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第一話 客人の随想

 アーラ・ウィアと称する国がある。

 大陸と称しても良いほどの巨大な島を統べる大国だ。もっとも、かつてはその広大さに見合うだけに膨大な、幾多の国々が全土の覇権を争い、各地で泥沼の戦争が繰り広げていた。およそ、千年と少しばかり前の時代の話だ。しかし、その戦争時代は突如終わりを告げる。


 アーラ・ウィアの初代国王は、〈天上の王〉と渾名される。

 伝承に謳われる〈天上の王〉は、どこからともなく天に浮かぶ城を従え現れ、瞬く間に各国を攻め落としたのだという。従えた国を決して蹂躙せず、平等に扱い、その為に広く尊崇された。俄かには信じがたい話だが、事実として、瞬く間に島全土は〈天上の王〉によって統一された。〈天上の王〉の登場からアーラ・ウィアの建国までは、たったの五年しかかからなかったというのだから、何とも常識はずれな話である。


 〈天上の王〉はアーラ・ウィアの建国後、長く善政を敷いたが、寄る年波には抗えず、八十の歳を目前にして病没した。後を継ぐ王たちは〈天上の王〉に倣い、概ね良き王として振る舞ったが、十七代目の〈()いの君〉と渾名される王は長い歴史の中でも他に類を見ないほどの暴君として知られている。

 暴虐と専横の限りを尽くした〈眩いの君〉への諸侯の反発は強く、悲惨な――そして長い内乱の果てに退位は成されたが、国土は荒廃した。終わりの見えぬ荒廃だった。


 不運なことに、〈眩いの君〉の手によって多くの王族が命を絶たれていたのだ。残されたのは、幼い上に継承権を持たされぬ女児と、傍流の下級貴族ばかり。

 王の選定に議論は紛糾し、結論が見いだせぬまま時間ばかりが過ぎる。その内で〈眩いの君〉を廃す原動力となったズィクムント公家を筆頭とした革命派貴族が着々と権力を拡大させていったが、空転を続ける王国の中では、止め得る手などあってないに等しい。


 荒れた国土を尻目に、貴族は隆盛を極める。そこに強大な統一王国の面影は既になく、空の玉座の下には、無数の都市国家が生まれ始めていた。後に(あぶく)の時代と呼ばれる、王の不在を幸いに各々の貴族が気ままに政治を敷いた、異端の時代の幕開けである。


 空虚なアーラ・ウィアの名がその威を取り戻すには、四半世紀ほど――後の〈青薔薇帝〉、王国史上初の女王となるディアナ・ラフェンテの登場を待たねばならない。

 ディアナは、先王〈眩いの君〉の姪にあたる。女児とは言え、れっきとした〈天上の王〉の末裔である。ともすれば、その存在一つで王国の状況を全く変えてしまうかもしれない。


 その存在を危ぶんだズィグムント公によって、ディアナは幼くして放擲された。許された取り巻きは乳母とわずかな護衛たちのみで、財産も地位も何もかもが剥奪された。しかし、その状況下にあっても、ディアナは決して諦めなかった。

 幼い時分から、ディアナは極めて怜悧にして果断な気質であった。貧しい暮らしに腐ることもなく、虎視眈々とその牙を研いだ。欲深い貴族たちが、己の領土を統べるだけで満足するはずがないと理解していたのだ。いずれ、アーラ・ウィア全土を巻き込んだ、大きな内乱が起きる。

 ――その推測は、見事的中した。


 内乱の隙を突いて天の王城を制圧したディアナは、電光石火の如きわずかな時間で全ての都市国家を掌握した。王城に上ってから、たった三年で王国の再統一を成し遂げたのだ。その辣腕は〈天上の王〉の再来と称えられ、一切の反論の入り込む余地もなく、ディアナは第十八代アーラ・ウィア国王として即位した。

 泡の時代の再現を危惧したディアナにより、様々な制度が整えられたこの時代は、現代のアーラ・ウィアの礎であると言っても過言ではない。


 〈青薔薇帝〉は苛烈ではあったが、無慈悲ではなく、何よりも蹂躙を好まなかった。〈青薔薇帝〉に忠誠を誓った多くの都市国家は許され、その形態を現代まで維持し続けている。それが後々、アーラ・ウィアに建国より三度目の大乱を呼び起こすこととなるのだが、それはまた別の話だ。別の時に語るとしよう。



 ――何はともあれ、これで私がどのような国に住んでいるかは、おおよそ察してもらえたのではないだろうか。

 私の名前は、クレプスクロラ・エスパルサ・アルエリタ。近しいものはクレアと呼ぶ。歳は十九、性別は女。三ヶ月ばかり前までは日本で学生をしていた。図書館で論文を紐解いていたはずが、何がどうしたのか、気付けばアーラ・ウィアは西方の大都市バリエンテに放り出されていた。


 初めは何がどうなったのか全く理解できず、周囲の誰も彼もに日本語が通じないことに驚愕した。それどころか、私の話す言葉はこちらの住人にはひどく聞き取りにくいようで、意思の疎通そのものに苦労した。名前すら聞きとって貰えないので、早々に伝達を諦め、新しい名前など付けてもらってしまった始末である。

 それが、先に綴った名前だ。随分と長い名前だが、どうやらこちらではこれが普通らしい。もっとも、私の場合ではクレプスクロラ・エスパルサと名乗ることが多いように、もっぱら何がしかを略して簡易化させることも多いようだ。ならば、そんなに長い名前を付けなければいいではないか、と私などは思うのだが、異文化理解とは難しいものである。


 さて、日本にいた頃は異世界などというものが存在するなどとは思ってもいなかったし、ましてや自分がその中に放り込まるとは予想もしていなかった私ではあるが、現実として遭遇してしまった以上認めるよりない。

 幸いにも親切な老夫婦に拾われたお陰で、日々恙なく過ごしている。日本に帰りたい気持ちが無い訳ではないが、その手段も見付からない上に、こちらの言葉もお世辞にも流暢とは言えない片言具合だ。申し訳ないことに、拾ってくれたエスパルサ夫妻にすら、満足に身の上を説明できていない。それでも、夫妻は何も言わず、笑顔で面倒を見、養ってくれるのである。エスパルサ夫妻は、この世の聖人であると称えても言い過ぎではあるまい。


 そんな夫妻に日々助けてもらっている私としては、帰るとしても、これまでの恩を返してからでなければ帰れない。そんな次第で、私は細工師である夫妻に弟子入りし、細工師見習いとして働きつつ、こちらのことを学んでいる。





 そこまでを手帳に日本語で書き連ねたところで、クレアは手を止めた。自分の書き連ねた文章を読み返し、苦笑する。誰に読ませる予定がある訳でもない。それなのに、どうしてその「誰か」に向かって語りかけているのだろう。

 ふと、聞き慣れた柔らかな声が耳に届いた。高名な細工師エスパルサ夫妻の片割れ、〈光の紡ぎ手〉ロレナ・エスパルサ――エスパルサ夫人の声だ。どうやら、クレアを呼んでいるらしい。

 万年筆で書いた文字は、まだ乾かない。手帳が閉じないように重石を載せてから、万年筆を引き出しにしまい、古びた学習机を離れる。部屋を出れば、すぐに階下へ続く階段がある。それを下りれば、そこはもう夫妻の工房だ。

 はて、何の用だろう。首を傾げながら、クレアは師であり恩人でもある老夫妻の待つ工房へと下りていった。

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