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7人7色  作者: 蓮千里
2/7

担当:幸

                                                 ファイル0・キャラ雑談2





「一本目のビデオ、終了です」


杏はそう言いながら、ビデオテープを取り出した。


「いや、ホント疲れたよ。このファイル。私より、幸のほうが向いてるファイルだったんじゃ……?」


「いえいえ。理奈がやってこそ意味があるのですよ」


赤い帽子をくるくる回しながらチラリと幸に視線を送る理奈。


対して何も言わずに爽やかな笑顔で返す幸。


――――どちらも、怖い……。




「……そーいや、理奈。お前評判いいほうだぜ?な?智菜&智香??」


蛍がわざとらしく咳払いをし、双子の少女達に話を振った。


「はい!『感情がでていてかわいい』とのお返事が来たようでございます」


真紅の着物の襟元から、そういった内容が書いてあるらしいハガキを取り出し声に出して読む智菜。


心からの笑みで伝え終わると、理奈に飛びつかれ尻餅をついてしまった。


「はぅっ……」


「きゃー!ホントホント?!やーさすが私ねー」


智菜の小さな悲鳴もお構いなしに、理奈は単純に喜びをしめす。


……大迷惑な喜びかただ。


智菜と理奈を見比べながら、何かを迷っているような智香を目ざとく見つけた星花。


彼女の右腕に常にいる白い生き物―――風を司る龍、風龍(通称:フー君)までもが智香に視線を移した。


「どーしたんすか?智香はん」


風龍つきの星花がかがみこみ、智菜の目線で尋ねる星花。


声音はとても優しかったが、彼女の目は何かをたくらんでいる色をしている。


それに気づかず、智香がボソボソと声に出す。


「え、えと。理奈さま宛ての……その、お手紙がまだあるのでございます。ですが……あっ!」


珍しくまごつく智香の小さな手から、あっさりと星花が手紙を奪う。


智香の驚きの声に耳をかさず、星花はそのまま声に出す。


「ミサイルのように刃を突き立てるとは……案外簡単に想像してしまって滅茶苦茶怖かったですよ。

というか、普通が嫌いなだけでもうすでに普通じゃない気が……だそうっす。


そういやそうっすよね―やっぱ、普通が嫌いなら麻薬付けに……」




ブンッ




ただ一度だけ、冴凪が空を切った。


星花の顔面の空気を真横に。数ミリずれていたら、大変な怪我を負っていただろう。


それができなかったのは、幸が星花を後ろへ引き、蛍が理奈を引いたからだ。


「落ち着け、理奈」


十字架を自分の肩にポンポンと乗せながら蛍。


「悪乗りしすぎです、星花」


はあ……とため息をつきながら幸。


それにしても。


智菜に喜びを(はた迷惑なやり方で)表していたはずなのに、どうやって冴凪をも掴み、狙えるのか。


疑問符が残る行動である。


「……大丈夫ですか?智菜さん、智香さん」


杏が優しく双子に尋ね静かに笑う。


ピリピリした空気の中、よくも彼女だけは笑ってられると感心する双子達。


だが、それも長くは続かなかった。


急に影ができたと思い振り返れば、鬼の形相で智菜と智香を見下ろす理奈がいたのだ。


「!!」


「!!」


条件反射で身を縮める智菜達だったが、理奈は黙って空間に手を伸ばす。


その手には確かにビデオが掴まれていた。




「”起動”……」


無表情で無感情の理奈が口を動かした。
















親父は、俺を送り出したのに。


笑って送り出したくせに……!






「――――生きてなきゃ、意味ねーだろうが……生きて、な、きゃ……」


俺は、バカみたいに泣き散らしていた。








                                                         ファイル2・担当・幸”YUKI”〜ホントの強さ〜




人ごみの中で初めて俺達は会った。


正直、あの人ごみの中で、よく『現行犯です』なんてぬかして腕を掴めたもんだ。


その上、サツ(警察)まで呼びやがって。


ま、俺は楽勝で逃げたけど。


「次はでしゃばんなよ?まあ、会わねーけどなっ!」


笑いながら俺は、その場を後にした。


ブロロロロ……なんて生易しい音じゃない。


所謂、暴走族が出す音。


口に出しては言わないが、周りの連中は思ってるはずだ。


『五月蝿い騒音』ってな。


でも俺は……俺達は知ったことじゃない。


バイクを吹っ飛ばして何が悪い?


