表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/148

第10話 偉大なるオズ現る

 観世音菩薩が天宮に戻るので桃太郎たちも後を追った。気球は中庭に不時着した。気球の籠から老人の声が聞こえる。

「やれやれ、また変なところに出てしまったわい。いつになったらオマハに帰れることやら」

 そして籠の中から黒いタキシードを着た小柄な老人が出てきた。老人は菩薩に気付く。

「おや、北の魔女さんではありませんか。ということは、ここはまだオズの国なのか」

「ここはオズの国ではありませんよ。ここは玉帝陛下が治める天界です」

「ほほう、玉帝陛下の」

 老人が状況を把握していると天宮からぞろぞろと神仙が出てきて口にする。

「不思議な乗り物がやって来たぞ」

 やはり中国神族も気球についての知識は無い。

「天より高い所から来たのだから、名だたる神族に違いない」

「それにしても霊的な力をまったく感じないが」

「我らを越えた力を持つお方だ。我々の常識で測れるものではない」

「失礼ですが、お名前をお聞かせ下さい」


 老人は聞かれて、

「我こそは、偉大なる魔法使いオズ。王権を知恵あるカカシに譲り、今は隠居の身であるが……。我が大魔術はいまだ健在!」

 やや芝居がかった口調で答えた。黒いシルクハットを取り出して見せた。

「では、まずワシの魔術のほんの一部をご覧にいれよう」

 近くにいた神仙にシルクハットの中身を見せた。中は空っぽだった。それをくるくると回して地面に置くと、

「そぉれーい」

 掛け声とともに白い鳩の群れがバタバタと飛び出した。


 神仙たちは思わず叫ぶ。

「すごい、何も無い所から鳩が飛び出した! 生命創造じゃ」

 歓声をあげて手を叩いた。桃太郎も驚き感心して拍手した。


 これを見ていた孫悟空が野次を飛ばす。孫悟空の目は火眼金晴(かがんきんせい)といって法術や魔力を見抜く力がある。

 しかし、悟空の目はオズの魔法を目の前にして何も捉えることができなかった。これでオズの魔法がインチキの手品と見破ったのである。

「神通力も無しに法術なんて使えるものか。他の者ならともかく、この俺を騙そうとは阿呆な奴だ。」

 手品と見抜けなかった猪八戒も兄弟子に便乗する。

「あれはインチキのイカサマだよ。ただのおじいちゃんが法術を使えるわけないじゃない。あれくらい私にだって余裕よ」


 しかし、オズは少しも動揺することもなく猪八戒にシルクハットを渡す。

「面白い。やってご覧なさい」


 猪八戒はハットを受け取ると、もっともらしく腕と腰を振って踊り出した。滑稽さが滲み出ているが、孫悟空は猪八戒の思惑に気付く。

“ははぁ、俺に身外身の法を使えというわけだな。猪八戒(あほう)の策に乗るのはしゃくだが、オズの好きにさせるのはもっと面白くない”


