第6話 不本意な別れ
動いたことによって、王城の中はかなり騒がしくなっていた。
色々な人が慌ただしく廊下を走っている。対処しなければならないことが、あるということだろう。私は、そんな人達の間を抜けていく。
「あっ……」
「フェルーナ、無事だったか」
「ラベルグ様……」
そこで私は、ラベルグ様と顔を合わせることになった。
彼は、少し悲しそうな顔をしている。それはきっと、ある程度事態をわかっているからだろう。
そんな風な表情をされると、私としても少し心が痛い。彼に関しては、お世話になった感謝しかないからだ。
「すみません。私はもうここにはいられないようです」
「そうか。これはあなたがやったのか?」
「ええ、そうですね。秘密にしておいていただけますか? まあでも、何れはわかることですか……」
「ああ、そうだろうな。こんなことができる者は、多くない。というよりも、あなた以外には無理だ」
ラベルグ様は、混乱している中でも冷静に状況を考えていたようだった。王城を動かしたのが私である。それをよく理解しているようだ。
ただ、そう考えているのが彼だけという訳でもないだろう。少し冷静であったなら、わかることだ。となると、面倒なことになる前に王城から出て行った方が良いような気がする。
「ニルーア様には、忠告しておきました。私に手を出したらどうなるか、彼女はよくわかっているはずです」
「冷静な者であれば、あなたに手を出すことが得策ではないことくらいはわかるだろう。こんなことをできる者に対処するのはあらゆる意味で無駄なことだ」
「そうですね。そうなってくれると良いと、私も思っています」
この事態に王城がどのような対処をするつもりなのか、それはわからない。
だが、私には降りかかってくる火の粉を払えるくらいの力がある。どのようなことが起こっても、なんとかすることはできるだろう。
とはいえ、何も起こらないならそれに越したことはない。私が触れるべきではない存在と、思ってくれると良いのだが。
「すまないな。結局俺は、あなたを助けることができなかったようだ」
「いいえ、お気になさらないでください。ラベルグ様……いいえ、ドナテル公爵家の力を持ってしても、私の現状を変えることはできなかったでしょうから。この国の王族や貴族には、平民を軽視する意思が根付いているようですから」
「そうだな……」
「ラベルグ様も、どうかお元気で」
私は、ラベルグ様に対して一礼してから歩き始めた。
彼は私に、何も言わない。止めるつもりはない、ということだろう。
だから私は、後ろを振り返らずに進んだ。こんな形でお別れになるのは不本意ではあるが、これはもう仕方ないことだろう。
◇◇◇
「……」
「……」
聖女をやめた後、私は故郷に帰って来た。
小さな村の出身である私は、村の皆から期待されていたため、やめて帰って来るというのは少々ばつが悪いことではあった。
ただ村は、私のことを受け入れてくれたため、それは杞憂であったといえる。どうやら平民である私が聖女になったことを王族や貴族などが疎んでいることは、この村に伝わっていたらしい。
それらの事実は、案外平民の耳にも入っているようだ。この辺境の村まで伝わっているのだから、この国で知らない人はいないくらいなのではないだろうか。
そういったこともあって、私が帰って来たのも仕方ないことだと受け止められた。という訳で、私は村で昔のように平民としての暮らしを再開したのである。
そんな私は、ある日村の端にある家のお爺さんの治療にあったっていた。年もあって、腰を痛めていたため、私が魔法で治療してあげたのだ。
その帰り道、見知った顔を見つけて私は固まることになった。今私の目の前にいるのは、間違いなくラベルグ様だ。
「ラベルグ様? どうして、あなたがこちらに?」
「まあ、そういう反応をされるということはわかっていた。これを見てもらいたい」
「これは……異動の指令ですか?」
ラベルグ様は、私に一枚の指令書を見せてきた。
そこには、この村の名前が書いてある。どうやらラベルグ様は、上の命令によって王城からこの村の駐在として異動になったらしい。