気分が爽快になるんだ。


この高揚感はやった野郎しかわかんねーさ。


どっかで、うるせー女の悲鳴が上がる。


野次馬はほとんどけちらしてやった。


死人が出なかったのが不思議なくらいのスピードで、俺は突っ走る。


あちこちであがる悲鳴をBGMにして。


そのBGMが俺を最高の気分にすること、なんでわかんねーかな。


暑い夏の日を過ごすには、最高スピードでバイクを飛ばすに限るんだってんだ、バーカ。






「どうぞ、彼が盗ったお財布です。貴女さまのでしょう?」


女性は微笑みながら、老婦人に渡す。


バイクの音がかなり遠くにいって、野次馬なども散っていく。


そんな中、とてつもなく冷静に対処した女性、幸の声がよく響いた。


まだ腰が抜けているのか、老婦人は座り込み、ただただ財布と幸を見るばかり。


「あ、アンタどうやって、こんのひとごみの中で……」


「私、こういうの得意なんですよ」


大勢の野次馬の中心で、幸はにっこりと得意げに笑った。


レモン色のワンピースが風によって揺らされる。


太陽に照らされたレモン色のワンピースが青空をバックにした姿は、よく映える。




****


「いや、『得意』じゃなくて、『能力』だろ!」


思わずツッコミを入れる蛍。ツッコミついでに十字架を振り回さないで欲しい。


他のメンバー他のメンバーは大迷惑である。


血の気の多い女武将だから仕方ないかもしれないが……。


「蛍さまは『攻撃型』でございます故、いつもお元気で羨ましいでございます」


「理奈さまもでございます……対して幸さまは『能力型』。蛍さまのお気持ちはお察しいたします……」


蛍の言葉に、補足する智菜と智香。心なしか2人の顔色は脅えの色に染まっていた。


そんな2人を盗み見た蛍。


どことなく表情が引きつっている。―――かなりの精神ダメージを受けたらしい。


脅えるのは結構だが、『攻撃型』とか『能力型』……なんてことを、一般人に―――


しかも見知らぬ者同士の出会いで説明しても意味を成さないということを、誰一人として追求しないのは何故だろう。


「……そぉれにしても。幸の姐御には、ちときつい子羊じゃないっすか?」


言葉とは裏腹の緊張の欠片も感じさせない星花の声が赤い夢の住人の耳に届く。


だが。


ブカブカ白装束を身にまとった寝っ転がっている―――煎餅を食べながらの発言に耳をかす者がいるはずない。


「ご本人が承諾したのですから、私達は何も言えませんよ」


杏がさえずるような声音で、正座をしながら日本茶を入れ始める。


まるで真後ろにいる星花の言葉なんか聞こえてなかったように振舞いだ。


ここで補足しておくと、星花、智菜と智香は援護型、杏と幸は能力型で、理奈と蛍は攻撃型。


これが大雑把に分けた理奈達の力。


細かく分けるなら、理奈は『遠距離攻撃型』で蛍は『至近距離攻撃型』。


『遠距離援護型』の星花、『至近距離援護型』の智菜と智香。


そして『祈り・音勢』という能力を持っている『能力型』の杏。


二つを使うことで『語りがけ』ができ、『精神・神経治癒能力』や『精神鎮め』などといった力を使える。


そして、同じ『能力型』の幸。


その力は『予知・透視能力』。


その言葉通り事前に『何が起きるか見ること』ができ、『アドバイス』ができる能力を持つ。


聞こえはすごいが、言ってしまえば『それだけ』なのだ。


子羊が攻撃的なら、なおさら分が悪い。


「予知と透視をうまく使えば……幸は優勢だよ」


理奈は考える仕草をしながら、冴凪を握り締め言葉を口にする。


「全員、気ぃ抜かないように」




****


「にしても、司の動きをよく見分けられたな、あのアマ」


「DEATHの4天皇・司の仕草を見切るなんざ、並の女じゃねえな」


あちこちに車やバイクが止められていた。


場所は司の家から10kmは離れた不良のたまり場で有名なバー。


名を『CROSS』。


現在は営業していない、無人の店。


場所も暗闇の中に建っているように暗い場所にあるので、彼等にとっては好都合といえる。


しかし……彼等の溜まり場には似合わない名前だ。




DEATHには4天皇と言われる、ヘッド(頭)が存在する。


菅原宏すがわら ひろし大宮賢治おおみや けんじ宇崎孝也うざき たかや、そして俺、田村司たむら つかさだ。