 悟空は周囲に悟られぬようにさっと自分の毛を数本抜き帽子の中に飛ばした。この毛を身外身の法を用いて鳩に変身させようというのである。


「さぁ、我が術を見よ!」

 掛け声とともに猪八戒が帽子を地面に置いた瞬間。


「ぎゃああぁ!」

 悟空は頭を押さえて倒れてしまった。その拍子でシルクハットを蹴飛ばしてしまい。せっかく仕込んだ毛がこぼれてしまった。


 オズは毛を摘み上げる。

「やれやれ、小細工を弄したインチキが誰なのか、はっきりしましたな」


 孫悟空が苦しんでいるのは、もちろん三蔵法師の仕業である。

「これ悟空、それに八戒。どうしてそなたらは、そんな無礼を働くのか」


 二人は、オズはイカサマ師だと言い訳したが一喝されてしまう。

「どう見てもイカサマ師は、お前達ではないか。取経を終えても腐った性根が直らねば何になろうか」


 玄奘は弟子の非礼を詫びたが、オズはまったく気にする素振りを見せずニコニコして言う。

「いやいや、なかなか筋の良い弟子をお持ちのようで」

 そして神仙らの方に向き直る。

「では、わしはこれにて失礼。故郷に帰る道中ゆえ」

 そそくさと気球に戻っていた。


 だが、観世音菩薩が引き止めた。

「あなたは以前、天界から三十六番目の経を受け取ったはず。どこにありますか」

「あぁ、あれならエメラル……。いや、待たれよ。あれは如来より祝いの品として渡された物。貴女(あなた)に聞かれて答える義理はない。そうでしょう?」

「確かに。しかし、その経を狙う者がいるのです。現にオズの国は未知の怪物たちの襲撃を受けて大変なことになっています」

「王権を手放した私には関係のないことだ。カカシの王がうまくやるだろう」

 しかし、オズの魔法使いは少し考え込み、何かを思い出した様子で前言を撤回した。

「いや、よろしい。手を貸そう。経はエメラルドシティの宮殿に保管してある。ごいっしょしましょう」

「エメラルドシティに行く前に、私の洞へ立ち寄りましょう。同行させたい者たちもおりますし、打ち合わせもしなければなりません」

 観世音菩薩そして桃太郎たちが気球に乗り込むとオズは気球を上昇させた。


 酉が言う。

「ほぉー、翼でもなく法力でもなく火の力で飛ぶのか。不思議だ。しかし、遅いな」


 オズが言う。

「気球はそんなにスピードはでんよ」

「私が力を貸しましょう」

 菩薩は雲を呼び出すと気球の周りに漂わせた。するとぐんぐん速度が上がっていき天宮も豆粒のように小さくなってしまった。


 飛び去る気球を見送りながら孫悟空は言った。

「オズの奴のせいでお師匠様に怒られてしまった。ちくしょう、なんとしても奴の化けの皮をはいでやる。

 それにしても、八戒もよくあれが手品と見破ったな」


 猪八戒は答える。

「大げさなのよ。ああいうのはね、だいたい芸人か詐欺師なのよ」

「芸人か! うまいことを言うじゃないか。偉大な神仙は自分の術を見世物にしないのだ」


 これを聞いた玄奘は怒る。

「これ、そなたらはまだそのような事を言っているのか。いい加減にせい!」

 そう言って沙悟浄を連れて天宮に戻ってしまった。


 孫悟空は言う。

「だいたいオズが何て言ったか覚えてるか? 俺たちのことを筋が良いって、これは詐欺師と見抜いたことに対して言ったのだ。

 よし、俺はエメラルドシティに先回りしてオズが詐欺師である証拠を探してみる。

 八戒はお師匠様に適当な言い訳をしといてくれ」

「わかったわ」


 こうして孫悟空はオズの国エメラルドシティに雲を飛ばした。




 普陀山(ふださん)の竹林を抜けた所に、菩薩の住まい潮音洞(ちょうおんどう)はある。


 一同が気球を降りて竹林を行く中、酉は申に言う。

「あんな美人が洞穴暮らしというのは違和感があるな」


 申が答える。

「中国の神仙は洞で修業をするという。クマが住んでる洞窟とは違うだろうさ」


 観世音菩薩は足を止める。

「さぁ、着きましたよ」

 潮音洞の入口の前に、頭に金輪をはめ法衣を纏った黒クマが立っていた。


 酉は申を小突く。

「この嘘つき。案の定、クマの住み家じゃないか」

「そんな馬鹿な」


 会話の中身こそ聞かれていないが、二人が騒いでいるので戌が叱った。

「おい、知らぬ土地でご主人に恥をかかせるな」


 黒クマは桃太郎家来の悶着を気にも止めない様子でおじぎをした。

「皆様、遠くからよくおいで下さいました。僧侶ばかりの住まいで、たいしたおもてなしもできませんが、どうぞこちらへ」

 一同が黒クマに案内されて洞へ入る。洞窟の中は暑すぎず寒すぎず程よい気温湿度に保たれていた。灯として立てられた蝋燭の光を岩肌がきらきらと反射させるので暗さを感じさせない。


