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第1話 桃太郎

 天地創造の理は、あらゆる神話で語られるも確かなものは見出せず、

人も叡智を集めてこれに挑むも仮説と推測の域を出ること適わない。

確かなことは、人は大地に足をつけ飯を食らい世代を重ね、

教え語り継ぐことを連綿と続けてきた事実のみ。

されど、人と神とが紡いだ真理に近づきたくば

『桃太郎』『西遊記』『オズの魔法使い』にて語られる十二の冒険者の生き様をとくと見よ。




 鬼ヶ島は近隣の集落や都からの略奪によって繁栄した鬼たちの住み家である。

 だがその繁栄も一人の人間と彼の引き連れた猛獣たちによって終わりを迎えようとしていた。


「ひえぇぇ、助けてくれえぇ!」


 泣きわめく鬼を頭から噛み咥えて砕く。

五~六メートルはある大白犬。口から鬼の血を滴らせてうめく。


「弱すぎる、人々を苦しめる鬼だから、どれほどの凶悪な連中かと思っていたが。まるで私たちが弱い者いじめをしている鬼みたいで嫌な気分だ」


 少し離れた場所では十メートルはある怪鳥が甲高い鳴き声をあげていた。


「どうしたどうした。これが悪名高き鬼なのか? ちっとも怖くないぞ」


 大雉はクチバシで鬼をつまみあげると、そのまま岩肌にめがけて投げ飛ばして粉々にした。そして吐きすてるように言った。


「おまけにチビだな」


 さて、犬と雉に比べて猿は小柄だった。

一メートルぐらいである。

そのせいか犬雉に敵わぬとみた鬼たちは与し易いと猿に殺到した。

 しかし、それは失敗だった。すばしっこい猿は鬼の金棒をひらりひらりとかわしていった。

 空振りした金棒で仲間を撃ちすえ鬼たちは同士討ちで倒れていった。その様に猿は呆れ顔。


「馬鹿だ、馬鹿すぎる。図体のでかい犬雉ならば徒党を組んで挑む意味もあるが、小柄な私一人に何人もわらわら寄って集っては人員の無駄だ。ここの指揮官は用兵という言葉を知らんと見える」


