第4話 業務の疲労
聖女という仕事は、激務であるということは知っていた。
ただ、実際にやってみたことによって、私は自分の想像が甘いものだったことを理解した。
まだ慣れていないのもあるだろうが、今日一日だけでくたくたになっている。思っていた以上に、聖女の業務というものはきつかったのだ。
「フェルーナ、大丈夫か?」
「え、ええ……」
聖女というのは、基本的に王城に住み込みで働く。
流石の王城も、そのための部屋は用意してくれた。ただここはラベルグ様曰く、聖女の部屋としては質素過ぎるらしい。
その点に関しても、冷遇されているということなのだろう。ただ、別にこれは私にとってはどうでもいいことだ。平民である私にとって、自室なんてこのくらいの大きさで問題ない。
「何があった? 妨害でもされたのか?」
「え? ああ、いえ、それは大丈夫です。今日一日は、不思議なくらい何もありませんでしたから」
「何もなかった?」
「ええ、これは単純に慣れない業務で疲れたというだけです」
私の言葉に、ラベルグ様は驚いているようだった。
彼は私が何かしら冷遇された結果、疲れていると思ったようだ。それは当然のことだといえるだろう。私も何かあるものだと、思っていたのだから。
ただ今日一日は、本当に特に冷遇や嫌がらせというものは、なかったと思う。私が気付かなかっただけなのかもしれないが、少なくとも派手な動きはなかったといえる。
「聖女の業務というものは、思っていた以上に大変なものなのですね?」
「そういうものだと聞いている。ただ、ルナーラ様やルナメリア様よりも優秀なあなたが、疲れるものなのか?」
「慣れなどもあるのではありませんか?」
「あなたは不当に過度な業務を言い渡されたのかもしれない」
「それは……」
ラベルグ様の言葉に、私は少し考えることになった。
業務の量というものについては、特に気にしていなかった。聖女の仕事というものがどれ程のものなのか、私は詳しく知っている訳ではない。
渡された資料は、ルネメリア様が残したものだと聞いている。ただ、それについては改ざんされている可能性もあるだろう。あれで信じてしまうのは、早計だったのかもしれない。
「ラベルグ様、今から私が今日一日のことをお話しますから、擦り合わせていただくことは可能ですか?」
「ああ、俺もそこまで詳しい訳ではないが、ルナメリア様や周囲の者達から聞いていない訳でもない。明らかに違えば、指摘することはできるだろう」
「それなら、よろしくお願いします」
私は、ラベルグ様と自身の業務について照らし合わせてみることにした。
それは必要なことだろう。私が把握していない王城側の策略などが、わかるかもしれない。
「はっきりと言っておこう。業務は明らかに水増しされている。聖女が担当するべきではないことまで、あなたは担わされている」
「そうですか……」
ラベルグ様の言葉に、私は気付いていなかっただけで嫌がらせを受けていたことを理解した。
ニルーア様は、だからあのような邪悪な笑みを浮かべていたのだろう。彼女は過度な業務によって、私を潰そうとしていたようだ。
「恐らく、王女ニルーア殿下は、あなたの実力を甘く見積もっていたのだろうな。こなせるとは思われていなかったはずだ」
「……そういえば、周りの人達が驚いてはいましたね。私が魔法を使いこなす様に、目や口を開いていたように思えます」
「あなたが予想以上に優れた魔法使いであったということだ。それは誇るべきことだな」
「そうですね。私、かなりすごいようです」
ニルーア様が想定していたよりも私が優れた魔法使いだったという事実は、正直言って嬉しい。これだけでも、彼女の鼻を明かすことができたということになる。思わず笑みを浮かべてしまう。
「しかし、やはり王女ニルーア殿下はあなたに嫌がらせを仕掛けてきた訳か」
「ええ、そのようですね……」
「王女が主導しているとなると、色々と厄介だな。ルナーラ様でも、中々に手出しが難しい領域だ」
「それはそうですよね」