 酉は自身の洞窟に対するイメージを覆させられて溜息をついた。

「すごい、これは神秘的な空間だ」


 洞窟内は壁や扉で区画されていた。桃太郎たちは、その中の一室に通された。

 既に部屋の中には観世音菩薩の弟子たちが待機していた。

「紹介しましょう、彼らは私の弟子の恵岸行者と捧珠竜女(ほうじゅりゅうじょ)と善財童子。

 そして、ここまで案内してくれた黒クマは守山大神(しゅざんだいじん)です」


 桃太郎らとオズも自己紹介を終えたので観世音菩薩は遠征の目的と内容を伝えた。

「これより、私たち十名は三十六番目の経の確保および警護のためにオズ国エメラルドシティに向かいます。経の解読は現地で行い、経の防衛が困難な場合はこれを破壊します」


 オズが質問する。

「経を破壊するとはただごとではない。あれはオズの国の所有物だ。貴女に破壊する権限はないだろう」

「それはもっともです。しかし、事は急を要します」

 そして、琵琶精によって如来が抹殺されたことと、経を狙う黒い男が雷音寺に現れた事を話した。


「しかしのう、黒い服の男は本当に経を狙っていたのだろうか。本当に狙っているのなら、ぺらぺら喋ったりはしないだろう。他の目的で来たが、注意を逸らすため嘘をついたのかもしれない」

「嘘の可能性もありますが、情報があまりに少ない。天界でも、ほとんど知られていない三十六番目の経の存在を知っていたのですから。

 やはり経に敵の正体を掴む手掛かりがあるとみていいでしょう」

 オズは一応納得したが、もう一つ訊ねた。

「先程、十名と仰いましたが、ここにいる全員でエメラルドシティに行くつもりですか。ちと大げさではありませんかな」


 菩薩は声を詰まらせた。

「私は……、これでも足りないのではないかと思っています。私と恵岸もオズの国で黒い服の男と一戦交えました。そのときのことについて、お話しましょう……」


 観世音菩薩は語った。ドロシーたちを襲った孫悟空を水簾洞に追い返したすぐ後。彼女はドロシーを救おうとしたのだが。

「ドロシーちゃんには、まだやってもらうことがあるのだから邪魔されては困るんですよ」

 忽然と黒い服の男が現れ観世音菩薩の前に立ち塞がった。

「さぁ、お行き」

 翼の猿達は急いで、気を失ったドロシーとトトとライオンを連れて西の魔女の城へと飛び去っていった。


「あなたは何者ですか。オズの国の者ではないようですが」

「なんだって良いじゃないですか。

 あんたたちのような消え行く神々に名乗るのは面倒というもの」


 恵岸行者の鉄棒が黒い男の脳天を打ち据えた。鉄棒は綺麗にめり込み男の頭を潰した。

「何者であろうと師を侮辱する者は許さん」

 普段は冷静沈着な恵岸であったが、男の態度そして何より黒い男から放たれる禍々しさに耐えることができなかった。


「おいおい、相手を殺す気ならもっと力を込めなきゃ駄目じゃあないか」

 黒い男の頭はたちまち元通りになり恵岸に殴りかかる。恵岸は鉄棒で応戦するも、敵は素手で跳ね除け防ぎ攻め込んでくる。


「おいおい、素手相手にそのザマはなんだい。敵を侮ると大怪我するよ」

 恵岸は黒い男の連撃に押され息が切れだした。男の殴打の速度はいよいよ上がって恵岸を追い詰める。

 菩薩はこれはいけないと蓮の花を投げて援護した。花が男の手に触れると赤い火花を散らして燃え上がった。


「ぎゃっ!」

 黒い男は悲鳴をあげて飛び退いた。その手は腐臭を放って赤黒く爛れて、針で突かれた蛇のようにのたうっていた。手傷を負わせたというよりは菩薩の法力で正体が現れたといった具合で、男はそのことに動揺していた。

