その人の名は【前篇】
亡き父のアルバムに残る写真、そこに写る父の相棒だった人物とは……?
自サイト掲載作品(1996年~2006年連載)の再録です。
(章建てを変更しました)
ぽん、と御舘茜が手を打ったのは、二人がコタツにあたりながら資料に目を通していたときだった。
「そーだ、思い出した」
「何が~?」
菓子鉢に盛られた、いや盛られていたが半分以上はすでに二人の胃に消えたスナックの残りに手を伸ばしながら聞いたのは、木村亜紀だ。
「ん、横田さんのこと。ほら、うちの親と昔、組んでたとか言ってたじゃん?」
「あ~、そういやそんな事言ってたね、雅之氏が」
茜の兄、御舘雅之は今日も留守である。亜紀は居間の隅っこに追いやられた写真立てに目をやりながら、のんびり言った。
写真はおそらく、茜の両親が離婚したあとのものなのだろう。写真に写っているのは高校一年生くらいの少年と、幼児を腕に抱えた父親だけだった。
ちなみに幼児は父親似で、少年は父親にあまり似ていない。
「でもさ、あの時うちに良く来てた人って、横田とか榮とかいう名前じゃなかったんだよね」
成長してからますます父親に似てきた茜は、同じ写真をチラッと見て、興味もなさそうにすぐ目をそらした。
「なにそれ」
「変だと思ったんだー」
「一人で納得しててもわかんないってば」
「あ、ごめんごめん」
茜は軽く言いながら、自分のマグカップを取り上げて、空になった中身を覗き込んだ。
それからコタツに入ったまま体を伸ばして、ダイニングテーブルの上にあるポットに手を伸ばす。
届かない。
「不精してんね~」
自分はしっかりと両手をコタツに突っ込んだまま、亜紀が言う。
「ううう、出たくないのに」
「生まれ変わったらコタツムリになんなよ、茜」
「もうちょっとなんだけどー」
「無理無理」
しぶしぶコタツを出た茜がポットを取り、蓋を開けて中身を確かめ、コタツに戻ってから自分のマグカップに紅茶を足した。
「んで、お父さんと組んでた人、なんていったの」
亜紀は資料を横にすっかりのけて、身を乗り出すようにして聞いた。
なにしろこの資料、時空監視局C級観測官補として知っておくべき事柄がずらりと並んだ代物なのだ。昼過ぎからずっとこれにかかり切りだった二人が、細かい字のみっしり並んだ資料にいいかげん飽きが来たところで、誰もこの娘たちを責めようとは思わないだろう。
「カズ君」
茜の答えに亜紀が一瞬固まり、それから噴出した。
「……なんか、ぜ~んぜん横田さんのイメージじゃないんだけど。ずいぶん可愛い呼び方だね~」
「顔ももうちょっと可愛かったんじゃないかなあ」
「写真とか、無いの?」
「どっかにある」
「見たい見たい、見せてよ」
「コタツ出たくないんだけどー」
「だいじょぶ、出ても凍死したりしないよ、たぶん」
「えー」
嫌そうな顔をして見せたが、本人も気になったのだろう。
コタツから出て自分の部屋に行った茜が戻ってきたのは、ほんの何分か後だった。
手にしたアルバムは、それほど厚みも無いものだった。
「それ、誰の?」
「お父さんの。あたしらの小さい頃のも入ってるけど、お父さんの写真だけ集めてあるんだよね」
「へえ」
「カズ君が写ってるとしたら、最後の頃の写真のはずだから……あ、これだ」
日本の文化社会レベルに合わせて作られたらしいアルバムには、ごく普通の印画紙にプリントされた写真が収められている。
写っているものは、茜や亜紀が幼い頃の日本とはいささか、様相を異にしていたが。
「あ、お父さん戦闘服だね」
「強制捜査官だったから。で、こっちがカズ君」
「え?」
茜の示すそれをしげしげと眺めてみても、画像が変化するはずも無かった。
戦闘服姿の御舘篤之と、同じ戦闘服を身に着けた数人が写っている写真。茜が指差したのは、見事な銀髪の青年だ。
「ぜんぜん別人じゃん」
