役立たずと笑う婚約者を捨てて、公爵夫人になります
「君は本当に、何の取り柄もない役立たずだな」
ローディス・ヴァルハルトは、冗談でも言うように笑った。
「ローディス様、そんな言い方は……」
傍らにいたミレーナ・オルディスが、困ったように眉を下げる。
最近、ローディスが何かと気にかけている華やかな令嬢だ。
「事実だろう?」
ローディスは肩をすくめた。
「ダンスが特別うまいわけでもない。社交の場で人を惹きつけるような華やかさもない。まあ、伯爵令嬢として大人しくしていてくれるだけで十分だけどな」
「……」
リセリアは何も言えなかった。
反論したところで、いつものように彼は笑うだけだ。
冗談も通じないのか、と。
だからリセリアは何も言わなかった。
その日の夜。
自室へ戻ったリセリアは、机に向かっていた。
白い便箋の上を、ペン先が静かに滑っていく。
――アーデンフェル公爵閣下へ。
差出人として記す名前は、婚約者のローディス・ヴァルハルト。
けれど、その手紙を書いているのはリセリアだった。
『季節の変わり目ですが、お母様のご体調はいかがでしょうか。以前、秋になると咳がおつらいと伺いました。どうか今年は、少しでも穏やかに過ごされていますように』
そこまで書き、リセリアは一度ペンを止めた。
公爵本人も、母君の療養が長引いて疲れているはずだ。
ならば、もう一言。
相手に余計な気を遣わせない程度に、けれどきちんと心が伝わるように。
言葉を選んで書き足していく。
こうしてローディスの手紙を書くようになったのは、婚約したばかりのころだった。
筆不精だった彼が、
「君の文章は温かいな。よければ手伝ってくれないか?」
そう頼んできたのが始まりだった。
あのころの彼は、書き上げた手紙を読むたびに笑ってくれた。
ありがとう、助かった。
そんな言葉も、ちゃんと口にしてくれていた。
だからリセリアも嬉しかった。
礼状も、見舞い状も、祝いの手紙も。
彼の役に立てるのなら、それでよかった。
いつしかローディスは周囲から、気遣いのできる青年だと評されるようになった。
人付き合いがうまい。
将来有望な跡取りだ、と。
褒められることに慣れるうちに、ローディスもそれを自分自身への評価だと思うようになった。
「こんなもの、誰にでもできるだろう」
少し前、手紙を渡したときに言われた言葉を思い出す。
「まあ、君にだってできることがあってよかったよ」
リセリアは目を伏せた。
そして何事もなかったように、再びペンを走らせる。
何の取り柄もない。
そう笑われた自分の言葉を使って、ローディスは今日も誰かから信頼を得ている。
その言葉がどれほど人の心を動かしているのか、ローディスは知らなかった。
それから数日が経ち、リセリアの誕生日を迎えた。
けれど、約束の時間を過ぎてもローディスは現れなかった。
特別なことを期待していたわけではない。
ただ、久しぶりに二人でゆっくり話せたらいい。
それだけで十分なのに......