 猿がぶつぶつ言っている間に彼の周りにいた鬼は全員倒れてしまった。


「やれやれ、これでは策を立てるまでもない。私の戦功が無いじゃないか」


 そして何より、三匹の獣たちを率いる黒髪の青年の戦いぶりが鬼たちを震撼させた。

 初戦で青年の刀はすぐに折れた。名刀であったが、鬼を斬るには力不足だった。

そうなると彼は鬼どもを拳で殴り、足で踏みつけ、投げ飛ばした。


 この鬼神のごとくの暴れぶりに鬼の頭領は肝を冷やし白旗をふって降参した。


「おやめくだせえ、おやめくだせえ。降参です。降参致します」

 青年は鬼の頭領を、ひざまずかせると訊ねた。

「お前たちは、その面構えは恐ろしく化物に見える。本当に都や村々を襲った鬼なのか? あまりにも弱すぎる」


 青年の横で犬が吠えた。


「もし、命惜しさに嘘偽りを言えば噛み殺す」

「へへぇー、確かに私たちが都と村々を襲った鬼でございます」


 犬の横で雉が猛る。


「ならば決まりだ。二度と悪さをしないようにやっつけてやる。これで苦しめられた人々の魂も少しは報われるだろう」


 鬼の頭領はすくみあがった。


「どうかそれだけはご勘弁ください。もう二度と悪さはいたしません。心を入れ替えます。人間たちから奪った品物はお返ししますし、それに宝物もおつけします」


 この言葉に雉の横で猿が興味を示した。


「なるほど、鬼の首では腹は膨れないが分捕り品があれば村人たちの慰めにもなります。彼らの命だけは助けてあげましょう」


 それに雉が反発する。


「その場しのぎの言い逃れをしているのでしょう。生かしておけばまた悪さをします。あのとき倒しておけば良かったと後悔しては遅い。宝ごと潰してしまえばいいんだ」


 青年は猿と雉の言い分に要領の悪さを感じた。


「なぁ、鬼を全滅させて宝を分捕ればいいんじゃないの」

「ご主人様それは絶対にいけません。彼らはもう降伏しているのです。彼らを殺して宝を奪う。これは鬼の道ですよ、人のすることではありません」


 犬が険しい表情で声を荒げたので青年は少したじろいだ。


「わかったよ。お前がそう言うのならそうなんだろう。ちょっと待って、考えて決めるから」


 青年は腕を組んで、しばらく考え込んだ。鬼の頭領と生き残った部下たちは、どんな答えが出るのか戦々恐々としながら見守った。


「よし、お前たちの命は助けよう。

だが、再び悪さをすれば次は問答無用で成敗する。

そしてもちろん奪った品々と財宝は、お前たちが迷惑をかけた人々のために役立てるのだ。

ところでお前たちが誘拐した人々はどうした?」


 鬼の頭領は地面に頭をこすりつけた。


「ここで働かせている者もおりますが、

 それ以外の者は奴隷商人に売ってしまいました」

「では、すぐに奴隷商人の所に行って取り戻してこい。

 愚図愚図渋るようだったら、こう伝えろ。

 鬼よりも恐ろしい桃太郎と、そのお供の(いぬ)(とり)(さる)が命を奪いにくるとな」




 財宝を積んだ船が鬼ヶ島を離れて本土へと舵をとる。

 その船上で桃太郎は、ぼんやりと青空を眺めていた。彼の三匹もお供も怪獣から普通の犬雉猿の姿に戻っていたが、少し憂いた表情をしていた。


「皆、なんだかごめんな」


 桃太郎の言葉にお供たちは振り向いた。


「鬼とは、どんなに恐ろしいかわからない。

 なんせ俺たちは鬼の話は聞いていたが鬼を見たことはなかった。

 だからこそ俺たちは徒党を組んだわけだが、鬼は腰が抜けるほど弱かった。

 この中の誰かが一人だけで来ても結果は同じだっただろう。

 (いぬ)には弱い者苛めをさせたし、(きじ)は勇気を振るえなかった、

 (さる)が考えてくれた作戦や戦法も使うまでもなかった。

 皆、本当にごめん」


 桃太郎は深々と頭を下げた。


「やめてください、頭を上げてください。

 主人が軽々に頭を下げるものではありません」

 (いぬ)は桃太郎に寄り添い頭を上げさせた。

 桃太郎は少し泣いていた。それを見て(きじ)の心も痛んだ。


「私たちのことを、そこまで思ってくれて本当に嬉しく思います。

 でもいいんですよ、きっとまた機会はあります」

 

 申は知恵は回るが冷静かつ客観的なため、やや配慮に欠ける面があった。


「この国の最大である鬼の危機を脱した以上、機会は無いと思いますが」


 戌と酉が申を睨みつけることで、ようやく彼も察しつけ加えた。


「しかし、我々の達成感はともかくとして、

 我々の行動で救われた人々がいるのは事実なのです。

 今は、そのことを喜びましょう」

 

桃太郎は涙をぬぐい微笑んだ。


「ありがとう、みんな」


 この彼らのやりとりを聞いていた鬼の頭領は改めて悪事には二度と手を染めまいと誓い。

 彼らを本気にさせたら今度こそ鬼ヶ島は地図から消し飛ぶと震えあがった。




 桃太郎らは都と村々に宝物と奪われた品物を配って回った。

 鬼たちの働きにより連れ去られた人々もほとんどが家に帰ることができた。

 が、ここで問題が発生した。

都の役人に売られた何人かが既に死亡していたのだ。

 申が鬼を使って詳しく調べたところ、この役人は非常に残虐な男であり買い取った人々を拷問して殺していたことが判明した。


 桃太郎とその家来は激しく憤った。とくに戌と酉の怒りが凄まじかった。

 

