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確率都市東京編:ある日ある朝突然に。  作者: 中崎実
第3章

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第三章【7】

「ちょっと亜紀、どしたの!?」

 茜に揺さぶられて、あたしはようやく我に返った。

「ドア、いっぱい出てる」


 すごく間抜けてるけど、これしか言えない。


「……どーしよ」

「処理しないと」

「……多すぎるよ」

「人、呼ぼう。呼ぶよ?」

 びっくりして半分固まってるあたしに茜はそう言って、中山さんから渡されてた笛を思い切り吹いた。

 無線機は重いから。そう言われて渡された呼子笛。あたしらは原始的過ぎるって笑ってたんだけど、けっこう大きな音がしていた。

 原始的なんて言って、悪かったかな。ぼけっとそう思ってるうちに、軍の人がわらわらと出てきて、走り回ってた。

 あたしらは打ち合わせてあったとおり、急いで集会所に戻った。あたしの場合、茜に引っ張ってかれたようなもんだったけど。

「くそっ、特定できないな」

 集会所では中山さんがイライラして、右手の拳で左の掌を殴っていた。

「数が多いみたいです、気をつけてください」

「どのくらいの数だ、木村君」

「わかりません、とにかくいっぱいで」


 数えられないよ、これ。


「特に集まってる場所はあるか」

「ええと……あ、あそこ。あの木の上辺り」


 うわムカつく。あれじゃ誰が投げても届かないじゃん。


「矢島、甲伍号使え!五時の方向、上方角約六〇、距離はだいたい五〇だ!」

 それでも中山さんは、諦める気なんて無いみたいだった。あたりまえか。軍の人だもんねえ。

「甲伍号にて攻撃、了解。分隊ぃ、甲伍号射撃用ー意!」

 矢島さんの大声に続いて、矢島さんの班の人が、迫撃砲とか言うものに似たのを構えるのが見えた。

「甲伍号射撃用意!」

「目標、五時の方向、六〇度、距離五〇」

「五時、六〇度、距離五〇!」

「撃てぇ!」

「……え、ロケットランチャーあるんだ」

 えっと茜、なにそれ。武器?

