第三章【6】
その日もまた、夜の監視を続けた。
眠いけど、やっぱり頑張んないと。と思ってたけど、夜中の二時くらいに見に行ったらもう寝てた、と中山さんが言っていた。
「ピボットの見落としは無いようだし、適当に仮眠を取ってくれてかまわないよ」
夜中の十二時からは他の人が当番になってるし、だから本格的に寝てても問題は無い。そう付け加えてもくれたけど……センサーもないのに、判らないままでただ見回ってても、あんまり意味ないような感じがする。ドアが開いてなければ、出来かけのピボットに顔突っ込んじゃう人だっているんだし、ぶつかって通り抜けても何にも起こらないくらいのものなんだから。あれじゃいくら見回りしてても、向こう側から変なのが出てくるまで、絶対判らないと思うんだけど。
「あの、大丈夫だったんですか」
気を使ってくれてるんじゃないよね?
「ああ。木村君はピボットがあれば飛び起きるはずだ」
そう言い切った中山さんは、けっこう自信があるみたいだった。
「ただ、風邪は引かないように注意してくれ。若いご婦人になにかあっては、ご家族に申し訳が立たない」
風邪ぐらいなら、うちの親が騒ぐこともないと思うけどなあ。
でも中山さんは本気で気にしてくれてるみたいだったから、反論するのはやめておいた。
「そういえば、そろそろ帰る時じゃなかったっけ」
朝ご飯を食べてからまた見回り。歩いてる時に、ふと思い出してそう言ってみた。
「そういえばそうだね。どうなるんだろ」
茜も忘れてたっぽい。
「今いきなり帰ったら、迷惑だよねえ」
「だよね。兄貴に交渉してみようか」
「そういえば雅之氏、見かけないね」
昨日のお昼過ぎに晴香の事を聞いた後、姿を見てない気がする。
「あ、忘れてた」
……なんかすごーく薄情なセリフを聞いた気がする。
「忘れてたって、それひどくない?」
「そうかなー?」
ここまで言われる雅之氏って、もしかして気の毒かもしれない。
「本部行って、ついでに病院に寄るって言ってたから、多分しばらく帰ってこないよ」
「病院?」
「頭の怪我だから行って来いって、横田さんにお説教されたみたい」
「へー。って、そんなにひどいの?」
平気そうな顔してたけど、実は我慢してたんだろうか。そういうタイプには見えないけど。
「全然平気みたいだったから、なんともないんじゃないかなあ」
ならいいけど。
「それに兄貴も兄貴で忙しいみたいだし、放っておいていいんじゃない?」
そういえば、あのビーコンの事とか晴香の事とか、いろいろやらなきゃいけない事があるんだっけ。こっちの仕事はほとんど中山さんがやってる感じだけど、雅之氏も横田さんも忙しいせいなんだろうな。
<hr>
それで結局、雅之氏は夕方になっても来なかった。
横田さんは夕方にちょっと顔を出してたけど。
「御舘なら、監視局本部に戻っている」
茜が聞いたら、横田さんはそう言ってた。
「何かあったんですか」
「例の、別件の都合だ」
「例のって、晴香の?」
「ああ」
やっぱり忙しいんだ。
「あの、晴香の居場所って、わかったんですか」
無事だといいけど、どうなってるだろう。
横田さんも忙しいのは判ってるけど、これだけは聞いておきたかった。
「おおよそのところは絞り込めた。接触はまだ少し先だ」
「無事……ですよね」
「命に別状は無い、と俺は踏んでいる」
なんか表情の読みにくい人だけど、嘘はついてないような気がする。
それにしても横田さんって、本当に判りにくい人って感じ。感情もあんまりないみたいだし、言葉も素っ気ない。
「危険があるとすれば、むしろ君達の方だ」
「え?でも、ここって、なんにも無いですよ」
「今のところはな。警戒を怠るなよ」
あたりまえだけど、油断する気は無いです。そう言ったら、横田さんはじいっとこっちを見つめてた。
……なんか、変な目。
制帽(軍帽、って言うんだったかな?)を目深に被ってるから陰になってるけど、どっか普通じゃない感じ。
「あの、横田さん。怠るなってことは、ここでしばらく警備しててもいいってことですか?」
横田さんの違和感は何なんだろうとあたしが考えてる横で、茜がそんな事を聞いた。
「ああ。君達が構わなければ一週間ほど延長してもらいたいところだが、そうは行かんだろうな」
「え、いいんですか」
「帰還タイミングがずれるという問題がある。茜君はあれが保護者だから構わないだろうが、亜紀君は御家族が心配するだろう」
「あと一週間いたら、どのくらいずれるんですか」
「あちらの時間で、二時間ほどだ」
それって、たいしたズレじゃないと思うんですけど。
とりあえず観察するのをやめて、あたしは茜と横田さんの話に注意を戻した。
「何の連絡もなく帰宅が遅れると、親御さんが気になさるのではないかな」
なんか、急に話が小っちゃくなった気がするのは、気のせいじゃないと思う。
たしかに、電話もしないで七時過ぎまで帰らなかったら、お母さん怒るけど……うちの門限とここの見回りって、そもそも比べられるものじゃないと思うんですけど。でも。