 (いぬ)が咆える。


「真の鬼は島ではなく都にいた」


 (きじ)も叫んだ。


「人の苦しみをもって娯楽とするとは許せん。

 都の繁栄と人々のためにも、その役人は成敗しましょう。

 (さる)、お前も来るだろう?」


 (さる)は首を横にふった。


「都の警備では誰も私らを止められないよ。

 君ら二人でもやりすぎだろう。

 だから君らが留守を守るなら私が一人でその役人を始末しよう」


 そう言い終えた(さる)の手は怒りで震えていた。

 (いぬ)(きじ)は桃太郎の前にひざまずいた。


「ご主人、我々はこれより、その残虐行為を行った役人を殺しに行きます」


 桃太郎はうなずいた。


「本来であれば法の下で裁くべきであろう。

 しかし私は鬼どもと約束した。

 売った人々を返さなければ命を奪うとな。

 ときに約束が法に勝ることもあるだろう。

 (いぬ)(きじ)よ行って参れ」


 二匹は怪獣化し酉は戌を背に乗せて都にある役人の屋敷へと飛んだ。

屋敷の門の前に下りると護衛の家来が立ち塞がった。


「許可の無い者を通すわけには行きません」


 (いぬ)は答えた。


「わかった。では、ここで待っているから主人を呼んできなさい」


 家来は屋敷の中に入り主人に事の次第を告げた。


「何だと。桃太郎の化け物が二匹も来てわしを連れてこいだと。

 さては、買い取った奴隷を返さないと殺すというあれか。

 畜生風情が生意気な。あれは、わしが買った奴隷だ。

 自分の金で買った物を好きに使って何が悪いというんだ」


 役人は家来の手前、憤ってみせたものの内心では不安でたまらない。

鬼どもを倒した化け物ども、とてもここの警護の兵では止めることはできない。のこのこ出て行けば殺されてしまう。


 役人は家来に言いつけた。


「お前は、奴らを客間に通して時間を稼げ。

 わしは(みかど)上奏(じょうそう)して桃太郎に化け物を止めさせる。

 畜生だから主人の命令は聞くだろう」


 役人は裏口から脱出し、馬にまたがり宮殿へと急いだ。そんなことはつゆ知らず戌と酉は客間に通された。

 家来は時間を稼ぐべく愛想笑いをふりまいた。


「鬼ヶ島での活躍は聞いております。ぜひ、お話を聞かせてください」


 (きじ)が答えた。


(いぬ)が鬼を噛みついて、私が鬼をつつきまわしました。

 手に汗握る武勇伝をお聞かせできれば良かったのですが、

 生憎と我々が強すぎたため盛り上がる場面もございません。

 鬼どもを、拷問して根絶やしにしていれば、

 あなた様の主人にも喜んでいただけたかもしれませんが」


 皮肉を言われて家来は気がめいった。


 (きじ)の横で(いぬ)は鼻をひくつかせた。


「ところで、さっきここに来たとき馬の臭いがしたのですが、今は出かけてしまったようです。主人はどちらへ?」

「さぁ、主はよく出かけますので」


 すると(きじ)はいらいらした様子で毛づくろいを始めた。


「では、私が飛んで探してきましょう」


 酉は客間を出て庭に下りた。

 家来はとっさに弓矢をもって(きじ)に放った。

 矢は見事、酉の心臓に突き刺さった。


「わっ!」


 短く悲鳴をあげてのけぞったが、すぐにクチバシで矢を引き抜いた。

胸の羽毛が赤く染まったが、とくに弱った様子もなく矢を射た家来を睨みつけた。


「やはり主人を逃がす時間かせぎか。悪党に味方する奴もまた悪。叩き殺してやる」


 息巻く怪鳥に家来は恐れおののき腰を抜かしてしまった。

 すると(いぬ)が間に入った。


「酉よ、まぁ待て。彼も主人を思ってのこと。

 これもまた忠義、責めてはならぬ。

 それに、君に矢を撃つなど、なかなかの勇気とは思わないか?」

(いぬ)、君がそう言うのなら、この男を殺すのはやめよう」


