第11話 ブリキの木こり対孫悟空
エメラルドシティに先回りした孫悟空はハエに化けて宮殿内に潜入した。
「はてさてオズの正体を暴くにはどこから調べるべきか」
謁見室に入ってみると玉座にカカシが腰掛けて横にブリキの木こりがいた。カカシがうめく。
「参ったなぁ。ドロシーはカンザスに帰れないし、国中に変な怪物は出てくるし、魔術書も見つからない」
「悩んでいても仕方ないよ。私たちができることをやらなくちゃ」
“玉座に腰掛けているということは、今はカカシが王なのか。こいつに変身すれば他の連中から情報を引き出せるな。”
孫悟空は早速、居眠り虫をカカシとブリキのそばに落として眠らそうとした。
「はあぁぁ、僕の脳ミソをフル回転させても何も思い浮かばない!」
「北の魔女の話だと敵は魔術書を狙ってるから向うから来るよ。
そのときに捕まえて白状させたら?」
「それでは行き当たりばったりだよ」
カカシとブリキは喋り続けて一向に眠る気配を見せなかったので悟空は驚いた。
“おかしい、俺の術が効かないとは。戦いは苦手でも法術に対して耐性があるのか、油断できないな”
やがて、カカシは孫悟空の落とした居眠り虫に気がついた。
「何これ、変な虫」
カカシが潰そうとするのでブリキが止めた。
「かわいそうだよ、やめたげなよ。逃がしてあげようよ」
ブリキは虫を拾い上げて窓から外に出した。
悟空は彼らに気付かれないように虫を戻した。そして別の策を講じるために謁見室から出た。
すると廊下を歩いているドロシー、トト、ライオン、グリンダを見つけた。人通りのある廊下で騒ぎを起こすわけにはいかなかったので、どこへ行くのかとあとをつけるとカカシとブリキのいる謁見室へと入っていった。
その後も城内の探索を続けていると一室で休んでいる緑色の髪の召使いジェリア・ジャムを発見した。
「よし、この召使いに化けて情報を集めるか」
居眠り虫をジェリア・ジャムに使うと、先程の失敗は嘘のようにいとも簡単に眠らすことができた。
孫悟空は彼女を戸棚に隠すと、身をゆすりジェリア・ジャムに変身した。そして何食わぬ顔で城内を探索していると都の門番に出くわした。
「やぁ、これはジェリア。今日もご機嫌いかがかな」
「おかげさまでね。それにしても先王は今頃どうなされておいでかしら」
「それは、もちろん雲に住まわれているご兄弟に再会されたのでしょう」
にせジェリアは、雲に住んでいそうな神仙を片っ端から思い浮かべたが、オズと血縁関係にありそうな者に心当たりはなかった。孫悟空にとって白人は特異な顔つきなのだ。
にせジェリアすなわち孫悟空は短気なので、かまを掛けてみた。
「ところで、オズ先王が詐欺師だったという噂が街に流れていますが本当でしょうか?」
「ふむ、まぁそうかもしれんな。結局、先王では東や西の魔女に太刀打ちできなかっただろう。しかし、オズの住民の全てを騙し通したからこそエメラルドシティを悪い魔女たちから守ったとも言える。やはり先王は偉大な魔法使いだったというわけだな」
これはにせジェリアが期待した答えではなかった。詐欺師の証明はできても凡人である証明にはならない。
門番と別れて歩いていると廊下の角からやってきた緑色の髭をした兵士オンビー・アンビーに呼び止められた。
「ジェリア・ジャム、こんなところでサボっているとは何事だ。陛下がお呼びだぞ」
これは情報を引き出せると、にせジェリアは堂々と謁見室に入っていった。
カカシが言う。
「皆、お腹が減ってきたようなので食事の準備をしておくれ」
にせジェリアはさっと室内を見渡して人数を確認した。カカシにブリキの木こり、グリンダ、ドロシー、トト、そしてライオンの計六名。
「かしこまりました。ところで街に変な噂が流れているのですが」
カカシが何だい?と訊ねると、にせジェリアは更に大胆になっていた。そもそも以前、彼らと戦って圧勝しているのだ。
術が効かなくとも暴力で解決すればいいと考えていた。
「実はオズ先王は魔法をまったく使えなくて手八丁口八丁でオズの国民を騙していたというのです」
カカシが笑う。
「あー、それね。噂に尾ひれがついたんだよ。確かに先王は嘘つきのペテンだった。しかし魔法は使えるよ。なんたって僕に脳ミソをくれた。これは魔法使いでなければできない芸当だろ」