「うん。あっちだと、戦後の武器じゃなかったっけかなあ」

「そーなんだ。やっぱり、歴史違うんだね」

 なんかどうでもいいことを話してたら、密集していたドアがまとめて消えた。

 でも、消した分だけ別の場所に出てくる。

「何これ、気持ち悪い~」

「そんなに沸いてるの?」

「見えない人が羨ましいよ~」

 ぽこぽこぽこぽこ出てくるなんて、どうかしてるんじゃないの。


 てゆーかこんなに出てこないで欲しい。マジで。


「中山さん、まとめてどうにかできないんですか?」

「御舘中尉殿の準備が整えば、殲滅できるはずだ」

「うわ、あっちに山ほど」

「亜紀に撃たせたほうが早そー」

「東軍曹、十時方向に注意」


 なんかぐちゃぐちゃしてきた時、集会場の前に小豆色の車が走ってきて、急ブレーキをかけて停まった。


「中山、あと1分保たせろ」

 停まり切る前の車から飛び出してきたのは、雅之氏。降りた瞬間に微妙にバランス崩してこけそうになってたけど、笑ってる場合じゃないので見なかった事にした。

「は、一分でありますか」

「カウントダウンはすでに開始した。奴らをこちらに出すな、できるな」

「はっ」

「横田さん、真上!」

 ドアができたと思ったら、何かが降ってきた。

 何かじゃない。昔の映画に出てきたロボットっぽい……って。

「……素手で殴る、普通?」

 えーと横田さん、いくら腕力あっても非常識だと思います、それ。

 横田さんがロボットを殴り倒してる間に、横田さんについてた人が真上のドアを消した。

 出てきたロボットは三台(って数えるんで良かったっけ?)で、一つは横田さんに殴られて首がもげてる。もう二台は、他の人が銃で撃ってた。

 ばらばらっと部品が散らばって、横田さんにも当たってる。

「うわ、痛そう」

「てゆーかあれじゃ怪我するよ、普通」

「指、骨折してないのかなー」

 やっぱり痛かったんだろうか、痛みを和らげるみたいに右手を振ってるけど、表情は全然変わってなかった。

「……なんか、平気っぽい」

「ありえなくないー?」

「うん、ありえないくらい頑丈だよね」


 なんかいろいろ間違ってる気がするけど、横田さんだからまあいいか。


 それよりも嫌になるくらい沸いてくるドアの方が、問題だったし。

「あと何秒ですかー!?」

 一分とか言ってたけど、なんかすごく長い。

「三十二秒。井坂、β-ε検出装置を最終確認しろ。高橋、カウントダウン放送開始せよ」

 雅之氏はあたしの質問に答えた後、集会場外のテントに向かって命令していた。

「β-ε検出装置を最終確認、了解」

「カウントダウン放送開始、了解。二五、二四、二三、……」

 なんかいかにも急に取り付けましたみたいな、木の柱に括りつけられたちっちゃなスピーカーから、男の人の声でカウントダウンが流れ始めた。

「あーもう、出ないでってば!」


 マジ、切れそう。

 あたしらのすぐそばに沸いたドアはあたしらが消してるけど、いつ終わるのかなこれ。


「十五、十四、……」

「全員、固定装置を確認しろ」

 カウントダウンの声に、雅之氏の命令が重なった。

 茜があたしのすぐそばに来て、腕を掴む。

「なに、茜」

「フィールドの中に入れようと思って」

「ありがと」

 そういえば、固定装置ってあたしと茜で一台なんだっけ。

「四、三、二、一」

 ゼロ。

 何かがおきたって言う感じは無かったけど、全部のドアが一気に消えた。

「……あ」

「観測班、現状を報告せよ」

 雅之氏の声が、妙に冷静に聞こえた。


<hr>


「それで結局、あれって何だったんですか?」

 あたりにようやく落ち着きが戻ったのは、何時間か経ってからの事だった。

 ざわざわした感じがなくなって、昨日と同じ見回り体制に戻ってる。あたしらもご飯とお風呂を済ませて、集会場の一番狭い部屋で、雅之氏や横田さんに話を聞くことにした。

「あれ、ってどれのことかな」

「夕方の、あれです」

「……まさか兄貴、ここ、囮だったなんて言わないよね?」

「囮にするつもりがあったか、と云う意味ならノーだ。結果から言うと、イエスだな」

「なにそれ、無責任」

「すまんすまん。もともと、ここは広域消去実験のために確保しておいた場所だったんだ」

 少し前からドアができやすい場所になっていたのを知った雅之氏たちが、きちんと調査して、広い範囲のドアをまとめて消す装置の実験をする予定だったらしい。

「その調査の手が足りなくて、おまえたち、というか木村君にもご足労願ったんだけどね。まさか、こんな結果になるとは思わなかった」


 最初の、雅之氏が怪我した襲撃事件から、事態がずいぶん変な方向に向かって行ったらしい。


「皆に頑張って消してもらったせいで、敵さんはここを重要拠点だと勘違いしたらしいね」

 茜の予測が当たってたみたいだけど、当たって嬉しくない予測ってあるんだ、とあたしは実感した。茜のほうは、

「なんか今、すごーくムカついてんだけど」

 と、なんかやっぱり機嫌が悪かった。

「悪い、悪い」

「帰ったら、おごってもらうからね。兄貴の小遣い分から。亜紀の分もだよ」

「判った、そのくらいの埋め合わせはするよ」

 軽く両手を挙げて降参のポーズをとってる雅之氏は、笑ってた。