 (いぬ)は次に家来に向かって唸った。


「主人を守る忠義は立派だが、主人が道を誤まったとき、それを諌めることもまた忠義。

 あなたがそれを成し遂げていれば、主人がこれから死ぬこともなかった」


 (いぬ)は庭に下りると、(きじ)に指示を出した。


「空から役人を探して、見つけたら旋回してくれ」

「任せておけ」


 (きじ)は飛び上がると、たちまち馬で宮殿に向かう役人を見つけて(いぬ)に合図を送った。

 (いぬ)は疾風の如く駆けて、たちまち役人に追いついた。

 役人の馬は(いぬ)を見て気が動転し主人を振り落として走り去ってしまった。(いぬ)はじりじりと役人に近づいた。

 役人は(いぬ)に土下座して訴えた。


「これはどうしたことでしょう。

 私は奴隷を自分の金で買ったのです。お金を払ったのです。

 踏み倒してはございません。

 どうして、このような仕打ちを受けなければならないのでしょう」


 (いぬ)は何も返さず唸り続けている。


「ではこうしましょう。

 見逃していただけるなら(みかど)に承って官職を差し上げます。

 どうぞお助けください」


 ようやく(いぬ)は低い声で返事をした。


「いいだろう。ただし官職はいらない。代わりに殺した人々生き返らして許しを貰え。そうすれば殺さないでやる」


 もちろん、ただの役人に死んだ人間を生き返らせることはできない。

理不尽な要求に役人は憤慨した。


「そんなことができるわけがない! 私を殺すために屁理屈を言うな、化け犬め」


 戌は役人をじっと睨んだ。

 役人は自身の発言を後悔しなんとか取り繕うとしたが手遅れだった。


「では、あの世で許しを請うがいい」

 戌が前足を振り下ろすと役人は死んでしまった。




 (いぬ)が役人を殴り殺す。この報せは都を駆け巡り村々に伝わった。

 当然、(みかど)の耳にも入ることとなった。

 帝は側近の大臣を呼び寄せた。


「朕は、かの者が残虐な嗜好を持って、民を苦しめていたことも耳にしておった。

 しかし、彼は朕の臣であった。

 鬼退治の功があるとはいえ、化け犬が朕の臣を傷つけて良いという道理はない。

 このような振舞いが通例となれば各地で(まつりごと)に対する反発、謀反や反乱が頻発するのではないか」


 帝は絶対である、大臣は同意した。


「仰せの通りでございまず」

「うむ、そなたに一任する。桃太郎と、その家来の戌酉申を征伐してまいれ」


 都の軍勢ではまるで歯が立たなかった鬼。

その鬼を兎狩りの如く蹴散らした桃太郎一派など倒せるわけがない。

(きじ)に至っては心臓に矢を受けても平然としていたという。

 しかし、帝は絶対である。

 不安など微塵も見せず実に頼もしく堂々とした態度でこの任務を引き受けた。

 正面切って戦っても勝ち目はない。そこで大臣は一計を案じ、桃太郎に使者を送った。使者は桃太郎に言った。


「先日の役人の件は政のあり方を見直す良い機会になったと、帝も大変お喜びです。

 大臣も一席設けたいと申しておりますのでぜひおいで下さい」


 こうして桃太郎たちは大臣の屋敷に招かれた。大臣は彼らに酒とご馳走をふるまった。


「ささ、ささやかながらですが、どうぞ遠慮せず召し上がってください」


 桃太郎は微笑み頭を下げた。


「それがし、田舎産まれの山育ちですので、どれも美味しく頂けそうです。ところで、ご気分が悪そうですが」


 大臣はどきりとした。朝廷内の政争で勝ち抜く必須条件の一つが内心を見透かされないことにある。

 桃太郎と顔を合わせてから努めて明るく振舞っていたが、それが見透かされていたのだ。


「これは申し訳ない。どうも最近、身体の調子が悪いもので。今日は皆さんからぜひ元気を分けていただい、乾杯しましょう」


