第146話 アタルのお宿
冒険者一行は神官アタルの経営する宿屋で休むこととなった。
玄奘三蔵
生き残った仏や菩薩を探し出し、衰退する仏門の建て直しを考えている。
臆病なライオン
ライオンの少年。オズの国の仲間たちを探している。
ハングリータイガー
人肉食欲求を抑えている細身の虎の少年。ライオンの親友
肉を食べない三蔵を敬愛している。
玉龍
三蔵法師が乗る白馬。その本性は龍である。
牛魔王
かつては凶悪な大魔王だったが、気がふれてしまっている。
穏やかな性格になり紅孩児の人形を実の息子と思っている。
今では見聞を広める為に幻夢境を旅している。
ケット・シー
猫の王子。ノーデンス率いるグレイトアビスの所属だが地位は低い。
ウルタールの王位を狙っている。
冒険者一行は神官アタルに案内されるがままに、彼が経営しているという宿屋の前に辿りついた。
「さぁ、どうぞどうぞ。ウルタールで一番の宿屋です。
ここに泊まれるということは猫族にとって最高のステータスだと、大変ご好評を頂いております」
三蔵はアタルに礼拝して頭を下げた。
「私はあいにくとお金を持っておりません。どこか納屋があればそちらに泊めていただきたいのです」
アタルは首を横にふった。
「いえいえいえ、あなたがたは大切な客人です。
お代はいりません。どうぞウルタール最高級の宿でおくつろぎ下さい」
アタルに促がされるままに宿屋の中へと通される。
中はちょっとした休憩スペースになっており、奥にカウンターが置かれていた。
木製の階段があり、これが客室の区画に通じているだろうと推測できる。
ここで三蔵法師はふと首をかしげた。
彼は多くの宿場町を目にしてきたが、アタルの宿屋はそれほど高級には見えなかった。
中の中といったところで可もなく不可もなくといった具合である。
「君では話しにならないよ。アタルを出してもらおう」
客と思われる猫がカウンターに立つ従業員に詰め寄っていた。
その猫は清らかな風のような毛並みをしていた。
「そうそう、こちらもそれ相応の報酬を出す用意がある。
重要な交渉だ。無碍にするのは無礼というものだよ」
風猫の横にいるもう一人。こちらは明るい月のような毛並みであった。
アタルは二人の猫に近づく。
「失礼ですがお客様。何か問題でも?」
風猫が答える。
「我々はバルザイの偃月刀なる神器を探している。
しかし、この刀の製作者であるバルザイは現在は行方が知れない」
月猫が答える。
「このバルザイにはアタルという弟子がいた。
彼ならば刀の所在を知っているのではないかと思っている。
私たちはバルザイの偃月刀についての情報を求めている」
「そうでしたか、お力になれるかはわかりませんが、私がアタルです」
風猫と月猫は互いの顔を見合わせた。
そしてアタルの方を向く。
風猫は怪訝そうな表情を見せる。
「ご老人よ、我々をからかわないでほしい。
ウルタールの神官にして宿屋の主は齢三百と聞いている」
月猫は首を横にふる。
「残念ながらあなたはそのような若者には見えません。
どう見たって僕たちより年上だ」
アタルは咳払いをした。
「私がアタルです」
月猫と風猫は顔を見合わせてひそひそと話し始める。
「冗談でしょ」
「三百にしては老け込んでいる」
「苦労人なのかも」
「でなければ怠け者だ」
「どっちにしたって、この者から偃月刀の情報を引き出すのは無理だよ」
「諦めるのは早い。我らのお師匠様もゼロから術を身に付け始祖たる地位を築かれたのだ」
「そうだね、簡単に諦めちゃいけないね」
風猫が言う。
「いや、失礼した。アタル殿。
先に言ったとおり我々はバルザイの偃月刀を求めている。
知っていることを話してもらえればたすかるのだが」
アタルは釈然としないといった具合で答えた。
「はぁ、あれはヨグ=ソトースの儀式に使うもので。
中途半端な気持ちで用いることはおすすめしません」
月猫はため息をつく。
「こちらは本気だ。どこにあるんです?」
「生憎と手元にはございません。
製法はネクロノミコンに記されておりますので、ご自身で作られてはいかがでしょうか?」
風猫はすっと前に出た。
「けっこう。我々が探しているのは特別に作られたという日本刀型のバルザイ刀だ」
アタルたちの会話を聞いていたライオンはふと思い出した。
