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「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。  作者: 木山楽斗


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第5話 嫌がらせもなく

 私が聖女に就任してから、一か月が過ぎた。

 その間、私はラベルグ様にも協力してもらって、王城側からの嫌がらせなどを警戒していた。ずっと気を張り巡らせていたのである。

 しかしながら、王城からの妨害などは何もなかった。私はこの一か月、割と平和に過ごすことができているのだ。


「まあ、相変わらず孤独ではあるけれど……」


 王城の廊下を歩きながら、私は周囲の視線について考えていた。

 私の周りでは、最早見知った顔の魔法使い達がひそひそと話をしている。これもこの一か月で、見慣れた光景だ。

 ニルーア様を筆頭に、私に対する差別的な意識というものは、王城に根付いているようだった。それは私にとっては、悲しいものである。


「……あ」

「聖女……」


 ちなみに、聖女の選抜の最終選考に残っていた人達はルナーラ様を除いて、全員が王城で働いている。いやそれ所か、私の部下になっている。

 目の前にいるのは、私に詰めていた二人だ。この二人も、私のことは相変わらず気に入らないらしい。鋭い視線を向けてきている。


「化け物……」

「人間じゃないわよ。あれ程の業務をこなすなんて……」


 二人は、小声でそのようなことを呟いていた。

 本人達は、私に聞こえないように言っているつもりなのだろうか。かなりひどい言葉を口にしている。


 しかしその言葉を聞いて、私は改めて人々の考えを理解することになった。

 私の魔法使いとしての才能は、類稀なるものだ。その大きすぎる力は、恐怖の対象になっているらしい。

 だから私は、排斥されている。強すぎる力を持っているというのも、考えものなのかもしれない。


 とはいえ、私が本気になれば恐らく、この王城を落とすことくらいは可能だ。聖女として務めていることによって、それはわかった。私は自分で思っていた以上に、すごい力を持っている。

 そんな私に対して、罵倒したり排斥しようとしたりするのは、むしろ危険なことなのではないだろうか。私が怒って手を出してきたら、一たまりもないというのに。

 もっとも、私はそんなことをするつもりはない。そういった甘さに、付け込まれているということなのだろうか。それはなんというか、少し腹立たしいことではある。


「はあ、まったくどうしてこんな目に合わないといけないのか……」


 そんなことを考えながら、私はニルーア様がいる部屋の前まで来ていた。

 今日も今日とて、彼女と話さなければならない。それは私にとっては、非常に億劫なことである。最近の彼女は、いつも不機嫌だ。私に対する差別の意識は、彼女が最も持っているらしい。




◇◇◇




「最近のあなたの活躍には、目を見張るものがあります」


 今日のニルーア様は、珍しく機嫌が良かった。

 それが返って不気味である。彼女がそういった態度を取った初日は、結果的に嫌がらせを受けていた訳だし。


「あなたが聖女に選ばれて、本当に良かったと思っています。あなたによって、この国は大きな利益を得ている。それは紛れもない事実ですから」

「それは良かったです」


 やけに私のことを褒めて讃えるのも、初日と同じだ。

 彼女はきっと、何かをしようとしている。私は確信めいたものを得ていた。

 ただ、今日の業務に関しては既に終わっている。明日は休みであるし、もしかして休日を返上して働けなどと言いたいのだろうか。


「そうだ、月末ということもあって、今日はあなたにこれを渡さなければなりませんね」

「これは?」

「給与の明細です」


 そこでニルーア様は、一枚の紙を渡してきた。

 給与の明細らしいその紙に、私は目を通していく。そして私は、固まった。そこに記されている金額が、驚くべきものだったからだ。


「こ、これだけ……?」

「おや、どうかしましたか?」


 私に対する給与は、明らかに少額であった。

 聖女として働くにあたって、どれくらいの報酬が得られるかは知っていた。明細に記されている額は、実にその百分の一くらいの金額だ。

 嫌がらせのこともあって、私はこの一か月身を粉にして働いてきた。平気であったとはいえ、それでも疲労はしていた。この給与は、明らかに労力に見合っていない。


「こ、これは流石に低すぎませんか?」

「低い? 何がですか?」

「給与の額です。こんな少額な訳が……」

「……黙りなさい!」


 私の抗議に対して、ニルーア様は机を叩いて大きな声を出した。

 彼女は、私を睨みつけている。その視線には、確かな怒りが宿っていた。


「平民如きが、調子に乗らないでください。あなたなんかが聖女になっただけでも、奇跡だというのに……」

「奇跡……?」

「過ぎたる地位を得ているだけでも、あなたにとっては幸福なことでしょう。その名声だけで充分ではありませんか。むしろ、それだけの額でも感謝して欲しいくらいです。私達は、あなたに聖女という重要な地位を明け渡しているのですから」


