お熱い視線に注意報
昼休み、職員室へ集めた課題プリントを届けた帰り道でのこと。
吹きさらしの渡り廊下をのたのた歩いていると、どこからか聞き覚えのある声が耳に届いてきた。
その声の主を探して校舎の裏庭方面へまわると、つい最近柔道部を引退した三年生の先輩二人の姿が目に入る。
厳つい顔と大きく筋肉質な身体を持った重量級の覇者ヤクザン先輩と、運動音痴だけど頭と顔が良いから地味にモテる超有能マネージャーのインテリッツ先輩だ。
一見正反対の二人だけど、家が隣り同士の幼馴染で今でもそれなりに仲良くやっているらしい。
それにしても、こんな場所で何をしているのだろうか。
目の前の木を睨みつけるように立っている真っ赤な顔のヤクザン先輩と、そのすぐ隣りで同じく彼の前の木を無表情に眺めているインテリッツ先輩。
全く状況がつかめない。
それでも『まぁ、せっかくだから挨拶だけでも…』と思い、俺は彼ら二人にまっすぐ近付いて行った。
「テメェ、俺のタマに泥塗りやがって。どう落とし前つけてくれんだ?あぁ?」
微妙に身体を斜めに傾けながら木に向かってスゴむヤクザン先輩。
普段は温厚で良い先輩なんだけど、極度に緊張するといきなりチンピラにジョブチェンジしてしまうという困ったクセがあるのだ。
まぁ、試合などでは顔の威力とも相まって相手選手たちをビビらせる効果があったわけだけど。
なぜ今、木を相手にそんな緊張状態にあるのかは分からないが『またいつものかぁ』程度でこの時の俺は特に何も思わなかった。
そして、彼の言葉をどう捻じ曲げたらそんな結論に至るのか全く理解不能な訳をつけるインテリッツ先輩。
「訳。好きです。付き合って下さい。」
その唐突な内容に驚愕して、足の動きがピタリと止まってしまう。
二人は背を向けているため、未だこちらの存在には気がついていない。
……もしかして、俺は聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうか?
そんな風にこのまま踵を返すべきかどうするか脳内でうだうだ迷っている内に、ヤクザン先輩が再び口を開く。
「んだとぉ?調子こいてんじゃねぇぞ、コラァ!」
「訳。どうしても駄目ですか。」
「オイ、あんま俺の事ナメてっと痛い目みるぜ?」
「訳。イヤなところは改めますから、どうか考え直して下さい。」
いやいやいや、もうコレどこからツッコミを入れたらいいんだ!?
そこでついに興味本位に負けてしまった俺は、平静を装いつつ二人に向かって声をかけた。
「…………何してるんですか、ヤクザン先輩にインテリッツ先輩。」
途端に、先輩たちがものすごい勢いで振り向いてくる。
それに一瞬ビクッと身体を竦ませつつも、すぐに彼らへと小さく頭を下げた。
「オッス。ご無沙汰してます。」
それに対し、無言で片手を上げるインテリッツ先輩。
次いで、ヤクザン先輩は俺の質問に対して怒鳴るように答えを返した。
「見世物じゃねぇぞ、ガキぃ!殴り込み前の景気づけに決まってんだろうが!」
「訳。見られていたなんて恥ずかしい。告白の練習です。
あっ。僕は告白相手が誤解を受けないように、彼の言葉を意訳する役目を頼まれました。」
なるほど、自分の緊張時の態度が誤解を受けやすいのはヤクザン先輩自身も知る所なのだろう。
さっきから一度もインテリッツ先輩の訳を否定しないところを見ると、実はかなり正確に彼の意をくめているようだ。
でも、いくら訳がついたからってヤクザン先輩自身の態度がアレで上手く行くとは思えないんだけど……インテリッツ先輩はその辺りどう考えているんだろうか?
「そうだったんですか。それは邪魔をしてしまい、すみませんでした。
……にしても。本番だけじゃなく練習まで付き合っているのは、やっぱりヤクザン先輩の事を心配してでしょうか?」
「いえ。仕事を頼まれたからには、手を抜かないのがモットーですから。」
あ、さいでっか…。
しかし、本当に翻訳にだけ徹するのもどうなんだろうか。
正直、告白というよりヤクザがインネンをふっかけているようにしか見えないのだ。
それに対してアドバイスのひとつもないのは、やはり不親切というか何というか。
……って、先輩たちの関係に俺がごちゃごちゃ口出しするこっちゃ無いわな。
「ところで、ヤクザン先輩。
告白の練習にしては、断られることが前提に見えたんですけど……。」
「っめぇ!ふざけた事言ってんじゃねぇぞ、コラぁ!謳わされてぇのか?」
「訳。上手く行く前提で練習しては、本番で失敗した時に余計に傷ついてしまいます。」
「…あ、あぁ、なるほど。」
実はガラスのハート持ちな先輩らしいっちゃらしいな。
「でも、僕としてはその可能性は低いと見ているんですよ。」
「おいっ、待てリッツ!何を言う気だ!?」
焦った様子でインテリッツ先輩の肩を掴むヤクザン先輩。
しかし、インテリッツ先輩の口は止まらない。
「ここ数カ月、こっそりとですが彼へと熱い視線を送ってきている女生徒がいてですね。」
「黙れ!それ以上、口を開くな!」
「それに気がついた僕が教えてあげたところ、彼の方も段々とその子に好意を抱くようになりまして。」
「がああああああ!貴様ぁぁああああ!!」
「あちらは物陰から見ているばかりですから、ここはこちらから告白をするべきであると。」
「へぇ~、どの角度から見てもヤクザ顔のヤクザン先輩を……。
度胸のある女子もいたもんですねぇ。」
胸倉を掴んで超至近距離で睨みつけるヤクザン先輩を、全く意に介さず顔だけ俺の方へと向けて会話を続けるインテリッツ先輩も大概すごい度胸だと思いますけどね。
無暗に人を傷つけるような性格じゃあないと知っていても、これは充分怖い。
うん。話も聞けたし、下手に怒りが飛び火する前に退散するとしよう。
「じゃ、先輩達を見かけて挨拶に来ただけなので俺はこれで。
あっ。告白、頑張って下さいねヤクザン先輩!俺、応援してますから!」
「はあぁ!?何、調子に乗ってんだテメェ!砂にしてコンクリつめんぞオラぁ!」
「訳。ありがとう、君のおかげで何だか勇気が湧いてきました。
あぁ、そちらも秋の大会頑張って下さいね。
地方予選には応援に行く予定なので、皆にもそう伝えておいて下さい。」
「はい!ありがとうございます!」
お礼を述べつつ大きく手を振りながら、さっさと教室へと戻る俺。
後日、たまたま廊下で会ったインテリッツ先輩から聞いた話。
ヤクザン先輩は件の女生徒からあっさりフラれてしまったらしい。
実は当の彼女は三次元もイケる高レベル腐女子で、熱い目で眺めていたのはインテリッツ先輩とヤクザン先輩とであーんなこーんな人には言えないイケナイ妄想を繰り広げていたためだったそうだ。
俺にはあまり意味が分からなかったが、インテリッツ先輩が窘め無ければ次の冬の祭典に出されてしまうところだったとか何とか。
あまりのショックで今まで皆勤賞だったヤクザン先輩がもう一週間も学校を休んでいるらしい。
うーん、何と言う苦すぎる初恋。
繊細で純粋な先輩が、今回の件でトラウマなんか出来ていないか些か心配です。
…………合掌。
謳わせる・砂にする→ボコボコにするの意