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第110話 緑衣仙女とバイアクヘーとラジオ

 バイアクヘーの背中に乗って緑衣仙女はヒアデス星団の都カルコサを目指す。


 彼女の腕にはヘンリー・エイクリーの脳みそ缶がかかえられ、背負ったリュックにはカカシが詰め込まれている。

バイアクヘーは一人乗り。密航者の二人はその存在を知られてはならない。


 

「カルコサまでは遠いんですか?」


 緑衣仙女の問いにバイアクヘーは気さくに答える。

「いんや、一眠りすれば着いてるよ。おいらは飛ぶのは速いんだ」

「光の四百倍でしたっけ」

「そうだよ。詳しいんだなぁ」


 緑衣仙女は、姉の黄衣仙女のことが気がかりだった。

「あの。黄衣姉様がラジオDJ?をやってるといってましたが。

 ラジオDJって何なのですか?」


 天冥崩壊戦争後、命からがらゾスに逃れた緑衣にとってラジオはまったく未知の存在だった。

しかし、冒険者の中にはラジオを知っている男がいた。ヘンリー・ウェントワース・エイクリーである。


「はんっ、この田舎娘が。ラジオを知らんとはとんだお笑い草だ!」


 緑衣はみるみる青ざめて、カカシは戦慄し、ヘンリーは自分の犯した過ちに恐怖した。


「おいっ、他に誰かいるのか!?」

 バイアクヘーは急停止し首を百八十度真後ろに曲げて緑衣仙女を睨みつけた。

「今、男の声がしたよな。おいら聞き逃さなかったぞ!

 おいらに乗れるのは召喚した一人という決まりなんだ。

 違反者は究極の混沌の中心送りの刑なんだ。

 おいらも処刑されるんだ」


 緑衣は焦り、ヘンリーを心の底から憎み、なんとかこの場を取り繕うと必死になった。

「わ、私の他に誰かいるってことですか? どこに?

 私とあなた以外の誰がいるって言うんです?」

「そのお前が持っている缶から聞こえた」


 バイアクヘーはヘンリーの脳缶を指差した。

「なぁんだ。おまえ、ラジオを持ってるじゃないか。

 いきなり音出すのやめてくれよなぁ」


「へ、え、これがラジオ?」

 緑衣仙女はヘンリー脳缶を見つめなおした。

「そう。そうこれラジオなんです。

 あはは、ラジオだったんだ~。

 はははは」

「ラジオがあればどんな長旅も退屈しないんだな。あはははは」


 バイアクヘーは脳缶をラジオと勘違いし、再びフーン器官で飛行を再開する。


 緑衣はラジオが声が出るものと理解したが、まだどういったものか完全に把握しきれていない。

が、バイアクヘーの追求は止まったので一安心した。


 それもつかの間、バイアクヘーは再び冒険者たちを追い詰める。

「そうそう、そろそろ黄衣仙女のラジオの時間なんだな。

 そのラジオをつけてくれよ」


「うへ、ラジオをつける?」

 緑衣仙女の声が裏返る。バイアクヘーが何を求めているか何一つ理解できない。


 ヘンリーは理解できた。危機的状況にあると確信した。

だが、彼にラジオのふりをすることなどできない。黄衣仙女の放送がどのようなものか知らない。

そして、黄衣仙女の声を知らない。そもそも女性の声など出せはしない。


「おい、早くしてくれよ」

 事情を知らないバイアクヘーは緑衣をせかす。


「え、えぇと」

 緑衣はどうすればいいか、わからない。


「このラジオは故障しています。受信できません」

 ヘンリーは機械的に一言放った。


 緑衣とリュックの中のカカシは全ておしまいだと覚悟した。


 はたしてヘンリーの機転、結果は。


「なぁーんだ。あんたのラジオ壊れてるのか。

 だから、さっきもいきなり音が出たんだな」

 バイアクヘーは納得して、自分の首飾りをいじりだした。

「いいよ、いいよ。おいらのラジオで聞こう」


 冒険者は一同に思った。

“自分のラジオあるのかよ!”






 バイアクヘーのラジオがカルコサからの放送を受信する。

『いあいあ、はすたぁ、いぇーい! リスナーのみんなぁー、

 黄衣仙女がお送りするカルコサ放送の時間だよぉ!』


 紛れも無く緑衣が知る黄衣仙女の声。

「お姉様! その首飾りに封印されているの!?

