第145話 セクメトの品定め
冒険者一行は神官アタルに導かれてウルタールの神殿に足を踏み入れる。
玄奘三蔵
生き残った仏や菩薩を探し出し、衰退する仏門の建て直しを考えている。
臆病なライオン
ライオンの少年。オズの国の仲間たちを探している。
ハングリータイガー
人肉食欲求を抑えている細身の虎の少年。ライオンの親友
肉を食べない三蔵を敬愛している。
玉龍
三蔵法師が乗る白馬。その本性は龍である。
牛魔王
かつては凶悪な大魔王だったが、気がふれてしまっている。
穏やかな性格になり紅孩児の人形を実の息子と思っている。
今では見聞を広める為に幻夢境を旅している。
ケット・シー
猫の王子。ノーデンス率いるグレイトアビスの所属だが地位は低い。
ウルタールの王位を狙っている。
神官アタルに導かれるままにウルタール神殿に足を踏み入れる冒険者たち。
「こちらにバステト様とセクメト様がおわします」
冒険者たちが通された謁見の間には二つの玉座があり、それぞれに女神が腰掛けていた。
猫の頭をした女神が言う。
「余はバステト。このウルタールの王である。
ここまでの旅路、実にご苦労であった」
隣に座すライオンの頭の女神が言う。
「余はセクメト。バステトの友であり客である」
バステトは身を乗り出す。
「さて、旅の男たちよ。そなたらは何者であるか。
出自と旅の目的を述べよ」
セクメトが付け加える。
「正直に申せ、嘘偽り欺きは災いの根源。
余に煩わしい思いをさせるなよ」
初めに三蔵法師が名乗り出る。
「私は玄奘三蔵。大唐帝国の仏僧です。
今は衰退した仏門の再興のため仏様と菩薩様を探す旅をしております」
次にライオン。セクメトを視界に入れないように話す。
「僕は臆病なライオン。オズの国の森に住む動物たちの王です。
今はオズの国の仲間を探しています。ウルタールでなにか情報がつかめないかと思っています」
王と聞いてバステトの瞳孔がぎゅっと引き締まった。そして、セクメトのほうを見た。
セクメトの表情はまったく変わっていなかった。
ライオンの次はハングリータイガー。
「俺はハングリータイガー。王様の森に住んでいました。
俺もオズの国の仲間を探して王様といっしょに旅をしています」
バステトがどぎまぎした様子でセクメトを見る。
やはりセクメトは無反応であった。
牛魔王は深く頭を下げる。
「私は牛魔王と申します。この幻夢境で見聞を広める為に息子の紅孩児と旅をしております。
今は三蔵法師の護衛として同行しております」
セクメトは首をかしげる。
「息子というのはどちらか? 牛の子が獅子やら虎であるわけがあるまい」
セクメトの疑問に答えるかのように牛魔王のかかえる紅孩児人形が音を発する。
「カ、カ、カカ、カエンソー」
セクメトの眉間にしわがより、赤い瞳が鋭く輝いた。
アタルを青ざめて、バステトはあわてふためいた。
そのただならぬ雰囲気に牛魔王を除く冒険者は気圧された。
セクメトは低くうなり声をあげる。
「余は最初に言った。嘘偽り欺きは災いの根源であると。
余に煩わしい思いをさせるなともな」
冒険者たちにとって、牛魔王の紅孩児人形は問題の引き金となる災いの根源となっていた。
牛魔王はまっすぐにセクメトの赤い瞳を見つめ返した。
「私の言葉に嘘偽りはありません。なぜ貴女を欺かねばならないのです」
睨み合う牛と雌獅子に謁見の間の空気は張り詰めた。
三蔵法師は何度も気を失いかけ、臆病なライオンはセクメトが疫病をばら撒くのではないかと恐れおののいた。
だが、一番恐怖していたのはセクメトをよく知るバステトとアタルであった。
セクメトは目を伏せると、落ちついた声を出した。
「アタル」
自分の名を呼ばれ老神官アタルは頭をかかえた。
猫に慣れた彼でもセクメトをあやすことは手のかかることであった。
「アタル、この旅の者たちを食堂に案内しなさい。そして食事を振舞うように」
「はい、全ては私の不明のいたすところ……。はい?」
セクメトはアタルを睨む。
