第三章【4】
「A0地区、封鎖作業を終了いたしました」
「ご苦労」
何分か経ってから木箱にもたれて座った雅之氏は、中山さんの報告に仕事口調で答えていた。
傷からの出血は止まってない。治療係の人が頭にガーゼあてて包帯も巻いたんだけど、なんだか派手に血がにじんでいる。ずいぶん簡単な手当てしかしてないけど、それで間に合うのかなあ。
「それで中山、経過は」
まだあまり気分の良くなさそうな雅之氏だけど、声はもうしっかりしてる。
「ケーゲル値に若干の変動を認めますが、許容範囲内です」
「観測は続行してくれ。第一級警備体制は解除し第二級体勢に移行だ。それと、午後の作業を再開させろ」
「観測続行、第一級警備体制解除し第二級体勢に移行、特異点特定作業再開、以上了解しました」
ぱっと敬礼してから、中山さんは戻っていった。
雅之氏は、中山さんが持ってきた紙を眺めている。
「茜、おちついたか」
紙から目を離さないままで、雅之氏が聞いた。
「どしたの」
「手が足りないんで、手伝ってくれ」
「兄貴、ほんとに大丈夫?」
「心配するな、何かあっても療兵が面倒見てくれるさ」
……なんか微妙にずれてます、雅之氏。
「午前中の続き、できるか?」
「……兄貴、頭、本当に大丈夫?」
「ん、大丈夫じゃなくても私自身では判らないから、大丈夫だ」
……本格的にずれてます。
「それ、大丈夫って言わない」
「細かい事は気にするな。というわけで悪いけど、行って来てくれないか」
「……べつに、いいけど」
茜はすっごい微妙な顔してたけど、無理も無いよね、これ。
「じゃあ頼んだ。ああそうだ、出かける前に顔と手だけは洗って行くんだぞ」
天然ボケなんだとは思うけど、頭の怪我は怖いって言うよねえ。大丈夫なのかな。
なんか微妙な気分のまま、あたしたちは午後の予定を消化することになった。
途中でいきなり大き目のピボットが一瞬出来たり消えたりしたけど、それ以外はたいしたこともないまま、午後の時間は過ぎた。
四時には戻ってくるように言われていたから、途中で切り上げて戻ったけど。
……成果はたったの12個。あたしらってやっぱり、才能無いかもしれない。
とりあえず書き込んだ地図を渡しに行くと、雅之氏と中山さんはテーブルの上に地図を広げて、なにか検討している最中だった。
ついでに、横田さんも来ている。
邪魔したら悪いと思ってしばらく待ってたけど、全然終わりそうに無い。
困ってたら、雅之氏の班にいる大森さんと言う人が、二人に声をかけてくれた。
「ああ、悪かったね。どうだった?」
雅之氏が覗いてた地図には、あたしらが書いたのよりもよっぽどたくさんのマークが付いていた。
ついでに言うと、あたしらのよりずっと細かく調べてある。雅之氏達が調べてない空白部分を埋めているのがあたし達の作った図だけど、レベルの差ははっきり言って、高校生と幼稚園児くらいあった。
「……12個だけです」
なんとなく、決まり悪い。でも、雅之氏は良くやったと言ってくれた。
「そんなにあったのか。それで、大きそうなのは?」
「一つだけです。その他に途中で一つ、ついたり消えたりしてましたけど」
「そうか、ありがとう」
あんまり上手く説明できなかったけど、何とか説明した。
なんか忙しそうなので、説明し終わってすぐに邪魔にならないように出て行こうとしたら、雅之氏があたしら二人を呼び止めた。
真面目な顔をしてるから多分、シリアスな話。
「ところで、相談があるんだが」
「なんですか?」
「予定を繰り上げて、ピボット封鎖作業を行う事にしたんだ。昼間の事もあるから、君たちがどうしたいかを確認させて欲しい」
昼間の事って……そっか、あれ。
「危険がある以上、後方に移動させたいのでね」
と、これは横田さんが言った。
あたしと茜は思わず顔を見合わせて、それから横田さんの方を見て、答えた。
「イヤです」
……ハモった。
実のところ雅之氏は横田さんの案に賛成してるわけでもなかったし、人手も足りないってことで、あたし達は居残ることに成功した。
「危ないから退がってろ、ってなんか乱暴だよね~」
やっぱ横田さんって、やな感じのオジサンだよね。『戦闘になった場合、足手まといになる』なんて言ってたし。
「それにしたって、足手まといはないんじゃないの?」
茜もブツブツ言ってる。
「デリカシーないよね~」
「ホントそうだよね。何のためにあたしがいると思ってんのよ」
「あ、そういえばなんで?」
あたしが残る以上、茜は有無を言わさず残らないといけないらしい。茜にくっついてるといざという時に逃げられるから、らしいけど……そういえばどうしてそうなるのか、聞いてなかった。
「あれ、そういえば言ってなかったっけ」
「聞いてない」
「あたし、アクシスホッパーだから」
「なにそれ?」
「どこでもドアを簡単に通れる人」
「誰でも通れるんじゃないの?」
鉄砲持って通ろうとしてる人がいるみたいだし。そう言ったら、茜は少し首をかしげてから、
「ピボットのサイズと、その人の重さの関係で、通れたり通れなかったりするんだよね」
と、説明してくれた。
「それに、普通の人は時間軸に固定されてて、他の平行宇宙には行きにくい体質なんだよね。移動できるほうが珍しいらしいよ」
「あたしらって、なんかさくっと来てたような気がするけど」
「時空遷移弾っていう、爆弾のエネルギーがあったから」