 大臣は召使いに酒をつがせた。皆が杯を持ったところで乾杯の音頭をとった。


「それでは……」

「待った」


 戌は(いぬ)一声上げて杯の酒の匂いを嗅いでいる。

大臣は目を見開きその様を見守った。


「変わった臭いがする」

「ははは、戌は気にしすぎだよ。

 出されたものの臭いを嗅ぐなんて君らしくない。

 しかし、問題があってもいけない。ちょっと失礼して味をみてみましょう」


 笑いながら申は小指を酒につけて一舐めした。


「ふぅむ、これは……。トリカブトが混じっていますな」

「トリカブトとは何だい?」


 (きじ)の質問に申は答える。


「毒草の一種だが、薬にも使われる。

 毒など入れるわけがないから薬味的なものでしょう。そうですよね?」


 (さる)にふられて大臣ははっとする。


「あ、え、ええ、そうです」


 部屋は暑くはなかったが大臣は汗をかいていた。


「まったく、お前たちの話は長い。

 せっかくの大臣の好意に水を差すとは。

 乾杯の後にいくらでも話せばいいじゃないか。

 大臣、家来たちが無礼を言って申し訳ない」


 桃太郎は深く頭を下げた。


「いえいえ、お気になさらず。黙っていて申し訳ない。

 実は酒に少量のトリカブトを入れるのが都での流行りなのです。

 ささ、折角の料理も冷めてしまいますし乾杯しましょう」


 桃太郎、戌酉申は杯を飲みほした。

 話に花が咲、桃太郎も各地から集められた珍味に舌つづみを打ち、

 トリカブト入りの酒を何杯もおかわりした。

 やがて桃太郎は苦しみだした。


「口の中が痺れるし何だか気持ちが悪い」

「ご主人、いくら何でも飲み過ぎですよ。ちょっと外の風に当たってきてはいかがです」


 (きじ)の勧めに桃太郎はうなずき部屋から出て行った。

 戌酉申は一言も喋らず、大臣はただ汗をかき続けていた。

 (きじ)は召使いからトリカブト酒の瓶を受け取るとごくごくと飲み出した。


「おかしいと思ったんだよ。酒に毒草を入れるなんて流行るわけがない」

「我々が謀られた理由は想像がつく。

 (いぬ)(きじ)が残虐な役人を殺した件ですな。

 しかもこれは大臣の独断ではなく帝の命令」


 全て理解した(さる)に酉が文句を言う。


「待て、待て待て待て。

 民を苦しめる悪党を懲らしめて感謝こそされ、どうして毒殺されなければならんのだ?」

「官も位も無い村の若者と動物が、帝の臣下を殺したら反逆罪になるんですよ」

「おいおい、それを知ってて止めなかったのか」

「あなたたちが正しい事をしようとしているのに止める理由がありますか。

 先日も言いましたが、今この国に私たちを殺せる者はありなどしないのです」


 大臣そっちのけで(きじ)(さる)は言い争いを始めたので、戌はきりがないと思い二人を制して大臣に言った。


「先だって我々は鬼を懲らしめ民に残虐な役人も成敗した。

 この国は確実に平和と安寧に向かっている。

 もし、その功労者である我々に刃を向けるということは、平和を拒むことと同じこと。

 たとえ我ら全員を撃ち滅ぼせたとしても待っているのは破滅のみ。

 そのこと(みかど)にも、よくお伝えください」


 言い終えると桃太郎が戻って来た。


「いやぁ、参った参った。飲み過ぎてしまったようで吐いてしまいました。とんだ失礼を。でも、やっぱり動物たちの肝は人間のそれに比べて丈夫とみえる」


 ここまで桃太郎は言って宴席の重い空気に気がついた。


「え、どうしたの?」


 動物たちは何でもありませんよと嘘をつき、トリカブト入りの酒を薦めるのであった。

 桃太郎は毒に耐性がついたのか体調が悪くなることもなく、皆で朝まで飲み明かした。