「不明ではない食事だ。もたもたするな」
「は、はい。さぁ皆様こちらへ」
アタルは冒険者たちを食堂へと案内する。
「ちょっと、僕はまだ自己紹介してないにゃ!」
ケット・シーは抗議したが、アタルは受け入れなかった。
「いえ、セクメト様のお言葉ですので従って下さい」
「にゃっ! こんな扱いはあんまりだにゃ!」
「まぁ、そうおっしゃらずに」
「ふにゃあ!」
アタルは袖に仕込んだマタタビをケット・シーに嗅がせて黙らせた。
冒険者たちはアタルに連れられて謁見の間を去り、バステトとセクメトが部屋に残された。
まずバステトが口を開く。
「あの無礼な牛のせいで、あなたが病をばらまくと思ったのだけれども。
自制してくれたことは感謝するわ」
セクメトは目を閉じている。
「わかってる。あなたが自制できたのは、あの男たちの中に夫として迎え入れる者がいたから。
さぁ、誰なの? どの男なの? セクメト、答えて」
セクメトの目が開く。
「悩む」
バステトは身を乗り出す。
「悩むですって? なるほど、それで旅人たちを食堂に。
会食でより相手を見定めて、候補を絞り込もうというわけね。それで誰? どの男が気になる?」
セクメトは正直に嘘偽り欺きなく答えた。
「玄奘三蔵か牛魔王」
バステトの瞳孔がきゅっと絞られた。
「は?」
「どちらも良い男だ。芯のある揺ぎ無い信念を感じた。
とくに牛魔王は堂々としていて良い。
あなたは感じなかったかしら?」
「いやいやいやいや、いや、待って。
あの二人は猫族じゃない。候補としては不適切よ」
「なによ、夫婦とは互いの愛情があってこそ。
私に愛のない結婚をしろと。バステト、あなたは変わったわね」
「駄目なのよ! あの二人では意味がない。
ライオンは? トラは? 黒猫は?」
セクメトはため息をついた。
「あの子どもたちはいったいなんなの?
年下が嫌とは言わないけれど極端すぎるわ。男の魅力を微塵も感じなかった。
追い出さなかっただけでも感謝してほしい」
「駄目よ、駄目よ、駄目よ!
玄奘も牛魔王もウルタールの王にはなれない。これでは私がウルタールから解放されない!」
一方、食堂に通された冒険者の一行。
ハングリータイガーは心配そうに玄奘に声をかける。
「顔が青いけど大丈夫?」
「うむ、あのセクメトという女神は恐ろしい。
心臓が飛び出してしまうかと思った。
寒い。とても食事をとる気分にはなれない」
牛魔王も苦しそうに目をかたく閉じている。
「牛魔王みたいに堂々としていても、やっぱりセクメトみたいな女神はこわいものなの?」
「いや、女とはあれぐらい猛々しいぐらいが頼もしいものだ。自立した女は強い。
しかし、どうも。さっきから気分が優れない。実はこの建物に入ってから寒気がする」
ケット・シーは椅子に深く座りくつろぐ。
「そうかにゃ、確かにセクメトはおっかないけど、この神殿ほど居心地が良い場所は無いにゃ」
ハングリータイガーも同意した。
「そうだね。この場所は落ち着くね。空腹もあまり気にならないよ。
王様もそうだよね?」
臆病なライオンは頷いた。
「うん、良い場所だとは思うよ。でも、やっぱりセクメトがこわいから早く出て行きたいかな」
冒険者たちの様子を見て老神官アタルが切り出した。
「皆様、お疲れのようでしたら明日改めてセクメト様に謁見されてはいかがでしょう?」
玄奘は声を震わせた。
「しかし、そんなことをしては我々はともかくとしてアタル殿、あなたの立場が悪くなるのでは?」
「いえいえ、夫候補の体調が悪いと知ればセクメト様もご理解してくださるでしょう。
それにやはりウルタールの未来を考えるのであれば猫族の方に結婚していただくのが一番良いのです」
「そう言っていただけると助かります。
どこか泊まれるところに案内していただけまか?」
アタルは満足そうに微笑んだ。
「ほっほっほっ、実は私は宿屋を経営しておりましてな。
ご案内いたしましょう」
冒険者たちは神殿を出てアタルの宿屋へと向かうこととなった。




