うわ」

「そうだね、迷惑ではあるが悪い奴じゃない。だから良くない。悪い奴なら退治できるけど悪くない奴を退治するわけにはいかないからね」

 二人は中庭に目をやる。火の手が無くなったので試合は終わったようだった。

「ところで今後のことなんだけど」

 ドロシーは切りだした。

「やっぱり、カンザスに帰る方法を探したいの。今、オズの国が大変ということはわかっている。

 だけど、ヘンリーおじさんとエムおばさんは、きっと私が死んだと思って悲しんでいるわ。早く二人を安心させたい」

「そうだね、ドロシーの言う通りだよ。オズの国のことは僕らで何とかしよう。これからのことは明日話そう。今日はもう疲れたろう? ゆっくりとお休み」

 ドロシーはうなずき、トトを抱いてベッドに潜り込んだ。

「おやすみなさい」

 カカシは部屋の灯りを消して部屋から出て行った。

 ドロシーはベッドの中で今までの出来事思い返した。カンザスに帰るはずが、ニャルラトテップの襲撃で全てが変わった。

 (きじ)に助けられ孫悟空との再会。オズの国の危機。そして、魔術書に記されていた自分の名前。

 短い時間の間に様々な事が起きて目まぐるしく過ぎていった。わからないことだらけであり、これから起こることとカンザスに無事に帰れるかどうかの不安。興奮が治まらず目がさえる。

 今日一日だけでも、ドロシーは他の子供たちが何十年かけても知り得ないことを見て聞いて体感したのだ。

 だが、その経験は僅かな体力しかない子供には過酷である。

 ドロシーの心は疲労という波にのまれて夢の世界へと沈んでいった。

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