 大臣はその後に参内し帝の命令に背いた罪で処刑された。

 平和に刃を向けた報いを受けたといえる。

 帝は怒りが収まらず桃太郎たちへの恨みをつのらせたが決定的な策も浮かばず、軍勢を疲弊させるわけにもいかなかったので彼らを無視することに決めた。

そのため帝は破滅を回避し、彼の一族は永く国を治めることができたという。




 その後の桃太郎であるが、鬼退治の功により金も女も不自由しなかった。

 しかし、彼は自分の功績に満足していなかったので、この過剰な報酬に嫌悪感を覚え始めていた。

 とうとう耐えきれなくなった桃太郎は戌酉申を自宅に招いて相談することにした。


「最近じゃ各地の有力者が貢物を持ってきて、どうぞ末永くお付き合いをと媚びてくる。

 女たちは女たちで俺の子供欲しさに求婚を申し込んでくる。

 俺がそんな扱いを受けているのに父上と母上は孝行息子と無邪気に喜んでいる」


 (いぬ)は冷たく言った。

「けっこうなことではありませんか。世の男の大部分がそういういった事を望んでいるのですよ」


 桃太郎は怒った。


(いぬ)、本気で言ってるのか。俺たちは何故鬼退治をした?

 贅沢や威張るためじゃない。人々を苦しみから救うためだ」


 すると(きじ)が羽を広げて言った。


「ご主人、綺麗事は止しましょうや。確かに人助けもありましたが、それだけじゃない」


 桃太郎は拳を振り回して立ち上がった。


「そうとも俺たちの力はこんなもんじゃない!

 鬼退治なんて何の達成感も喜びもなかった。

 俺はもっと大きなことがやりたい。

 恐怖を乗り越え知恵を絞り大義を成したい。

 俺たちの信念と理想を人々に知らしめたい!」

「ならばもう、やることは決まっているではありませんか」


 (さる)がそう言って進み出たので皆は彼を見た。彼は西の方角を指差した。


「大陸に行くのです。まずは世界の中心、唐の都を目指しましょう。

 そこならばあらゆる情報が入ります。

 我々が戦った鬼より遥かに強力な魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)し人々を苦しめているに違いありません」

「おぉ、何故そのことに気付かなかったんだろう。仮に魔物がいなくても、唐への旅。きっと得るものもあるだろう」


 桃太郎の感嘆の声に(きじ)も賛同する。


「我らに敵う者がいなくとも世界の果てを見届けるというのも面白そうだ」


 (いぬ)も力強く頷く。


「うむ、この国でやることがないのなら是非旅立つべきだ」


 こうして桃太郎は日本を旅立ち唐を目指すことに決めた。

 桃太郎が旅立つことが決まると村では彼らの健闘と無事を祈る大祝賀会が開かれた。

 鬼たちも貢物を持ってやって来た。


「鬼ヶ島は不思議な土地でして、よく漂流物が流れてきます。で、その品物には使い道が解からない物やガラクタが多いのですが、中には希少な武具が紛れていることがあります。今日はそれをお持ちしました」


 そう言って鬼は一振りの刀を差し出した。


「ほう、これは」


 黒い鞘の納まっており抜いてみると、やや歪曲した銀色の刀身が姿を現した。刀身には何やら文字が刻まれているが知らない文字なので読むことが出来ない。桃太郎は近くにあった岩で試し斬りをした。岩は見事に真っ二つ割れた。

 しかし、刀には傷一つつかない。彼は刀身を指で撫でた。


「青銅が混じっている合金かな。それにこの形、刀といえばスッと真っ直ぐに伸びているものだが、すこし曲がっている。おかげでふり易い」


 後世の人間が見れば、それが一般的な日本刀であると気付くのだが、この時代にはまだその様な刀は作られていない。なぜ、時代にそぐわない刀がこの場にあるのか、後々明らかになることなのでここでは割愛する。

