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第二章【3】

 天は二物を与えずって言うけど、あれはやっぱり嘘だ。


 相田さんの家にお邪魔して、あたしはつくづく、そう思った。はっきり言って、相田さんは顔もけっこう、可愛い系だったりする。

 富豪のオジョーサマなんてどんなものかしらないけど、相田さんちはとにかく広い。玄関ホールだけでうちのマンションのリビングくらいある。

 建物自体はやっぱり、どっか大正浪漫が漂っている感じ。良い感じに古くなっていて、木で出来た階段の手すりは艶々してて、腰くらいまでの高さに壁に張ってある板もおちついた感じで黒光りしている。


 そして相田さんを出迎えたメイドさんたちは、おそろいの服に真っ白いフリルつきエプロン。ヘッドドレスはしてないけど、メイドさんだよねこれ。

 茜が大正時代のカフェ女給みたいだ、と言ってたけど、カフェにメイドがいるのってそれ、変なオタクさんが群れてる場所だけじゃないの?この人たちの格好って、べつに奇抜でもなんでもないけどな。黒いフリルだらけのドレスも着てないし、頭は綺麗に髪を結ってるだけだし。

 首をひねりながら、それでも家の中を案内してもらう。

 あたしらが割り当てられた二階の部屋は、それぞれ大体八畳くらいの洋間。立派なベッドとティーテーブルのセットがある場所で、自分ちのあたしの部屋より広かった。


 この家、うちが何軒入る広さがあるんだろう。後で探検してみよう。お腹空いたから、ご飯の後で。


 ご飯に呼ばれて食堂に下りていくと、そこは十畳くらいの横長の部屋で、テーブルには相田さんが先についていた。

「林さん、この方たちはしばらく滞在されるから、よろしくお願いしますね」

「かしこまりました」

 あたしたちが席に付いた後、食堂の壁際にきちっと立っていたオジサマに向かって、相田さんがそう紹介してくれた。

 この林さん、執事なんだって。執事なんている家、初めて見た。うわ~。

 そんな家だったら、晩御飯もいきなりコース料理だろうか。マナーなんて知らないし困るな、と思ったけど、さすがにそれはない。魚のムニエルとサラダ、デザートという軽めの料理で、付け合わせのパンがかなり美味しかった。

 デザートに出されたケーキも、研究所(あたしらが昼間いたところは、そういう名前なんだと言う事だった)でお茶の時間に出たクッキーなんかとは全然違う。すごく美味しいものだった。



 でも、この美味しい食事を、晴香は食べに出てこなかった。

 部屋に運んでもらった、サンドイッチと紅茶の載ったお盆は、メイドさんが置いたままで放置されていた。

「ねえ、晴香。食べないと、体に悪いよ」

 食事の後で顔を出すと、晴香はベッドの中で布団をかぶって丸くなっていた。

「……いらない」

「でも、昼からなんにも食べてないじゃん」

「ほっといてよ!」


 あ、また泣いちゃった。どーしよー。


 そう思ってたら、茜がぶすっとした顔でお盆を取り、紅茶のセットだけテーブルに残して、サンドイッチが載ったまんまのそれを、どさっと晴香の上に叩き付けるように置いた。

「泣いてたってどうにもなんないでしょ!」


 ……茜、ついに切れた。


「いいから食べないと、無理にでもねじ込むよ」

「いらないってば!」

 晴香がそれを払いのける。

 と思ったら、茜が一瞬早くひょいっとそれを持って避け、またそれを置き直した。


 あーよかった。

 サンドイッチの乗ってるお皿、めちゃめちゃ高そう。床に落っこちて割れても、絶対弁償できないよ?


 こういう時だって言うのにあたしが口を滑らせたら、二人の動きが一瞬、止まった。

 そして二人揃って、お皿に目を落とす。

 それから顔を見合わせて、笑い出した。

 晴香は泣きながらだったけど。

「……ナイスボケ、亜紀」

「それ誉め言葉になってないよ、茜」

 晴香はまだ笑っていた。



 かなり長い間笑っていて、ようやく落ち着いた晴香は、どうやらベッドから出てくる気になったみたいだった。

 しゃれたコーヒーテーブルセットは無視して、三人でふかふかの絨毯に座り込む。

 あたしらの大声に気が付いて、途中で様子を見に来た中年のメイドさんは、黙ってあったかい紅茶とティーカップの追加、それにクッキーを置いていってくれていた。

「でもさー、つい床に座り込んじゃうあたり、あたしらって庶民だよね」


 せっかく良いセットがあっても、こっちの方が落ち着くもんねえ。


「でもこれ、随分いい絨毯だよ」

 茜が注いだ紅茶の入ったカップ片手に、晴香が言った。泣きっぱなしだったもんだから、すっかり鼻声。

「うん、すっごい手触りいいよね。……高そー」

 センターラグってやつだから、部屋全部に敷いてあるわけじゃないけど、でもホームセンターの安絨毯なんかとは全然違う。

「なんか、言う事がいちいち生活染み込んでるよね、亜紀って」

「だってさー、なんかすごい違うんだもん」

「理由になってないって」

「えー、そうかなあ。……あ、サンドイッチ、もう無いね」

 ご飯を食べたはずのあたしらまで手を出してたせいもあって、サンドイッチが消えるのは早かった。

「もう少し、貰ってこようか」

「そーだね。でも、誰に言ったら良いのかなあ?」

「とりあえず、食堂に行ってみるとか」

「あ、あたしもいく」


 で、結局三人で、空になったお皿の載ったお盆を持ってでかけた。


 食堂には誰もいなかったけど、厨房の方には人がいた。ちょうど、ここで働いている人の食事を作ってるところだった。

「今作りますよ」

「同じので、いいです……」

「賄い飯ですよ?ダメです、お客さんにはちゃんと作りますから」

 あたしらと幾つも変わらないような年の男の人が、きっぱりそう言い切った。

 もっとも、かなり年のいった和服の女の人がなにかその人にいったら、おにぎりを作ってくれたんだけど。おかかと塩ジャケと梅干しのおにぎりだった。


 部屋に戻った晴香がそれを平らげて、軍医さんに貰った薬を飲んでベッドにもぐりこんだのを確認してから、あたしと茜はそれぞれの部屋に戻った。

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