この言葉を受けて、ドロシーの顔が一瞬だけ青ざめたのを、にせジェリアは見逃さなかった。きっと、脳ミソは偽物に違いない。
「まぁ、先王がくれた脳ミソは、さぞや素晴らしい脳ミソなのでしょう。見せてはいただけませんか?」
これに常識的な言葉が返ってきた。
「あのね、君は脳ミソを他人に見せる事ができるのかい? そんなことをしたら死んでしまうだろう。それに見る必要なんてないじゃないか。脳ミソを見せたら死んでしまうという当たり前のことを知らない君の脳ミソより、それを知っている僕の脳ミソのほうが素晴らしく上等ということは確かなのだから」
こいつカカシのくせに何て理屈をこねるんだと、にせジェリアを苛立たせた。それに追い打ちをかけるように、ブリキの木こりとライオンがさすがはオズの授けた脳ミソだと感嘆の声を上げた。
にせジェリアは怒りを抑えて更に質問を掘り下げようとしたらブリキの木こりにたしなめられてしまった。
「皆、お腹が空いてるのに何で質問ばかりするのですか。早く食事の準備をしたらどうです?」
にせジェリアは顔を真っ赤にして謁見室の出て行き扉を乱暴に閉めたものだから、大きな音にライオンが飛び上がって叫んだ。
「ねぇ、カカシ。君の召使いはいつもあんな粗野な感じなのかい?」
カカシが首を横に振る。
「いや、普段はもっと素直な良い子だよ」
ブリキが、まあまあとなだめる。
「誰でも機嫌が悪いときがあるのだから、あまり責めたらかわいそうよ。私も少し言い過ぎてしまったわ」
ただ一人、ドロシーだけはオズが魔法使いでないことを知っていたのでどぎまぎしていた。
なぜなら、カカシたちがオズから貰った脳ミソ、心臓、勇気が偽物であることに気付いてしまったら、ひどく落胆することは分かりきっていたからである。
にせジェリアはというと、城内を迷いつつも厨房で六人分の料理を注文した。料理長は首をかしげた。
「六人? 数がちょっと多いんじゃないのかい」
「いえ、六人分でいいのよ」
「そうかい。あんたがそう言うならそうなんだろうな。冷めないうちに持って行きな」
にせジェリアは台車に料理を載せて謁見室へ運んだ。これは作戦だった。料理の中に分身を仕込み、カカシの脳ミソを確認しようというわけである。
「お待たせいたしました」
そして、部屋にいる全員に料理を配った。
全員の視線がにせジェリアに集中した。
「え?」
カカシは静かに言った。
「どうもさっきから様子がおかしいけど、君は脳ミソをどこかに置いてきてしまったのかい? だとしたら探しにいくべきだよ」
ブリキの木こりは目に涙をためた。
「私に肉料理出すどういうこと? つまりこれは死んだ動物ということでしょ。そもそもカカシと私は食べたり飲んだりしないの。どいうつもり?」
ライオンは気まずそうにしている。
「……えっと、僕は基本、食事は一人でとるようにしてるんだ。別室で食べるよ」
そう言って皿を持って部屋から出ようとした。にせジェリアは料理長の言葉を思い出した、料理の数が多いということを。
そして料理に分身を仕込んでも、カカシは食べないので意味が無いということに気付いた。
突然、謁見室の扉が開いた。
「ごごごご、ごめんなさい! つい寝込んでしまいました」
目覚めた本物のジェリア・ジャムが泣きながら部屋に飛び込んできた。そして、もう一人の自分を見て、
「私がもう一人! ついに私も分身の魔法を使えるようになったのね! やったぜ」
と見当違いな喜びの叫びをあげてはしゃいでいる。
グリンダは立ち上がって呪文を唱えて手をにせジェリアにかざした。
「やましい者よ、姿を現せ!」
するとグリンダの魔力で、にせジェリアの変身が解けて孫悟空が姿を現した。
「あ、孫悟空!」
ドロシーの仲間たちにとっては一度酷い目にあっている忘れ難い敵であった。
ドロシーは悲しそうに言った。
「こんなこそこそして城に忍びこむなんて。やっぱり、あなたは悪い猿だったのね」
「それは違いますよ。これは全て善意でしたことです」
カカシはぶっきらぼうに言った。
「善意とはね、善い行いをした人に使う言葉なんだよ。今ここで君がした振る舞いは悪い行いとしか思えないね。でも、話だけなら聞いてやるよ」
