第134話 ブリキの缶詰
カカシはブリキの木こりを止めるための策を思いつく。
カカシ
オズの国、エメラルドシティの王。ドロシー第一の従者。
親友のブリキの木こりを探しにカルコサまでやってきた。
ヘンリー・ウェントワース・エイクリー
地球人の民俗学者。脳みそだけになり缶詰に入れられていたがイタカの肉体を乗っ取た。
契約によりカカシと旅することを義務付けられている。
坂田金時
平安時代の武士、金太郎その人。
イタカを利用したカルコサの脱出を計画する。
ブリキの木こり
カルコサの奴隷戦士。右腕を茨木童子に奪われた。
黒いタールに汚染されており人格が豹変する。
博愛丸の缶詰工場内部。
カカシは機械の陰に潜む。
「ブリキを助けるのは僕一人では無理だ。
ヘンリーやルルイエの助けがいる」
金時のマサカリ、そしてブリキの木こりの斧。
二つの硬く重い刃がぶつかあり合う。
カカシは工場内を見回す。
「……あった。これだ」
彼が見つけたのは機械の点検表だった。
手にとると、付属のペンで白紙部分に計画をさっと書き込む。
「さぁ、気付いてくれよ」
桃矢に計画書を結びつけて矢文を作る。
そしてブリキの木こりが穴を開けた甲板の穴に向けて矢文を放った。
甲板ではマーシュ家当主をはじめダゴン教団員たちが固唾をのんで甲板に開いた穴を見守っていた。
その穴からカカシの放った矢文が飛び出した。それは例にもれず意思を持つかのように飛翔し、マーシュ家当主の足もとに落ちた。
当主は矢文を拾い目を通す。
「カカシからの手紙か。なにブリキの木こりを封じる作戦だと!?
……なんて策だ。とても正気とは思えん」
そしてヘンリー・イタカと通天河を交互に見つめた。
「イタカ、君の仲間は頭がおかしい」
ヘンリー・イタカは答える。
「承知している。こちらもどれだけ危ない橋を渡らされたことか。
風体こそ案山子だが、その本性は畑の番人なんて生易しいものではない。狂気よ。
で、奴は何を言っている?」
「お前を! ばらばらに!! してやる!!!!」
ブリキの木こりは左手に握った斧を、金時に叩きつける。
金時は防戦一方を強いられて、反撃すらままならない。死を覚悟した。
「待て、僕はお前の弱点を知っているぞ!」
缶詰加工の機械の間からカカシの声が響きわたった。
ブリキの木こりは金時にとどめを刺そうと斧を振り上げる。
「ハッタリだ。この侍を殺して、次は貴様だ!」
「君が情緒不安定なのは思い通りにならないことがあるからだ。
その理由を僕はもう知っているぞ」
ブリキの木こりの動きが止まる。
「心臓が思い通りにならないんだろ?」
ブリキの木こりは斧を下ろした。金時から注意がそれる。
振り返ってカカシを睨みつける。
「あああああああああああ!!!!!!!
姿を見せろ、カカシ野郎!
俺の秘密を知ったからには生かしてはおかない」
金時には何が起こっているか理解が追いつかない。
ただ、カカシとブリキの木こりとの間でのみ通じる様子である。
カカシが機械の間から姿を表す。
「ブリキの木こりの心臓は尊く気高い。
臭く薄汚いタールの呪いに屈することなどありえない」
「黙れぇ!!!」
ブリキの木こりは斧を振り上げてカカシに向かって飛び掛る。
「カカシ!!」
金時は起き上がり、手を伸ばした。
だが、無意味であった。金時もそれは理解していた。
カカシではブリキの木こりの攻撃は防げない。
ブリキの斧がカカシの胸に刺さる。柔らかい布とワラを突き抜けて、加工機械の隙間に入り込む。
カカシは、ブリキの木こりのタールに濁った目をまっすぐ見つめた。
「そう。ブリキの木こりは誰よりも優しく気高い。
だから僕の弱点である頭の脳を外してくれた。
僕は胸を切られたぐらいならへっちゃらさ」
ブリキの木こりは斧を引き抜こうとしたが、斧は機械に挟まって容易に抜けそうにない。
「おのれ、これが狙いだったか。ならば機械ごと破壊してくれるっ!」
カカシはブリキの木こりの腕をしっかりと握る。
「ブリキの木こり、目を覚ますときだよ。
君はカルコサの奴隷なんかじゃないだろ」
ブリキの木こりの目の濁りが消えた。
甲高い耳障りな声が、彼女本来の穏やかな声に戻る。
「カカシ、私は……」
斧から手を放す。
「ブリキ、もうカルコサに縛られることはない。
こんな所から逃げよう」
ブリキの木こりは後ずさり左手で胸を押さえた。
「あぁ、駄目! 胸が苦しい!
