第9話 村への来訪者
「……なんだか騒がしいな」
「そうですね……」
川の近くから村に戻って来た私達は、辺りが騒がしくなっていることに気付いた。
それはポジティブな騒ぎではなさそうだ。なんというか、周囲から困惑が伝わって来ている。
それに私とラベルグ様は、顔を見合わせた。まさか、私のことを誰かが野次馬根性で訪ねて来たのだろうか。
「あれは……」
「ラベルグ様?」
「フェルーナ、どうやら心した方が良いらしい」
私よりも背が高いラベルグ様は、人混みの先に誰がいるか一早く気付いたようだ。
彼はその表情を、強張らせている。私は警戒した方が良いことを理解した。
その瞬間、人混みが私の前から消えていった。どうやら私達が帰って来たことを察知して、村の皆が道を開けてくれたようだ。
それによって私は、そこに誰がいるのかを理解した。
ラベルグ様の言葉も、村の皆の様子もそれで腑に落ちた。そこにいるニルーア様は、確かにそのような表情をするのに相応しい相手だ。
「……やっと来ましたか」
「……ニルーア様、私に何か用でしょうか?」
「ええ、用ですとも。そのためにわざわざ、こんな辺境の村まで足を運んだのですから」
ニルーア様は、忌々しそうに言葉を発していた。
しかし私は、違和感を覚えている。ニルーア様は、以前とは少々違うような気がするのだ。
私に対する憎しみともいえるような刺々しい意思が、今の彼女からは感じられない。私が与えた恐怖が、そうさせているのだろうか。
だが私としては、何にしても警戒しなければならないといえる。
彼女にはこれまで散々煮え湯を飲まされてきた。警戒しないという方が無理な話だ。
「フェルーナ、あなたにこの私が特別に命じてあげます。聖女に戻りなさい」
「……え?」
「あなたが聖女に戻ることを許してあげます。もちろん、給料もきちんと払ってあげます……不当にも扱いません。仕事の量も考慮しましょう。色々と譲歩してあげます。だから、聖女に戻りなさい」
「なんですって?」
ニルーア様の言葉に、私は耳を疑った。
嬉々として私が聖女をやめることを受け入れていた彼女が、戻って来いと言っている。まずその変化に驚いた。
ただ、それは理解できない訳でもない。王国で起こっている国民の反意は、私が思っていたよりも大きかったということだろう。
しかしニルーア様の態度は、私にとって受け入れられるものではなかった。
彼女は一体、どうしてそんなに上から目線なのだろうか。それは凡そ、人にものを頼む態度ではない。
「ニルーア様……お断りします」
「なっ……!」
私の端的な言葉に対して、ニルーア様は目を丸めていた。
そんなに驚くようなことだろうか。どうやら彼女は、本当に人にものを頼む態度というのを知らないのかもしれない。
王女である彼女に、そのような機会はなかったということだろうか。しかしそれでも、あれだけ虐げていた私が素直に従うなんて思うのは、正直理解できないのだが。
「こ、この私が頼み込んでいるというのに、断るというのですか?」
「頼み込んでいるようには思えませんが……そもそも、自分の胸に聞いていただきたいものですね。あなたは――いいえ、あなた方は今まで私にどのようなことをしてきましたか」
「だから、もうそんなことはしないと言っているでしょう!」
「私はまだ、謝罪の言葉すら聞いていません。そんなあなたの言葉を信じられる訳がないではありませんか」
私は、ニルーア様の言葉にゆっくりと首を振った。
すると彼女は、その表情を歪める。それは明らかに、私に対する敵意に満ち溢れていた。私に対する謝罪の気持ちなどは、持ち合わせていないようだ。
「こちらが下手になっていればいい気になって、わかっていないのですか? 私がその気になれば、こんな村なんて地図から消すことだってできるのです」
「わかっていないのは、あなたの方ですね。この村に手を出すようなら、私も容赦はしませんよ」
「ひっ……!」
私は、脅しのために魔法を使った。
ニルーア様に対して、風を吹かせたのである。それはなんとも、些細な魔法であった。だが、ニルーア様は予想以上に怯んだ。その場に尻餅をついたのである。
どうやら、以前城を動かしたのが相当効いているらしい。私が少し魔法を使っただけで、とても怯えていた。
「こ、このっ……私を誰だと思っているんですか? この国の王女ですよ? その私をここまで侮辱するなんて」
「侮辱、ですか。そういうことなら、私はあなたに随分と侮辱されたような気がしますけれど……」
「私はあなたとは生まれが違うのです。選ばれし者なのです! あなたなんかとは違う!」
「あなたはただ、王家に生まれただけではありませんか……」
ニルーア様は、なんとも身勝手な人だった。
そういった意識があったからこそ、今回の騒動に繋がっているとわからないものなのだろうか。
いやわからないからこそ、彼女はこうしてここで威張り散らしているのだ。それは最早、覆らないものなのかもしれない。この国は既に、腐ってしまっているのだろう。
「……まあ、あなたの意見はよくわかりました。しかしながらこちらとしては、連れて帰らないとならないのです。あなた以外に、聖女が務まる者はこの国にいませんからね」
「……申し訳ありませんが、私は動きませんよ」
「動いてもらうと言っているのです」
ニルーア様は、私に対して下卑た笑みを向けてきた。
何かしら強引な手を使うということだろうか。先程村を潰すと脅したばかりなのだが、それは理解できていないのかもしれない。
そんなことを考えていると、彼女はゆっくりと手を上げた。すると後ろから、二人の女性が出て来る。それは聖女の選抜の後に、私に詰め寄ってきていた人達だ。
「あなた達は……」
「元聖女フェルーナ、久し振りね」
「貧相な村の出身だと聞いていたけれど、それは本当だったみたいね」
二人の令嬢は、ニルーア様と同じように下卑た笑みを浮かべていた。
私が生まれた村を侮辱したことは、当然不快だ。しかし気になるのは、二人がやけに調子に乗っていることだ。以前王城では、私にひどく怯えていたというのに。
「何のつもりですか?」
「あなたのことは、前々から気に食わなかったのよ。そんなあなたを王女の許可を得て、堂々と叩き潰せるのですから、今は良い気分です」
「叩き潰せる?」
「私達だけと思わないでください。あなたのことが気に食わない者は、いくらでもいるのですからね」
二人の令嬢の後ろには、見覚えがあるようなないような魔法使い達がいた。
数を集めれば、私を従えられると思っているということだろうか。それはなんとも、浅はかな考え方である。
私からしてみれば、そんなものは有象無象でしかない。いくら集まった所で、意味なんてないのである。それを教えてあげなければならないようだ。
「ああ、聖女に戻るつもりであるならば、許して差し上げますよ。そういう話になっていますからね。まあ、私としてはそんなことは――」
「え? アルメシア……?」
私はとりあえず、令嬢の内の一人に魔法を放った。
二人は、それを使ったことにすら気付いていないらしい。どうやら私との間には、かなりの力量差があるようだ。
故に令嬢の内の一人は、瞬く間に固まった。石に変える魔法は、無事に成功したらしい。
「んなっ……! そんな、馬鹿な――え?」
「あれ? あなた……」
「嘘、こっちも……」
私は、さらに後ろにいた魔法使い達も何人か石に変えてみせた。
それに彼女達は、少し遅れて気付いていた。この中に私に対抗できる者はいない。それが改めて確信できた。何人いたって、それは変わらない。
ニルーア様も、この状況には目を丸めている。彼女にとっても、この状況は予想外だったようだ。