ちなみにグループを作ったのは宏。


歳は紹介順に、18歳、20歳、14歳、15歳。


ただし、宏と賢治は学校にも職にもついてない。司や孝也は一応学生をやっている。


どこの生徒かばれてもお構いなしなのか、司も孝也も各々の夏服征服を身につけていた。


「―――時間だ。クズの駆除の」


「今日も暴れるぞ!野郎ども!」


宏と賢治の掛け声で、俺と大親友の孝也……通称:タカヤンは立ち上がる。


そして一斉に走り出す。


それぞれのグループにわかれて。




「ばらす(殺す)ことのないようにな」


「そっちこそ」


タカヤンが笑いながら言うと、その笑いは伝染した。


俺達だけでなく、俺達の配下達も。


何がおかしくて笑っているのか、誰も彼もわからないまま……




今日も、俺達の駆除仕事、『親父狩り』が幕をあげる―――








【なして、子羊を保護しないんすか?姐御】


【―――――その呼び方、やめて欲しいといった覚えがありますよ?星花】


【そーっすか?】


幸と星花の交信を苛々しながら聞いていた2人が、ついに噴火した。


【だああああ!やる気あんのかよ!幸!!】


【なんっか見てて苛つくんだけど?!】


蛍は十字架を赤い地面に叩きつけながら、でかい声で怒鳴り散らし、理奈は冴凪を砕くかのように握りしめている。


―――気持ちは分かる。


なんせ、CROSSの屋根の上に幸はいたのだから。


そして、『根っからの攻撃型』2人組みだ。


噴火しないほうが不気味である。




【忘れたのですか?】


“私の能力を”、と続け、呟く声。


それはとても静かで小さくて、でもどこか重みがある発言。


だからこそ、理奈も蛍もおとなしくなり、星花も杏も、そして智菜や智香も聞き入ってしまう。


赤い空間に響く、幸の声音に。


【―――――田村司が何故、DEATHに入ったかも、今からの彼の行動も全て分かっています】


帽子をかぶり直し、一呼吸を入れてから、幸は続けた。


【私の力で、やり方で……やらせていただきます】


同時に幸はCROSSから消えていた。


夜の街に、いや司の元へと移動した。




****


「おら、立てよ……立てって言ってんだろ!」




ドガッ




暗闇の中で、金属バットを先頭切って腹部に入れたのは、司。


中年のサラリーマンが呻くことなく前方に倒れる寸前、またもや鈍い音がした。


孝也が司と同じところを蹴り上げたのだ。


孝也は小学生の頃まで、サッカー小僧だったらしい。


かなりのダメージを受けたのだろう。


中年の親父はピクリとも動かない。完全ノックアウトってやつだ。


「流石、『黄金の脚』や『神の脚』の異名を持つだけはあるな、タカヤン」


「まーな。つーか、さっさと頂こうぜ?まあ、あんまりコイツから期待は出来ねーけどよ」


孝也は気絶した親父の背広から財布をあっさりと抜いた。


確かに、金は3万しか入っていない。


「おい、コイツやけにカードねえか?」


銀行、郵便局、クレジット……ありとあらゆるカードが詰まっている。


「……いくぞ、司」


孝也は、財布ごと持つと、俺を促した。


一刻でも早く、カードの暗証番号などを調べるためだ。


それが出来るのは、宏と賢治。


彼等は、一流のハッカーと言っていい。


見せたとたん、きっと鼻歌交じりで割りだすに決まっている。




「孝也さん、司さん!狩りは大成功っす!戻りますか?」


俺達の配下、約25名の中のリーダー、西園寺仁が歩み寄る。


DEATHは大抵、4,5人がグループになって行動するが、俺達4天皇は、2:2でペアを組んでいる。


「ここで解散」


孝也が無表情で言うと、西園寺達は夜の闇へと消えていった。


まるで闇の中へ溶け込むかのように。


俺達だけで、宏達に会うつもりらしい。


俺より年下なタカヤンだけど、実は俺より格上だ。


同じ4天皇という中でも、一応ランクは存在する。


孝也が携帯を取り出したとき、闇の中から”あの声”が聞こえてきた。






「――――罪のない方々から、お金を巻き上げ、その上カードをも使うのですか」






忘れるはずがない。


この声は昼間の、あの女の声だ。


いつここにきたんだろう。


いや、それ以前に、なんでコイツの存在に気づけなかった……?


