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第十二話 客人と騎士の茶会

 レジェスは何かとクレアに誘いを掛けるが、その実ほとんどが街にやって来た楽団や劇団の公演などの催しに際してであり、ただ単に食事や茶に誘ったことはなかった。そして、今回花茶の有名な店にやってきたのも、やはり例に漏れず確たる目的あってのことだった。

 柔らかなヴァイオリンの音色の響く店内はひっそりとしているが、席はほとんど埋まっている。レジェスとクレアが案内されたのは、店の最奥に近い衝立で隠すように区切られた一角だった。訳知り顔の店主に曰く、その席が騎士――特に〈青瑶騎士〉御用達なのだという。

 顰め面でメニューにかじりつき、悩み悩んだ末にクレアが注文したのは夏の果実のタルトと水蜜桃のムースケーキ、それから店主推薦の花茶が二種類。レジェスとは観劇帰りなどに食事をすることが度々あったが、その度決まって「デザートはクレア嬢の好きなのにしてよ。半分こしよう」と言って選択権を委ねた。その決まり文句が、今回も発揮されたのであった。

「……それで、約束のもの」

 店主によって注文の品が運び込まれると、真っ先にクレアはそう言って小さな包みを取り出した。

「うーん、相変わらず単刀直入だねクレア嬢……。俺としては、もう少しお茶とお喋りを楽しんでから――うん、ごめんなさい、何でもないです」

 向かいから冷たい一瞥を喰らったレジェスは、しょんもりと肩を落として頭を振った。その口が閉じたのを確認してから、クレアはテーブルの上に置いた包みを開く。

「勝利を呼ぶよう、紅玉(ルビー)。魔を払うよう、銀」

 真白い包みの中からクレアが取り上げたのは、鎖帷子のように銀の輪を編み込んで形作られた、銀の鎖だった。レジェスが遠征に出掛ける前に依頼した、腕飾のアミュレットである。

 掌の上に乗せてそれを目の前に差し出された瞬間、レジェスは感嘆の息を吐いていた。〈青瑶騎士〉の同僚であり、クレアの勉学の師であるクロヴィスが以前に制作を依頼していた青玉(サファイア)の柄飾を羨み半分に見て知っていたが、やはり美しいと思う。

 磨き上げられた紅の宝石は親指の爪ほどの大きさか。小さな輪の集積から成る太い鎖に組み込まれた数は三つ、艶やかに輝いている。紅色の奥に小さな炎が燃えているかのように光がきらきらと眩く揺らめいているのは、何らかの術が込められている証だ。術の扱いが上手くなされているものほど、秘める輝きは美しくなると聞く。実のところ、クレアが何よりも得意としているのは石を削ることでも金属で形作ることでもなく、魔術を込めることであるとか。成程、と頷くに相応しい、輝きだった。

「簡単な魔術なら、持っているだけで弾ける。硬質化の魔術を掛けた上で、頑強さを強める彫り物をしておいた。万が一の場合には盾にしても、少しは役立つはず……。込めた術式は、身体能力増強、五感強化、術式増幅。――間違いは?」

「ない、けど、こんなにいいものを作ってもらえて、とにかく感激してるよ」

「……お世辞は、いらない」

 ぶっきらぼうに言うと、クレアはふいと顔を背け、掌の上の飾りを手早く包みの中に仕舞った。包みごとレジェスに押し出すや、素知らぬ態で茶を飲み、二つに割ったケーキの片方を食べ始める。

 レジェスは緩み切った笑顔でクレアを見、そして押しやられた包みに手を伸ばす。

「ねえクレア嬢、これ今着けてもいい?」

「納品はした。後は、自由。依頼主の」

 回りくどいが、要するに肯定であろう。レジェスは一層破顔すると、いそいそと包みを開き、左の手首に飾りを着ける。ほう、と息を吐いて飾りを天井から吊り下げられた灯りに透かす様は、まるで念願のプレゼントを受け取った子供のようにも見えた。

