第136話 カルコサの空にエメラルドシティの輝き
大きなつづらに潜んだ黄衣仙女と芥川龍之介は、カヤノヒメとシュブ=二グラスの神官に発見される一歩手前まで追い詰められる。
カカシ
オズの国、エメラルドシティの王。ドロシー第一の従者。
親友のブリキの木こりを探しにカルコサまでやってきた。
ヘンリー・ウェントワース・エイクリー
地球人の民俗学者。脳みそだけになり缶詰に入れられていたがイタカの肉体を乗っ取た。
契約によりカカシと旅することを義務付けられている。
坂田金時
平安時代の武士、金太郎その人。
イタカを利用したカルコサの脱出を計画する。
緑衣仙女
道教神族、七仙女の末っ子。
打倒孫悟空に心が揺らいでいる。
黄衣仙女
ラジオ局で強制労働させられていたが、緑衣仙女らの活躍で逃亡する。
だが、今度は妹の緑衣が囚われの身となってしまい、その身を案じている。
妹をハスターの宮殿から助け出すことに執念を燃やす。
芥川龍之介
大正時代の文豪。イタカによって連れ去られ、カルコサの奴隷になっていたが金時に助けられた。
緑衣仙女から借りた仙衣を返す義務がある。
ブリキの木こり
カルコサの奴隷戦士。右腕を茨木童子に奪われた。
博愛丸のドラム缶に封印された。
緑衣仙女は大きなつづらの蓋を少し持ち上げて中を覗き込んだ。
「……」
中には姉の黄衣仙女と芥川龍之介がいた。
「……」
誰も声も発さなかった。
緑衣仙女はつづらの蓋を閉じた。
カヤノヒメは身を乗り出した。
「何が入っていたか?
化け物か? 黍団子か? それとも別の何かか?
ん? ん?」
緑衣仙女は無言のまま下を向いた。
その反応にカヤノヒメは満足したようであった。
「そうかそうか、口にするのも恐ろしいか。うむうむ」
「緑衣は西王母に仕えていた身。
そして、ここに至るまでの道のりは艱難辛苦に満ちたものであったはず。
そう簡単に恐怖するものでしょうか」
烏頭の道士は納得しかねるといった体で声を荒げた。
「こうなれば、わし自らつづらの中を検める。そこをどけ」
緑衣仙女は大きなつづらにしがみついた。
「申し訳ありません。恐ろしさのあまり腰が抜けてしまいました」
「見え透いた嘘をつくでない。恐ろしいのであれば、その原因のつづらにしがみつくことなどできるわけがない」
カヤノヒメは大きくため息をついた。
「筆頭神官よ、いったい何が不服なのか。
どうして場を悪くしてまで我を通そうとするのか」
烏頭の道士は深く頭を下げた。
「わしはシュブ=二グラス様にお仕えする身であります。
シュブ=二グラス様はカヤノヒメ様を大変に敬愛されておいでです。
カヤノヒメ様を侮辱する者、欺こうとする者を見過ごしては立つ瀬がないのでございます」
「わかった。わかったよ、お前がそこまで言うならつづらを開けて見てみよう。
だがな、つづらの中に恐怖や災いがなければ、私はお前を許さんぞ」
「ははっ。
さぁ、緑衣よ、そこをどけ」
「あぁ!」
緑衣は烏頭の道士によって大きなつづらから引き離された。
道士の手が大きなつづらにかかる。
その瞬間、地響きが轟いた。
カヤノヒメと烏頭の道士、そして緑衣仙女は窓に目を向けた。
大波がカルコサの大地を呑み込みながらハスター宮殿に迫っていた。
その波の先陣をルルイエ旗艦の博愛丸が切る。その上にエメラルドの輝きを宿したイタカがしがみついていた。
烏頭の道士はつづらから手を放す。
「むぅ、黄風怪め。しくじりおったか。
ルルイエの侵攻を許すとは」
「のう、あれはイタカではないか?