俺は一瞬そんな感情に支配されたが、孝也はすぐに攻撃に入っていた。


「てめえには関係ねえだろっ!」


孝也の脚が、女の顔面めがけて伸びていく。


暗闇でも女の位置は俺でもわかった。


なんせ”真正面”に突如として現れたのだから。


配下達が闇の中に溶け込むように消えたのなら、女は、闇から音なく現れたというべきか。




「しかも、襲った相手を忘れるほど、心から冷酷になったのですか?」




孝也の脚が、空を切る――――


本人は勿論、俺も目を丸くするしかない。


女は当たる瞬間、かるく身をそらし、後方に下がったのだ。


『――――――神業』


俺はそれしか頭に浮かばなかった。


だが、俺の中でスイッチが入り、俺は叫ぶ。


「どこの誰だよ、てめえっ!」


俺はそう言って金属バットを右腹部めがけて、ふりきった―――




「貴方も貴方です。家族を失う悲しみを痛いほど、知っているはずでしょうに……」




悲しそうに女は続けた。


またもやかわされたのだ。


まるで、俺の……俺達の行動を前もって察知してるかのように。


闇に慣れた目でわかる。


女は哀れむような目で、俺達を見ていた。


――――――虫唾が、はしる。


2年前の、あの感情を、記憶を全て思い出しそうで、苛ついた。


だから、俺は無我夢中で殴りかかった。


心の奥深くに眠らすために。




だが、孝也がさせなかった。


俺の名前を、読んだから。すごく小さな声だったけど、俺は聞こえた。


「……た、かや?」


驚きで声が裏返る俺。


だが、孝也はある一点を凝視して動かない。


その先には、親父狩りで獲物にしたクズがいるだけなのに。


「!?」


孝也を気遣っていると、遠くから救急車のサイレンが近づいてくるのがわかった。


十中八九、こっちにくる。


確信だ。過信ではなく、本当の確信。




「ちっ!」


こんな感情のまま逃げなきゃいけねーが、逃げるが勝ちってもんだ。


俺は孝也の腕を無理やり引っ張る。


そうでもしないと孝也は動かない。


まるで、視線の先のものに囚われたように……




「タカヤン!ふけっぞ!おい!聞いて――――」


「……やじ、親父だよ、司」


孝也は震えていた、小刻みに。


その震えは、ドンドン激しくなってきた。


震えが俺に伝染したかのように、俺の二の腕にも鳥肌がサアッとたったのを感じた。


「……だ、だって、俺達は、お、親父狩りを―――」


「”俺の親父”なんだよ!借金しまくって、俺達家族を捨てた――――親父な、んだ!」


俺より格上で死ぬほど親父を嫌っていた孝也が泣いているのを、俺は初めて見た。


心から泣いている孝也の涙。


それはどんどん溢れ出し、孝也がここを動けないのを悟った。


暗闇の中で光る涙が、俺の心を、鷲づかみにする。


「―――じゃ、またな」


一言を言うのが、こんなに言いづらいのは初めてだった。


背を向け、俺はバイクを転がす。


孝也の泣き顔が、頭から離れない。


いつも隣にいるはずの孝也がいないから、ってだけの理由じゃない。


「……まるで、昔の俺、だ……」


孝也の泣き顔が頭から離れない。


俺は”あの時”の気持ちがあふれ出ないように食いしばる。


涙ではない、生暖かいものが俺の口端を伝ってく。


俺の頭には孝也の泣き顔しか映らない。


いつの間にかバイクを止めて、空を見上げる俺がいた。


今の俺なら、誰でも殺すことができるだろう。


過信ではない。


はっきりした確信だ。




****


あれ以来、俺達DEATHのメンバーは一日中といっていいほどCROSSで顔を突き合わせていた。


賢治はPCの前。指は動かすが、滅多に口を開かずに。


俺はそんな賢治の横に常に座って孝也からの連絡を待っていた。


宏は出入り口が近いカウンターに陣取り、配下と金をかけたギャンブルをしたり、


昼間から”駆除仕事”をしに出かけたりと楽しく過ごしているようだ。


最も、特別機嫌がいいわけではない。


苛立ちをぶつけるために、紛らわすために宏は外に出て行くんだ。


帰ってきたら宏は必ず俺に聞く。


そして案の定、今日も聞かれた。


「んで、マジで連絡つかねーのかよ、司」と。


宏がイラついた声で俺に聞くが、俺は頷くしかできなかった。


ケータイをいくら鳴らしても、孝也は出ない。


それが4日も経っているんだから、短気な宏のイラついている気持ちもわかる。


けど、宏以上に俺はイラついていた。


“あの顔(孝也の泣き顔)”が頭から離れないのが原因なんだろうか……そんなことを思っていると西園寺が俺を呼ぶ。


「司さん!わかりました!」


「孝也は解約したみたいだな」


西園寺の声と、賢治の声が重なった。


俺達に走り寄った西園寺は軽い会釈をしてから話し出す。


あの日の出来事は、西園寺を使い、孝也のことを調べさせていた。


最も調べさせたのは事件翌日からだったが。


西園寺は顔が広い。


いろんな筋と深い関係で、たくさんのパイプを持っている。


だから嘘みたいな情報が俺達にも伝わる。


情報収集には欠かせない存在なんだ。




西園寺の話を頭の中で反芻する。


要約すると、孝也は、結局救急車に乗っていき、毎日のように病院へ足を運んでいた。


あの、親を、父親を嫌っていた孝也が、だ。


俺は信じることができなかった。


誰より近くにいた孝也のことだ。


誰より孝也のことは知っていると自負しているつもりだ。


――――そして、孝也自身も。


過信ではなく、確信に満ちた気持ちが俺の中にある。


なのに。




『―――どういうことなんだよ、孝也……』




思わず両拳に力が入る。


痛さなんて感じない。


これで4日間、孝也がどこで何をしていたかは今明らかにされた。


孝也がケータイを解約してたということで繋がらないわけもわかった。


だが、『何故ここにこないんだ!』という気持ちが日に日に増していく。


孝也の親父の容態はTVや新聞を見たから知っている。


意識不明の重体。


いつ死んでもおかしくない状態。


でかでかと報道されているから、ここにいる誰もが知っている事実。


でも、俺しか知らない孝也の泣き顔。


頭の中はすでにパンク気味だった。




ドン!




