第148話 玄奘三蔵の弟子
玄奘、ライオン、牛魔王らはセクメトの怒りにふれて投獄されてしまった。
玄奘三蔵
生き残った仏や菩薩を探し出し、衰退する仏門の建て直しを考えている。
臆病なライオン
ライオンの少年。オズの国の仲間たちを探している。
ハングリータイガー
人肉食欲求を抑えている細身の虎の少年。ライオンの親友
肉を食べない三蔵を敬愛している。
玉龍
三蔵法師が乗る白馬。その本性は龍である。
牛魔王
かつては凶悪な大魔王だったが、気がふれてしまっている。
穏やかな性格になり紅孩児の人形を実の息子と思っている。
今では見聞を広める為に幻夢境を旅している。
ケット・シー
猫の王子。ノーデンス率いるグレイトアビスの所属だが地位は低い。
ウルタールの王位を狙っている。
バステトを先頭にケット・シー、ハングリータイガー、風猫、月猫がウルタールの神殿へ続く宝石の道を歩く。
「ちょっと待つにゃ!」
ケット・シーは大声を出してバステトを呼び止めた。
バステトは足を止めず歩き続ける。
「なにか?」
「この中で僕が一番セクメトとの結婚の乗り気にゃんだ。
となれば僕がセクメトの夫でいいじゃにゃいか」
「なるほど。いいと思う。
だが、決めるのはセクメトだ。
残念ながら彼女はお前に興味がないぞ」
「そんにゃ!」
「ケット・シーよ、結論を急くな。
私はお前を応援している。セクメトの夫は猫族でなくてはならんのだ。
牛や仏の神官にくれてやるのもか」
列の後ろで風猫と月猫がひそひそと話す。
「兄上、十二冒険者を排除する計画とはどんなものだったのです?」
月猫の質問に風猫は答える。
「観世音とオズの者どもの情報を流すつもりだった。
そうすれば玄奘とライオンはセクメトなど無視してウルタールから出て行こうとするだろう。
プライドを傷つけられたセクメトが怒り狂って奴らを殺すはずだった」
「ルルイエについた観世音はともかくとして、オズの情報はどこまで流すつもりだったのです?」
「キャラバンはもちろん。灰になったカカシも、ドロシー・ゲイルも全てだ」
「いやまて、キャラバンは良しとして、カカシとドロシーはまずい」
「なぜ?」
「証拠を求められたら? あの二人のことについて知る者は多くない」
「証拠なんて必要ないさ。玄奘は妄信的だ。それにライオンはまだ子ども、あまり賢くなさそうだった」
「それはそうかもしれないが」
「現に前を歩いてる連中は僕らの話に気付いてない。無関心だ。
これが孫悟空や猪八戒、カカシだったら聞きつけて、あれこれ詮索してくるぞ」
「ねえ」
呼びかけられて、風猫と月猫は前を見た。
ハングリータイガーがまっすぐ彼らを見据えていた。
月猫は話を全て聞かれたと思い、風猫の軽率さを呪った。
風猫がおくさず尋ねる。
「虎よ、なんだ?」
「今、孫悟空って言ったよね?」
風猫はハングリータイガーを睨んだ。
逆光でタイガーの表情を知ることができない。
「それがどうかしたか?」
「あぁ、やっぱり。
孫悟空の知り合いなんだね。彼は玄兄貴の弟子の中でも一番頼りになるって聞いているよ。
もし無事ならきっと玄兄貴の助けになってくれると思うんだ」
風猫はハングリータイガーの意図が読めず困惑した。
それゆえに答えに窮した。風猫は孫悟空の行方を知っていたのだ。
「……古い知人だ。とくに親交が深かったというわけでもない」
タイガーは残念そうにうつむいた。
「孫悟空がいれば、こんな状況なんとでもなるのに。
……俺にもっと力があれば」
一方、三蔵法師、ライオン、牛魔王の三名は街から離れた牢屋へと投獄された。
アタルは冒険者たちを励ました。
「幸いにもセクメト様はそれほどお怒りではありません。
しばらくは辛抱してもらいますぞ」
ライオンは涼しい顔をしている。
「前に悪い魔女に捕まったことがあるけど。
この牢屋はそこまで酷いところじゃないね」
三蔵法師も安堵の表情を見せる。
「手足を縛られていないだけ快適と言えます。
こうして手を合わせてお釈迦様に礼拝することができます」
牛魔王は少し驚いた様子だった。
「これが牢屋? 簡単に壊せそうですが。
いえ、もちろん脱獄など乱暴なことはしません。
解放されるのを待ちます」
アタルは眉間にしわを寄せると無言で牢屋の前から立ち去ってしまった。
「アタル殿に余計な心配をかけまいと思ったのだが、どうやら気分を害されたようだ」
三蔵法師は悲しそうな声を出した。
「それにしても、ライオンよ。セクメト相手に勇敢な振る舞い。
私は感心したぞ」
牛魔王にほめられてライオンは嬉しそうに答えた。
「なんだろう。目が覚めてからとても調子が良くて。
どうしても我がままなセクメトを許せなくて言ってしまったんだよ」
「はっはっはっ、セクメトは我がままか!