ならば話しましょうと孫悟空は答える。
「オズ先王が天界にやって来たが、彼はどう見ても普通の人間だ。法術……、あなたがたで言うところの魔法を使えるようには思えない」
「証拠はあるのかい?」
「証拠が無いから調べていました。しかし、確信がある。カカシ陛下の脳ミソを調べさせていただきたい」
カカシは呆れた。
「君は本当に馬鹿だね。僕はね、馬鹿と話すのは嫌いなんだよ。さっき言ったろ、脳ミソを頭から出したら死ぬと」
悟空は笑う。
「陛下に脳ミソは無いから死にませんよ」
「君は僕を侮辱する気かい? そもそも脳ミソが無ければ、こうして会話することもできないじゃないか」
カカシと孫悟空の言い合いが終わらないのでブリキの木こりが遮った。
「もういいわ、話すだけ無駄よ。孫悟空よ、私は先王から心臓を授かった。先王が魔法使いでないというなら私の心臓も偽物というわけね」
悟空はへらへらと答える。
「その通り。あのオズ老人が魔法で作ったという物は全てまがい物だ」
「さっきから口だけね。あなたも猿の王なら行動で己の正しさを示したらどうなの?」
「ほう、どういうことだ?」
「私は、かつてあなたと戦い、手も足も出ず惨敗した。しかし今やオズ先王から心臓を授かりウィンキーの皇帝である。つまり私はこの前よりも強くなっている!」
「……。」
孫悟空は一瞬無言になってブリキの木こりを眺めていたが、ぷっとふき出した。
「はっはっはっ、心臓があれば俺に勝てると思ってやがる。いいぜ、この前と同じようにベコベコにしてやる」
ドロシーは、孫悟空を挑発するブリキのう木こりに居ても立ってもいられない。ブリキの心臓も偽物なのだ。
「やめて! 悟空さんの言う通りよ。心臓があるからといって強くなるというものじゃないわ」
しかし、カカシが大丈夫とドロシーを止める。
「戦いに関して言えば、彼女は僕らの中で最も秀でている。この前みたいなことにはならないさ、今は心臓があるし皇帝だ。」
「それが何の役にたつというの?」
ドロシーは力なくうなだれた。心臓にしろ皇帝にしろ、それが孫悟空に立ち向かえる理由にはならないとドロシーは考えたのだ。
だが、それは文明国で生まれ育った人間の考え方である。
ガキイィンと孫悟空の金箍棒とブリキの木こりの斧とが火花を散らして衝突する。
「危ない!」
グリンダはドロシーとジェリア・ジャムの腕を引っ張り謁見の間から飛び出した。ドロシーはトトを脇に抱えるのを忘れなかった。
カカシとライオンはブリキに加勢しようとしたが拒否された。
「こいつは私一人で倒す。心臓を手に入れたことで、どこまで強くなれたか確かめてみたい」
カカシは頷いた。
「わかった。でも無理はするなよ」
そしてライオンとともにブリキの後方についた。
孫悟空はというと意外にもブリキの木こりの力が以前に比べて増しているので内心驚いていた。
“俺の如意金箍棒を斧で受け止めただと。まさかオズ老人の魔法は本物だっていうのかよ。しかし、今更振り上げた拳は戻せない。なんとしてもこいつを倒して心臓が偽物であることを証明しなくては”
「うおりゃぁあ!」
悟空は金箍棒を振りかぶって叩き下ろすが、ブリキの木こりはさっとかわして斧で斬りこんで来る。
長い如意棒相手なら懐に潜り込めば手斧の方が優位に立ち回れる。しかし、百戦錬磨の孫悟空はすぐにブリキの思惑に気付き一時如意棒を手放して斧を手ではたいて防ぐ。
「もらった!」
孫悟空の拳がブリキの木こりの顔面を捉える。ブリキの綺麗な顔はぐしゃりと醜くつぶれた。しかしブリキはのけ反りながらも斧を再度振るった。油断した孫悟空は首を跳ね飛ばされた。
「おぉ、決まった! さすが我が友」
床に転がった孫悟空の首を見て、カカシは喜びの声をあげた。
ブリキの木こりは潰れた自身の顔面に力を込める。
するとバチンと大きな破裂音がして元通りの美しい顔となった。彼女も嬉しそうに言った。
「やはりオズの魔法は本物ね。心臓のおかげで、かつて敗れた強敵を討ち倒すことができた」
しかし、孫悟空は首を切り落とされたぐらいでは死なないのだ。床に転がった頭が悪態をつく。
「なんて奴だ、しかも折角つぶしてやった顔も元通りにしやがって。この卑怯者!」
