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第二章【4】

 とりあえず用事が無いなら、手伝って頂けないかしら。


 相田さんにおっとりとそう頼まれて、あたしらは次の日、相田さんと一緒にまたあの研究所に出かけた。

 晴香も一応一緒。ただし晴香は手伝いはしないで、話を聞かれるだけみたいだった。

 「昨日みたいな事になんないといいんだけど」


 意地悪横田さんにちくちく嫌味言われたら、晴香かわいそうだし。


 っていうのは、他の人もいるから言えないけど、茜は判ったみたいだった。

 「大丈夫なんじゃないの?今回は兄貴が立ち会うから」

 びみょーに棒読み。あんまり信用してないみたいに聞こえるよ、茜。


 もっとも、それ以上の事はこの場では話せなかった。

 言わない方が良さそうな感じだったし、どこまで話して良いかもわかんないし。それに、そんな事ばっかり気にしていなくても、計算機室はいろいろとおしゃべりには事欠かなかった。

 ここにいる人ってほとんど女の子ばっかりだから、女子校の休み時間みたいな状態になりやすい。時々清乃さんに怒られるくらい、みんな良く喋った。

 でも手はちゃんと動いてるんだよねぇ。

 「ちょっとアキちゃん、それ間違ってるよ」

 いきなり言われてあたしは飛び上りかけたけど、言われたのは秋江さんという人だった。

 「えっ、違いましたっけ?」

 切れたカードを見つけて、直していた秋江さんが、首をかしげていた。

 「しっかりしてくれよ。そこは1じゃなくって5が入るんだよ」

 「あら?……あらあら、そうでしたわ。ごめんなさぁい」

 怒る気が失せる、超のんびりした答えだった。


 こんな調子でいいのかなあ。


 昼過ぎには晴香といっしょに雅之氏が顔を出し、五千枚くらいあるというカードを箱ごとどさっと置いて、みんなにブーイングされながら出ていった。

 「順番チェック?」

 「ええ。カードの並び順の確認するんです」

 普通は、計算を頼みたい人がきっちり並べてくるって話だった。雅之氏のカードは専用のカードボックスに入って、もう機械にかけるだけの状態になってるんだし、これって確認しなくていいものなんじゃなかったでしたっけ?

 清乃さんはあたしの質問にうなずいて、茜を見て困った顔をした。

 「まあそうなのですけれど……」

 「遠慮なさらなくって、いいですよ。うちの兄の事だから、多分、間違っているんでしょう?」

 茜はすっかり、諦め顔。

 「ええ。お二人は最後の方の千枚ほどを、チェックして頂けます?」


 はい判りました……って、千枚!?


 清乃さんははっきり言わなかったけど、本人が作ったものをそのまま持ってきた場合、雅之氏の持ち込んだカードは要注意ってことは、他の女の子が教えてくれた。

 順番が入れ替わっていたり、一枚どっかに忘れて来ていたりするのが当たり前らしい。そのまま機械にかけたら計算できないから、事前にチェックしないといけないんだって。あたりまえだけどみんな、これをありがたいとは思ってなかった。

