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3.最終試験、はじまりなのです

「ふぅ、いよいよね」


 イヅルによると、今日で生まれ変わってから五年が経った……らしい。

 正直、思っていたより短かった気もするけれど、イヅルがそう言うのならきっと正しいのだろう。時間の感覚は、ここでは昔のまま測れるものじゃないから。


 目の前にあるのは、身の丈をゆうに超える正円の門。

 イヅルと同じように七色の光をまとっているのに、その光は均一すぎて、奥行きがまるで読めない。視線を向けているだけなのに、無意識に足裏が床の硬さを確かめていた。


――緊張…しているのかしら?


 目の前のこれをくぐれば、私の魂魄配管工としての新人研修最後の課題試験が始まる。


「百合奈、準備はいいですか?」


 常に七色に光っている折り鶴……イヅルが、ほんの少しだけ心配そうにこちらを見ているのが分かる。


「大丈夫よ。あなたに教えてもらったことは何一つ忘れていないし、それに――この体、忘れようとしても勝手に思い出すのよ。知識として。さすがは神様特製、ってところかしら」


 この五年で嫌というほど実感した。

 思考は澱まず、呼吸は乱れない。力を入れなくても身体は思った通りに動く。便利だけれど、油断すれば制御が聞かなくなりやりすぎてしまうような、少し怖い感触だ。体感だが、まだ私はこの体の半分の力も引き出せていないだろうし、もし引き出せたとしても制御を誤ってしまうだろうことは想像に容易い。


「その体が特別なのは確かですが、百合奈の魂魄は自前なのです。過信は禁物なのですよ。それはそうとして……そろそろ時間なのです。行ってきてください」


 イヅルは胸を張るように翼を広げた。


「百合奈なら大丈夫なのです。なんてったって、私が直接指導したのですから」


「ええ、ありがとう。そう言ってもらえると心強いわ」


 イヅルの声を受けて私は門に一歩近づく。

 光はきれいなのに、向こう側の気配は一切伝わってこない。


「じゃあ、行ってくるわね」


 背後から聞こえる「いってらっしゃいなのです!」という声を背中で受け止めて、私は七色の正円へと踏み出した。



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 気づけば私は、知らない空の下に立っていた。


 んー、空は青いけれど、どこか薄い感じがするわね。

 なんだか色そのものが足りないというより、重みがないかんじ?薄く引き伸ばして無理矢理かさ増ししているような、そんな印象を受けるわ。


 大地はあるし、風も感じるのだけれど、なんとなく世界全体が一拍遅れて呼吸しているような感覚。


――ここが、低位世界、私の仕事場ね。


 そう頭が理解した瞬間、意識を切り替える。

 視界の奥、皮膚の内側、ほんの一つズレたところにある感覚へ。


 魂魄の流れを、捉える。


――けれど。


 すぐに眉をひそめた。

 見えるはずのものが、見えない。


 いや、正確には「ある」。

 あるのに、流れていない。


 本来、世界の内側には無数の細い流路が張り巡らされている。

 生まれて、生きて、死んで、次へ渡す。

 その循環の痕跡は、呼吸のように自然に感じ取れるはず……なのに。


 この世界では、それが妙に静かだった。


 川音のしない川。

 水面だけがそこにあって、流速が存在しない。


「……詰まってる、というより」


 違う。

 詰まりなら、濁りが出る。

 滞留した魂魄は澱み、混ざり、痛みや後悔の残滓を残す。


 けれど、ここにはそれすらない。


 不自然なほどに、何も感じられない。


 まるで――

 《《長い間、使われていない》》みたい。


「ふぅむ……とりあえず、近くの町に行ってみようかしら」


 一つ息を吐いて、私は歩き出した。

 幸い、遠くに魂魄の密度が高い地点がある。生者が集まっている場所。おそらく町か、それに準ずる何かだろう。


 魂魄の感触を道標に、森の中を進む。


 やがて、足元の感触が変わった。

 踏み固められた土に、石が埋め込まれている。


 人の手が入った道。

 長く使われてきたはずの、生活の痕跡。


 城壁が見えた。意外と大きな町だったのかもしれない。


――当たり、ね。


 石造りの建物が並び建ち、少なくない数の人の気配がある。

 生活の匂い。温度。雑音。


 ――ちゃんと、生きている世界ね。


 なのに、そこら中を流れ、世界を循環しているはずの魂魄の流れがどうにも感じられない。

 確かに、これはあまりにも不可思議で、そして危険だ。


 私は深く息を吸い、静かに吐いた。



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