肩を越える銀髪をうなじで無造作にくくった青年は、どこか横にあるものに気をとられている。おかげでほとんど横顔しか写っていないが、しかしそれでも、亜紀が知っているあの無愛想な強制捜査官に似ていないことははっきり判った。
「あ、カズ君の外見はあてにならないから。これ、マシンボディだし」
「マシンボディ?なにそれ」
「カズ君、たしかサイボーグなんだよね」
「……え?マジ、それ」
「もしかしたら、機械生命体かも知んないけど」
「うわなんかSFな話になってるし。えっと、それってつまり、この人の体、機械ってことだよね?」
「うん。とにかく、生身じゃなかったんだよね」
「へー。でもさ、そうすると横田さん、生身じゃないってこと?」
ぜんぜん判んなかったけど、それってありなの?と亜紀が疑わしそうに言い、茜がうなずいた。
「けっこういいボディ使ってる人だと、生身と区別できないよ。体重とかは違うと思うけど」
「なんかやっぱり信じらんないし。それにこの髪、なんかすごい趣味だね~」
似合ってはいるけど。そう付け加えてから、亜紀はつくづくとその写真を眺め、うーんと唸った。
「こっちの方が美形だね。横田さんって、けっこう濃い顔してるじゃん」
「そういやそうかも。カズ君て可愛いっていうか、女性的だよね」
いくらなんでもギャップがありすぎる。あの性格にこの顔は似合わない。
二人はそんなことを言い合っていたが、横田を知る者が聞けばそれが誰であれ、賛成しただろう。
銀髪の青年は人種のよく判らないくっきりした面立ちで、全体に優しげな雰囲気がある。無愛想が服を着て歩いているような横田榮のかつての姿がこれだ、と言われたところで、信じることさえ難しい。
「あのさ、こういうのの外見って、誰が決めるの?」
と、亜紀が聞いた。
「うーん、良く知らない。普通は本人だと思うけど、予算の都合とかでカスタマイズの限界ってあるし」
「なんかすごく現実的な話を聞いた気がする」
「最後はお金で決まるらしいよ、マシンボディの顔って」
「うわ、生々し~。でもそうすると、この顔が趣味だったわけ?」
「そーゆー事になるのかな?」
「ぜっっったい横田さんじゃないよ~こんなの~」
亜紀がけらけら笑っていると、玄関からただいま、という声が聞こえた。
「なんだ、ずいぶん楽しそうだな?」
およそ強制捜査課員とは思えない、のんびりした声は雅之のものだった。
いつもの事だが、雅之は態度もどこかのんびりしている。しかも今日はありきたりなステンカラーコートの下にスーツというサラリーマンスタイル。
フル装備で戦闘服を着ていても、平凡無害な印象が残る雅之である。それがさらにこの格好では、どこから誰がどう見ても、うだつの上がらない中小企業社員としか思えない。
「あ、兄貴おかえり。見て見て、これ!」
茜が指差したものを雅之が覗き込み、
「ずいぶん懐かしいもの見てるなあ。親父のチームだな、これ」
そう、あっさり言った。
「ねえねえ、カズ君でしょ、お父さんの相棒って」
「そうだよ」
「今の横田さんだよね?」
「そう」
雅之はなんでもないように言いながら、かがみこんでいた上体を起こし、コートのボタンを外しながら自分の部屋へ向かう。
その背中に、茜と亜紀の声が同時に響いた。
「変わりすぎ!」
「ありえなくない?」
「……えらい云われようだなあ」
雅之が苦笑していたことなど、むろん二人は気にしなかった。
「てゆ~か、もとが似合わなさすぎなんだよね」
「たしかに、あの性格でこれ選んだって、すっごい意外だよねー」
「なんでだろ?」
ああでもないこうでもないという二人の勝手な推測は、雅之が着替えて出てくるまで続いていた。
「ねー兄貴、なんでこんなに顔変わったのか、知ってる?」
「知らないなあ。本人に聞いたらどうだ?」
コタツの上に置いたままだったティーポットを取り上げて中身を見ながら、雅之はどうでも良さそうに答えた。