突如、目の前で蹴り飛ばされたカウンターの椅子。


木製だし、もとから古かったせいもあるのか、宏の蹴りで椅子の面影はなくなった。


よく見ると、カウンターもえぐられている。




「にしてもよぉ……まだ見つかんねーのか?例のアマは!」


宏の怒りの矛先が、あの女に向けられる。


俺達は孝也のことにも頭を使っていたが、それより使っているのが”あの女”のこと。


明らかに孝也のことより時間を割いているはずなのに、まるでわからない女。


宏がテーブルを蹴り飛ばし、西園寺に問うが、何も答えない西園寺。


俺達の前に2度も出てきたあの女は、未だに素性がわからないままで終わってる。


西園寺の情報網を使ってもひっかからない。


『本当に、何者なんだ』と日をおうごとに自問自答する俺。


あの夜も、いつの間にか姿を消していたことに後で気がついた。


最も、俺はあの日、『それどころではなくなっていた』が。


「次こそは……!」


俺がそう誓ったときだった。












「抜けさせてください」


CROSSのうす暗い室内に、一条の光と聞き覚えのある声が俺達の耳に届いた。


とんでもない言葉と共に。


「た、タカヤン…?嘘だろ、おい―――孝也!」


狼狽する俺の声をさえぎるかのように、一番近い宏が孝也を殴り飛ばす。


――同時に、何かが飛んで、床に落ちた。


『―――血……?!』


驚いて宏を、宏の手を凝視する。


案の定、両手には、宏愛用のナックルが装着されていた。


孝也がドアを閉める前に殴り飛ばしたからわかる。


ナックルに血がついていることが。


床に、真新しい血が落ちていることは。


「……うっ」


カウンターに全身を打ったのだろう。


うめき声が聞こえたのを最後に、孝也が動く気配がない。


「―――孝也っ」


駆け寄ろうとした瞬間、俺の身体を真後ろからものすごい電流が流れ出す。


真横にいた、賢治の十八番であるスタンガンだ。


使うのは何度も見てきたが、食らうのはもちろん初めてだ。


想像以上に強い衝撃だ。


それは、声を出せないことが物語っている。


動けない、息ができない―――完全に全身が麻痺していた。




―――何故、俺が?




そんな思いをこめた目で、必死に目を動かして賢治を見る俺。


通じたのだろうか、賢治が俺の頭に足を乗せ、話しはじめる。


「携帯を解約してる時点で、孝也が裏切ったと分かったろう……?


だが、お前は『裏切り者』に駆け寄ろうとした。


俺達DEATHにとっては、十分な『裏切り行為』に値する。筋、通ってるだろ……?」


サッカーボールを足でならすように、グリグリと頭を回され、


低い声で問われるが答えられるはずがない。


そんなことはお構いなしに、賢治の体重が乗せられていく。


幸い、床の素材も木でできているため、アスファルトよりはダメージは少ない。


それを察したのか、賢治は足をどけ、シュートを決めるように俺の腹部を蹴り上げる。


「 洗礼を決行する!」


賢治の声が終わると同時に、DEATHの面々は俺と孝也を引きずりながら、移動していく。


その顔は、誰も彼もが楽しそうだった。




俺達は運ばれる。


処刑所と言われる、CROSSの地下倉庫へと。






****


「もう遅いかもしれないでございます。手遅れになる前に」


「わたくしたちに向かわせてほしいのでございます」


智菜と智香が互いの手を取り、必死に訴える。


「セーカ君も、限界っすよ!向かわせてほしいっす!!」


智菜と智香に続き、星花までが理奈と蛍に詰め寄った。


風龍の意志も強いのか、吹くはずのない風が、赤い夢の住人を捕らえていく。


「――駄目」


理奈が静かに否定する。


目を閉じ、冴凪を握ったまま。


「行くことは許されん」


蛍はあぐらをかいたまま断言する。


手の中の十字架を膝の上に置。いて


「――――――」


杏までもが小さく首を横に振る。


ツインテールが小さく揺れた。


「な!?」


3人の反応を―――いや杏の反応をメにした瞬間に、杏は胸倉を掴まれていた。


星花によって。


「杏はん、あんた幸の姐御と同じ『能力型』じゃないっすか?!


能力型には、開放できる限界があるじゃないっすか!!