王族が関与しているとなると、面倒なことは平民である私でも理解できる。
この国の最高権力者の一族が主導しているなんて、逆らえる人なんてほとんどいないだろう。
公爵令嬢であるルナーラ様なら、可能性はない訳ではない。だが、それでも不利なくらいなのではないだろうか。少なくとも、鶴の一声でなんとかできることではない。
「まあでも、これくらいなら別に問題はありませんよ」
「何?」
「今日は慣れていないから、かなり疲労してしまいましたが、このくらいならなんとかなると思います。慣れれば毎日でもこなせますよ」
「……あなたは、やはり規格外なのだな」
私の言葉に、ラベルグ様は驚いていた。
ただ、私としては本当に特に問題はない。私ならば、この程度の嫌がらせは受け流すことができる。
とはいえ、それではあちらも満足しないだろう。私が苦しむ姿が、見たいのだろうから。
「まあ、今日業務後に会ってニルーア様は割と満足そうにしていましたから、疲れた演技をするのが丁度良さそうですかね……」
「なるほど、これ以上業務を増やされても困るだろうし、確かにその方が良いだろう。いやそもそも、あなたの働きは王城側にとってもありがたいことではあると思うが……」
「言われてみればそうですね。それなら、今の状態を維持するというのが、色々と丁度良さそうですか」
私の今後に関する方針は概ね決まった。
それなら恐らく、特に問題なく過ごせるだろう。他の嫌がらせなどは怖い所だが、きっとなんとかなるはずである。
◇◇◇
聖女の仕事は、様々だと聞いていた。王国の魔法に関係することなら、繋がってくる職務だ。それはわかっていた。
とはいえ、今の私の職務は領分を越えてはいるのだろう。とにかく忙しく、休める暇がない。
国を守るために結界を張ったり、水を浄化して飲めるようにしたり、晴れが続けば雨を降らせたり、病気や怪我があったら治療にあたったり、私は王都を右往左往している。というか、このままでは王都以外にも、赴くことになりそうだ。
「あなたの働きは、予想以上のものなのだろうな。王城の魔法使い達が長い時間をかけて行うことを、数時間で終わらせている」
「そうなのですか?」
「ああ、実際にこうして護衛となってよくわかった。あなたは天才だ」
ラベルグ様は、私の護衛として活動することになった。
それは、私から頼んだことではない。彼の方から提案したことである。どうやら騎士団は、それを認めてくれたようだ。
そもそもの話、私に護衛なんて必要はない。大抵のことは、魔法でなんとかなるからだ。
まず危険がない仕事、そういった点も考慮して、ラベルグ様の提案は受け入れられたのかもしれない。何も仕事をさせないというのも、問題ではあるだろうし。
何にしても、私にとってそれはありがたいことだった。
数少ない味方であるラベルグ様が、傍についてくれているならとりあえずは安心だ。
「だからこそ、王城の方も手出しすることはできずにいるのだろう。下手に嫌がらせでもしたら、自分達の業務が増えるだけだ」
「……それは、ニルーア様の思惑からは外れているのでしょうか?」
「実際に彼女と接しているのはあなただ。どう思うかは、あなたが判断するべきだろう」
「そうですね……」
上司ということもあって、ニルーア様とは毎日顔を合わせている。
最初の方は、激務で疲労する私を見て満足そうにしていたとは思う。ただ、最近はどうだろうか。結構、不満そうな表情をしている気がする。
「不満が溜まっていたように思います、ね……」
「なるほど、彼女は今のあなたに満足していないということか。何か失敗を望んでいると、考えた方が良いかもしれない。俺の護衛についても、快く思わなかったらしいからな」
「何かを仕掛けてくるかもしれませんね」
「外部からの物理的妨害は、俺が防ぐことはできる。魔法的な干渉などについては、どうなのだ?」
「問題ありません。その程度では、私は揺らぎませんから」
物理的でも魔法でも、妨害に対する対策は万全だ。
余程のことがなければ、大丈夫だとは思う。もちろん、油断は禁物ではあるが。