「首を切ってもぺらぺら喋るなんて。そっちの方が卑怯よ!」
カカシがブリキにアドバイスする。
「その頭を切り刻むんだ! 死なないかもしれないが黙らせることはできる」
ブリキの木こりは、よしと言って斧を振り上げたが、悟空の胴体がさっと首と如意棒をさらい、頭を身体にくっつけて元通りにしてしまった。
「危なかった。俺が不死身でなければ死んでいた。だいたいな、心臓ぐらいで強くなれるわけがないだろう。特訓をしたんだろ?」
「特訓なんてしてないわ。これは全てオズの心臓の力よ」
「この堅物まだ言うか!」
孫悟空は金箍棒をブリキの左腕に叩きつけた。腕はぐにゃりと曲がったが、無事だった右手の斧で孫悟空の腹を切り裂いた。すると腹の中身がだらりと飛び出した。
ライオンはお腹を鳴らしてカカシにささやいた。
「きっとあの猿を食べても、ブリキの木こりは悲しまないでくれるよね」
「それはもちろんさ。きっとブリキの木こりはあの猿をバラバラにして君に振る舞ってくれるよ。なんたって、あの猿は悪い猿だからね」
孫悟空は腸を腹に戻して傷も直すとライオンを怒鳴りつけた。
「この食いしん坊め、俺はテメェのごはんじゃねえ。バラバラになるのは金物女の方だ!」
「よそ見をするなぁ!」
ブリキの木こりが斧を振るうので孫悟空はそれを避けて如意棒を叩きこんでいく。
お互い技量伯仲で斬られては直す、凹まされては直すを繰り返した。
だが彼らは平気でも城は平気ではない。謁見室の窓は割られ玉座は潰され壁に穴が開いた。
仕舞いには床の一部が崩れてカカシと孫悟空は直下階に落ちながらも戦闘を続行した。
カカシ王は嘆いた。
「あーあ、これ全部直すのか」
勝負がつかずライオンは不安になった。
「まさかこのまま永遠に戦い続けるなんてことないよね」
しかし、これは杞憂だった。徐々にだが孫悟空の息が荒くなってきたのである。対するブリキの木こりは息も上がらず平静を保っている。
悟空は焦った。
“まずい、この俺が押し切られる。奴は疲れを知らんのか。こんな田舎臭い金物女に負ける……?”
実はブリキの木こりも焦っていた。今は亡き東の魔女の呪いが原因で、彼女は肉の身体を失いブリキの身体で命を繫いだ。これによって疲労を感じることは無くなり睡眠すら不要になったのだ。
しかし、感じていないだけでブリキでできた関節は激しい動きで消耗していた。油を差さず戦い続ければ関節が砕けてしまうだろう。
やがて関節の軋む音は孫悟空の耳にも届いた。
「ククッ、そっちもヤバイんじゃないのか?」
「私は疲れていない。その分、私が有利だ」
「減らず口をォ!」
互いの身体は限界だった。ライオンはそれに気付き加勢に入ろうとしたがカカシが止めた。
「一人でやらせてやろうよ」
孫悟空は如意棒を、ブリキの木こりは斧を構えた。
ライオンはカカシに訴える。
「今、二人でかかれば倒せるさ」
武器を振るう戦士たちに余力は無く、攻撃を外すことは敗北を意味した。
「でも、それじゃ僕らの親友が悪猿より優れている事にはならないさ」
カカシはライオンに援護しいないように諭した。
ブリキの木こりの肩関節が外れて床に落ちた。孫悟空の如意棒の軌道は正確にブリキの頭を捉えている。が、投げ出されたブリキの腕にけつまずいてバランスを崩し顔から床に落ちて、うつ伏せに倒れて動かなくなった。
「やった。追い打ちをかけれる!」
ライオンはブリキの勝利を確信した。ブリキもそうだった。斧が無ければ足だといわんばかりに孫悟空の頭を踏みつぶそうと片足を上げた。上げた瞬間、踏み足に力が入り膝の関節が悲鳴をあげた。ブリキの木こりもガシャンと音をたてて床に落ちた。
互いに力を使い果たし戦闘続行は不可能となった。
二人が倒れたところに観世音菩薩とオズがジェリア・ジャムに案内されてやってきた。それに菩薩の四弟子と桃太郎一行が、そしてグリンダとドロシーとトトが続く。
「これはいったい何事ですか!?」
菩薩の問いかけにカカシが答えた。
「そこの悪猿が、僕らの脳や心臓は偽物だと言いがかりをつけて襲ってきたのです。そこで、我が親友ブリキの皇帝が見事返り討ちにしたのです」
孫悟空が倒れたまま息絶え絶えに異議を唱える。