「この女、何者なんだ? 俺の正体を暴くとは信じられん」

 黒い男は影になって消えた。


「いったい奴は何者なのでしょうか?」

 恵岸は肩で息をしながら菩薩に聴いた。

「わからぬ。しかし、あの禍々しい姿、不定形と呼ぶべきか。見たことも聞いたこともない」

「しかし、どういたしますか。あの少女たちを助けに行きますか?」

「やめておきましょう。ドロシーは文明国の少女であり東の魔女を殺した実力者。きっと自分で道を切り開くでしょう」

 観世音菩薩の対応の是非は問われるが、結果としてドロシーは自力で西の悪い魔女を退治したので、この判断は正しかったと言える。


 菩薩は一通り説明を終えた。

「黒い服の男が、経を目的としているならば戦闘は避けられないでしょう。残念ながら私と恵岸だけでは敵を防ぐことはできないでしょう。

 ですから桃太郎様の協力を仰ぎ、師弟総動員でオズに向かうのです。必要となれば二郎真君率いる軍勢も合流する手はずが整っています。

 ……善財、聞いていますか?」


 善財童子は、そっぽを向いてふてていた。

「そろそろ、ちゃんと説明して下さいよ」

 あまりの態度の悪さに捧珠竜女(ほうじゅりゅうじょ)守山大神(しゅざんだいじん)が注意したが、かえって善財を激昂させてしまった。

「竜姉も守山兄貴も同じ気持ちのくせに。今の話が少しでも理解できたのかよ」

 態度にこそ出さないが、竜女も大神も善財に図星をつかれ閉口してしまった。


 善財は続ける。

「今回の騒動は少なからず文明国というのが絡んでるぜ。でも、その文明国が何であるか俺たちは何も知らないんだ。

 俺はこの目で見た。文明国化した土地がどうなったかを。神も仏の加護も無く、まるで人間がこの世の中心のような薄気味悪い空間だったぜ」


「もうよせ善財。少し気を静めたらどうだ」

 恵岸も止めに入ったが、善財は収まらなかった。

「だいたい、恵岸兄貴もそうだ。オズの国で何してたんだ。あの田舎で何をしてたんだ?」


 田舎という言葉にオズは少し反応した。

 だが、エメラルドシティやクワドリングの繁栄を見るに、それらの都市が田舎のはずがないので自分の土地が優れているという自尊心の表れと受け取った。


 菩薩は重く口を開いた。

「もうよい。そなたらに話さなかったのは何も意地悪をしたわけではない。

 文明国の知識など無くとも悟りを開くことができるし、天界にいるほとんど者が文明国のことなど知らぬからだ。

 だから、私が知っている事を全て話そう」


 ようやく善財童子は収まった。他の弟子たちも心して耳を傾ける。


「文明国というのは神がいない世界。妖怪も精霊も存在しない。法力や魔法も使うことができない」

「神がいなかったら天地創造の道理が通らないじゃないですか」

 善財童子が笑うので、菩薩は睨みつけた。

「先程の無礼は私にも落ち度があったので許したが。この話まで笑うようならば、そなただけには聞かせん」

 善財が青ざめ身震いしてかしこまったので菩薩はまた続きを語った。

「我々のような神仙が文明国に立ち入れば、たちどころに力を失い最悪死に至る」


 守山大神は、はっとし気付く。

「そうか、如来様が消されたり星官が鶏にされたのは文明国の力か」

「そうです。先日、恵岸と善財とともに文明化に汚染された地域に下りましたが。皆、心身に変調をきたしました。これは文明国化による影響です。私たちが無事なのは、文明国化されたとはいえ、やはり元は天界の管轄地域だったからです」


 しかし、捧珠竜女は釈然としない。

「それですと琵琶精が文明の気にあてられながらも行動できたことになります。どういうことなのでしょうか?」

「随分昔のことになりますが、彼女は如来や玉帝の教えは偽りと言った事がありました……。だから文明国の力に魅入られてしまったのでしょう。実際、彼女は衰弱し錯乱状態に陥っていましたから無事だったとは言い難いでしょう。