そりゃ、攻撃型にも援護型にも限界はあるっす……でも、能力型は!!」


星花の手の力は強くなっていく。


悲愴の叫び声を止めるものは誰もいない。


杏は少しずつ星花の手が冷たくなるのを感じていた。


そしてそれは自分の身体を凍らすような冷気へと変わっていく。


背筋が寒くなってくにもかかわらず杏は口を開かない。ひたすら星花の目を見続けている。


杏の真っ直ぐで曇りのない強い瞳を受け止めていた星花。


ふっと力が抜け、杏を開放した。


まるで、突然糸が切れたように。


「『目は口ほどにものを言う』って、このこと何すかね……」


星花が疲れたように微笑むと、杏は、静かに微笑み返す。






****


暗闇の中で、2人の少年が洗礼を受けていた。




ガスッ




誰かが、みぞおちを蹴り飛ばす。




まだ、動かない身体を。




「おらおら、なにやってるんでちゅか〜」


「少しは抵抗しろよ」


「ばっかだな〜こんな弱っちいお子さまが、俺達相手に勝てるわけねーって」


つい数時間前まで、配下だった奴等が俺と孝也を玩具にしてる。


武器も、金属バットやら棍棒やら……とてつもなく豊富だ。


つい数時間前まで、誰がこんななことを予想してただろう。




「――――――!!」


またもや、俺は賢治のスタンガンを食らった。


もう、息することも、どうでもよくなってきそうだ……


身体の筋肉が、信じられないほど悲鳴をあげている。




『もう、いいや……』


そんな気持ちが強くなっていく。


願望となりつつあるのは、錯覚ではない。


「あと少しで、逝けるぜ?ま、『両親』のとこへはいけねーけどな」


賢治の一言で、2年前を


自分がDEATHに入ったきっかけを鮮明に思い出すことが出来た。


蓋をしていた気持ちが、一気に俺を支配する。


そして、こともあろうにそのときの記憶が俺の脳をかけ走る。




****


俺は中1の時、両親を失った。


当時、放火が立て続けに起きていたんだ。


だけど、放火は一時、影をなくした。


だからと言うわけではないけど、どこかで皆が安心した部分があった。


そして、それは俺の家も同類だった。




だけど、それは違ってた。


放火は影を取り戻し、すぐさま俺達を襲った。


今までとは比べものにならないくらいに。


俺達は―――俺の家は、放火が影を取り戻した最初の獲物。


その獲物は容赦なくなにもかもを飲み込んでいった。




『司、逃げろ!』


『父さ―――』




燃え上がる炎の中、父さんは俺をまだ火が回っていないほうへと突き飛ばす。




『大丈夫だから……母さんを連れて、必ず―――』




親父は、笑って俺を送り出した。


俺を励ましてきた、優しい表情かおをして。




けれど。




2人が発見された時は、もう、判別も出来ないほどだったんだ……






「――――生きてなきゃ、意味ねーだろうが……生きて、な、きゃ……」


俺は、バカみたいに泣き散らしていた。


両親の遺体のそばで、涙を流し続けてた。


―――苦い記憶だ。


苦い記憶が、いい気分になるはずない。


俺はいろんな苦痛に全てを支配されている。






「おや、じは、………嘘、つ、いた…から、


だか……ら『大人』、しん、よ……うできなくて………」


大人は信用できない。


実の子供にも嘘を、最後の最後で嘘をついたから、許せなかった。


あれから、全ての大人が、憎くて。


大人の見方が変わってて。


気がつけば、俺はここにいた。


――――――道を見失っているのはわかってた。


でも、俺にさし伸ばされる手があるはずなくて……大人と会えば見境なく喧嘩する。


そんな毎日が始まってた。




DEATH(うち)にくれば?』




まさか俺にそんな言葉を掛けてくれる奴がいるとは思えなかった。


大人じゃなかったけど、孝也は俺に手を差し伸べてくれた。




―――それがどんなに救われたか。








「そっか。お前知らないんだったな、一応、被害者だから」


賢治が笑をかみ締めたように声を出す。


宏は急にしゃがみこみ、俺の耳元でささやいた。


「―――お前の家やったの、俺等だから」




『……え』




理解するのに、時間がかかる。


目は開いているものの、何を映しているかわからない。


蹴られても、殴られても、何の痛みを感じない。


感覚も感情も、俺の中で停止していた。


俺は、宏達のサンドバックになっていたのに、何も感じられない。




『今、なんて……?』




そう口に出したかった。


でも、口に出せなかった。


気持ちが、どんどん揺れて歪んでく。


「正確に言やあ……俺達じゃなくて、孝也だけどな」


西園寺の言葉で、俺の思考は、完全にシャットダウンされた。


完全に俺が動けないのを見抜いたのか、西園寺の足が蹴り上げられた。




ドス!




重く、鈍い音が俺の耳に辛うじて届く。


「うがっぁ!!」


西園寺が足を抱え、うずくまる。


弁慶の泣き所を抱えたまま微動だしない西園寺。


完全に動けなかった俺に、西園寺を返り討ちにできるはずがない。


こんな芸当ができるのは、俺の中で1人しか浮かばなかった。


「たか……や」


俺のつぶやきと同時に、今度は宏が吹っ飛ばされる。


孝也の長い脚が宏の顎に見事命中したんだ。


孝也の運動能力なら難しいことじゃない。


「………つ、かさから……離れろ、離れろよっ!」


孝也が方で息をしながら立ち上がる。


俺の名前を呼びながら。


配下達が動いたが、賢治がそれを制し、舌打ちをする。


「―――死にぞこないが」


「勝手に殺すなよ」


賢治が孝也に走りより


スタンガンを振り下ろす。




ぐゎああああ………!






倉庫内は孝也の絶叫でいっぱいになった。


いつもの孝也なら簡単に交わせていたスタンガン。


それができなかったのは、店内でのダメージに加え、先程までの元・配下達の攻撃が尾を引いているからだろう。


肉体的ダメージは、遥かに孝也のほうが上に違いなかった。








筋肉が、痙攣している。


俺のより、ずっと激しく。


「これは特注スタンガンだ。孝也はスポーツに通じている。


お前より、電流をはしらせるのが普通だろ?」


賢治が笑う。俺を振り返って。


俺の目の前に孝也はいるのに。俺は、なにもやってやれない。


無力さを、これほどのろったのは初めてだ。






「―――勝手に、ころすなって……いったろーが」


孝也が無理やり身体を賢治の方へ向け、脚を動かした―――






ぐはっ……!!