「素敵だよ、本当に。――ありがとう、クレア嬢」

「……気に入ってもらえたなら、何より」

 ぼそり、とクレアは頷く。その姿に、レジェスは深い安堵と喜びを抱いた。

 かつてクレアは師に乞われるまま飾りを作ったことを、一時ひどく後悔したことがあった。レジェスとクロヴィスの名乗る〈青瑶騎士〉は、このバリエンテの都市を代表する騎士の中の騎士。その彼らが身に着けるものと言えば、一流と呼ばれる中でも更に選り抜かれた職人によるものだ。

 当時はそんな事情を何一つ知らず、世話になっている恩を返すことが出来れば、と請負ってしまったクレアの動揺と言えば、ひどいものだった。その姿を目の当たりにしたレジェスは、未だに思い返すだに事情をきちんと説明しなかった同僚――クロヴィスはレジェスら〈青瑶騎士〉を統率する立場にある為、正しくは上司と評すべきであろうが――への怒りともつかない苦々しさを覚える

 ――だが、今回クレアは渋りながらもレジェスの依頼を受けた。それは己の技術が依頼を受けるに足るという自信を確かに付けることが出来たという証に他ならない。

 二人が出会った三月前を皮切りに、クレアが寝る間も惜しんで研鑚に励んでいたことを、レジェスは彼女の養母であるロレナから聞いて知っている。クレアを目に入れても痛くないほど可愛がっているバレリオは、何かとレジェスを敬遠するような素振りを見せるが、幸いにもロレナはレジェスに好意的だった。時たま手紙をくれては、レジェスの喜ぶ情報をくれる。クレアが知れば怒るだろうが、彼女が語らずにいる側面を知ることができるのは、この上もない喜びだった。

「この飾にかけて、アヴァンテとの戦いには勝ってみせるよ」

「期待する。……けど、怪我だけは、しないように」

「うん、全力を尽くすよ。――あ、当日の席は俺が用意してもいい? 納品のお礼も兼ねてさ。また、子供達誘ってくる?」

「代金は、先にもらってる。礼はいらない……けど、お願い、したい。迷惑でなければ」

 居心地悪そうに言うクレアに、レジェスは「もちろん!」と即答する。

 クレアはひどく律儀な性分で、レジェスに何かしてもらうことを極端に嫌がった。食事や観劇の代金もそうである――クロヴィスに対してはそこまで拒否しないらしいというロレナからの情報を聞いて以来、レジェスの中で一層彼への対抗心が燃え盛っている――が、特にその立場を利用して利益を得ることに過敏だ。

 クレアの師であるクロヴィスはバリエンテの〈青瑶騎士〉の長であり、レジェス自身もバリエンテ随一の騎士として名高い。その二人が揃ってクレアの細工物を身に着けているのである。二人を伝手に他の騎士から依頼を受けることも容易いはずが、彼女は頑なにそれを拒んだ。以前レジェスがそれとなく提案した際など、無言無表情で激怒し、丸一日会話を拒まれたことすらあった。あの時は危うく立ち直れなくなるかと思った、とレジェスは後にクロヴィスに打ち明けたという後日談もあるが、余談である。

「それじゃあ、チケットが用意できたら連絡するよ。できてなくても連絡するけどね!」

「ほどほどに」

 そう言ってクレアは一端言葉を切ったが、水蜜桃のムースを食べ終えると、花茶を含んで一息つきながら、ふと口を開いた。

「アヴァンテの〈青瑶騎士〉は、どんな? 強い?」

 その問いを受けたレジェスははたと瞬き、そう言えばアヴァンテと戦ったのはクレアがクロヴィスの手引きを受けて初めて観戦に来た時よりも前のことだったと思い出す。なるほど、アヴァンテについて知らなくとも当然だ。