何かあったのかもしれない。
そう思って待ち続けたリセリアのもとに、ローディスがミレーナのところへ向かったと知らせが届いたのは、ずいぶん遅くなってからだった。
彼女が困っていたから、放っておけなかったのだという。
その夜は、なかなか眠れなかった。
悲しいはずなのに、涙は出なかった。
代わりに思い出したのは、これまでローディスのためにしてきたことばかりだった。
手紙を書き、相手の好みや家族のことを覚え、彼が困らないように先回りして支えてきた。
好きだったから、喜んでしてきたことだ。
けれど、そのすべてがいつの間にか、彼にとっては当たり前になっていた。
誕生日の約束さえ忘れ、何の連絡もなく別の女性のもとへ行く。
それでも自分なら許すと、きっとローディスは思っている。
そこまで考えると、不思議なくらい気持ちは冷えていた。
明日、彼がまず謝ってくれるなら。
自分を傷つけたことを、本当に悪かったと思ってくれるなら。
もう一度だけ、話をしてみよう。
けれど――もしそうでなければ。
そのときは、この婚約を終わらせよう。
翌日。
顔を合わせたローディスは、昨夜のことなど気にもしていない様子だった。
「ローディス様」
「なんだ?」
その一言で、リセリアはほとんど答えを悟った。
「昨日は、私の誕生日でした」
一瞬くらい、驚くかと思った。
けれど彼は不機嫌そうに声を漏らしただけだった。
「そうだったか。悪かったな」
謝罪の言葉ではあった。
しかし、そこに申し訳なさは少しも感じられなかった。
そしてすぐに、ローディスは続ける。
「仕方ないだろう。ミレーナが困っていたんだ」
「……そうですか」
「まさか、それで怒っているのか?」
呆れたように笑われた。
「君は昔から大人しいと思っていたが、案外嫉妬深いんだな。少しはミレーナを見習ったらどうだ? 彼女はもっとおおらかだ」
リセリアは静かに彼を見つめた。
もう、迷いはなかった。
そして、静かに微笑んだ。
「なんだ?」
「いいえ、なんでもありません」
ローディスは怪訝そうな顔をした。
けれどリセリアは、それ以上何も言わなかった。
もう説明する必要もないと思った。
この婚約を、終わらせよう。
その日のうちに、リセリアは父の書斎を訪ねた。
「お父様、お話があります」
ハロルド・ベルクレイン伯爵は、娘の顔を見るなり手にしていた書類を置いた。
「どうした?」
「ローディス様との婚約を、解消したいと思っています」
父の表情が変わった。
「……何があった?」
リセリアはこれまでのことを話した。
すべてを聞き終えた父は、しばらく黙ったのち深く息を吐く。
「分かった。先方には私から話そう」
「ありがとうございます、お父様」
「おまえの苦しみに気づいてやれず、すまなかった......」
胸の奥にあった重いものが、ほんの少しだけ軽くなった。
それから両家の話し合いが始まった。
ベルクレイン家から正式に婚約解消を申し入れ、必要な手続きが進められていく。
それでもローディスだけは、最後まで事態を深刻に受け止めていなかった。
「また拗ねているのか?」
二人で話す場が設けられたときも、彼は呆れたように笑った。
「誕生日のことなら悪かったと言っただろう。いつまで怒っているつもりだ?」
「怒っているわけではありません」
「なら、こんな大げさなことをする必要はないだろう」
時間が経てば、いつものリセリアに戻る。
そう信じているのだろう。
リセリアはまっすぐにローディスを見る。
「……なんだ?」
「私は、あなたとの婚約を解消します」
ようやくローディスの笑みが消えた。
「本気なのか?」
「はい」
「そんな、昨日のことくらいで――」
「昨日だけのことではありません」
リセリアは静かに遮った。
「もう、あなたを支えるつもりはありません」
ローディスの顔には、初めて見る戸惑いが浮かんでいた。
けれど、それでもまだ本当には分かっていなかったのだろう。
話を終えて席を立とうとしたリセリアを、彼が呼び止めた。
「待て! 待ってくれ!」
ローディスは慌てて机の上に置かれていた便箋を手に取った。
途中までしか書かれていない手紙だった。
「わかったから、せめてこれだけ仕上げてくれないか?」
リセリアは、その手紙を見つめた。
ほんの一瞬だけ。
「以前あなたは、私を役立たずと言いました」
リセリアは淡々と続けた。
「でしたら今後は、その役立たずを当てにせず、ご自分でなさってくださいませ」
