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第104話 苦通我経 水の巻 イダ=ヤー伝①

 緑衣仙女に案内されて、ヘンリーの脳缶をかかえたカカシはイダ=ヤーの家へと入る。


 中には一人の美しい女神がいた。


「イダ=ヤー様、ご無事でなによりです」

 緑衣仙女は安堵の表情を浮かべる。


 ヘンリーはうやうやしく挨拶をする。

「私はヘンリー・ウェントワース・エイクリー。このような缶詰姿をしておりますが地球人であります。

 水の神格で名高いクトゥルフ様の正妻にお目通りでき光栄の至りでございます」


 カカシも続く。

「僕はオズのカカシです。オズの国は滅んでしまいましたが、今は親友を探して宇宙の旅をしています。

 ……クトゥルフの妻ということで、どんな名状し難い化け物かと思いましたが――。

 お美しい。ワンダフル!」


 これに緑衣の顔が引きつった。

 

 ヘンリーも怒りをあらわにする。

「この無礼者め! イダ=ヤー様にそんな態度があるか」

 そしてイダ=ヤーに平謝り。

「申し訳ございません。このカカシは農村生まれの田舎者でして。

 高貴な身分の方への口の利き方も知らんのです。どうか勘弁してやってください」


 イダ=ヤーは穏やかに静かに緑衣仙女の名を呼んだ。


 緑衣の背筋に緊張が走る。

とんでもない無法者たちを招きいれたことを咎められると思ったからである。


 しかしイダ=ヤーはにっこりと微笑んだ。

「よくこの者たちを連れてきてくれました。

 この者たちの装い、実に懐かしい。ラーライン様との旅を思い出す」


 カカシもヘンリーもその名を口にする。

「ラーライン!」

 旅の女神にしてオズの創造主。


 イダ=ヤーはカカシからヘンリーの脳缶を取り上げる。

「ラーライン様はよくこの缶詰を用いて持たざる者たちに知恵を授けていました。

 この細工はミ=ゴのものですね。彼は勉強熱心でした」


 脳缶をカカシに返す。

「そして、あなたはオズマの子ですね。えぇ、あなたからはオズマの香りがします」

「僕を作ったのはマンチキンの農家ですが。広い意味で僕はオズマの子と言えるのでしょう」


 ヘンリーはイダ=ヤーに尋ねる。

「お話しからイダ=ヤー様はラーライン様の従者の妖精であったと確信致しました。

 差し支えなければ、この惑星ゾスの森や果樹についてうかがいたいのですが」

 

 カカシもイダ=ヤーについて興味がわいた。

「ラーライン様と別れて、この星にいついた理由を聞きたいですね。

 オズマという妖精についても気になります」


 イダ=ヤーは嫌な顔一つせずうなずいた。

「いいでしょう。あれはまだ私がラーライン様と旅をしていた頃――」


「ちょっと! ちょっと待ってください!!」

 緑衣仙女は声を張り上げて遮る。

「今は思い出話をしてる場合じゃないんです!