 あと気になるのは雷音寺で黒い男と遭遇した童子の証言。その者は自分を未来から来た文明後の神仙と名乗ったそうです」


「文明後……? それだと文明国が魔法の国になったということですかな。にわかに信じられんが」

 オズは怪訝そうな表情を浮かべた。菩薩は言う。


「こればかりは黒い男を捕らえて話させるしかありません。それともう一つ、我々がオズを辺境や田舎といった呼び方をする理由も話しておきましょう。

 これを説明できる者は天界でも限られていますので」

「ほう、ちゃんとした理由があるわけですな。わしの自慢のエメラルドシティが田舎呼ばわりされたものですから、奇妙に思っていたところですわ」


 菩薩はうなずき説明する。

「そもそも、辺境や田舎という言葉は天界と地上では意味が異なります。地上の辺境とは交通物流の便が悪く産業発展がし難い地域を指しますが、天界では地上の人間からの信仰の薄い地域を辺境と呼んでいるのです」

「なるほど、それで話が解かる。オズの国は地上ではまったく知られていませんからな」

 オズは納得し、恵岸も思い当たる。

「お師匠様に連れてきていただいたエメラルドシティは、とても栄えていた都市でしたがどことなく寂しさを感じました。

 私たちは普段意識してはいませんが、本能的に信仰の薄さを感じ取ったのかもしれません」

「人間の信仰は我々の階級や法力の強弱にも影響を与えます。また人間が邪な気持ちで私たちを信仰すれば、私たちも歪んだ邪悪な存在になってしまいます。

 ですから人間たちを善なる方向に導かねばならないのです」


 菩薩の言葉を聞いてオズはふと思った。

“なんだこれは。まるで人間中心のような物の考え方じゃ。神が人間の世を正さねばといった話のしめ方だったが、それは弟子たちの手前取り繕ったように見える。この観世音菩薩(北の魔女)の知識、高位の神仙たちの間では常識なのか、それとも……”


 オズは場にいる者たちの表情をうかがった。桃太郎はちんぷんかんぷんといった具合で、家来の動物たちも自分たちは神じゃないから文明国に行ったて問題ないと笑いあっている。

 知らないということは恐ろしい。

 わしの故郷では動物はべらべらと人間の言葉は話さんのだ。

 菩薩の弟子たちも同様で善財は折角聞けた話もほぼ理解できず苛立ちを募らせている。

 竜女と守山は今の話が理解できるできないで、とんでもない出鱈目な解釈をしている。

「きっと古の三皇が神の加護がないと、どんな世の中になるか調べるために文明国を作られたのだろう」

“中国の神が実験のためにアメリカ合衆国を作ったと? そんなわけあるか。

 文明国出身のわしだからからこそ菩薩の話が理解できたのだ。わしが実は魔法を使えないように、彼らにとっては文明国とは理解の及ばない未知の存在なのだ”

 オズは観世音菩薩の底が見えず、不気味さと奇怪さを感じるのであった。




 オズ南部クワドリング国の岩山にて、黒い服の男と(ひつじ)は対面していた。男の脇には死体袋と一斗缶とドロシーから奪った銀の靴が置いてある。


「あなたには感謝しなくてはならないのだろうな。あなたの助けがなければ天界軍の奴らに殺されていた」

 黒い服の男は手をふって笑う。

「あなたこそ、よく私を信じてくれました」

「私の霊力が天界の桃を食べて得られたということには気付いていた。このことに関して何か動きがあるだろうとは予感していました。まさか命を狙われるとは。三十六番目の経の奪取、喜んで協力しましょう。

 ただ気がかりなのは桃太郎たちです」

「気になりますか?」

 黒い男の問いに(ひつじ)はうなずいた。黒い男は微笑んだ。

「私の兄は何でも知っています、聞いてみましょう。兄は幽閉されているのですが、やっと交信するための道具を揃えることができました」

 麻でできた死体袋から、ばらばらになった猿の死骸を取り出す。その猿は不思議なことに耳が六つあった。

 そして、ドロシーから奪った銀の靴を手に取った。

「時間と空間を超越する銀の靴、そして万物を明らかにする六耳の猿六耳猕猴(ろくじびこう)(むくろ)を捧げる。

 門の鍵にして守護者よ、そのお姿を現したまえ!」

 銀の靴は左右ともに、するする糸のようにほぐれて一つに集まっていく。それは少しずつ形を成していき鍵の姿となった。

 銀の鍵は六耳猕猴(ろくじびこう)の亡骸に吸い込まれ、次の瞬間あたりは玉虫色のまばゆい光に包まれた。


 未は、あっと目を閉じた。

 しばらくして、おそるおそる目を開けると六耳猕猴(ろくじびこう)がそこに立っていた。ばらばらになっていた身体が元通りくっついてはいるが傷口は玉虫色をした液体が光輝きながらぶくぶく泡立っていた。