 あぁ、いったいどんな術で。どうすれば助けだせるのかしら!」

 懐かしい姉の声に半狂乱となってバイアクヘーの首飾りラジオの鎖をつかむ。


 バイアクヘーの首がしまる。

「おい、手をはなせ。この中に黄衣仙女がいるわけないだろ。

 お前もしかして、凄く頭悪い?」


「ご、ごめんなさい」

 緑衣はパッと鎖から手を放し、懐かしい黄衣仙女の声に耳を傾けた。


『今日は太平洋戦線に関するすっごいビッグニュースが入ったよ!

 ラバン・シュリュズベリィがアメリカ軍をそそのかしてルルイエを核爆弾でババンバーン! ポナペ作戦だいっせいこーぉ!

 放射能汚染により、やつらの海産資源に大打撃を与えました! ダゴン教団の信者さんたち不漁で大変ね、飢え死にしちゃいなよ!

 この戦いにより太平洋は我らがカルコサが制しました! ルルイエを地球から永久バイバイの日も近い!?

 ……それじゃあここで一曲、放射能にまみれた少女たちの悲痛な叫びが心地よい『ラジウムガールズ』』


 黄衣仙女の声が途切れて、奇怪な伴奏に合わせて女性歌手の歌が流れる。

これは少女たちに過酷な労働を強いる時計工場の経営者を賛美する歌であり、ハスターの眷属の間では絶大な人気をほこっている。


 この曲はリュックに潜むカカシを大いに不愉快にさせた。

 カカシに限らずブリキの木こりも臆病のライオンもドロシー・ゲイルから強い影響を受けている。

人格の一部が移っているのである。ドロシーは奴隷制を嫌っているのだ。


 一方、緑衣仙女は複雑な気持ちでラジオを聴いていた。

姉の無事は嬉しかったが、緑衣にとって黄衣仙女は姉たちの中で一番優しく穏やかだった。

それがこのカルコサ放送では見る影が無い。高揚した麻薬中毒者のような品性のかけらも無い耐え難いもので彼女を悲しませた。




  


『――それじゃ今日の放送はここまで。カルコサのみぃんなぁー、まったねー!

 いあいあ、はすたぁ、バーイ!!』

 黄衣仙女のラジオ放送が終わった。


 バイアクヘーはラジオを止めて、太平洋でのカルコサの勝利の報に改めて歓喜する。

「やったやった。今日はお祝いしよう。ルルイエの縄張りが減っておいら最高に気分がいいぞ。

 そういえば……」

 そして何かを思い出したかのように、また首を百八十度曲げて緑衣を睨む。

「お前、ゾスの辺りをうろうろしてたな。あそこは昔、クトゥルフが住んでた場所だ。

 あんな所にいたということは、まさかお前、クトゥルフのスパイか!?」


 もちろん緑衣はクトゥルフのスパイではない。

だが、その妻イダ=ヤーの下で果樹栽培はしていたことは問題視される。


 緑衣はそれを理解していので、イダ=ヤーには触れずに否定する。

「たまたま近くにいただけです! クトゥルフのスパイなんかじゃありません!」


 バイアクヘーは疑念の姿勢を崩さない。

「そうかぁ? ゾスは緑の惑星。お前の着ている服も緑。やはりこれは――」

「さっきからなんなんですか! ことあるごとに緑色に難癖つけて。

 私の服の色が、緑がそんなに気に入りませんか!?

 私は物心ついたときからずっと緑色が好きで、そして私を表す色だから緑色の服を着てるんです!

 今日初めて会ったあなたに緑色のことをとやかく言われる筋合いはありませんとも!

 こんな素敵な色なのに信じられませんっ!

 もうけっこうです。後は自分でカルコサに行きます降ろして下さい」 

 

 緑衣の剣幕に圧されてバイアクヘーはたじろぐ。

「いや、おいらは別にそんなつもりじゃ。

 機嫌なおしておくれよ。黄衣仙女のラジオ局まで案内するから。

 頼むよ」

「あなた、姉様の居場所、知ってるの?」

「あぁ、場所は知ってる。でも、おいら一人で行っても入口で追い返されちまう。

 でも妹のあんたがいれば通してもらえる」

「……わかったわ。降りないであげる」

「よかった、よかった」


 バイアクヘーには緑衣をダシにして黄衣仙女に会おうという下心があった。

黄衣がバイアクヘーを気に入るかはまた別の話しだが。


「さ、見えてきぞ。あれがカルコサだ」

 バイアクヘーの指し示す先にある怪星。 

 

 黄赤(きあか)に輝く巨星。


 無秩序に大地に広がる建造物群は(いにしえ)の都の亡骸。


 その中で一点、膨張と収縮を繰り返す暗黒の空間は、眠れる黄衣の王の城ハリ湖。


 冒険者たちは待ち人を求め、ハスターの眷属ひしめく風の王国に足を踏み入れる。

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