 果樹園が獣に荒らされているんです。このままでは果樹が全滅してしまいます!」


「そうですね。ですが、ここに来た者は恐怖の化身であって悪しき者ではない。

 自分の存在の有りように迷いが生じて混乱しているだけなのです」

「イダ=ヤー様、ご存知ならすぐに対策は立てなくては」

「言ったでしょう、その者は邪悪ではない。誰しも道に迷うもの。

 私の夫もそうでした。だから彼女のことはもう少しだけそっとしておいてあげたいのです。

 それにあなた、案山子よ」

「え、僕ですか?」

「あなたは桃の園で矢を手にしましたね。

 それこそがあなたがオズマの子であるという証明であり、迷い子を救えという桃の意思」

「ふぅん、桃太郎といい、桃族は植物の中でも意思が強いんですかね」


 緑衣仙女は割り込む。

「それはそうですよ。桃は生命の象徴であり邪悪を祓うもの。

 まぁ例外もありますけど」

「例外?」

「昔のことですけど、孫悟空という悪い猿がいてですね。

 悪党のくせに王母様の桃を食べて不死身なったとんでもない奴なんです」

「なんですって。僕も奴には酷い目にあわされましたよ。

 やはりあの猿はいたる所で悪事を働く奴なんですね」

「まぁ、あなたも? あれは神々共通の敵なのかもしれません」

 二人は悪猿のことで盛り上がり、すっかり意気投合してしまった。


 二人を尻目にヘンリーはイダ=ヤーに申し出る。

「それで、どうしてゾスはこのような果樹溢れる星になったのでしょうか?」

「あぁ、それはですね――」






 ゾスは荒涼とした大地に僅かばかりのコケが生えている星だった。

あるときラーライン率いる旅の妖精の一団がこの星に下り立った。


 ラーラインの従者は何十人といた。もちろんその中にはオズマにミゴ、そしてイダヤがいた。


 オズマは全員が寝泊りするためのエメラルドでできた宿泊所を建て、イダヤは地に木を植えて果物を採り全員分の食事を用意した。

妖精たちはそれぞれに細かく仕事が割り振られており、全員がその責務を全うしていた。


 ミゴの役目は土地の調査と記録だった。 

この頃のミゴはまだ菌糸の甲殻類ではなく、もう少し人間らしい姿をしていた。

「……ここは岩ばかりでコケが少々。長居をするような場所じゃないな。

 休息が済んだら早々に立ち去るのが妥当と。

 ……あれは何だ?」


 遠くの岩山のあたりで動く物が見えた。しかしすぐに岩の影に隠れて見えなくなってしまった。

「……四つ足の獣か。こんな所に一匹だけ?

 一応、調べておくか」


 ミゴは飛翔の魔法を使い、岩山まで飛んだ。


「誰かいるのか?」

 声をかけるが返事も返らず姿も見せない。


 おそるおそる何者かが消えた岩陰を覗き込む。

緑色のコケがびっしりと生えているだけであった。

 

「……誰もいない」

 ミゴは捜索を諦めてラーラインたちの所へと戻っていった。

コケの中に身を潜め、彼を観察していた者がいたとも知らずに。






 ラーラインはゾスに見るべきものは無いと判断した。

一晩の休息をとった後、ただちにゾスを出発することに決めた。


 その夜、妖精たちはエメラルドの宿舎の中で眠りについた。

しかし、イダヤだけは寝付けず宿舎から出て外の風に当たりに行った。


 イダヤの植えた果樹が星空に照らされていた。

朝になれば果物が熟し、妖精たちの朝食となるのだ。


「……何か来る!?」

 イダヤは何者かの気配を感じ岩陰に身をひそめた。 


 象ほどの巨体をもつ羊が音も無く現れた。

それの角と体毛は触手のように蠢いて、まるで海中の蛸やイソンギンチャクのようであった。

 

 大羊は、他には目もくれず果樹までまっすぐ歩くと、次々と実と葉をもいで飲み込んでいった。

最後には体毛を操って樹を引っこ抜き、根から幹、枝とたいらげてしまった。

 そして、次の果樹もまた同じように胃袋におさめていった。


 その旺盛な食欲と巨体に、イダヤはすくみあがった。


「!!!!」

 幹を飲み込む大羊とイダヤの目が合った。


 しかし羊はイダヤのことなど構いもせず食事を続けた。


 イダヤはおそるおそる声をかけた。

「こんばんは」

  

 羊は横長の瞳を見開いて答えた。言葉は発しなかった。


 イダヤは羊に話しかけたことを後悔した。

羊の態度で危険な相手であると理解したのだ。下手な言動は死に直結する。


 この得体の知れない相手を恐怖したが、それと同時にこの羊に興味を持った。

「……それ、私が育てたんです。美味しいですか?」


 羊は枝を飲み込むと答えた。

「うまい。最後に果物を食べたのははるか昔のことだ。

 万年か億年か。ずっとここにいて年月を数えることはやめてしまった」

「じゃあ、もうずっと何も食べてなかったんですね」

「いや、この土地のコケだけを食べていた。

 味も悪く、ただ生きながらえるためだけに」

「……大変だったんですね」

「俺にはやらねばならぬことがある。

 恨みを晴らし、名を上げる」

「まあ」


 羊は次の果樹を食べ始めた。


「全部食べるつもりですか?」

 イダヤの問いかけに羊は答えず、果物をもぎ続ける。


「お腹がいっぱいになるまで食べていいですよ」

 

 羊はびくりとして食事をやめた。そして初めてイダヤに顔を向けた。

「今、なんて言った?」

「好きなだけ食べていいと言いました」

「止めないのか?」

「私はたくさんの果物を育ててきました。

 皆、おいしいと言って果物を食べてくれました。

 花や葉は虫たちが食べます。

 でも幹までも美味しそうに食べたのはあなたが初めてです。

 あなたのことは怖ろしい。でも同時に少し嬉しくも思うのです」

「……それだけか? 本当のことを言え」

「あなたは自分を邪魔する者は許さない。必ず殺す」

「素晴らしい洞察力だ。

 あなたほど賢い者に会ったのは初めてです」

「だから私たちを殺さないでください」

「約束しよう。

 私は日本から来た(ひつじ)という。あなたは?」

「私はイダヤ。旅の妖精ラーラインの従者」


 イダヤが見守る中、未は果樹を全てたいらげた。

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