 次に桃太郎の父親がやって来た。


「私はこの旅は反対だ。鬼退治でも肝を冷やしたが、大陸に行くなど無謀すぎる。お前は村に残って嫁を娶り安楽に暮らせば良いのだ」


 不満そうに桃太郎と動物たちを睨んでいたが、諦めたように溜息をついた。


「だが男子たる者、前進を止めてはいかん。

 お前はいささか若いうちに大功を挙げすぎたのかもしれん。私らもそれに甘んじておった、今は反省している。

 母さん例のものを」


 父が母を呼ぶと、旗指物を持った桃太郎の母親が出てきた。旗指物に純白の旗がつけれられていた。

 この日のために両親は偉い書道の達人を呼んでいた。達人は旗に筆で『日本一』と書き記した。


「息子よ、これは父と母からの贈り物じゃ。

 この旗を持って、日本とお前の名を大陸に轟かして来い。満足するまでやってこい」


 桃太郎は旗指物を受け取り涙を流した。この旗指物は(いぬ)が持つことに決まった。


「父上、母上ありがとうございます」

「顔をお上げ桃太郎や。皆が見送りに来ているのに泣く男がいるかい。

 しっかりするんだよ」


 桃太郎は顔を上げた。そして、見守っている村人や来客達に告げた。


「皆、今日は私の旅立ちを祝ってくれて有難う。存分に食べて飲んで楽しんでいってください」


 人も動物も鬼も垣根なく歌って踊って丸一日宴を楽しんだ。




 桃太郎の村から少し離れた小高い丘に一頭の羊がいた。


「妙に賑やかだな。今日は祭りではなかったと思うが。鬼までいるな、いっしょにはしゃいでいる」

「桃太郎さんね。大陸に旅立つそうですよ」


 いつの間にか羊の隣に黒い服の男が立っていた。羊は驚いて後ろに引いた。


「あ、ごめんなさい。驚かせちゃいました?」


 ふふふと笑う男を羊はまじまじと見つめた。頭に金の頭巾を被り、腰には鞘に納まった鎌を提げている。そして、その顔つきは日本人ではなかった。

 唐の人間でもない。羊の知らない異国の人間だった。


「貴様、妖怪か?」

「ふふふ、僕のことはどうでもいいじゃないですか。(ひつじ)さん」


 名前を呼ばれてよりいっそう未の警戒心が増した。


「おぉ、怖い。そんな(たこ)みたいな目で睨まないでくださいよ。

 僕は敵じゃありませんよ。ただ、あなたに助言がしたくて」

「助言だと?」

「えぇ、そうですとも。

 あなたは才能に恵まれながら鬼退治の機会を逃してしまった」


 (ひつじ)は忌々しげに村を睨んだ。


「そうだ、俺は鬼を過大評価していた。

 奴らは桃太郎たちにやられて人間と仲良くしている。

 鬼としての意地も無い情けない連中だ。

 桃太郎も甘い、鬼なんか皆殺しにしてしまえば良かったんだ」


 そして目から涙を零した。


「だがもう手遅れだ。

 俺は鬼ヶ島の戦いに参加できなかった。何も成していないんだ」

「そう悲観しなさんなよ。あなたも大陸へ旅立てば良い。

 そして桃太郎たちより大きな手柄を立てればいいんです」


 黒い男の言葉に(ひつじ)はハッとした。


「そうだ、その通りだ。こうしてはいられない。ありがとう、異国の人」


 (ひつじ)は手短に礼を言って西に向かって走り出した。

後ろから黒い男は呼び止めた。


「よろしければ大陸までお連れしますよ」

「大丈夫、泳いで渡る」


 振り向きもせず未は走り去った。黒い男はそれを見送った。


「頼もしいね、私となら一瞬なのに。彼の今後の成長が楽しみです」


 男は薄ら笑いを浮かべて消えた。

文字通り消えた。

 誰もいない小高い丘で草だけが静かに揺れていた。

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