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第103話 桃木は再び矢を作る

 深い森の中、カカシはヘンリー・エイクリーの脳缶をかかえて緑衣仙女の後をついていく。


 ヘンリーは不思議そうに声をあげる。

「この植物溢れる星がクトゥルフの拠点だったとは信じ難い」

「たしかセラエノの情報によると、イダ=ヤーとクトゥルフは夫婦関係にあるそうだね。

 でもそれの何が不思議なんだい?」


 カカシの疑問にヘンリーはもっともらしく答える。

「ミスカトニック大学の四大元素分類によると、クトゥルフは水属性。

 しかし、この星に海は無さそうだ。あるのは植物ばかりだ」


 緑衣仙女は小首をかしげる。

「私はクトゥルフ様にお会いしたことはありませんが。

 もしそうなら不思議な話ですね。水の者なら海や川に居を構えるものです。

 そのミスカトニックなにがしの四大元素という分類が間違っているのでしょう。 

 そもそも四大元素とは? 普通、五大元素でしょう」

「まったく。学のない仙女だ。四大元素すなわち、火、水、風、土である」

「まさか、この世を構成しているのは五元素。火、水、木、金、土でしょう。

 なんです。風とか意味がよくわからない」


 二人が言い合いするのでカカシは尋ねる。

「で、どっちが正しいんだい?」

 缶詰と仙女は同時に自分が正しいと訴えた。

「ふぅん、つまりどちらかが嘘つきというわけだね。

 ただ確実なことは『苦通我経』は全四巻で火、水、風、土の四巻だ。

 そして風の巻が僕の手元にある」


 ヘンリーは我が意をえたりとほくそ笑む。

「ふふふ、それ見たことか。権威ある分類に勝手に木とか金とか混ぜるんじゃない」


 しかし、カカシはヘンリーだけの味方をしたわけではない。

「でも、この森は木の属性が一番相応しいんじゃないだろうか。

 それに僕の親友のブリキの木こりは間違いなく金だろう」


 これに緑衣は乗る。

「そうよ! この森は火でも水でも風でも土でもない。木よ!

 森なんだから当たり前よ!」


 カカシは二人に提案する。

「それでどうだろう。火、水、木、金、土、風の六元素として仲直りしては?」


「「それはない」」

 缶詰と仙女の意見は一致した。






 一行はさらに進む。


 緑衣は説明する。

「この森を抜けると葡萄の果樹園に出ます。

 ここの葡萄は甘くて美味しいんですよ。私が作りました」


 カカシは手をふって断る。

「僕はカカシだから物は食べないんですよ」


 ヘンリーも続く。

「なるほど、栄養源として葡萄ジュースは最適だろうな。

 しかし、舌が無く脳だけでは味はわからん。不味くとも結構」


 緑衣仙女は話し甲斐の無い相手に自慢したことを悔やむ。。

「ここでの初めてのお客様が食事の楽しさを知らないなんて。

 物のわからない者らに無駄な説明をしてしまった」


 森を抜ける。


「ここが葡萄の園。まぁ、あなたたちには関係ないんでしょうけど。

 あぁ、なにこれ!?」

 緑衣仙女は目の前に光景に愕然とする。


 葡萄畑は荒らされていた。

添え木の支柱は折られ、ツタは千切られ、実は食い荒らされていた。


「あぁ、誰がこんな酷いことを」

 緑衣は地面に膝からがっくりと崩れ落ちてしまった。


「一案山子としてこういう光景は気持ちの良いものではない

 普段からこういうことが。烏のように畑を荒らす者がいるのですか?」

  

