第一章【1】
「間一髪ってやつだな」
わけの判らない大揺れに轟音、そしてあたりに立ち込める埃とガラガラ音を立ててるいろんなもの。
そんなものが収まってから、雅之氏がぼやくのが聞こえた。
「よし、立ち上がっていいぞ、三人とも」
なんか凄い音で耳が馬鹿になりかけてるし、とっさに胸に抱え込んでたバッグの中のお弁当箱が、変な風に胸を押してて痛かった。
「もう大丈夫だ、亜紀君」
もう一度、そう声をかけられる。ぎゅっと閉じてた目を開いて、あたしはその場を理解できずに固まった。
ファミレス前の歩道にいたはずなのに。ファミレスどころか、町並みすらもどっかに消え失せていた。
その代わりに、目の前には瓦礫の山がある。
「……なにこれ、東京大地震?」
「廃ビルの中、のようだよ」
やれやれ、とでもいいたそうな雅之氏の口ぶりに、なんだかほっとした。
異常だけど、たいしたことじゃない。なんか、そんな気分にさせてくれる口調だった。
「……丸ビルって、もう無くなってたよねえ?」
廃ビルといったけど、たしかにその通りだった。東京駅みたいなレトロな煉瓦作りでがっしりした古い建物の中に、あたしらは瓦礫と一緒にへたりこんでいる。
目の前を見上げると、とっさにあたしらを庇ってくれたらしい雅之氏が、埃だらけになっていた。
「……あのねえ、兄貴。巻き込まないでくれる?」
びっくりして口もきけなくなってる晴香を抱きかかえた茜が、ジト目で雅之氏に言う。
「諦めろ」
なんか朗らかに言ってる。
……巻き込む巻き込まないはどうでもいいけど、これは一体どういう事態のわけ?
周りの様子をみるかぎり、これって、あたしらがどこかの廃虚に落っこちてきたという感じだ。
どうも落っこちてきた時に尻餅をついたらしく、あたしのお尻はずきずき痛み出していた。変なところに痣が出来てなければいいんだけど。
……って、今はそんな事は問題じゃないんだった。
「あのー、ここ、どこですか?」
あたしが聞くと、雅之氏が困ったような顔になった。
「ふむ、どう説明したものかなあ……亜紀君は多分、知った顔にまた会えるところだよ」
それじゃわかんないですって。
あたしがつっこもうとした所で、晴香が悲鳴を上げた。
何か言いたいらしいけど、言葉になっていない。ただ、指差しているのでなにが言いたいのかはすぐに分かった。
「兄貴、血がでてる」
雅之氏のこめかみを伝う、赤黒い液体。茜が妙に冷静に指摘して、雅之氏は始めて気が付いたようだった。
手でそれを触って、塗れた手を見て、顔をしかめる。
「手当て、してあげようか?」
あんまりやる気はなさそうに、茜が言った。
「絆創膏でも貼っとけばそれで間に合うよ。そこらに、私のデイバッグがないか?」
雅之氏のデイバッグは、あたしのお尻の下だった。
「……壊れてます?」
妙に中身がごついみたいだと思ってたけど、デイバッグに入ってたのはノートパソコンや機械で、あたしはちょっと心配になった。
結果から言うと、ノーパソは見事に壊れている(雅之氏は中のデータはバックアップ済みだと言ったけど、気休めっぽい言い方だった)。他の、ちょうど掌サイズの機械二つの片方は、何か焦げ臭くなっていて、無事なのは最後の一つだけだった。
「……ごめんなさい」
不可抗力って奴だと思うけど、お尻に敷いたから壊れたんだよねえ。
「いや、壊れたのは亜紀君のせいじゃないな。こいつが壊れたときに、ノーパソもぶっ壊れたはずだよ」
焦げた機械を見て溜め息をつきながら、雅之氏はそう言ってくれた。
言いながら、専用ホルスターらしいベルトと一緒に、マグライト位の金属筒を取り出している。金属筒が背中側に来るように、ちょうど右手で抜きやすいような位置でホルスターを固定して、雅之氏は左肩にデイバッグを担いだ。
傷には、デイバッグのポケットに入ってた絆創膏を貼っただけ。
「あのう……それ、なんですか?」
金属筒の事を聞いたんだけど、雅之氏が目を落としたのは、足元に置かれた焦げた機械の方だった。
「無事な方はGPS兼通信機みたいなものかな。GPSではないけどね。壊れた方は、ガードシステムに直結させてあったんだ。過負荷で壊れた」
ガードシステム?
「まあ、壊れるまでこいつが頑張ったから、全員無事で済んだんだと思ってくれればいいよ」
そう、雅之氏が言った時。
派手な爆発音がして、あたしは思わず悲鳴を上げた。
雅之氏が背中から金属筒を抜いて一振りし、身構える。……え?
「……スターウォーズみたい」
うわ。すごい。延びた部分が全部光ってるわけじゃないけど、なんか綺麗。
「亜紀君、状況判ってるか?」
ちょっと呆れたっぽい雅之氏の言葉は、すぐに消えた。
爆発音がした方向で、埃が舞いあがっている。その埃が消えた後から、誰かが現れた。
雅之氏の背中がちょっと緊張し、そして力を抜いた。埃の中から、誰かがこちらに歩いてくる。
って、……えぇ!?
「なんだ、中尉殿でしたか」
雅之氏に向かってそう言ったのは、たしかにあたしも見た事のある顔だった。