それだけ告げて、リセリアは部屋を出た。
背後から名前を呼ぶ声がした。
けれど、振り返らなかった。
もう彼のために、言葉を選ぶ必要はなかった。
婚約を解消してから、ローディスの評判が変わり始めるまで、そう時間はかからなかった。
最初のうちは、本人も気にしていなかった。
手紙くらい、自分で書けばいい。
そう思っていたのだ。
けれど、いざ書いてみるとうまくいかない。
返事を出すのを忘れ、相手の家族の話を取り違え、見舞いの手紙なのに自分の近況ばかりを書いてしまう。
以前からローディスと手紙を交わしていた者たちは、次第に首を傾げるようになった。
「最近、ローディス様のお手紙は、ずいぶん雰囲気が変わりましたね」
そんな言葉を耳にすることも増えた。
それでもローディスは、自分の何が悪いのか分からなかった。
そこで彼が頼ったのは、ミレーナだった。
「悪いが、これを書いてくれないか?」
差し出された便箋を見て、ミレーナは目を瞬いた。
「私が、ですか?」
「ああ。リセリアが今までやっていたことだ。難しくはないだろう」
その言葉に、ミレーナの表情がわずかに曇る。
「……なぜ私が?」
「なぜって」
「お手紙くらい、ご自分でお書きになればよろしいのでは?」
あまりにも当然のように返されて、ローディスは言葉を失った。
そこでようやく、ローディスは気づき始めた。
自分が当然のように受け取っていたものは、誰にでもできることではなかった。
それらをずっと、リセリアが自分の代わりにしていたのだ。
そしてローディスは、そのすべてを自分の長所だと思い込んでいた。
婚約を解消してしばらく経ったころ、リセリアは父とともに夜会へ出席していた。
久しぶりの社交の場だった。
婚約解消について好奇の目を向ける者もいたが、父がそばにいてくれたこともあり、思っていたほど居心地は悪くなかった。
何人かと挨拶を交わしたあと、リセリアは一人の青年と顔を合わせた。
「ベルクレイン伯爵令嬢」
穏やかな声で呼びかけてきたのは、若き公爵フェリクス・アーデンフェルだった。
「アーデンフェル公爵様」
互いに顔は知っていた。
けれど、こうして二人で話すのは初めてだった。
「婚約解消のことは伺っています」
その言葉に、リセリアは少しだけ身構えた。
だが、フェリクスは詮索するような様子を見せなかった。
「いろいろと大変だったでしょう。今夜は少しでも楽しく過ごせているとよいのですが」
「……ありがとうございます」
その気遣いに、リセリアの肩から力が抜ける。
それから二人は、当たり障りのない話をいくつか交わした。
季節のこと。
最近の夜会のこと。
そして家族の話になったとき、リセリアはふと思い出した。
「そういえば、公爵様のお母様のご体調はいかがですか?」
フェリクスが目を瞬く。
「母、ですか?」
「はい。以前、秋になると咳がおつらいと伺いましたので。今年はお変わりなかったでしょうか?」
その瞬間、フェリクスの表情が変わった。
「……なぜ、それを?」
「え?」
「母が秋になると咳を悪くすることです」
リセリアは戸惑った。
「以前、お手紙に書かれていたかと」
「ええ。書きました」
フェリクスは、リセリアから目を離さなかった。
「……失礼ですが、一つ伺っても?」
「はい」
「ローディス殿から私に届いていた手紙ですが......書いていたのは、あなたですか?」
リセリアは息を呑んだ。
隠し続ける理由は、もうなかった。
「……はい」
小さく答える。
「ローディス様は手紙を書くことがお好きではありませんでしたので、私が代わりに書いていました」
「やはり……」
フェリクスが静かに息を吐いた。
その声には、驚きだけではない何かが混じっていた。
「ずっと、不思議に思っていたのです」
「何をでしょうか?」
「手紙の印象と、ローディス殿本人の印象が、あまりにも違っていたので」
リセリアは何も答えられなかった。
フェリクスは少しだけ視線を落とす。
「母が長く療養していたころのことです」
周囲の者たちは皆、母を心配してくれた。
見舞いの言葉も、たくさん届いたという。
「ですが、その中に一通だけ、忘れられない手紙がありました」
リセリアは黙って耳を傾ける。
「母のことだけではなく、看病している私のことまで気遣う言葉が書かれていたのです」
フェリクスは少しだけ笑った。
