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第101話 セラエノ脱出

 カカシはセラエノから抜け出す準備を整える。

ワラの身体の中に『苦通我経(くとぅがきょう)』を仕込む。


 ミ=ゴは訝しそうに頭部を膨らませる。

「蔵書の略奪はかなわん」

「略奪? この書がどういう経緯で図書館にあるかは知らない。

 が、これは元々はオズの国の資産だ。そして僕はオズの国の王だ。

 これは返してもらう」

「オズは既に亡国である」

「所有権を放棄した覚えは無い」


 ヘンリーはおそるおそる口を挟む。

「既に案山子はセラエノ蔵書なのだから、ここから出ることがすでに略奪にならないかな?」


 カカシは答えず、憮然とした表情を見せた。

そして、桃太郎の矢筒を肩に掛け弓を手にした。

「ミ=ゴ、ヘンリー缶を持って外で待っていてください。

 僕が建物から出てきたら捕まえてセラエノから出ます」

「……貴殿の企みの察しはついた。それは許されざる冒涜的行為」


 ヘンリーの声が震える。

「まさか、司書たちを皆殺しにしてしまうつもりじゃ……」

「僕は司書たちの力を信じる」


 ミ=ゴは脳缶を持って図書館の外へ出て待機。


 カカシは出口の前で立ち止まり後ろを振り返る。

蔵書(案山子)を持ち出されまいと円錐の司書たちが取り囲む。


 カカシは胸を張り宣言する。

「今までお世話になりました。痛んだ身体を直し続けてくれたおかげでセラエノの書物全てに目を通すことができた。

 ですが、ここでお別れです。ありがとう」


 そして、桃弓を構えて矢をつがえる。

「僕はここの蔵書として永遠閉じこもるつもりはない。

 じっとしてられる性分じゃないんだ」


 狙いを定めて矢を放つ。 

矢は円錐の司書、その背後をすり抜けて黒い壁を砕く。


 カカシは次々と矢を放つ、それらは図書室の壁を崩していく。


 司書たちは言葉こそ発さないが、動きに戸惑いが見られる。

逃げ出すカカシを追うか、崩れた壁を修復するか。


 カカシは間断なく矢を放ち続ける。

それらは壁の穴を抜けて石版を粉砕し巻物を引き裂いた。


 知恵を司る者としてはあってはならない暴挙。

「さぁ、僕に構うな。壊れた蔵書を直すのが君たちの役目だろう」


 カカシの矢によって蔵書は破壊されていく。

棚の柱がへし折れて整頓された石版が崩れ落ちる。

それらは床をへこませて粉々に砕け散り、もはや読書に耐えうる代物ではない。

再び読める形に石版を修復できる者はセラエノの番人、円錐司書たちのみである。


 司書たちは壊れた建物と蔵書を修復する為にカカシから離れていく。


 カカシは矢を射尽くし矢筒を空にする。

「ここまで」 

 円錐の司書たちに背を向けてセラエノ図書館から飛び出す。

「ミ=ゴ、終わった!」

「急げ、司書は使命を果たす」


 カカシはミ=ゴの足にしがみつき、同時にミ=ゴは飛び立つ。

その翼にエーテルを受けてセラエノ第四惑星を脱出せんとする。


 だが、地上から十数メートルの所で上昇が阻まれた。円錐の司書がカカシの足に絡み付いていた。


「もう追ってきたのか!」

 カカシが下を見下ろすと、司書たちは己の身体を繋いでいた。それはまさに巨大なロープでありセラエノ図書館の入口から伸びていた。


 ヘンリーが悲痛な金切り声をあげる。

「ひぃ! 司書は何があっても君を逃さないつもりだ!」


 ミ=ゴも力尽きかける。

「我が翼では抗えぬ。このままでは地上へ落ちるのみ」


 カカシは右手に弓を持つ

「ここから下を持っていけ!」


 桃弓で下半身を削ぎ落とす。

円錐司書の集合体はカカシの下半身を奪い、残された上半身を狙う。


 それよりもミ=ゴの翼が速い。司書の追走を振り切り第四惑星を離脱した。






「おぉ、これは!?」

 カカシは宇宙空間に初めてやって来た。


 上下の無い無重力の世界。そして色彩溢れる世界でもあった。

地球から夜空を眺めれば、漆黒の世界に星々が点在する光景が見られるため宇宙空間も同様に思う人も多い。


 しかし、宙域によってはガス星雲や細かい砂の粒子、恒星の輝き、流星群が流れる。

様々な要因が絡み合い、赤や黄色、青に緑に紫と様々な色合いを見せる。決して深い闇、漆黒の世界ではない。


「ようこそカカシよ! 君は宇宙の真理に一歩近づいた」

 ヘンリー・エイクリーはさも自分の手柄であるかのように誇らしげな態度をとる。


 宇宙の美しさにカカシはヘンリーの言動を不快に思うことすらなかった。

「ワンダフル! 白い世界を抜けた先がこれほど色とりどりだったとは。

 脱出できて良かった」


 ミ=ゴはカカシの感想には興味が無く、今後を語る。

「進路をカルコサにとる。カルコサへの到着をもって契約は履行される。

 ヘンリーとの決別。案山子との旅も終わる」