 ニルーア様は、私のことをひどく見下して言葉を発してきていた。

 聖女になれたから少額でも我慢しろなんて、滅茶苦茶だ。高額な報酬を得るために、私はここまで頑張ってきたというのに。

 そもそも私は、名声なんてものを享受したこともない。聖女になってからは、忌み嫌われてばかりだ。この地位に価値など感じたことはない。


 私はニルーア様の言葉に、激しい怒りを覚えていた。

 今日という日まで、私は一体何のために頑張ってきたのだろうか。それがわからなくなっていた。


 結局の所、正当な報酬がもらえると思っていた私が馬鹿だったのかもしれない。

 王城での扱いで、そのようなことはないとわかるはずだった。それに気付けなかったのは、私も目先にあったお金に惑わされていたということなのだろう。

 それを悟った私は、改めてニルーア様のことを見ていた。彼女は、その顔を醜悪に歪めている。私が傷ついているのを見て、かなり喜んでいるようだ。


「いい気味ですね。聖女に就任して、調子に乗っていたあなたには良い薬でしょう? これに懲りて、身の程を弁えることですね。そうすれば私だって、それなりに良く扱ってあげますよ」


 ニルーア様は、楽しそうに言葉を発していた。

 その言葉は、私の認識と大いにずれている。私がいつ、調子に乗ったというのだろうか。

 いや、そうだと言えばそうなのかもしれない。私は聖女に選ばれて浮かれていた。それは反省するべき事柄だ。


 身の程弁えるということなのかどうかはわからないが、私には聖女という地位は必要がないものだったのだろう。

 今になって、それがわかった。貴族や王族などと、深く関わるのは良くない。彼らは私達平民のことを見下して、道具としか思っていないのだから。


 ルナーラ様やラベルグ様、それにルナメリア様は違った。

 しかしそれは、ドルメア公爵家の人々が変わっているというだけだ。このディオート王国ではむしろ、ニルーア様のような方が上に立ち者としては一般的なのである。


「……やめさせてもらいます」

「え?」

「聖女をやめさせてもらいます。これ以上あなたには付き合いきれません」


 私の言葉に、ニルーア様は呆気に取られているようだった。

 だが彼女は、すぐに笑みを浮かべる。それはとても、嬉しそうな笑みだ。


「あははっ! やっとわかったのですね? あなたがどういった選択をするべきかが」

「……ええ、そうかもしれませんね」

「こちらとしては、もちろん歓迎しますよ。この王城から、ゴミを一つ排除できるのですからね。ああでも、今日やめるのならその給料も払いませんからね?」

「お好きにどうぞ」


 私は、ニルーア様に背を向けた。

 これ以上彼女と話を続けていても、得られる者など何もない。さっさとここから出て行き、故郷に帰るとしよう。


「……言っておきますけれど、あなたの扱いなんてものを世間に言いふらさないでくださいね」

「……はい?」

「そんなことをしたら、どうなるかわかっていますよね? この国で生きていけなくなりますよ」

「……」


 ニルーア様は、私に対して脅しの言葉を口にしてきた。

 流石に私の扱いが、世間に広まったらまずいとは思っているようだ。それはなんとも、馬鹿げた話である。別に私は、広めようとも思っていなかったけれど。

 ただ気になったのは、彼女のその態度であった。その権力によって、私のことを抑え込める。その勘違いだけは、正しておかなければならないだろう。


「一つ、忠告しておきます」

「……忠告?」

「ええ、私に手を出さないでください」

「何を言って――」


 ニルーア様は、途中で言葉を途切れさせた。

 それはこの王城が、大きく揺れたからだろう。その揺れによって、彼女の体は大きく傾いた。バランスを崩したということだろう。


「うぐっ……な、何が?」

「外を見ればわかることですよ」

「外……?」


 突然のことに困惑したニルーア様は、私の言葉に素直に従った。

 彼女は、自分の後ろにある窓から外の様子を伺った。そしてニルーア様は、私の方を二度見した。その目からは、驚愕していることが伝わってくる。


「これは、一体……何が起こっているのですか? 王城が、動いて……」

「私が動かしたのです」

「そ、そんな馬鹿なことが……」

「私はそんな馬鹿なことができるのですよ、ニルーア様」


 私は魔法を使って、王城をほんの少し動かした。

 できるとは思っていたが、実際にやってみると左程難しいことでもないということがわかった。やろうと思えば、この王城をここから王都の端まで動かせそうだ。

 故によくわかった。やろうと思えば、この王城くらい落とすことができるのだと。そう考えると、目の前にいるニルーア様などがひどく滑稽に思えてくる。


「もう一度言います。私に手を出さないでください。あなたが余計なことをすると、こちらもそれなりの対処をしなければなりませんから」

「……な、何を言って」

「私が本気になれば、この国くらい揺るがせるということです」

「そ、そんなことができる訳ないでしょう! 一人の人間に一国が滅ぼせる訳が……」


 ニルーア様は、怯えているようだった。

 自分が今まで、どのような存在に対してひどい扱いをしてきたか、それがやっと理解できたのだろうか。

 ただ私としては、最早どうでも良いことだ。できるとしても、国を滅ぼしたいと思っている訳ではない。放っておいてくれるならそれでいいと、私は思っている。


「私は、あなた達が何かをしてこなければ、何かをするつもりはありません。だから放っておいていただけますか?」

「わ、私を脅すというのですか? この私をっ……」

「私が言いたいのは、どちらが上かということです。あなたが私を脅すなんてことはできないと、理解していただきたいのです」

「あっ! ああっ……」


 私は、もう一度王城を動かしてみせた。

 元の位置に戻しておかなければ、色々と困るだろう。

 それにこれは、ニルーア様に対する警告にもなる。今の怯えた目をしている彼女は、とても私に立ち向かえそうにはない。このままそっとしておいてくれるだろう。

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