普通の人が移動しようと思ったら、けっこうなエネルギーが要る。だけど、自分のいる平行宇宙から吹き飛ばすような爆弾もあって、今回はそれのエネルギーをうまく使って全員が無事移動できたってことらしい。
「爆弾?」
「うん。そのまま巻き込まれたら、コッパミジンだと思う」
……ええと、平然と言うようなことじゃないと思う。それ。
「……もしかしてあたしらって、ラッキーだった?」
「多分。兄貴がマニアックなプログラム書いてたのが役に立ったんだと思う」
あたしらがここに来たとき、焦げちゃった機械。あれ、雅之氏がカスタマイズしてたんだって。
「そういえば、茜、雅之氏からなんか機械もらってたよね。あれも同じの?」
「ちょっと違うかな。あれ、アクシスホップしやすくするための機械だから」
「え~っと、つまりどこでもドア開けましょう装置ってこと?」
「そんなとこ。で、あれ使うと亜紀連れて移動できるから、いざとなったらピボット通って逃げろってわけ」
ふうん、それなりに考えてるんだ、雅之氏。
「あんなんでも監視局員だし。一応」
「一応とはなんだ、一応とは」
いつの間にか出てきてた雅之氏が、茜の頭を軽く叩いてツッコミを入れた。
「うわ、兄貴。なにすんのよ」
「何してる、はこっちの台詞だ。こんなところで人の悪口言ってるんじゃない」
雅之氏たちは村の集会場を借りてるんだけど、あたし達がいるのはそのすぐ外。
もしかして、聞こえてたかな。うわやばいかも。
「盗み聞きしてたわけ?」
「耳に入ってくる音、聞かないでいるほうが難しいだろう」
雅之氏はもう一回ペシッと茜の頭を叩いてたけど、なんか手加減抜きっぽかった。
「あんま叩かないでよ!バカんなったらどうすんのよ」
「もう十分バカだよ。……二人とも、ちょっとそこまで歩こうか」
あたしは思わず、茜と顔を見合わせた。
話があるって事だよね、これ。怒ってるのとも微妙に違うけど、なんなんだろう。
雅之氏が立ち止まってこっちを振り向いて、行くぞ、ともう一回声をかけてくる。断れる雰囲気じゃないから、付いて行くことにした。
歩いてる間、雅之氏は何も喋らなかった。
そして着いた先は、ちっちゃな神社の境内だった。
ちょっと長い話になる、と前置きしてから、適当に腰を下ろせと言われる。あたし達がお社の縁側に腰を下ろしたあと、雅之氏はしばらく考えてから、やっと口を開いた。
「茜、親父が殉職したときの事、覚えてるか」
「……あんまり。お父さんの事も覚えてないし」
「おまえ、横田さんにあんなに懐いてたのにな」
「え?」
雅之氏の溜息は、なんか凄く寂しそうだった。
「あの事件の時、親父と組んでたのが横田さんだったんだよ」
「うそでしょ?横田さんそんな年に見えないよ。お父さん死んだのって、十年以上前だよ?」
「見かけどおりの年じゃない。それに、あの事件で一度ロストしたんだ、あの人は」
ロストって、どういうことだろう。
「ロストすると云うのは、どこかの時間線にランダムに吹き飛ばされるってことだよ。時空の迷子になる」
あたしが疑問を口にする前に、雅之氏があたしに向かってそう説明してくれた。
「迷子……ですか?」
「ああ。監視局でも、どこに行ったのか突き止められない状態の事を言うんだ。そうなったらまず戻って来られないし、それ以前に、迷子になった時点で生きていられない。ましてあの事件でロストした人たちは、時空遷移弾に巻き込まれたからね」
さっき、茜が言ってた爆弾。
「あの、それって、普通だったら死んでるって事ですよね」
「まあね。実際、生存していたのは横田さん一人だったし、その横田さんも無傷じゃすまなかった」
「……」
「ロストして、でも戻ってくるなんて、珍しいね」
茜が、足をブラブラさせながら、そう言った。
「横田さんはもともと、時空犯罪の被害者なんだ。自分の故郷時間線から無理やり引き剥がされた影響で、時空固定性がひどく低い。それが逆に助かる要因だったのではないかと推定されている」
「……どゆこと?」
「爆風で簡単に吹き飛ばされたから、千切れずに済んだってところかな」
「そうじゃなくって、被害者だって事」
「その辺りは、私から詳しく話すわけにいかないよ。ただ言えるのは、お前達が巻き込まれた場合の事を一番心配してるのが、横田さんだってことだね」
ああ見えて、かなり苦労したらしいからね。
雅之氏はそれ以上を言わない。でも、もっとたくさんの事を知ってるみたいだった。
「……でもさ、あれじゃずいぶん感じ悪いよ?」
雅之氏が説明してくれなきゃ、ただの嫌なオジサンだし。
そう言ったら、雅之氏ははっきり苦笑した。
「それは私もたびたび注意しているけど、治らないね。言葉が足りない上に無愛想だから、誤解されるんだ」
「兄貴、もしかして、苦労してるんだ」
「もしかしなくても苦労してる。ま、今回はいい薬になっただろうけどな」
「なにそれ」
「昔は懐いてくれてた子供に、ものの見事に嫌われたわけだからね。これで多少は愛想良くする気になってくれればいいんだが」
なんか雅之氏が言うのを聞くと、相当へこんでるみたいに聞こえるけど、ちょっと信じられない。それは茜も同じだったみたいで、
「そんなの気にするような人に見えないけど?」
そう、正直にツッコミを入れてた。
たしかに、子供好きって感じは全然しないし。というか、そもそも他人が嫌いっぽい雰囲気あるし。
「でもな、茜。お前達に危険が迫ったら、真っ先にお前達を庇うのは多分、あの人だぞ」
なんか想像できないけど、雅之氏は大真面目だった。