「当時の私は、自分が疲れているなどと考える余裕すらありませんでした......」
フェリクスは、まっすぐにリセリアを見る。
「だからこそ、あの手紙の一文に救われました」
フェリクスの言葉に、胸の奥が、じんわりと熱くなる。
自分が何気なく綴った言葉が、誰かの心に残っていた。
誰かを支えていた。
そう知ったのは、初めてだった。
夜会から数日後。
リセリアのもとに、フェリクスから一通の手紙が届いた。
封を開き、便箋を広げる。
そこに並んでいたのは、飾り立てた言葉ではなかった。
先日の夜会で話せたことへの礼。
手紙の秘密を解き明かすようなことをしてしまったことへの詫び。
そして最後に、また話す機会をもらえたら嬉しいと書かれていた。
不思議だった。
整った文章というわけではない。
それでも、フェリクス自身が、一つひとつ言葉を選んで書いてくれたのがわかるようで心が温かくなった。
それから二人は、少しずつ会うようになった。
父を交えてお茶をしたり、夜会で言葉を交わしたり。
特別なことをしたわけではない。
ただ、フェリクスはいつもリセリアの話を最後まで聞いた。
「リセリア嬢は、どう思いますか?」
「あなたは、どうしたいですか?」
そう尋ねられるたびに、リセリアは少し戸惑った。
ローディスといたころは、自分の意見を聞かれることなど、ほとんどなかったからだ。
何かをすれば、フェリクスは必ず礼を言った。
些細なことでも、
「ありがとう」
と。
その一言を聞くたびに、リセリアの胸に小さな驚きが積み重なっていった。
自分が何かをすることを、当然だと思わない人がいる。
自分の言葉を最後まで聞いてくれる人がいる。
自分がどうしたいのかを、きちんと尋ねてくれる人がいる。
それは、リセリアがずっと知らなかったものだった。
ある日、フェリクスと別れたあと。
馬車の中で、リセリアはふと思った。
大切にされるとは、きっとこういうことなのだ。
胸の奥に浮かんだその想いに、リセリアはそっと微笑んだ。
フェリクスとの穏やかな時間が続いていた、ある日。
リセリアのもとを訪ねてきたのは、元婚約者のローディスだった。
会ってほしいと言われ、リセリアは少し迷ったものの、父のいる屋敷の応接室で話をすることにした。
久しぶりに見るローディスは、以前より少しやつれて見えた。
「リセリア」
名前を呼ぶ声にも、かつての余裕はなかった。
「戻ってきてくれないか」
リセリアは黙って彼を見る。
「君がいなくなって、ようやく分かったんだ。俺には君が必要だった」
「……そうですか」
「今度は大切にする。手紙のことも、君がしてくれていたことも、もう当たり前だとは思わない」
以前なら、その言葉を聞けたことが嬉しかったかもしれない。
けれど今は、何も感じなかった。
「あなたに必要なのは、私ではありません」
ローディスが眉を寄せる。
「何を言っている?」
「あなたの代わりに手紙を書いて、あなたを支えてくれる人でしょう?」
「違う。俺は――」
否定しかけたローディスの声が止まる。
ローディスは何も言えなかった。
思い当たることが、いくつもあったのだろう。
リセリアは立ち上がる。
「もう、戻るつもりはありません」
「リセリア……」
「どうか、お元気で」
それだけ告げて、リセリアは応接室をあとにした。
背後から呼び止められることはなかった。
ローディスはようやく、自分が何を失ったのかを知った。
けれど、それを取り戻すには、あまりにも遅すぎた。
ローディスが訪ねてきた日から、さらにいくつかの季節が過ぎた。
その間も、リセリアとフェリクスは少しずつ距離を縮めていった。
そしてある日。
ベルクレイン家を訪れたフェリクスは、いつもより少し緊張した面持ちでリセリアの前に立っていた。
「リセリア嬢」
「はい」
「あなたに、お伝えしたいことがあります」
真剣な表情を見た瞬間、リセリアの胸が大きく鳴った。
もしかして――。
期待した途端、頬が熱くなる。
フェリクスはそんなリセリアをまっすぐに見つめた。
「私と結婚していただけませんか」
胸の奥から、喜びが一気に込み上げた。
言葉を探すより先に、笑みがこぼれてしまう。
「……はい」
それでもきちんと伝えたくて、もう一度。
「……はい。私も、あなたと結婚したいです」
フェリクスの表情が、ほっと緩んだ。
「よかった……」
その一言があまりにも素直で、リセリアは思わず笑ってしまった。