血を吹く孝也。みぞおちに宏の、拳が入ったのが原因だ。


「さっきの礼は、まだ終わってねー」


宏が手に、何かを持っている。




「死ねぇぇぇ!」


「?!」


「つ、かさ……」


「弱い奴は……死にあたる……」


宏の持っているのがナイフとわかり、俺達は互いに手を伸ばし、握り合う。




『たとえ、敵わなくても……例え、西園寺の言ったことが真実だとしても』




―――あのときの気持ちが消えることはない。






『俺は、俺のやり方で、俺の力で……護るんだ!』


二度と、離れぬように。


二度と、失わないために。


目をつぶり、俺は孝也を、孝也は俺を抱き寄せる――――






「そこまでです、DEATHの皆さん」


聞き覚えのある声が、頭上からした。


声を聞くと、張り詰めていた何かが、ぷっつりと切れて……俺達は気絶した。




「私は幸。この、田村司を解放する者。


でも、貴方方がいる限り彼に安息の日はこないでしょう……」


幸は司の意識がなくなったのを見ながら、話す。


うす暗いはずの倉庫内が、明るくなっていく。


徐々にレモン色のワンピースと同色の水平帽子が目に入る。


網目の黒い上着も、茶色いショートボブも水平帽子に巻かれた白いリボンもはっきりと映る。


静かに、すっと目の前に立つ幸の姿をみて驚かない者はいない。


攻撃的なオーラは感じない。


だが、それが逆に彼等をひるませる。




『何なんだよ……この、気持ちは……』




宏と賢治。


そして他の配下達も妙な汗をかいていた。


味わったことのない感情とともに……。


『……攻撃的な気配はない。これは確信だ』


宏が己を奮い立たせるかのように心の中で呟いた。


だが――――治まらない。


動悸は大きくなる一方だ。


『ただ目の前にいるだけなのに……なんで』


賢治の目の前には、ただ立っているだけの幸がいる。


何の武器も持たず、防具もつけないただ立っているだけの幸。


普段の宏達なら、こういった奴は『隙だらけの女』。


そう言って笑い飛ばし、気の済むまでいたぶるに違いない。


だが、幸に見られているだけで、憂いのこもった瞳に自分が映った瞬間に、動けなくなった。


信じたい事実。


信じがたい募っていく気持ち。


DEATHにとっての、予想外な出来事ハプニング


そしてこれは彼等のプライドを大きく、そしてひどく傷つけた。




「邪魔する奴も、きにくわねぇんだよっ」


無理に身体を動かした宏が、ナイフを手に持ち幸に向かった。


突っ立ったままの幸は、あっさりと刺された。


思わず口元に笑みができる宏。


音もなく幸の心臓を一突きにしたのだ。


手応えも十分。


それが証拠に、赤い血が体内から流れ出ている。


賢治も宏に続き、笑みを見せた。




「何が可笑しいのですか?」


笑みは、凍りついた。


静かな問いかける声によって。


声の方向……すなわち真正面を2人は向いた。


そんな馬鹿なことがあるはずないと思っても、見てしまうのが人間の性。


そして信じられないときに使う台詞を言ってしまうのも性だろう。


「何故、お前が『そこ』にいる?!」


賢治の声に、幸は答えない。


ただ、肩をすくめただけ。


幸は、はっきりと宏と賢治の目の前にいた。


宏がしっかりと刺していたのは、徐々に本来の姿に戻っていく。


驚いたことに、宏が刺していたものの正体は、シャボン玉だった。


無数のシャボン玉が、考えられない重さを持ち、幸に成りすましていたのだ。


常識では、考えられないことだ。


血だと思っていたのは、血のりか絵の具だろう。


だって、刺されたはずの幸の身体からは、一滴も血が落ちていないのだから。




「――――どうやって――」


2人はそれしか言えない。


だが攻撃をやめるつもりもない。


同時に2人が動いた瞬間、幸は口を開く。


「今度は、左から賢治が、右から宏とかかってくるのですね?」


無表情で幸は言った。


宏の手も、賢治の脚も一時的に止まってしまった。


冷や汗が、流れる。


その一瞬を幸は見逃さない。


「――――――しばらく警察にお世話をしてもらいなさい」


幸の両手から、いくつものシャボン玉が作られ、宏達にひっついていく。


取りたくても、取れないシャボン玉。


それは重くもあれば、軽くもあって。


重いものは本当に重く、軽いものはとことん軽い。


バランスをとるのが難しく、2人は何度も互いにぶつかっていた。


まるでひとつひとつに意思があるような動きだ。


もがいていた2人だが、次第に動きが鈍くなり―――ついには意識さえも失った。


賢治と宏が動かなくなったとたん、他の面々も地下倉庫から消えていく。


他に誰もいないのを確かめると、幸は110番をして、カセットテープを 袋に入れて2人の間に置いておく。


「貴方方の会話は、全て録音させてもらいましたから、お返ししますね」


幸は、汗をぬぐい、ふうっと息を吐くと司と孝也を連れて、その場を去った。




****


目を開けたら、一面が赤い場所に、俺達はいた。


寝心地はいいが、気分がいい場所じゃない。


血のように赤い場所。


この世に存在するはずがない場所――――多分、異空間ってとこだ。


それでも沈黙を破りたい一心で、あえて隣の孝也に聞いてみた。


「……ここ、何だと思うよ」


「異空間」


