ヒロイン転生しましたが、悪役令嬢からのざまぁを待ちわびています
「……まだ? 断罪イベント、まだ来ないの?」
きらびやかな夜会の中心、シャンデリアの光を浴びながら私は焦燥感に駆られていた。
本来なら今ごろ、第一王子とかに今までの所業を突きつけられ、周囲の貴族から冷笑を浴び、泥水をすするような「ざまぁ」のどん底へ叩き落とされているはずなのに。
私の目の前にいる公爵令嬢、カトリーヌ様は、扇を口元に当てて優雅に微笑んでいるだけだ。
なぜ私がこれほど「破滅」を熱望しているのか。理由は単純だ。
私は、前世で「断罪・ざまぁ系」ネット小説の重度の中毒者だったからだ。
あのお決まりのテンプレ、絶望からの転落、そこから始まるどん底生活……。それを一度でいいから、フルコースで「生体験」してみたかった。
幸い、転生特典として神様からはこう言われている。
「この人生を全うしたら、次は君の希望通り『ステータスが存在する魔物を狩る世界』に転生させてあげるよ」
つまり、この乙女ゲーム世界はただの前座。さっさと断罪されて、修道院送りか国外追放になって、適当に余生を消化して次のアクション満載な人生に行きたいのだ。
私は計画を実行に移した。
まずは、攻略対象の王子にわざとらしくベタベタと甘え、カトリーヌ様をこれでもかと煽る。
「王子様ぁ、このタルト、あーんしていいですかぁ? すっごく甘くて、まるで王子様への私の気持ちみたい……なんて。……あっ、カトリーヌ様! そんなに怖い顔でこちらを睨まないでくださいぃ~、怖くて震えちゃいますぅ~」
私は上目遣いで王子にすり寄りながら、視線の端でカトリーヌ様の動静を探った。
(さあ……さあ来い! この泥棒猫が! という罵声と共に、扇子でバチンと一発お見舞いしてくれ! ついでに「身の程をわきまえなさい、この不潔な売女が!」なんて罵倒もセットなら最高だ! 周囲の冷ややかな視線、ひそひそ笑い……ああ、脳内に快楽物質が溢れそう!)
私は期待に胸を膨らませ、頬を叩かれる準備として歯を食いしばった。衝撃に備えて目を閉じ、最高の屈辱シーンを全身で迎え入れようとした、その時――。
「……まあ! なんて健気な方。リリアさん、あなたそんなに空腹でしたのね?」
カトリーヌ様が、ハンカチで目元を抑えながら近寄ってきた。
「……え?」
「無理もありませんわ。男爵家という慎ましいお育ちですもの、このような豪華なお茶会の食事に圧倒されて、理性を失ってしまわれるのも当然です」
……正直、ぐうの音も出ない。
前世のコンビニスイーツを神と崇めていた私にとって、この王宮の茶菓子はもはや食べる宝石、甘みのオーバーキル。この絶品タルトを前に理性を保てというのは、空腹の野良犬に待てを強いるようなものだ。
「ああ、不憫な子……殿下、もっと食べさせてあげて? この子はきっと、飢えの恐怖と戦っているのですわ!」
違う。そうじゃない。それかわいそうな野生動物を見る目だよね?!
「さあリリアさん、そんなに震えなくても大丈夫ですよ。お菓子は逃げませんわ」
「へ?」
「私が後で、公爵家御用達のパティシエをあなたの屋敷に派遣して差し上げますからね」
「え?」
「毎日お腹いっぱい食べれば、そんな風に他人の婚約者に縋り付かなくても済むようになりますわ」
聖母のような慈愛に満ちた微笑み。
背後で「カトリーヌ様、なんてお優しい……」「施しまでされるとは、真の貴族の鑑だ」と感極まるギャラリーの声。
私は完敗だった。ビンタどころか、高級スイーツの定期権を叩きつけられてしまった。
カトリーヌ様は、あまりにも完成された人格者だった。
私が彼女の目の前で、自分のドレスに真っ赤なワインをぶちまけ、「ひどい! カトリーヌ様にかけられました!」と嘘の涙で訴えれば、彼女は迷わず自分の限定品シルクのショールで私の汚れを拭い「ごめんなさい、私の威圧感があなたを動揺させてしまったのね……」と自分を責め始める。
さらには、階段から自ら転げ落ち「カトリーヌ様に突き落とされたんですぅ!」と王子に泣きつけば、彼女は真っ青な顔で駆け寄り、私を抱きしめて「ああ、私の不徳の致すところです! 誰か、この尊い犠牲者に至急最高の治癒魔法を!」と、なぜか私のことを『悪に立ち向かった殉教者』のような扱いで全快させてしまう。
極めつけは、彼女の悪評を「カトリーヌ様、裏では平民を虫ケラだと思ってるらしいわよ」と吹聴して回ったときだ。
それを聞いた彼女は怒るどころか「そんな風に私の内面を厳しく観察し、忠告してくれる友人がいたなんて!」と感動し、あろうことか私を『誠実な直言役』として王室に表彰するよう根回しを始めたのである。
……もう嫌だ。
私がクズな真似をすればするほど、彼女の聖女ポイントと、私の「可哀想な善人」ポイントが爆上がりしていく。
そして迎えた卒業パーティー。
王子の側近たちが一斉に集まり、会場が静まり返る。ついに、この時が来た!
「リリア・エバンス! 前へ出ろ!」
王子の厳しい声。私は内心でガッツポーズを決めた。
キタキタキタ! これよ! この衆人環視の中での吊し上げ! これぞ至高のエンターテインメント!
「はいっ、殿下ぁ! どうなさいましたか?」
私は頭空っぽのヒロインを演じつつ、口角がニヤけるのを必死に抑えてうつむいた。
さあ、カトリーヌ様! 出番ですよ! あなたが私の悪事を暴き、私を社会的に抹殺する瞬間です!
王子が指差したのは、私の隣……ではなく、会場の隅でニヤついていた肥満体のバルカス子爵だった。
「バルカス! 貴様がリリア嬢を脅迫し、王家の情報を探らせようとしていた証拠はすべて揃っている!」
「え?」
「さらにリリア嬢は『わざと嫌われるような真似』をしてまで、貴様との接触を我々に知らせようとしていた。この勇気ある行動……私は感服した!」
「へぇえっ!?」
私の口から変な声が出た。
カトリーヌ様が、涙を浮かべて私の手を握る。
「リリア……! 貴女、一人でそんな重荷を背負って……わざと悪役を演じて、この国の膿をあぶり出そうとしていたのですね。なんて気高く、自己犠牲に満ちた方……!」
周りの貴族たちからも、割れんばかりの拍手が沸き起こる。
貴族たちからも「聖女だ!」「真の救済者だ!」という称賛の嵐。
「違ぁぁぁぁぁぁぁぁーーーう!!!」
私の絶叫は、歓喜の雄叫びとして処理された。
結局、私は「国を救った功労者」として王宮で手厚く保護されることになり、モンスターのいない平和な国で、カトリーヌ様に見守られながら、一生安泰な隠居生活(監禁に近い過保護)を送るハメになったのである。
私の「ざまぁ」への道は、あまりにも遠い。




