第100話 ヘンリー・エイクリー
「そこまで私を侮辱するとは心外だ!
案山子になんぞに馬鹿にされるとはなんたる屈辱!」
震え声で嘆く脳缶。
「……喋れたんだね。
で、どうしてこの脳を僕に押し付けようとするのか説明してもらいましょうか」
カカシはミ=ゴを睨む。
ミ=ゴは感心する。
「さすがオズマの子。賢いな、我が思惑を看破し退けるとは」
「僕の脳みそをあなどっちゃいけない」
「うむ、では真実を語る。
地球で手にしたこの脳。持ち歩くと我が恥辱にまみれ嘲笑の的になる」
「はい?」
「我はこの脳を手にするにあたり所有者たる人間と契約した。
彼は――、自分の脳を我が所有物にする条件として、我とともに宇宙を旅し見聞することを提示したのだ」
「はぁ! 僕は脳を手に入れるために旅に出たけど、その人は脳を手放して旅に出たのだね」
「左様、その実、彼が捨てたのは肉体ではあるが。脳は我の物となり、我はその脳に宇宙の真理を学ばせる義務を負った」
「なるほど、で彼に勉強させることが嫌になったと。捨ててしまいたくなったわけだね」
「ご名答! しかし捨てると契約違反になってしまう」
「でもなぜ捨てようと? 実は思ったより脳のできが良くなかったとか」
「そんなことはありませんぞ!」
脳缶が大声を出す。
「宇宙に出てからというもの、毎日が新発見の連続! 夢心地とはまさにこのこと!
もうあんな地球とかいう物寂しい田舎は帰る気がおきません!
自分が地球人であったことが恥ずかしい! 宇宙こそロマン! 宇宙こそ人類の故郷!
古い身体を捨てて頭脳で宇宙に飛び出して、これほどまで名誉なことは無い。まさに人類の先駆!
ミ=ゴ様への感謝の念を忘れたことはございません。ミ=ゴ様こそ賢者の導き手である」
「おや、すごい褒めてるね。
あなた何が気に入らないんです?」
カカシの問いにミ=ゴは憤然と答える。
「地球を出立から万事この調子である。
地球人のあずかり知らぬ宇宙の真理に触れるたび、所構わず大声で喚きたてて周囲の注目を集める。
何事も無ければ、我への礼賛を飽くことなく延々続ける。
非常にやかましく、星々の民に会うたびに騒ぐので我までもこの世間知らず人間と同等に扱われる。
この愚者を連れまわすことは、我が良識を疑われるのに十分である」
カカシは同調した。
「そうだね、いっしょに旅する仲間は選びたいものだ。
仲間を誇り、誇られるような関係が理想だ」
「左様、我は脳を欲するばかり挽回できぬ過ちを犯した。
この人間は誇れぬ。が、さりとて契約の件もあり捨てることもできぬ」
ミ=ゴは頭部をめまぐるしく変色させ後悔の念を示す。
カカシは脳缶に尋ねた。
「あなたは旅ができればいいのかな」
「その通り! 私は宇宙の真理についてまだまだ学びたい!
学ぶべきことが多い。
ミ=ゴ様、契約を破棄する気はありませんからな!」
「なるほどね。
ねぇ、ミ=ゴ。僕が契約を引き継ぐと言ったら?」
脳缶とミ=ゴは驚いた。
「ミ=ゴ様はエーテルの翼で宇宙空間を自在に飛べる。
が、案山子なぞ、ここセラエノからも抜けだせんではないか!」
「案山子よ、我としては僥倖である。
だが我の言葉を忘れたか。
この人間を連れ行くことは、そなたの名誉を著しく傷つけるものとなる」
カカシは堂々と答えた。
「もちろん、ただで契約を引き継ぐ気は無いよ。
ミ=ゴよ、僕をカルコサまで連れて行ってもらいましょう」
「カルコサ!? どうしてそんな所へ行く?
ハスターはオズの民を憎んでいると言ったばかりではないか」
「でも、僕の親友のブリキの木こりがいるんでしょう?
しかも酷い目にあっているようだ。これは助けにいかなくては」
「案山子に何ができる」
「僕に何ができてできないかは、あなたには関係ないことでしょう。
あなたにとって大事なことは、その脳缶を手放せるかどうかだ」
「左様」
これを聞いて焦ったのが脳缶である。
彼はミ=ゴのことは信用していたが、カカシは喋って動くこと以外は地球の案山子と大差ないのでありがたみが無かった。
「ミ=ゴ様、まさかこんな案山子の言葉に惑わされて私を売り渡すことなんてしませんよね?」
「案山子よ、契約成立だ。貴殿をカルコサまで運ぼう」
「うわぁぁぁああっ!!!!」
カカシは脳缶を拾い上げた。
「心配することは無いさ。少なくともカルコサに着くまではミ=ゴといっしょにいられるよ」
「そういう問題ではない! 私はお前のことなど認めないからな!」
「やれやれ、これは苦労しそうだ。
……ところで、君の名前は?」
脳缶はふんぞり返り――、と言っても缶は缶であり見た目が変るわけではないが。
「私の名はヘンリー・ウェントワース・エイクリーだ。
地球人の中では最先端を行く者である。くたびれた案山子よ、光栄に思うがいい」
カカシはヘンリーの横柄さよりもその名前に興味を持った。
「ヘンリー(Henry)? どこかで聞いたような……。
そうだ! 思い出した、ドロシーのおじさんの名前がヘンリー(Henry)だ。
あなたはドロシーのおじさんなのですか?」
しかしヘンリーはそっけない。
「誰だそれは」
同名の別人である。
ミ=ゴはカカシを急かす。
「さて、休息は済んだ。
長居無用、いざカルコサへ行かん」
「いや、ちょっと待って」
「何か」
「実は僕はセラエノの蔵書にされているようなんだ。
ここから出ようとすると円錐の司書に連れ戻されてしまう」
「!? それは面倒である。が、方法はある。
幸いにも、貴殿にはヘンリーの脳がある。
それに己の知識を転写すれば案山子の脳とヘンリーの脳は同価値。
案山子の脳を缶につめ、ヘンリーの脳を案山子の身体に詰めれば良い。
そうすれば案山子の脳はセラエノを脱出できる」
これにヘンリー・エイクリーは黙っていられない。
「待て、となると私はここに置き去りにされてしまうのか!?」
カカシはヘンリーを元気付ける。
「いや、ここ脱出して色々と道具を集めれば君をここから助け出せるはずだ。
しばらくはここにいてくれないか。ここには蔵書がたくさんある、退屈することはないよ」
ミ=ゴも同意する。
「安心せよ、案山子は貴殿とともに旅する義務がある。
ここは案山子の言葉に従いセラエノにて読書に時を費やすのが良いだろう。
知識を蓄えれば、外へ出て浮かれ騒いで不必要に恥を晒すこともあるまい」
ヘンリーの声が震える。
「い、いやだ。私は折角ここまで来たんだ。読書なんて地球でもできる。
私は体感する為に星の旅にでたんだ」
「だが、セラエノの知識は地球には無い。貴殿にとっては価値がある」
カカシにとってヘンリー・エイクリーはどうでもよい男だった。
契約上、彼を連れ出す義務はあるので戻ってくる必要はあるが、一時的に置き去りにすることに問題は無い。
だが、カカシは理解していた。友人たち、ドロシー・ゲイルやブリキの木こりならヘンリーを見捨てない。
「僕は考えてみた、ここから脱出する方法を。
それはもちろん三人でだ。円錐司書の性質を利用するんだ」
次回、カカシは脱出の策を講じる。