 カカシの問いに緑衣仙女は首を横にふる。

「害獣の対策はしています。ここまで酷く荒らされたことはありません」


「ふぅん、元々いた生物が知恵をつけたか、あるいは余所から来た奴か――」

 食い荒らされた葡萄の周りには獣の足跡が無数に残されていた。


 緑衣仙人は足跡を調べて獣の正体に気付いた。

「……これは豹だわ。ゾスに豹はいないのに」


 豹と聞いて、カカシにもヘンリーにも心当たりがあった。

ミ=ゴを殺し、カカシの下半身を吹き飛ばした乱れ髪のメス豹。


 ヘンリーは緑衣仙女に聞こえないようにカカシに話しかける。

「カカシよ、これは不味いことになったぞ。

 あの豹が我々を追ってきたのだ」

「そうと決めつけるのは早いんじゃないかな」

「何を言う。あの豹は君に対して怒り心頭だったではないか。

 意外にも早く宇宙漂流から脱したので追いかけて止めを刺そうというのだ。

 あぁ、とんでもない怪物に目をつけられてしまった」

「これだけじゃ確かなことはわからないな」

「とにかくこのことはあの仙女には言わないほうがいい」

「なぜ?」

「無頓着だな。もし犯人があのメス豹ならば、私たちが連れてきたようなものだ。

 それがこの惨事を招いたのなら、緑衣仙女の機嫌を損ねることになる」

「一理ある。彼女も自分の畑を荒らされてつらいだろうな」


「あの」

「わっ、なんだッ!」

 緑衣に突然声をかけられてヘンリーの声が裏返る。


「そんなに驚かなくても……。

 今、足跡の先を見たのですが、イダ=ヤー様の住まいに続いてるんです。

 もしかしたら豹に襲われているかもしれません。急ぎ助けに行かなくては」

「わかった、急ごう。イダ=ヤーの家まで遠いかい?」

 

 カカシの言葉を受けて、緑衣は果樹園の先を指差す。

「いいえ、葡萄園を抜けて桃園の先です。行きましょう!」






 葡萄園を出て桃園に入ろうという所で豹の足跡は途絶えていた。


 カカシは葡萄の木に豹の爪痕を見つける。

「ここで木に登ったんだな。さて、どちらに行ったか」


 見上げると葡萄のツタが絡まったワイヤーが張り巡らされていた。

どちらの方向へ行ったかは判別できなかった。


 緑衣仙女は木に尋ねることで豹を追跡する術を心得ていたが。

「あぁ、イダ=ヤー様のことが心配です。

 追跡は後回しにして桃園を突っ切って行きましょう」


 一行は葡萄園を抜けて桃園に突入する。

木々には桃がたわわに実り、荒らされた形跡はなかった。


 緑衣はほっと一安心する。

「とりあえずイダ=ヤー様の住まいは無事のようです。急ぎましょう」


 ここで異変が起きた。

桃の木のうちの一本がメキメキと折れて倒れてしまった。


 三人は豹が木を倒したのではないかと戦慄した。

しかし、獣の気配はない。


 緑衣仙女は頭をかかえる。

「あぁ、どういうことから。私の管理に問題があったというの?」

 

 倒木はみるみる朽ちて塵となった。


 カカシはその塵の山を凝視する。

「……塵の中に何かある」

 そして塵の中をまさぐると桃の木でできた矢束が出てきた。

「ワンダフル」


 カカシは肩にかけていた空の矢筒に矢束をつめた。

「よし、これだけあれば豹が出てきても戦える。

 しかし、矢羽がなければ命中させるのは難しいし飛距離も伸びないな」


 この光景に緑衣仙女は目を白黒させて困惑する。

「どういうこと? 桃が自ら朽ちて武器を作った?

 カカシのために? いったい何が起こっているというの?」

 

 この謎を解くには緑衣が桃の木と心を通わせれば済む。

しかし、今は先を急がなくてはならない。

「どうして桃が自らの意思であなたに力を貸すか納得しかねます。

 ですが今はイダ=ヤー様の無事を確認することが先決」


 カカシは矢筒を肩にかけ直す。

「ありがとう、その通りだ。

 僕にも理由はわからない。が、武器が手に入ったことは心強い」


 枯れた桃木は一本だけ。他の木は青々と葉を茂らせて実を成らしている。


 一行は桃園を駆け抜け、イダ=ヤーの住むレンガ造りの家の前までたどり着いた。


 ヘンリーは拍子抜けしたようだった。

「これがクトゥルフの正妻の館だと?

 あまりに小さく素朴すぎる。失望した」


 緑衣仙女は無礼な人間に苛立つ。

「なんて言い方をするのかしら。言葉に気をつけて!

 この缶詰人間はイダ=ヤー様を何だと思ってるのかしら」


 そして木の扉を叩く。

「イダ=ヤー様! 大変です、果樹園が豹に荒らされています!

 すぐに対策しなければ果樹が全滅してしまいます」


 三人はイダ=ヤーの家へと足を踏み入れる。

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