愛の戦場
結婚式にはあまりふさわしくない天気であろう。
雨も降らず風も強くはないが、目に映る限り厚めの雲が大空を覆っていた。
それでも式はトラブルもなく進み、新郎新婦もその親族も友人達も笑顔であった。
ブーケトスまでは。
新郎の某伯爵家と新婦の某子爵家の結婚式もいよいよ終盤となり、
新婦の友人達や親族の若い令嬢たちが庭園に出てブーケトスを受けるにあたり、
そこだけまとう空気の異なる、明らかに異彩を放つ『もの』が紛れていた。
身長は周囲のご令嬢方と比べても二回り高く…もしかすると新郎より頭ひとつ高く、
腕回りは赤子の胴体ほど、胴回りは標準的な成人男性の倍はあろう。
そんな『もの』が、艶やかなドレスを身に着け、ご令嬢方と共に立っていた。
大半の出席者は『あれ』が『なに』なのか疑問でしかなかったが、
一人沈黙に耐えきれなかった男が、隣にいた事情通の友人に話しかけた。
「な…なあ、『あれ』は『なに』だかキミなら知ってるんじゃないか?」
「聞くな」
明らかに知っているのだろう。だが彼はその上で回答することを躊躇った。
そう言われても、気になるものは気になる。重ねて小声で問うた。
「やっぱり知っているんじゃないか。誤魔化すって事はやんごとなき方か?」
事情通の彼は、横目で友人をちらと見て、ため息交じりに小声で答えた。
「先王陛下の末の妹君、ゾッドリーナ殿下だよ。
人呼んで『ブーケトス界の未婚の女王』。御年は国家機密扱いだ。
滅多に人前にはお姿をお見せにならないが、こうして臣下に結婚式があると、
どうやってか招待状を入手してブーケトスの場にのみご参加あそばされる。
常にブーケ奪い合いの中心におられるが、未だ取れたことはなかった。
ここ十五年ばかりいらっしゃらなかったので、口さがない者たちは、
『ついに諦められ、世を儚んでお隠れになったのでは』などと言っていた。
噂しか知らなかったがあの体躯、まさか全て真実だとは…。
分かったろう。こうして話すだけでも不敬になりかねん」
「な、なんなんだそれは?」
うっかり大声をあげそうになり、慌てて口を押さえる男。
確かに笑い話にできるような状況でもない。物理的に首が危ない。
会場の緊迫感は異様なほど高まっていた。天候は暗示だったのだろうか。
小声の会話を聞いていた者、あるいは聞かずとも『あれ』を知っていた者は、
まばたきや呼吸すら忘れてこれからの展開を見つめていた。
ブーケが空を舞う。
「ふんっっ!!」
刹那『あれ』のドレスが胴の部分だけ爆散する。
コルセットを筋肉で弾き飛ばしたのだ。これでかなり動きやすくなる。
ゾウでもいるのかという轟音を上げながら『あれ』が落下地点へと向かう。
しかし、横から金色の光が伸びて、これまたブーケに迫る。
金髪縦ロールのどこぞの令嬢が、縦ロールを駆使してブーケを奪いに来た。
複雑な軌道を描いて迫る金髪。名づけるならデンプシー縦ロールか。
さらに別の令嬢も技を仕掛ける。
こちらは左ロールを付け根から右回転。右ロールを付け根から左回転。
両ロールの間に生じる圧倒的風圧で、ブーケを引き寄せる、言わば髪綱嵐。
その他の一見おしとやかそうな令嬢達もそれぞれ別の技を繰り出していた。
和やかだった結婚式の雰囲気は霧散し、人知の及ばぬ闘争がそこにあった。
見た目から『あれ』にのみ見守る人々の視線は集中していたが、
婚活戦士は一人だけではなかったのである。
さて、あっちへひらり、こっちへふわりと宙を舞っていたブーケだが、
結局は某男爵家のあどけない小さな淑女(八歳)の手元に落ちてきた。
争っていたご令嬢達は、身も心も血涙を流しつつも笑顔で祝福する。
この淑女が誰かと結ばれる約十年後、再びこの闘争は再演されるのだろう。
ノリで書いた。反省はしない。いつもの事なので。