するとフェリクスも笑う。
「これから先、きっと楽しいことばかりではないでしょう」
「はい」
「意見が合わないこともあると思います」
そこでフェリクスは、少しだけ照れくさそうに続けた。
「だから、そのときは二人で話しましょう。私が勝手に決めるのではなく、あなたがどうしたいのかも、きちんと聞かせてほしい」
リセリアは目を瞬いた。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「もちろんです」
かつては、誰かに合わせることが当たり前だった。
求められたことに応え、自分の気持ちは後回しにしていた。
けれど、この人の隣では違う。
自分の気持ちを伝えていい。
二人で考えて、二人で決めていい。
それが嬉しかった。
数か月後。
リセリアは多くの人々に祝福されながら、フェリクスとの結婚式の日を迎えた。
純白のドレスを身にまとい、父とともに歩みを進める。
その先で待っているフェリクスと目が合うと、彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
それだけで、不思議と緊張がほどけていく。
父の目元には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「幸せになりなさい」
そっと告げられた言葉に、リセリアは微笑む。
「はい、お父様」
今なら、迷うことなくそう答えられた。
やがてフェリクスの隣に立つ。
祝福の声と拍手が広がる中、リセリアは彼を見上げた。
「リセリア」
小さく名前を呼ばれる。
「はい」
「とても綺麗です」
こんなときまで真っ直ぐに言うものだから、リセリアは少しだけ頬を熱くした。
「フェリクス様も、とても素敵ですよ」
二人で顔を見合わせ、思わず笑う。
その瞬間、リセリアは胸いっぱいに広がる幸福を噛みしめた。
誰かに認めてもらうためでもない。
誰かの役に立つためでもない。
ただ、この人の隣にいられることが嬉しい。
そして、この人も同じように自分の隣を選んでくれた。
それだけで十分だった。
式と祝宴を終え、ようやく二人きりになったころ。
フェリクスはリセリアの顔を見るなり、少し心配そうに眉を下げた。
「疲れましたか?」
「少しだけ。でも、それ以上に嬉しくて」
「私もです」
あまりにも即答だったので、リセリアは思わず笑った。
「そんなにすぐ答えるのですね」
「本当のことですから」
フェリクスも笑う。
「ただ、無理はしないでください。今日はずっと笑顔でしたから」
「幸せだったので、仕方ありません」
「それなら安心しました」
フェリクスがそっと手を差し出した。
リセリアは迷うことなく、その手を取る。
温かな指が、優しく絡んだ。
「明日からは、いよいよ一緒の暮らしですね」
「ええ」
「何か嫌なことや困ったことがあったら、遠慮せずに言ってください」
「フェリクス様も、ですよ」
「もちろんです」
「一人で何でも決めてしまうのは禁止ですからね」
少し冗談めかして告げると、フェリクスは楽しそうに笑った。
「分かりました。では、そのときは二人で相談しましょう」
「はい」
その返事をしながら、リセリアは改めて思う。
以前の自分は、相手に必要とされることが幸せなのだと思っていた。
求められるままに応え、我慢することも、支えることも、それが愛するということなのだと。
けれど今は違う。
嬉しいときには一緒に笑う。
困ったときには話し合う。
自分の気持ちを伝えれば、きちんと耳を傾けてくれる。
そして相手の気持ちも、自分が大切にする。
どちらか一人が我慢するのではなく、二人で幸せになろうとしていける。
そんな人と、これから先の人生を歩いていける。
それが何より嬉しかった。
「フェリクス様」
「はい?」
リセリアは、つないだ手を少しだけ強く握った。
「私、今とても幸せです」
フェリクスの表情が、ふっと柔らかくなる。
それから、今までで一番嬉しそうな笑顔を見せた。
「私もです」
そして今度は、フェリクスの方からリセリアの手を握り返した。
「これから、もっと幸せになりましょう」
その言葉に、リセリアは笑う。
「はい。二人で」
もう、自分の幸せを誰かに決めてもらう必要はない。
隣には、ともに歩んでいきたいと思える人がいる。
リセリアは夫となったフェリクスを見つめ、心から幸せそうに微笑んだ。