「ファミレスは却下だからね?」

「判ったよ。帰るまでに、何がいいか決めといてくれ。で、他に質問は?」


 えーと何をおごって貰おうかな。じゃなくって。


「あの、それであの変なロボットとか、なんなんですか?横田さんが殴ってたのとか」

「ここの時間で五年前、小笠原に上陸したのと同じ連中だよ」

「小笠原?」

「ああ、そうか。紛争があった場所は小笠原だったんだよ」

 そういえば、あれがどこかなんて考えた事も無かった。現実だ、っていう実感がないせいだろうけど。

「そっか、それで、なんか変な木が生えてたんですね」

「たしかに、東京とは植生が違うな」

「んで、その人たちがまた来たんですか?」


 もしかして、また戦争なんだろうか。それって、嫌過ぎる。


「そういう事になるね。時空監視局では侵略行為をやめて交渉のテーブルにつくようにと何度も申し入れているんだが、どうも聞く耳を持たない連中でねえ」

「何したいんですか、その人たち」

「さあ。領土拡張といったところらしいが、私はただの観測官だからね。そこまでは判らないよ」

 そこで諦めたような事言ってて、いいんだろうか。

「何とかしようとか、思わないわけ?」

 茜は全然遠慮しないで、そう突っ込みを入れていた。

「私がやるべき事は、連中の思い通りにならないように、ここで時間稼ぎをすることだからね。上の連中が向こうの政府を引きずり出すまで、とにかく頑張るだけだよ」

 ここで踏ん張らないと、食い止められない。

 そう雅之氏が言い、茜がむっとした顔になった。

「……時間稼ぎ、かあ。なんか、面白くない」

「そう言うなよ。誰かはやらなきゃいけないんだ」

「てゆーかそれ、矢面に立ってるって言わない?」

「仕方ないさ。強制捜査課でなければ、こんな荒事はできないよ」


 きょーせーそうさか?なんか、物騒な事やってそうな感じの言葉だよね。


「たしかに、物騒な話も多いな」

 あたしの独り言にそう言ったのは、横田さんだった。

「荒事専門の部署だと思ってくれればいい。武力行使が無制限で認められている課だしな」

「無制限って、それ、危なくないですか?」

「俺のような強制捜査官の場合、並の戦闘力はあるからそれほど危険はない。だが、御舘のような観測官は戦闘の専門家ではないからな。彼らは危険だろう」


 ……なんか、非常に微妙な事を言わなかったでしょうか、横田さん。


「あのー。普通の戦闘能力って、もしかして、あのロボットを素手で殴って壊すレベルの事ですか」

「そうだが」


 全然普通じゃないです、それ。矢島さんとかが殴っても、あれ壊れないです。多分。


 あたしが呆れてる横で、茜が横田さんをジト目で見ていた。

「強制捜査官の『普通』ではからないで下さいよ、まったく」

 雅之氏も、苦笑気味。

「亜紀君、私も一応の訓練は受けているし、そう弱いってわけじゃない」

「はあ」

 あんまり強くなさそうだけど、それは言わないことにした。

「それで時間稼ぎするって言っても、さっきみたいな事がまた起きたりしないんですか」

「ありえるだろうね。でも、あの実験装置は上手く動いたから、しばらくはここの連中だけで対処できる」

 つまり何とかなるって事なんだろう。そうあたしが勝手に結論を出したところで、誰かがドアのところで横田さんを呼んだ。

「なんだ」

「監視局本部より、通信が入っております」

「判った、こちらに回せ」

 雅之氏が立ち上がって、レトロな黒電話を持ってきた。

 それを座卓に置いたところで、電話が鳴る。

 横田さんが受話器を取り上げて、聞いた事のない言葉で何か言い、それからあたしに受話器を差し出した。

「監視局経由で、君の家に電話をつなぐ。御舘の家から発信していることになっているから、口裏を合わせてくれ」

「えーっと、茜の家に遊びに行ってるってことで、いいんですか」

「そういうことだね」

 と、これは雅之氏。

 受話器を受け取って耳を当てると、オペレーターっぽい女の人の声が

「木村亜紀さんですね、今からつなぎます」

 と、そう言った。

 しばらく何の音もしなかったけど、すぐに聞きなれた呼び出し音が響き始める。

『はい、木村です』


 ふつーの、いつもどおりのお母さんの声がなんだか、遠かった。


「あ、おかーさん、亜紀だけど」

 あたしも、なんか普通どおり。これってすごくシュールな気がする。

『固定電話からなんて珍しいわね。携帯、どうしたの?』

「電源切れた」

 長く話すと、疑われそう。だから短く答えることにする。

『あら。メールしすぎじゃないの?まあいいか、電話借りてるみたいだけど、ちゃんとお礼言うのよ』

「はあい。あ、そうだ、ちょっと帰り遅くなるから」

『どこにいるの、あんた』

「茜んち」

 なんか、すごく嘘がつきにくい気分。

『御舘さんだっけ?判った、帰るときにまた電話借りて、連絡入れるのよ』

「はーい」

 よい子のお返事。うそ臭い返事なのに、お母さんは疑う様子もなく、ただ電話を切った。


 いつものツーツー音が響いてきて、それがぷちっと切れる。


 なんとなく戻しにくくて、あたしはしばらく受話器を持ったままだった。

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