 茜ももちろん、ぶつぶつ文句を言いながらチェック作業をしていた。


 茜が一番、文句言ってるような気もするけど。


 「優秀な方ですのよ」

 そんな茜を慰めてるのか、道代さんは笑いながら言った。

 「でもぉ、これだけ間違ってたら……あー、また抜けてるぅ。何やってんのよまったく!」

 「茜さん、そっちに四七五五番というカードはありません?」

 「ええっとぉ……あ、あります。なんでこれが四五〇〇番台に入ってきちゃうのかなあ」

 はっきり言って、ぐちゃぐちゃ。細かい作業に向かない性質なのかも。

 「徹夜されたんじゃないかしら?三〇〇〇番台はきれいに揃ってますわよ」

 「ああ、そうかもしれないですわね。御舘中尉って、徹夜明けに細かな作業をなさるのは向いてらっしゃらないから」

 「吉田さんに任せればよろしいのに」

 「吉田さん、今日はお休みですって」

 「助手の小林さんは?」

 「中学校を受験するとかで、お世話になる方に挨拶にいっているんですって」

 「あら、まあ。それじゃあ」

 「ええ。こちらにいるのは中尉さんお一人よ」

 「頭脳明晰な方だと聞いてはいるけれど、作業には関係ないんですのねぇ」


 これを見ていると、頭の良さとかってぜんぜん、こういうことに関係無いと思う。


 「うちの兄、そのへんはからきし駄目ですから」

 茜まで、きっぱり言いきった。雅之氏、なんか気の毒。

 「……前に会ったときは、けっこうテキパキ働いてたよ?」

 「え~?それって亜紀、つり橋効果ってやつだよ絶対」

 「なにそれ?」

 「危ない時にあった人に好感持ちやすい、とかなんとかっていう心理効果。ほらさ、亜紀がうちの兄貴に会った時って、スリル満点だったんでしょ?」


 ていうか、戦争中だったんですけど。スリルありまくったのは確かだよ。


 「そんな状態だとさ、たいしたことない顔のうちの兄貴でも、かっこよく見えたかもしんないし。カッコよければさ、同じ仕事してても良くやってるように見えそだしね」

 何気にひどい事言ってない、茜?

 「てゆーか、茜、雅之氏ってあんたのお兄さんでしょ。もうちょっとフォローしたげたら?」

 「刀に足引っ掛けて転んでる姿見ちゃうと、どうもね~」

 これには、まわりであたしらの話を聞いてたみんなが吹き出した。

 陸軍の軍服来ている人はみんな、刀を持っている。仕事中は部屋に置きっぱなしだったりもするみたいだけど……自分で持ってる刀につまづくくらいなら、持たなきゃいいのに。

 「外して歩く方が良かったりして」

 「そう言ったらさ、あれ、制服の一部なんだってさ」

 「ふうん。で、使えるの?」

 こっちに落ちてきたときはライトセーバーの親戚みたいなの持ってたけど、時代劇とはだいぶん違う構え方をしてたみたいだし、あれって刀じゃないみたいだし。

 「日本刀?う~ん、どうなんだろ」

 普通は使える、という意見が出たけど、それを訂正したのはそれまでずっと黙っていた男の人二人のうち、田中さんという海軍の人だった。

 「御舘中尉は五年前の紛争で軍に編入されたお一人ですから、陸軍での剣道などの練習は、ほとんどされておられないはずですよ」

 雅之氏が日本刀振り回しているところってあんまり、というか全っ然想像できないから、田中さんの説明は説得力があった。

 ……あれ?でも今の話だと、田中さんは雅之氏が時空監視局ってところの人だってこと、知らないんじゃないだろうか。普通の人と思ってるっぽい口ぶりだった。

 「でも、それで大丈夫なんですか」

 使えなきゃまずいんだとしたら、やっぱり良くないんじゃあ。

 「さあ、私は陸さんの事は……」

 そう言った田中さんは、海軍士官必携なんだという短刀だけを持っていた。

 「ただあの方も、先の紛争から生還された方ですから、実戦経験はお持ちですよ」

 そんでもって重傷を負ってたっけ。

 「そういう田中さんも、陸戦隊にいらっしゃったんでしょう?」

 そう話を振ったのは、美津江さんだった。

 「昔の話です」

 良く分からなくて聞いたら、田中さんもとんでもない人だった。

 敵の目の前で、まず最初に上陸する部隊にいたらしい。どのくらい大変かというと、一回の戦いで、半分くらいの人が死んでもおかしくないくらいだって。田中さんも無傷で帰ってきたわけじゃないってことだったけど、本人は笑っていただけで何も言ってくれなかった。


 ……やっぱり世界が違いすぎるよ、ここ。


 気楽にお喋りしているけど、やっぱりあたしが生まれ育った日本とはどっか違う。

 それがはっきりしたのは、横田さんを呼び出す全館放送が流れたときだった。

 皆がぴたっと無駄なお喋りを止めて、通常の仕事は後回しになる。人の座る場所も緊急用の配置とかいうものに変えられて、単なるお手伝いのあたしと茜は、順番を後回しにされたカードを揃えながらそんな様子を見ているだけだった。

 二時間くらい、そのまんま。放送が解除命令を伝えてきて初めて、みんなほっとしたように元の仕事に戻る。

 なんか、ただの研究所じゃなさそうだった。

 夜勤に突入した人だっているし。女性職員は夜勤が無いけど、海軍の人が二人と陸軍の人が一人、夜の当番だとかで田中さんたちと交代していた。

 雅之氏も泊まり込みでなんかやるとかで、今日は相田さんのところの車で帰る事になった。

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