「若い女性に門限破りをさせるのは、あまり好ましくないのだが」
横田さん、大真面目だった。
思いっきりずれてます。
もしかして横田さんって、天然ボケなんだろうか。見かけは愛想無いけど。
「あの、一回怒られるくらい、構わないです。できるだけ手伝いたいんですけど、ダメですか?」
「こちらは非常に助かるが」
「横田さん。あっちの東京の誰かから、亜紀の親に電話かけてもらったらどうですか」
茜が言うと、横田さんも忘れてたと言って、うなずいた。
「本部の許可が取れるようなら、亜紀君が直接連絡をとってもいいのだが……親御さんは心配しないか」
「ちゃんと連絡すれば大丈夫です、うちの親。そこまで過保護じゃないです」
「そうか、判った。今晩中に手配しておく」
う~ん、ますます判らない人になってきたかもしれない、横田さんって。
でもとりあえず、ここを放り出して帰る必要がなくなったのは、良かったことにしようか……あ。
「また出た」
なんなんだろう、このタイミングって。
「どこだ?」
「上です」
真面目に見回ってるときは出てこないくせに。
どうしてご飯食べてたり、お風呂入ろうとしてたり、人と話したりしてるときだけ出てくるんだろ、このどこでもドア。
「横田さんから見てええっと、六時の方向、の、えと、あの木のとこ」
今回は場所まで微妙だった。
ドアを閉める機械はあたしらも預かったけど、あの場所にあるドアだと、ちょっと高すぎてあたしも茜も消せない。
「なにそれ、むかつくー」
機械を準備して投げようとした茜が、すごく正直に言った。
「ありえない根性悪さだよね~」
「ほんと、マジありえないよね。梯子、どっかにあったっけ」
「貸せ」
茜が持ってた機械を、横田さんがひょいっと取り上げた。
そしてそのまま、普通に投げる。
……あの、そういう投げ方すると肩とか肘とか壊すって聞いたんですけど。他の男の人たちも、野球のボールみたいな投げ方はしてないのに。
でも、けっこう重い、何Kgかあるそれは、まっすぐ飛んでってドアに命中する。
いつもみたいに、泡が弾けるようにポンと消え……るんじゃなくて、ドアを突き破って、中で破裂するみたいにして、吹き飛んだ。
矢島さんだって、あそこまでの勢いで投げてないのに。横田さんも鍛えてるみたいだけど、矢島さんよりは細いんだよね。
「……すごい腕力ですね」
思わずそう言ったら、
「必要だからな」
返って来たのはやっぱり、微妙に外した答だった。
<hr>
ビーコンはもう無いはずだけど、出てくる場所とか時間が気になる。
横田さんが集会場のほうに行った後、歩きながらそんな話をしたら、
「出て来たら全部消してるの、もしかしてまずいのかも」
茜が、そう言いはじめた。
「え、なんで?」
「あっちから見たらさ、消えるピボットを作ったところに、人がいるって事じゃん」
あっちこっちに適当にドアを作ってみて、その中で消えるドアがあるところが重要な場所。重要じゃない場所は放置するはずだから。っていうのが、茜の考えたことだった。
たしかに、そういう考え方も出来る。
「なんか、それって拙そう」
「でも、兄貴たちが判ってないとは思えないんだよね」
「なんで?」
「あれでも一応、ベテランのはず……なんだけど」
茜が小学校に入った時、雅之氏はもう監視局に勤めてたらしい。
「あれ?そうすると、雅之氏って幾つなの?」
お兄さんが十一年前にはもう働いてたって、すごい歳の差兄妹だと思うけど。
「う~ん、たしか今、三〇くらいだったんじゃないかな」
「知らないの?って雅之氏カワイソー」
「でもさー、兄貴の時間ってあたしの時間と流れ方違うし」
あ、そうか。仕事でここにいたら、雅之氏のほうが早く年取るんだっけ。
「そゆこと」
「それで三〇か……って、あれ?二十歳前から働いてんの?」
「うん。飛び級してたから大学も早く出ちゃったし、親いなかったし、で十八くらいから働いてたらしいんだよね」
なんかすごく重い話をされたような気がするけど、茜の口調はいつもどおりだった。
「だからさ、見落としてるってことは無いと思うんだけど……でも兄貴のやる事だから、判んないか」
「あのさ、それって、雅之氏の事びみょーに信用してなくない?」
「だって兄貴、抜けてるし」
うわ、思いっきしはっきり言った。
たしかに抜けてるって言うか、とぼけてる人だよね。そのうえ、雅之氏とコンビ組んでるのが横田さんで……ああいう人ばっかりの平行宇宙警察って、なんかすごく微妙なとこかもしれない。
「あの二人が平均ってことはないと思うけど、ていうか思いたいけど」
「うわー、自信なさそげだし」
「でもさー、あの二人で組んでるのってどう見てもアレじゃん」
「アレって何よ、あれって」
茜がなんて答えるつもりだったのかは、判らなかった。
そこらじゅうに、数え切れないほどドアが出てきたせいで。