あの高慢ちきは面と向かって悪口を言われて事はないだろうから、さぞこたえただろう」
するとどこからともなくめそめそと泣き声が聞こえてきた。
誰かいるのだろうかとライオンが鉄格子に顔を当てて牢屋の外を注視すると、はたしてセクメトがいてしくしくと涙を流している。
「あ、セクメト! どうしてここに?」
ライオンに、もはやセクメトを恐れている様子は無い。
三蔵法師は涙を流すセクメトをなだめる。
「何をそんなに涙を流す。
怒ったり泣いたり忙しなくしては心が疲れてしまう。
ここは一つ、あなたの平穏を願って経を唱えるとしましょう」
セクメトは目を腫らして涙声で言う。
「私は破壊と殺戮の女神。それなのにあなたたちは私のことを我がままだの高慢ちきだの悪口を言う。
私のことをちっとも恐れない」
「私とて死は恐ろしい。だが、私自身の使命を果たせないことのほうがもっと恐ろしい。
信念や目的のある者を死で脅すことは難しいでしょう」
三蔵法師は穏やかにセクメトをさとす。
「いや、まさか本当に泣いていたとは」
牛魔王はセクメトの変わりように呆然となる。
「ねぇ、ここから出してよ」
ライオンは堂々とセクメトに解放を要求した。
セクメトは目の涙をぬぐった。
「嫌よ。ここまで私を辱めて許せない。殺してやりたい。
牛魔王様か玄奘様が婚約するまで絶対ここからは出さない」
膨らむ愛憎が支離滅裂な言葉を吐かせる。
牛魔王は哀れみ混じりのため息をついた。
「残念だが、この牢屋はそれほど良い造りではない。
私が少し力を込めれば簡単に破壊できる。
いやそれよりも玄奘様をこのまま閉じ込めておくのはよくない」
「え?」
「セクメトよ、君には菩薩や神仙に友達はいるかね?」
「私は誇り高きエジプト神族。神仙仏の知り合いなんているわけないでしょ」
「ならば、すぐに玄奘様を解放するべきだ。
彼の弟子たちは彼に危害を加える者に容赦しない。必ず滅ぼす。
……そういうものなのだ。君も名の通った女神なら理解できるだろう。
君に命乞いをしてくれる仏や仙人がいるのか?」
「いない。
でも、私は危害を加えていない!」
「それをどう解釈してるかは知らないが。
結婚するというなら寝所を共にするという意味だろう。
玄奘様の童貞を狙ったサソリは誰も命乞いをしなかったので殺されたというぞ」
セクメトはキッと牛魔王を睨む。
「私は強い。やすやすと殺されるものか」
「そうか。腕に自信があるのだな。それもいいだろう。
参考までに言っておくが、玄奘様の弟子、孫悟空と猪八戒はこの勇敢な獅子の子よりも強く凶暴で残忍だ」
牛魔王はライオンの両肩に力強く両手を置いた。
セクメトは無言でライオンを見つめた。
子どもとはいえ、心身ともに力がみなぎった獅子がそこにいた。
彼女はしかめっ面をしながらも牢屋の扉を開けて三人を解放した。
「勘違いするなよ。玄奘様の弟子を殺しては玄奘様が悲しむからだ」
三蔵法師は深く頭を下げて礼拝し、ライオンはセクメトにありがとうとお礼を言った。