そういえば、最近長い間この村に駐在として滞在していた騎士のゼボールさんが引退したと聞いた。その後任は、ラベルグ様だったという訳だ。
「えっと、誰かの意思が……」
「入っているのだろうな。恐らく、ルナーラ様やルナメリア様が働きかけたのだろう。とはいえ、平たく言ってしまえば、これは左遷だ。俺はニルーア殿下に目をつけられているらしくてな」
「……それって、私のせいですか?」
「ニルーア殿下がおかしいというだけだ」
ラベルグ様は、涼し気な笑みを浮かべていた。
今回の左遷について、それ程重く捉えている訳ではないようだ。
それは私にとっては、安心できることである。とはいえ、やはり申し訳ない。私のせいで左遷されるなんて、あんまりと言えばあんまりだ。
「すみません、ラベルグ様。ご迷惑をおかけしてしまって……」
「気にする必要はない。別に王城にこだわりがあった訳でもないからな。どうせ仕事もなかった。それならこの村で駐在として、人々を守れる方が余程良い。正直、いい話だと思っているんだ」
「いい話……」
「この村を案内してもらえるだろうか?」
「ええ、それはもちろん」
私は、ラベルグ様の言葉にゆっくりと頷いた。
公爵家の人間であるが、彼は根っからの騎士気質であるらしい。それが今の言葉で、よくわかった。
◇◇◇
私は、ラベルグ様を村長などに紹介した。
彼が公爵家の人間であるということは、伏せてある。それは相談して決めたことだ。その素性を明かしても、良いことはないだろうし。
その後私は、ラベルグ様を案内していた。とはいえ、小さな村であるため、そこまで案内するべき場所はないのだが。
「住人の顔や家なんかは、これからゆっくりと覚えていけば良いと思います。でもここは、騎士が必要な事件なんて滅多に起こらないのですけれどね」
「平和なのは良いことさ。それに、何か力仕事でもあれば俺を呼んでくれれば良い。騎士というものの本質は、誰を助けることにあると、俺は思っているからな」
「ラベルグ様は立派な人ですね。きっと皆、すぐに受け入れてくれると思います」
ラベルグ様の前任である駐在の騎士ゼボールさんは、皆から慕われていた。
頼りになる人であり、私も困ったことなどがあればすぐに相談したものだ。
そういった時に彼は、嫌な顔を一つもせずに助けてくれた。そんなゼボールさんの根底にもきっと、ラベルグ様のような思いがあったのだろう。
「ああ、そうだ。ここが私の家です」
「……そういえば、身の上などは聞いていなかったな。フェルーナ、あなたの両親は?」
「ご察しの通り、もう亡くなっているんです。といっても、もう随分と昔のことですけれど」
「そうか……すまないな」
「私は大丈夫です。この村は良い村なんですよ。皆両親を亡くした私のことを気遣って、良くしてくれます」
私の両親は、既に亡くなっている。祖父母も生まれる前に亡くなっていたため、私には血のつながった家族はいない。
とはいえ、この村は一つの家族のようなものだ。温かい人ばかりだし、助け合って生きている。だから私も、そんなに寂しい訳ではない。
「……えっと、聞いても良いでしょうか? ラベルグ様のお母様は?」
「ああ、既に亡くなっている」
「そうでしたか……」
「だが、俺もあなたと同じだ。嫌っていた父は、俺の存在を受け入れた。ルナメリア様もルナーラ様も、俺のことを温かく迎え入れてくれた。色々と思う所がない訳ではないが、感謝している。だから俺は、ドルメア公爵家に従うつもりだ」
そこでラベルグ様は、少しだけその表情を曇らせていた。
その気持ちが、わからない訳ではない。私も時々、どうしようもなく寂しくなる時があるからだ。
「……そういえば、ルナーラ様はお元気ですか?」
「うん? ああ、それについては元気だ。元気過ぎるかもしれないな」
「元気過ぎる、ですか……」
私はとりあえず、強引に話題を変えてみた。いつまでも落ち込んでいても、仕方ないと思ったからだ。
しかし、その会話によって新たに気になることができた。ラベルグ様は、少々苦い顔をしている。一体ルナーラ様は、どうしたのだろうか。