「そんなぁ、ミ=ゴ様。もう少し私めに宇宙の深淵を見せてはいただけませんか」

「ならん、それはカカシが引き継ぐ」

「ですが、このカカシの下半身はセラエノに囚われてしまいました。

 足なくしてどうやって私を連れて歩くのです?」


 カカシは平然と答える。

「僕には感覚が無い。だから痛みでのたうちまわることなく冷静でいられる。

 客観的に言って、それが僕が生物より優れている点さ。

 君を背負って腕を使って移動できる。なにそのうち新しい下半身が見つかるさ」

「え、のろのろ這いずりまわるつもりで?」

「そりゃ腕じゃ足より早く移動はできないよ。

 それくらい言わなくてもわかるだろう?」

「……」


 ヘンリーはカカシに馬鹿にされたことよりも、彼の不安を微塵も感じさせない前向きな態度に絶句してしまった。






 カルコサへの旅を続ける一行。

 宇宙を旅することは、天体時計の外へ出る行為。彼らのいる場所は現在、過去、未来、いずれにも該当しない。


 ミ=ゴは飛翔の速度を上げた。


 カカシは尋ねる。

「どうして速度を上げるのです?」

「……何者かが我らを追跡している」

「!? カルコサか?」

「否、しかし、この感情の高まり。まさしく恐怖!」


 ヘンリー・エイクリーはミ=ゴの言葉を重く受け止める。

「おお! ミ=ゴ様が恐怖されるとは、まさに宇宙の深淵に匹敵する存在が近づきつつある。

 もしやアザトースの化身かもしれません」


 カカシは周囲を見渡す。とくに怪しい物は見あたらない。

「……危険な存在には違いないのだろうね。

 しかし、正体もわからないのに決め付けるのは危険だ。

 と言っても危険を冒してまで正体を見極めることもない」


「正しい。我は全力を持って追跡を振り切る」

 ミ=ゴは見えない追っ手から逃れようとさらに加速する。

 

 カカシは弓を構えた。

その様を見てヘンリーは尋ねる。

「矢はすでにセラエノで射尽くしたことをお忘れか」

「覚えている。これで敵は倒せないが、一回だけひるませることができる」

「ミ=ゴ様が恐怖する存在。そのような小細工に効果があるかどうか」

「やらないよりかはましだね」


「……敵の足が速い。我が翼を持ってしても逃げられぬ」


 ミ=ゴを越える速度で飛翔する者。

カカシはそれを視界に捉えた。それは一匹の獣。メスの豹であった。


 豹の頭部は乱れた長い毛に覆われて、その表情をうかがい知ることはできない。


 ヘンリーはパニックを起こす。

「豹だと!? なぜ宇宙空間にそんな地球の動物が!?」


 豹は、瞬く間にミ=ゴとの距離をつめる。


 カカシは弓を構える。


 豹は腕を伸ばして、ミ=ゴを引き裂こうと鋭爪を光らせる。


 カカシの空射ち。


 果たして効果は。

「ギャウンッ!」


 豹は顔面を押さえて悲鳴をあげる。有効だった。


 カカシは叫ぶ。

「スピードをあげて! もうこの手は使えない!」

 

 ミ=ゴはすぐさま豹との距離を離す。


 豹はしばらく身体を丸めて顔面を押さえていたが、すぐに痛みがないことに気付く。

自分が騙されたことを知り、怒りが増す。


 憤怒に体毛を尖らせて、即座にミ=ゴとの距離をつめる。


 ヘンリーはカカシを非難した。

「この馬鹿者め! 余計なことをしてかえって怒らせてしまった。

 今度こそ八つ裂きにされてしまう!」

 カカシの空射ちはその場しのぎの時間稼ぎにしかならなかった。


 豹は鋭い爪でミ=ゴを引き裂いて殺してしまった。

 乱れ髪に隠れた口でその死骸を貪り食う。


 その様にヘンリーは恐怖した。


 豹はミ=ゴを食べ尽くすと、髪に隠れた眼が輝かせて残りの獲物を品定めする。

下半身が崩れた案山子と脳缶。もちろんこの缶にはヘンリーの生身の脳が入っている。


 幸いにも豹は缶に密閉されたヘンリーの生身の脳の存在に気付かなかった。そしてカカシも食べられる場所が無い。

ミ=ゴを失った以上、彼らは自力で宇宙を飛ぶことができない。


 豹は自分を欺いたカカシを苦しめる良い刑罰を思いついた。放置して永久に宇宙空間をさ迷わせるのだ。

彼女は気分良く、宇宙空間を遊泳してその場から離れてしまった。


 カカシたちはカルコサへの道を反れてあらぬ方向へと流されていく。


「おい、案山子よ。貴様、私を旅させる契約を反故するつもりか!」

「いや、そんなことはないよ。ゆっくりだが宇宙の旅は続けられる。

 カルコサの航路から離れてしまうことが心配だが」

「なんということだ。こんな鈍足の旅ではいつ新しい発見があるかわからんではないか。

 やぱっり頼りになるのはミ=ゴ様だけだった。こんな案山子はなんの役にも立たない。嗚呼」

 ヘンリー・エイクリーは己が陥ってしまった境遇に嘆き悲しんだ。

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