 だがしかし、何と説明したものやら。レジェスはタルトを食べていた手を止め、些か困ったような風情で頬を掻いた。

「んー……正直な感想を言った方がいいよね?」

「可能、なら。問題があるなら、いい」

「はは、問題っていう程のものじゃないよ。ただ、彼らにとっては愉快な意見じゃないからね。念の為断っておくと、彼らが弱いって訳じゃないんだ。一般の騎士に比べれば、それこそ天と地ほどの力量差があると思う」

「でも、バリエンテの〈青瑶騎士〉とも、大きく差がある?」

 レジェスがどう暈して伝えようか迷っていたことを、クレアは早々に察したらしかった。彼女らしい真っ直ぐ突き込む矢のような言葉に苦笑しながら、レジェスは是とも否とも言わず、一口花茶を啜った。

「この前戦った時も、これまでも、バリエンテとは随分戦力の差があったのは確かだよ。――でも、クロヴィスは未だかつてなく警戒してる」

「〈私の師〉が? 何故?」

「さっき、クレア嬢が行き会ったって子」

「アンドレア・リリェバリ?」

「そう、たったの十七で〈青瑶騎士〉に登用されるなんて、よっぽどのことだ。――あ、俺の自慢してる訳じゃないからね。したいけど。ここぞとばかりに」

「先。話の」

「うーん、相変わらずつれない! まあ、冗談はともかく、〈青瑶騎士〉ってのはその都市の名代、矜持と責任を一身に背負うものだからさ。よっぽど腕が立つとか、魔術が上手いとか、そう言った特例要素がなければ、まず領主たちは認可しないんだよ。無様な戦いだけは、絶対に見せちゃいけないからね。特に、アヴァンテは近年最下位争いが続いてる。これ以上の失墜は絶対に避けたいはずだ。本当によほどのことがなければ、十七歳の若造を任じるなんて博打は打たない。――絶対に」

 絶対に、とティーカップの中に咲いた花を見下ろして呟いたレジェスの表情は、普段の陽気さが嘘のように真剣だった。クレアが過去に何度か招かれるまま見に行った〈青瑶杯〉の試合で見せた、バリエンテ――否、王国で五本の指に入る騎士である事実を否応なく思い知らせる、鋭利な空気。

「……なるほど、分かった」

 クレアがこっくりと頷いて見せると、レジェスははっとした風で目を上げた。図らずも虚を突かれたような顔をしたレジェスを、じいっと正面から見詰める。その眼差しの強さは、歴戦の騎士であるレジェスをして、一瞬息を詰めさせるほどだった。

「警戒してるのは、〈私の師〉だけじゃない。ソル氏も。……ひょっとしたら、誰よりも?」

「……鋭いね」

 レジェスが小さく笑うと、クレアは真面目くさった顔で頭を振った。

「分かること。顔を見ていれば。……アヴァンテは、難敵」

「うん。今までとは、多分違う。違うんだと、思うよ」

「勘? 騎士の」

「そう、それも〈青瑶騎士〉のね。俺とクロヴィスのだから、二人分のお墨付き」

 おどけてみせると、クレアはほんの少し、淡く微笑んだ。

「それは大変。無事に勝てるよう、祈ってる」

「ありがとう、心強いよ。……クレア嬢からの激励となると、クロヴィスまで張り切りそうなのが、ちょーっと癪だけど」

「意味が分からない。伝えて、〈私の師〉にも。無事に勝てるよう、祈ると」

「ああ、うん、伝える、伝えるよ。大丈夫。騎士に二言はないよ!」

「……怪しい」

 クレアの微笑が一転、じとりとした不審そうなものへと変わる。となれば、レジェスが慌てないはずもなかった。

「そ、そんなことないよ! クロヴィスにはちゃんと伝えるって!」

「本当に?」

「本当本当、本当に本当!」

「……なら、信じる」


 斯くして概ね和やかに時は過ぎ、その日もクレアはレジェスに付き添われてエスパルサ夫妻の工房へと帰還した。レジェスから〈青瑶杯〉の座席の用意が整ったと連絡があったのは、実にその三日後。

 アヴァンテとの戦いが、七日後に迫った日のことであった。

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