しかし、様子がおかしい」
カヤノヒメはせまる大波に目を凝らす。
「あのエメラルドの輝きはイタカには無いものです。
オズのカカシの仕業ですな。イタカは敵に奪われてしまったのでしょう」
烏頭の道士は瞬時にイタカの異変を見抜く。
「いずれにしても、あの海水がハリ湖に流れ込むのはまずい。
婿殿の体に障るだろう。
行くぞ、カカシ一味もルルイエの軍団もここで滅す」
カヤノヒメは烏頭の道士、そしてロイガーとツァールを引き連れて博愛丸の迎撃に向かった。
結果として部屋には緑衣仙女と大きなつづらだけが残された。
緑衣仙女は大きなつづらの蓋を開けた。
「何してるの!?」
黄衣仙女がつづらから出てきた。
「あなたを助けに来たのよ!」
芥川も続く。
「僕はあなたから借りた仙衣を返さなくてはなりません」
緑衣仙女は頭をかかえた。
「どっちも今は無理。
ここから逃げるわけにもいかないし。
服を返してもらっては、お姉様や芥川に会ったことがばれてしまう」
「逃げられないってどういうこと?
まさか呪いでもかけられたの?」
「違うわ。でも、カヤノヒメのそばにいることに意味があるのよ」
姉の心配を緑衣は否定した。
「『苦通我経』の予言によると、カヤノヒメから孫悟空の殺し方を学ぶことができる。
私は孫悟空が憎い」
黄衣仙女は息がつまる思いになった。
「孫悟空!?
それこそ今はどうでもいいことじゃない!
あなたは私を助けに来てくれたんでしょ。最後までやり遂げて。
私たちといっしょにカルコサから逃げるの」
「大丈夫よ、お姉様たちはカカシといっしょに脱出して。
そうすれば私がここに来た目的は果たせる。
私はここに残る。必ず孫悟空を倒す術を会得してみせる。
私たち七仙女を侮ったことを後悔させてやる」
緑衣仙女は首を横にふって脱出を拒む。打倒孫悟空の決意は固く、揺るぎそうになかった。
ルルイエ軍の浄瓶より繰り出される海水がハスター宮殿を浸す。
ハスターに仕える宮殿の者どもの多くは海を見たことがなく、恐怖で理性を保てなくなっていた。
ある者は右往左往し逃げることもままならず、またある者は海水に転げ落ちて溺れていた。
海水は怒涛の勢いで宮殿の袂のハリ湖へと流れ込もうとしていた。
その大波の前にシュブ=二グラス筆頭神官・烏頭の道士が立つ。
「これほど海水がハリ湖に流れ込めば、ハスター様もただでは済むまい。
どれ一つ、わしの術で防ぐとしよう」
道士は両腕を正面に伸ばした。海水は道士を呑み込む勢いでせまる。
事実、呑み込まれた。ただし呑み込まれたのは道士ではなく海水の方であった。
道士の長い袖の中に海水が吸い込まれていく。
「ふむう、さすがは観世音の浄瓶よ。この海流は止まることを知らん。
わしがここから動いてしまっては海水がハリ湖に流れ込んでしまうし。ルルイエのことはカヤノヒメ様とロイガー・ツァール兄弟に任せるしかない。
やれやれ困った困った」
少しも困った素振りは見せず愉快そうにからから笑う。たった一人で海水をせき止めながら笑っていた。
デッキにヘンリー・イタカ乗せた博愛丸が宮殿に迫る。
船橋の航海士が状況を伝える。
「浄瓶の海水が無力化されている模様。ハリ湖を制圧できません!」
マーシュ家当主は冷静に返す。
「構わん、無理に攻めるな。
カカシの仲間の回収と撤退を優先する」
ヘンリー・イタカの顔の横で坂田金時が叫ぶ。
「芥川先生たちは見えるか?」
「まて、探している。
むむ、見えたぞ」
ハスター宮殿のバルコニーに飛び出す芥川龍之介と黄衣仙女。
ヘンリー・イタカのは腕をのばして芥川と黄衣を優しくつかまえる。
「緑衣仙女はどうした!?」
芥川が答える。
