第三章【5】
また集会場に戻ったあと、本当ならあたしらは相田さんの家に戻るはずだったんだけど、雅之氏と横田さんの話を聞いて残ることにした。
「なんでこの辺センサー無いの!?」
茜が驚いていた。
「数が足りん」
……きっぱり言わないで下さい、横田さん。
機材が足りなくって、集会場の周りには十分な警報装置が付いてないんだって。人が一番いっぱいいるあたりなのに。
「無用心すぎない?」
「配置換えはしたんだよ、これでも。でもこれ以上ここの警備を固めてしまうと、周りが手薄になるからね」
そう答えてくれたのは雅之氏。
監視しなくちゃいけない範囲はけっこう広いから、周りの機械をこっちに持ってくるわけにもいかないんだって。
「ねえ茜。機械が足りないって、もしかしてここの軍隊ってけっこう貧乏?」
ありえない!って言ってる茜に、あたしはこっそりそう言った。
「もしかしなくっても貧乏だよこれ」
「予算が足りないから、貧乏といえば貧乏だな」
あ。聞こえてた。それにしても横田さんって、耳がいいよね。
「そもそも、この部隊の重要性もあまり理解されてないからね。なんだかんだで予算は削られがちなんだよ」
雅之氏が苦笑気味に言ったのに、中山さんが複雑な顔をしてた。
「まあそんなわけで、このへんの警備も手薄だし、ちょっと遠いけど夜は相田さんの家に戻ってもらう」
うーん、それってなんだかなー。
「あの~、いいですか?」
ここの人たち放っておいて、あたしらだけ安全なところに戻るってのは、ないよね。
「あたしじゃ、ダメですか?」
「何が?」
聞き返した雅之氏だけど、あたしの言いたい事は判ってるみたいだった。
横田さんも、たぶん。無愛想な顔のまんまだけど、おでこに少し皺がよった。
「このへんに警報装置ないなら、あたしでも役に立つかな~と思うんですけど……」
雅之氏が真剣な顔して、考え込んだ。
横田さんも、たぶん同じ。
しばらくしてから、
「お前が決めろ」
そう、雅之氏に向かってボソッと言った。
「反対しないなんて、珍しいですね」
「もともとこの件、お前が指揮をとるべきだからな」
「あなたのほうが階級は上ですよ」
「ここの連中が観測官を軽視した結果に過ぎんさ。観測主体の捜査だ、俺はお前の判断に従う」
「わかりました。……そういうことなら亜紀君、残ってくれると助かる」
あんがい、あっさりと決まった。
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集会場の近くの警報装置やってるだけだから、実はあんまり、働いてるって感じは無かった。
ご飯とお風呂が済んでからも、見回りみたいな感じで歩き回ってるだけ。
「なんか番犬みたいだよね~」
集会所の外においてもらった縁台に戻ってから、そんな話をしてた。
「番犬って言えばさ、友里んちの犬、なんていったっけ」
「ランス。でもさ、あの子ぜんぜん、番犬になってないよね」
ビーグルかなんかが混じってる雑種犬なんだけど、誰が来ても懐くし。前にあたしらが遊びに行ったときも、たしかお腹を見せてたんだよね。
「あーたしかにそうかも。泥棒が来ても懐きそう」
「うわ、役立ってない」
「可愛いからいいんじゃない?」
「うーん、犬としてのアイデンティティとか無いのかな」
「ないない、絶対ない」
人んちの犬だけど、それでいいのかなあ。
それにしても、外でずっとぼーっとしてるって言うのも、けっこう暇だった。
深夜になれば、やっぱり眠くなるし。
気がついたら縁台で居眠りしてて、誰かが毛布をかけてくれたのに気がついたのは明け方だった。それも明け方の寒さで目が覚めただけで、毛布かけてくれた事にはぜんぜん気がつかなかったわけだけど。
それから朝ごはんまでまた歩き回ったけど、なんにもない。時々小さい『窓』が出来かけては消えてたけど、それだけだった。
「やっぱり、なんにもないね~」
ご飯食べながらそんな事を言ってたら、中山さんが複雑な顔をしてた。
あたしら以外の人たちは、あんまり寝てなかったらしい。観測班の人たちは全然寝てなかったという話だった。
観測班以外の人たちも、交代で厳重に警戒してたんだって。
そんな中でぐーぐー寝てたあたしらって、相当のんきかもしれない。
「でもさ、なんにもない方がいいって」
「だけどさ、拍子抜けしたって感じだよね」
茜は安心してるんだか残念だか判らない感じでそう言った。
「昨日みたいな事が無いって、はっきりしたら言い……あ、出た」
ご飯食べてる時に、なんで狙ったみたいに出てくるかな。今日の朝ごはんは沢庵とおにぎりと味噌汁だけだけど、至福の時間ってやつじゃないのご飯って。それを邪魔されるのって、はっきり言ってムカつく。
それも、あたしらの前二メートルのとこにわざわざ出てくるなんて、なんか許しがたい。
「やばそう?」
「ん~、どうだろ。まだドアは開いてないけど」
「場所はどこだ、木村君」
「すぐそこです」
おにぎりを持ったまま指さしたら、中山さんがすぐに人を呼んでいた。
ドアが開く様子は無いけど、ちょっと用心した方が良さそう。