あなたを殺したくない。でも声が。
あなたを殺せと!
カカァシぃ、戯言はうんざりだ!
斧を使うまでもない、このままテメぇの内臓をむしりとってやる!」
「なら力ずくでここから連れ出すさ」
「バカめ! 貴様のわらの腕じゃ、俺の鉄の腕には敵うまい!」
「カカシよ、言われた物の準備はできたぞ!」
ブリキの木こりの背後からマーシュ家当主の声が響く。
ブリキの木こりが振り向けばマーシュ家当主が、部下の魚人たちを引き連れて立っていた。
魚人たちは人一人がすっぽりと入るドラム缶を運んできていた。
カカシが呼びかける。
「ブリキ、君の病気は深刻だ。おとなしくついて来てくれないことはわかっていた。
つらいだろうけど、閉じ込めてでも無理矢理連れ出す。
金時! ブリキの木こりをあの缶の中に投げ飛ばすんだ!」
「任せろ!」
金時、ブリキの木こりに斧が無ければ勝機ありと飛びかかる。
太い二本の腕で、がっちりとブリキの左腕をつかむとドラム缶に向かって投げ飛ばす。
見事、ブリキの木こりをドラム缶の中に叩き込んだ。
「愚策よ、こんな金属缶で俺を拘束できるものか!」
今にも缶を引き裂いて飛び出そうとするブリキの木こりを前に、金時の顔に焦りの色が出る。
「ブリキの言う通りだ。頑丈な缶のようだが、すぐに出られてしまうぞ」
カカシはそんなこと分かってるとばかりに、頭上の甲板の裂け目に向かって叫ぶ。
「ヘンリー、今だ!」
「巻き込まれるなよ」
甲板で待機していたヘンリー・イタカはその巨大な腕を海底より更に底に伸ばしていた。
まだ海水に浸食されていない乾いた土砂を片手一杯にすくい上げて、亀裂へと流し込む。
真下にはブリキの木こりがはまったドラム缶。これに土砂が注ぎ込まれる。
金時は色めきだった。
「おぉ、これでブリキの木こりを砂の中に埋めてしまおうと言うのか!」
「馬鹿にしやがってよぉ! 俺が生き埋めになるかよ」
ブリキの木こりは砂をかいて這い出ようとする。
「通天河、浄瓶」
指示を出したのはマーシュ家当主であった。
命令を受けて通天河は甲羅に乗せた浄瓶を傾けた。
砂の詰まったドラム缶に海水が注がれる。
「うぐああああ、海水で錆びさそうとするか! この程度の錆で止まるかよ!」
海水と土は混じり合って泥となる。
ブリキの木こりは錆びて動きが鈍くなりながらも這い出そうともがく。
だが、泥はしだいに硬くなる。カルコサの土と浄瓶の海水は混じり合うことでセメントとなったのである。
「動けないだと!?
馬鹿な、そんなことが!」
「加工だ。博愛丸の真骨頂を見せてやれ」
マーシュ家当主の一声で、魚人たちはドラム缶を担ぎ上げて作業台に乗せる。
ドラム缶に蓋をして溶接。たちまちブリキの木こりの缶詰が出来上がった。
金時は感心する。
「こんな方法でブリキの木こりを無力化するとは恐れ入った。
よく思いついたな。ヘンリーの脳缶から着想を得たのか?
まさかブリキの木こりごと缶に閉じ込めてしまうとは」
カカシは答える。
「カルコサの土に海水がかかると硬くなるのは見た。
そして、この船の缶詰工場。これで完全に動きを封じた。
ヘンリーにルルイエ。全て揃ったからうまくいったんだ。
僕らだけでは無理だったよ。
でも、喜ぶのはまだ早い。
ブリキの木こりにはちゃんとした治療を受けさせないといけない。
それはカルコサでは無理だ。そして、ここから脱出するためには――」
カカシの視線が金時からマーシュ家当主に移る。
「さて、約束通りブリキの木こりを止めたよ。
僕の話を聞いてもらえますかね?」
「……いいだろう、聞こうじゃないか。
カルコサに打撃を与えるという君の提案とやらを」
マーシュ家当主はカカシのことを食えぬ奴と思いつつも、ブリキの木こりを封じ込めた事実を受け入れた。
しかし、臆することなく尊大に振舞った。カカシの策が成ったのは、浄瓶と博愛丸の力であることもまた事実だからである。