「彼女は残ります。孫悟空を退治する方法を探るとか」
カカシは納得した。
「『苦通我経』の予言か。緑衣仙女を信じよう」
黄衣仙女は狼狽しカカシにくってかかった。
「なぜ!? 妹を助けて! そのために宮殿まで来たのでしょう!?」
「時間が無いんだよ。緑衣が予言を信じて残るということはアイツがここにいる」
「アイツって……?」
黄衣仙女のいだいた疑問。その答えはすぐに現れた。
「ほほほほ。婿殿の領地に踏み入り荒らす無礼者ども。
報いを受けてもらおうか」
カヤノヒメである。ヘンリー・イタカの腕に立っていた。
ヘンリー・イタカは驚愕の声をあげる。
「うおおっ! いつの間に私の腕に!?」
坂田金時はマサカリを振り上げてカヤノヒメに斬りかかる。
「物の怪め、ここで討ち取る!」
カヤノヒメは金時の攻撃をかいくぐり、マサカリの柄に手をそえる。
歴戦の武士でも見切れない動きであった。
「物の怪だと? 日の本の民でありながら神に向かって暴言を吐くか」
マサカリの柄は木製である。その柄から枝葉が伸びて芽が生えた。
「我はカヤノヒメであるぞ。アザトース三柱の乳母である。
身の程をわきまえよ。貴様なぞ、本来は見ることも話すことも許されぬ相手であると知れ」
カヤノヒメの衣の袖から一匹のツチノコが這い出て金時に張り付く。
金時は全身が麻痺し声も出せない。ヘンリー・イタカから転落しそうなところを黄衣と芥川が捕まえた。
カヤノヒメは金時が取り落としたマサカリを奪う。
「ふぅ、なにより許せないのは喋るカカシよ。
悪知恵を働かせて婿殿の土地でやりたい放題」
マサカリから生えた枝をを折り取って、マサカリの部分は投げ捨てた。
カカシはヘンリー・イタカに言う。
「僕はここでカヤノヒメを足止めする。
そしたらイタカの力でカルコサから脱出するんだ。皆を頼む」
「わかった。君はどこまでも無茶苦茶だが筋は通す男だ。
ブリキの木こりの治療法を知る者を必ず見つけ出す」
「ありがとう」
ヘンリー・イタカは腕を振ってカヤノヒメを振り落とす。
その転落するカヤノヒメにカカシはしがみついた。
カヤノヒメはカカシを嘲った。
「くくく、少々の知恵は働くようだが所詮はカカシ。
畑で突っ立ていればいいものを、動き回って分不相応の振る舞いをするから。
裁きを受けることになる」
そして、マサカリから取った枝を両手でくしゃくしゃに丸めだした。
それは熱をおびて拳大の火の玉となった。
「くれてやる。我らアザトースの一族に刃向かった報いを受けて灰となれ」
カカシは火の玉を顔面に押し付けられた。
布の顔はたちまち燃え上がりワラの体は一瞬で灰となった。
カカシの最期だった。
芥川龍之介も、黄衣仙女も、坂田金時も、ヘンリー・イタカもそれを見届けた。
「そんなっ、カカシが焼けてしまった!
なんとかならないのですか!?」
黄衣仙女は悲鳴をあげて解決策を求めた。
「カカシのくれた時間を無駄にできん!」
ヘンリー・イタカは言い放ち、全身からエメラルドの炎を噴き上げた。
ルルイエ旗艦の博愛丸を抱きしめてカルコサの空にとんだ。
エメラルドの流星となって光速の壁を突き破った。
ヘンリー・イタカと博愛丸は時空を超越し消滅した。
ロイガーは冒険者たちが消えた空を見上げた。
「敵はイタカの力でカルコサから消えた」
ツァールが続いた。
「ああなってしまっては、どこに行ったかわからない。
行く先は星の海原か幻夢境か。追撃は不可能」
緑衣仙女もまた宮殿のバルコニーからカカシの最期を見届けていた。
姉の脱出によってカルコサに来た目的を果たし、孫悟空撃退の秘術を会得することに新たな目的を見い出していた。
ここに冒険者たちのカルコサの旅が幕を閉じた。