そう思ってる間に兵隊の人が来て、黒っぽい機械をぽいっとドアに投げつけて、ドアを消した。
午前中いっぱいは誰もが忙しかったみたいで、警報機役のあたしと茜だけが相変わらず暇だった。
あんまり忙しくても困るんだろうけど。
なんだか微妙に眠いのを我慢しながら午前中も見回りをして、それからお昼ご飯。
「消しても消しても沸いてくる。どうも妙だと思ったよ」
ゆっくり食べてる暇の無かったお昼ご飯の後で呼ばれて行くと、雅之氏がそう言った。
「なんか、あったんですか?」
「ああ。この近所に、ビーコンが設置してあった」
「ビーコン?」
「ピボットを作るための、まあ、目標みたいなものだね。ドアを作る時に、『ここにドアを開けてくれ』と印を付けるための装置だよ」
ええっと。
良く分からないでいたら、中山さんが
「つまりだね、ビーコン無しでピボットを作成するのは、あまり簡単じゃないんだよ。ビーコンが無いと位置もずれやすくなるし、どのくらいの強度でピボットを維持して良いかも良く分からないから、ピボットを作っても十分な大きさを得られなかったりするんだ」
そう、説明してくれた。
「けっこう便利なんですね~。……あれ?」
関心してから気がついたけど……それって、思いっきりまずいんじゃないだろーか。
あたしらのいる方からしたら、簡単に来てもらっちゃ困るわけだし。
雅之氏はあたしの感想に苦笑いして、それから言った。
「もちろんまずい。横田さんが壊しに行ったが、問題はそれを置いたのが誰か、ということなんだよ」
そっか。
そんな装置、勝手に生えてくるはずが無い。誰かが置いたのだろうって事は分かるし、一個だけ置いたって言う保証も無い。
あんなのがまだあるんだろうか。
ある可能性が高い、というのが雅之氏の意見で、実際、その意見が正しかったことはたった2時間後に証明されてしまった。
横田さんが壊したビーコンと、同じ信号が出ている。
雅之氏は記録用紙を睨みつけながらそう言い、中山さんはそそくさと何かの準備に取り掛かった。
見つかったビーコンは2つ。一個は林の中に設置してあったけど、もう一つは農家の納屋に置いてあった。
納屋の持ち主のおじさんが呼ばれて、何か聞かれてたようだけど、何を話していたのかは判らない。あたしに判ったのは、そのおじさんから話を聞き終わった後、雅之氏と横田さんが真剣な顔で何か相談してたことだけだった。
それにあたしらにとっては、その後に知らされた事の方が問題だった。
「逃げたって、晴香がですか?」
午後三時くらいに電話を受けた雅之氏が、そう伝えてくれた。
「ああ。君たちがこちらにいる間はずっと、相田室長の家にいてもらったんだけれどね」
「でも、逃げるって言っても」
行くところなんか無いはずだけど。それに、相田さんちをわざわざ抜け出す理由もなさそうだし。
そう言ったら、
「行き先の目星はついているんだよ」
そう、雅之氏は言った。
「……こっちに、知り合いなんかいないですよね?」
っていうか、いるはずが無い。
「晴香君自身の知人はいなくても、遠山の所属する組織の構成員がいる。遠山に合わせてやるといって、おびき出したようだ」
晴香の部屋に、メモが残っていたって……でもそれ。
「なんかの罠じゃないの?」
茜もなんか青ざめてる。
「おそらく、そうだね」
「そうだねって……晴香、危ないんじゃ」
「今しばらくは無事だろう」
微妙な事を言った雅之氏は、不気味なくらい落ち着いていた。
「兄貴、探してよ。晴香だって保護してるんでしょ!?」
「残念だが、彼女は重要参考人だよ」
「なんで!晴香だって未成年だし、こっちには巻き込まれて飛ばされただけじゃない!」
茜が一生懸命言ってるのを見てる雅之氏は、別人みたいだった。
表情が全然読めない目で、ものすごく冷静に茜を見ている。今までは平凡だけどいいお兄さんっていう感じだったのに、
「はっきり言うと、晴香君には時空犯罪者の共犯容疑がかかっている」
そう言った口調も、声は変わってないけどすごく突き放した感じだった。
「犯罪組織の構成員に呼び出されて、のこのこ出かけた時点でアウトだよ。これでは私も庇いきれない」
「でも、そんなの知らなかったんじゃ」
「下手に動くなと、私から言い聞かせておいたんだ」
取り付く島も無いって、こういう話し方を言うんだろう。
「共犯容疑って……でも晴香、なんにもしてないですよ」
なんとかなんないんだろうか。そう思って聞いてみたら、雅之氏はやっぱり感情の読めない目であたしを見て、小さく溜息をついた。
「彼女が説得に応じてこちらに戻るようだったら、いくらか希望はあるかな」
あんまり期待できないような感じだけど、そう答えてくれた雅之氏はいつものとおり、人のいいお兄さんに見えた。
なんか言いたいけど、何も言えない。
「……説得する時は、あたしも行くからね」
茜が怒ったように言うと、雅之氏はうなずいた。
「……亜紀、行こ」
何か考えながら仕事にまた取りかかった雅之氏を置いて、あたしは茜にくっついてその部屋を出た。