 そして、穏やかでのんびりした声でいった。

「弟よ、ありがとー。これでまたしばらくは、お前といっしょにいられるよ。

 できた弟をもっている僕は幸せだね」


 未は、黒い男の兄が六耳猕猴の死体に憑依しているとすぐに気がついた。

「兄さん、早速だけど三十六番目の経を取るためにエメラルドシティを潰したいんだ。

 でも、僕と未だけじゃ心細いし、兄さんは強いけど、やはりそれは猿の身体だから激しい戦いをすれば壊れてしまう」

「慌てない慌てない。お前の目の傷を治す方が先じゃないか」

 兄は弟の眼帯を外して右目をみてやった。

「酷い傷だね」

「犬に噛まれたんだよ」

「知ってる。トトは文明国への帰属心が特に強い。

 それがお前を痛めつける力を高めているのだよ」

「トト?」

「お前を噛んだ犬の名前だよ。ほら、じっとして」

 兄は弟の右目に指を突きたてぐりぐり動かした。

 未はかえって悪くするんじゃないかと冷や冷やしながら見ていたが、兄が指を離すと弟の目はすっかり回復していた。


「やい、お前たちは何者だ!」

 突然の怒鳴り声にいっせいに未たちは振り返った。しわ何重に重なった首をした腕の無い奇妙な男たちが高台に陣取って見下ろしていた。

「ここは俺たちの縄張りだ。よそ者は出て行け!」

 奇妙な男は叫ぶと頭突きをしてきた。男たちから羊は数メートル離れているので当たるはずはないのだが、ぐわんと鈍い衝撃音が響いた。

 男の頭突きを未は咄嗟に角で防いだ。見れば先程とは打って変わって男の首はしわ一つなく大蛇のように伸びている。男たちの首のしわは長く伸ばすためのジャバラの役目をしていたのだ。


 弟は手を叩く。

「かなづち頭か、調度いい。君たちにはエメラルドシティ攻略の手助けをしてもらおう」


 弟はサッと鎌を取りだしてかなづち頭の一人に投げつけた。鎌は男の胴体に刺さった。

「ぐえっ!」

 かなづち頭が地面に倒れると、ぶくぶくと膨れだした。両手が生えて頭の髪の毛が伸びて三メートルほどの肥満体の大女になった。身体からは何本も棒状の物体が突き出ている。


「うわぁぁ! なんてことしやがる」

 かなづち頭たちは驚いて、弟に向かって頭突きを繰り出した。彼はそれを軽くステップを踏んでかわしていく。


「次はお前」

 伸びてきた頭の一つを捕まえて男と唇を重ねてキスをした。次の瞬間、弟の喉が激しく振動して轟音が鳴り響いた。犠牲になったかなづち頭は耳鼻目から血を流して地面に転がった。

 その死体はぐねぐねと蛇のようにのたうって。二メートルほどの人型になった。四肢はあるが白い触腕が常にぐねぐねと動きまわり、かつて口があった場所はラッパのように広がって不快極まる騒音を出し続けている。

「ギエェェ、ギェエェエエエー!」


 仲間二人を気味の悪い怪物に変えられて、残されたかなづち頭たちは恐ろしさのあまり悲鳴をあげて逃げ出した。


「まだ、あともう一人」

 大女は腹から出た突起物を引きだした。引き出された棒の先端には鎌のような刃が付いており黒く輝いた。女が鎌を投げると逃げ遅れたかなづち頭の足に刺さった。かなづち頭は顔から地面に倒れてしまった。


 弟は、かなづち頭に近づくとその頭に金の頭巾を被せた。

 すると先の二人と同様に身体が変異し背に翼の生えた黄金のライオンになった。しかし、その顔は目鼻口が無くぽっかりと穴を開けていた。


 未は戦慄した。

“どういう仕組みか解らないが、短時間のうちに不気味な怪物を三匹も創りだしたのだ”