「バルザイ刀って桃太郎が持っていた刀じゃないかな」
三蔵法師も頷く。
「うむ、確かそのような名前だったと思う」
風猫と月猫は瞳孔を大きく開き三蔵法師を睨んだ。
そして、また互いの顔を突き合わせひそひそと話す。
「なぜ、ここに取経の者が?」
「オズの獅子まで」
「十二のうち二つ」
「よくない兆候」
「だが猿や豚よりかは」
「確かに」
「問題無し、取経の者は見る目無し」
アタルはもう一度咳払いをする。
「よろしいかな、お二方。日本刀型は一点物でしてな。
ラバン・シュリュズベリィ殿がご友人への贈り物として製造したものです」
月猫は少し不機嫌そうな表情をする。
「ラバンに新しく作らせろとか言わないでよ。
我々が欲しいのは、その贈り物として作られた刀なのだから」
アタルはお手上げといった具合だった。
「それではなおのこと私にはわかりません。
日本刀型については、私から離れたところの話です」
風猫は前のめりになって訊ねる。
「では作られたバルザイ刀を探す方法は?」
「そんな方法はありません」
「無駄足だった」
「そんなことはありません」
「なぜだ?」
「せっかくウルタールにおいでになったのです。
いかかでしょうセクメト様に謁見されては」
風猫と月猫はまた互いの顔を突き合わせる。
そして、月猫はアタルを睨んだ。
「お前の企ては見抜いた。我々のどちらかをセクメトの婿にしようとしているな。
冗談じゃない。あんな暴力的な年増の女に興味はない。
兄上からも言ってください」
風猫も苛立ちアタルを非難する。
「我々はバルザイ刀に興味があるのだ。ウルタールの政なんぞに関心はない」
このとき風猫と臆病なライオンの目が合った。
風猫は大きく瞳孔を開いた。
兄貴分が突然黙ってしまったので、月猫は不安そうに風猫の顔を覗き込む。
「兄上?」
風猫はアタルに訊ねた。
「あなたは旅人が来ればセクメトの下に案内しているのか。
例えば、そちらの方々も」
「それはもちろんです。今ここにおられる旅の方々もセクメト様に謁見されたばかり。
ですが皆様、長旅のお疲れのようでして、明日改めてセクメト様に謁見される予定です」
「よろしい。では明日我々も同行させてはもらえないだろうか」
これに月猫が驚く。
「兄上っ、セクメトなんぞに会ってどうしようと言うのだ?
バルザイ刀が手に入らない以上、ここにいることは無意味だ」
風猫は弟分を制する。
「そうだ、無駄足だった。だからこそ手ぶらでは帰れないだろう。
僕に考えがある。そのことについては後で話す。
アタル殿、今夜はここに泊まる。部屋に案内してくれ」
「ありがとうございます。お部屋にご案内致します。
これ、君はこちらにいらっしゃる団体様をご案内してくれ」
アタルは従業員に指示出すと風猫と月猫を客室に案内しに行ってしまった。
残された冒険者たちもカウンターにいた従業員に案内で、それぞれ客室に通された。
夜、蝋燭で照らされた一室で風猫と月猫が話していた。
月猫は不服そうであった。
「兄上、いったいどういうつもりなんです?
セクメトの婿入りしたって良いことはありませんよ」
「当たり前だ。セクメトのような女に気があるわけがないだろう」
「ではなぜ?」
「ここにバルザイ刀の手がかりは無かった。
だからお師匠様に手土産の一つでも持って帰りたい。
それが三蔵法師とオズのライオンの命」
「!?」
「だが、今ここで騒ぎを起こすのは得策とは言えない。
それに牛魔王までいたのに気付いたか。
残念ながら僕らの実力では奴を倒すことはできないだろう」
月猫は身を乗り出す。
「兄上が何を考えているかわかったぞ。
セクメトを利用して三蔵とライオンを始末しようと言うのだね。
ここで十二冒険者のうち二人を排除する」
「そう、セクメトは破壊と疫病を司る。
三蔵とライオンを殺すのはわけないことだろう。
セクメトの力なら牛魔王とて手出しできまい」
「でも、どうやってセクメトに二人を殺させる?」
「策はもう考えてある。僕に任せて欲しい」
「わかった。さすが兄上。
……それにしても」
「?」
「この部屋は狭くて息苦しい。ここは本当に最高級ホテルなのか」
「……わかる」
十二冒険者に敵意を向ける二人。
冒険者たちの預かり知らぬところで悪意の罠が蠢いていた。
風猫はいかなる策でセクメトを操り三蔵とライオンを追い詰めるのか。