孝也はそっけなく返答したが、俺に向けた顔の表情から察するに、不安なんだろう。


気がついたらこんなとこで目が覚めたんだ。


恐いに決まってる。


でも俺達は動かなかった。


点滴をうつときのように仰向きで寝かされ、タオルケットをかけられていただけなのに。


何故か身体を起こそうと気がしない。


どこも痛くもないのに。


「―――――」


「―――――」


「「ってか何で傷が治ってるんだ?」」


俺達は数秒の沈黙を作り、その直後に沈黙を破った。


確かに宏や賢治、配下達にやられた傷や痛みがあったはずなのに、どこも痛くない。


「杏……私の仲間が傷を治しました。まだどこか痛いところはありますか?」


静かで穏やかな声が届くと、俺達はガバッと勢いよく起き上がる。


「……あんた、は」


孝也が驚いたように言葉を出すがこれ以上は続けられなかった。


驚きでいっぱいなんだろう。俺と同じく。


「私は幸。理奈―――やはり私の仲間ですが。 彼女いわく、ここは、『地獄の一丁目』だそうです。


私としては『天国と地獄の境目』と言いたいですね」


ソファに腰掛けたまま俺達に状況説明を話す幸。


その表情は、俺達の知っている表情ではなく、明らかに疲労の色が見えていた。


息も少しあがっているようだ。


本人は努めてそれを隠していたが。


司が察していたように、孝也もそれに気がついていた。


だから教えて欲しいことを口にする。


「どうしたらもっと強くなれるんですか?」


率直に、孝也は尋ねた。


今の幸に、回りくどい質問に答える気力がないと踏んでいたからだ。


司も同じ気持ちを抱いていたので、幸の返答を心待ちにしていたが意外な返答が帰ってきた。






「『それ以上強くなって』どうするんです?」






予想外の答えに、2人は面食らう。


だが、すぐに2人は言い張った。『俺達は弱い!』と。


強かったら、宏達に負けなかった……そんな気持ちをこめて。


それに幸の言うことが本当なら、目の前の幸はもっと元気なはずだ。


それもこれも、自分達が弱いから悪い……2人はかたくなにそう信じていた。


「……勘違いをしているようですね」


目を閉じ、優しく幸が声を出す。


息を吐き出しきってから発言したことに2人は気づいただろうか。


完全に疲労困憊しているにも関わらず、幸は笑みを見せ言葉を続ける。


「―――力で人の強さは決まりません。人の強さは、『いかに己の心が強いか』です。


貴方方は、互いを助ける為に、力で敵わぬ相手に向かっていきました。


それこそが『ホントの強さ』だと思います。


それに、過ちは誰もが起こすこと。まあ……少々、度が過ぎたかもしれませんが……。


でも、貴方方の人生はまだ終止符を打っていません。


やり直すチャンスが、まだあるんです。前を向いて、今日とは違う明日を歩んでください」


幸は心から微笑み、両手をポンと叩いて―――2人を帰した。


次の瞬間。


ぐらりと身体が動いた幸。


音もなく、前かがみでゆっくりと落ちていく。


彼女が全身を赤い床に横たわった直後。


近くにレモン色の帽子が落ちてきた。




****


「幸の姉御……今回は、その……」


星花が明後日の方を見ながら、幸の前でもじもじとする。


なかなか、言葉に出来ないようだ。


まあ、幸は予知能力者だから、星花が言うことは分かっているのだろう。


のんきに煎餅を食べている。




幸が意識を失い横たわった数分後。


理奈達が幸を発見し、彼女の部屋へと運び込み、ベットに寝かせ、まる2日。


彼女の能力を使いすぎたらしく、幸は死んだように眠っていた。


今、幸がのんきに煎餅を食べていられるのも、『精神・神経治癒』を寝ずに語り続けた杏のおかげである。


杏に『借りができましたね』と言うと、彼女は無言で微笑むだけだった。


それがどういう意味か、幸にはきちんと伝わった。




「幸さま、わたくしたちからもお詫びをさせてくださいませ」


「最後まで、幸さまのことを信じれず、申し訳なく思っております」


智菜と智香が言葉にすると、星花は真っ赤になり、


「せ、セーカ君……じゃなく、あ、アタシも、すみませんっ……でした」


ブカブカ帽子がすっぽ抜けるほどの勢いで頭を下げた。


主人に習うかのように、風龍までもが頭を下げる仕草をすると他のメンバーが騒ぎ出す。


「うわー星花が標準語を喋ってるよ……」


「録音しとくべしたね」


理奈と杏が笑いながら、心底残念そうに言った。




「録音しといたが?」


「?しましたよ??」




蛍と幸は同時に言った。


平然としながら。ごく当たり前のように。




「幸の姐御はともかく、何で蛍の兄貴まで録音してるんすか?!」


「知らん」


「今すぐ消して欲しいっす。てか消すべきっすよ!」


「んなもん、俺の勝手だ」




帽子を拾うことも忘れた星花と、意地悪そうに笑う蛍の追いかけっこ。


まだ終わるのに時間がかかることを幸は知っていた。


「みなさん、紅茶でも飲みませんか?」


幸は微笑んで、準備をし始めた。


まさか、幸にここまで時間を食うとは思わなかったRueです。描写って難しいですね。次回も、投稿遅くなるかもしれませんが、気長に待っていただけると嬉しいです。

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