「ところで、兄さん。いいものを手に入れたよ。ウインキーで手に入れた西の魔女の死体だよ。水でどろどろに溶けているけど」

 そう言って、弟は兄に一斗缶をさし出した。

「おーう、本来は転生に死体は適さないのだが、文明国の人間に殺されているなら別だね。エメラルドシティ攻略には間に合わないが預かっておくよ」


 兄は喜んで一斗缶を受け取った。

「さーて、では盛大に召喚しよう。僕の身体を通して出ておいで下僕たち!」

 そう叫ぶと辺りは虹色の輝きに包まれた。その光の中から腐臭を放つ異界の怪物たちが次々に姿を現した。どれもこれも醜く病的で不快感を与える。

 おぞましさに未は目を背けた。




 オズの気球と神仙たちの雲がエメラルドシティへと向かう。

 桃太郎はオズの気球に乗っていたが、雲に乗っていた善財童子が近づいてきて気球に飛び乗り尊大な態度で言った。

「あんた、孫悟空と互角の勝負をしたんだってな」

 桃太郎がそうだと言うと、童子は態度をひるがえし、床に頭をつけてひざまずいた。

「少しの間だけで構いません。俺に武術の稽古をつけてください。お願いします」


 突然のことに桃太郎は慌てた。

「待ってくれ、いきなり言われても……。人に物を教えたことなどないし、どうすればいいか分からない」

「それなら、せめてお傍にいさせてください。技は自分で盗みます」


 桃太郎は押し負けそうになったが踏み止まって訊ねる。

「しかし、どうしてそんなに武術を習いたいんだい? 君は菩薩様の弟子なんだろう」


 善財がもじもじして答えないので、桃太郎は理由も言えない人に教えられる技は無いと断じた。


 善財は仕方なく答えた。

「俺って、神仙としてはまだまだ半人前で。今回の戦いだって厳しくなるとお師匠が言っていた。

 だから少しでも強くなってお師匠や恵岸兄貴たちの役に立ちたいんだ」


 すると雲に乗っていた守山大神が笑う。

「この小僧、嘘はいかんぞ。お前の本音は孫悟空を負かすことだろうが」

「守山兄貴! からかわないでくれ。俺は本当に兄貴たちのためになりたくて……」

「ハッハッハッ、では、そういうことにしおこう」

 大神は大笑いして気球から離れた。

 桃太郎はそうなのかと問うと、すると善財は元々赤い顔を更に真っ赤にして言った。

「だってあいつは弼馬温(ひつばおん)のくせに生意気だし、俺のことを馬鹿にするし、今よりもっと強くなって見返したいんだ。

 でも、皆の力になりたいのも本当なんだよ」


 桃太郎は微笑んで言った。

「分かった。何にせよ、張り合いがあるってのは良い事だ。

 俺でよければ力になろう」


 そして善財に手を差し伸べた。善財はその手を取って強く握りしめてニカッと笑った。

「よろしくお願いします!」


 そうこうしているうちに一行はエメラルドシティに到着した。


 戌が言う。

「城の方が騒がしいですね。経を狙っている敵の襲撃か?」


 菩薩も言う。

「とにかく一刻も早く経を確保しましょう。オズ先王、案内をお願いします」


 オズが先導して一行が城内に入ると、筆頭使用人ジェリア・ジャムがオズに気付いて駆け寄って来た。

「あぁ、これはオズ様よくお戻りになりました。

 大変なんです、ブリキ陛下が大変なんです。助けてください」

「おぉ、かの心優しきブリキの木こりがいかがいたした?」

「孫悟空とかいう化け猿とブリキ陛下が乱闘を始めてしましいました。

 このままでは城が壊れてしまいます」


 観世音菩薩はムッと表情を曇らせた。

「そこへ案内して下さい。私がその猿を成敗します」

 ジェリア・ジャムは、こちらですと菩薩を案内した。

 何故、ブリキの木こりと孫悟空が争うことになってしまったのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