「何が返り討ちだ。相討ちだろうが」
ライオンは舌なめずりをして言う。
「この猿は、オズの国の王たちを侮辱し、エメラルドの城もボロボロにしてしまいました。そこで、この猿は僕のディナーになるという刑が相応しいと考えます。いかがでしょうか?」
「フン、そんなことが通るかよ」
孫悟空は言ったが観世音菩薩は意地悪く首を横にふった。
「いいえ、あなたは余所の国で暴言や破壊の限りを尽くしました。とても庇いきれるものではありません。ライオンに食べられてしまいなさい」
「そんな馬鹿な。も、桃太郎殿からも何とか言ってくれ」
だが、桃太郎はドロシーと再会を喜び合い、天界での罪を免れたことを話していた。
「桃太郎殿!」
「あぁ、すまない。で、どうして彼らの脳や心臓が偽物だと思ったんだい? 根拠が無いなら失礼というものだ」
孫悟空は説明した。オズの魔法はインチキなので、そのオズから与えられた脳や心臓は偽物である。つまりオズは魔法使いを名乗って長らくオズの人々、そして天界の神々までも騙していたということ。
カカシの脳やブリキの心臓を確認できれば、オズがインチキ魔法使いである証明になるというのである。
「ちょっと計画性が無さすぎで擁護できないな。だけど悟空殿がこのまま食べられてしまうのも心苦しい」
桃太郎はカカシとブリキに脳と心臓の確認を願い出たが拒否された。
「僕に知恵があるのは脳があるから。ブリキの木こりが優しいのは心臓があるから。わざわざ見せなくても行動で証明されているのですよ。もういいでしょ、この話は」
観世音菩薩も言う。
「そうですね。孫悟空の処分よりも三十六部目の経の確保が先決です。オズ先王、お願いします」
「うむ。三十六部四巻の経は謁見室の玉座に隠してあるのじゃ」
ドロシーの仲間達はあっと声をあげた。そう、その玉座は先刻の戦いで破壊されたのだ。
早速、確認してみると潰れた玉座から封印の札を貼られた木箱が見つかった。
善財童子が箱に書かれた文字を読みあげる。
「『我、苦しみを通る経・全四巻』変な名前。でも、きっとこれに間違いありません。開けてみましょう」
それを恵岸が止めた。
「よせ、忘れたのか。その経を読むには知恵と心と勇気ある者を揃え、文明国の人間が立ち会わねばならんのだ」
菩薩も言う。
「それに正しく手順を踏まねばなりません。五芒星の魔方陣を敷き儀式を行わなければならないと伝えられています。皆、手伝ってください」
観世音菩薩の指示で四弟子は城の中庭に魔方陣を書き始めた。他の者はやることがないので彼らの作業を見物したり休んだりしていた。
申は桃太郎に言った。
「実は大聖を助ける案が浮かんだのです」
「何だって?」
「大聖を処刑したがっているのはカカシとブリキとライオンの三王。彼らを説得できればいいわけですが……。ドロシー嬢の協力あれば可能かもしれません」
「それってどういうこと?」
二人の会話を聞きつけてドロシーが二人の間に入った。
「悟空さんって無茶苦茶なところがあるけど、一応はエメラルドシティに連れてきてくれたし、桃太郎さんともお友達みたいだからかわいそうに思うの。けれど、どうすればライオンたちを説得できるかわからないわ」
申は答えた。
「そうですね。いきなり彼らを説得するのは難しいでしょう。まずは大聖を説得するほうがいいかもしれません」
桃太郎が処刑される者を説得することに何の意味があるのかと問いかけると、申は私に考えがありますと言って孫悟空が拘束されている牢屋に向かった。
孫悟空は菩薩の法力で拘束され逃げ出すことができない。
「おう、助けに来てくれたのか」
「大聖、のんきなことを言わんで下さい。菩薩様は仏に仕える身だから気にしていなかったようですが、このままでは玉帝陛下や我々も大迷惑です」
申の言葉に孫悟空ははっとする。
「そうか、不老不死の俺がライオンに食われて死ねば矛盾が生じ、天界で食した妙薬の効果が無くなってしまう。天界の桃とて例外ではない。よし、逃げるか」
「逃げる必要は無いかもしれません。条件がありますが」
「条件?」
「オズは正真正銘の魔法使い。これを認めてくれれば全て円満に収まります」
「それ本気で言ってるの?」
孫悟空の問いかけに、申は力強くうなずいた。